第1話 勇者鳴動
聖王国ナルタヤにて
勇者を見送って一年になる。
魔王が現れ、魔獣が跋扈するようになって百年余り。
我が王国は無事だが、周辺国は苦しんでいる。
幸いなことに我が国から勇者が現れ、彼に全てを託すこととなった。
しかし未だなんの音沙汰もない。
聞こえてくるのは勇者の不行状ばかり。
曰く、王家直属騎士団への挑発行為。
曰く、教会支部を騙った詐欺行為。
曰く、各商会への恐喝行為。
曰く、冒険者組合への乱暴狼藉。
あいつは何がしたいのだ。
見出した一人として心の休まる暇もない。
「そうか、あれから一年も経つのか」
思わず独り言つ。
普通の青年に見えたのだが、とんだ見込み違いであったやもしれん……。一人の衛兵が駆け込んで来たのは、そんな穏やかならぬ夜のことだった。
「閣下、至急の用件と使者が来ております」
「至急だと、どこの誰だ」
「同盟国アルタニアに派遣されていた、騎士団からのようです」
「なんの用か、こんな夜更けに」
明朝、陛下や騎士団、教会お歴々へ弁明せねばならない。勇者は一体何をしているのか、と。詰問され吊し上げられるというのに、今晩ぐらいゆっくり休ませて欲しい。
「どうも要領を得ません。アルタニアが危ないとかなんとか」
「アルタニアが?」
それはまずい。アルタニア王国は魔族との戦いにおける要衝。彼らがいるから、我々は直接魔族と対峙せずにすんでいるのだ。
「くそっ、すぐ入れろ。話を聞く」
これでは明日のことなど、おちおち考える余裕もない。
小さな屋敷だが、客間の一つぐらいはある。とにかく話を聞かねば。しかしなぜ、総務を司る自分のところに来たのか。些かの疑問を抱えつつ客間へと足を向ける。
「閣下、こちらを……」
騎士団の使者は疲労困憊と言った具合で、両手をつき息も荒い。仕方なく衛兵から文を受け取り目を通す。そこに記されていたのは驚愕の内容であった。
「勇者がアルタニアを攻めるだと……?」
馬鹿な! そんなことあるはずもない! 同盟国を攻めるなど、前代未聞にもほどがある。外交的観点から見ても狂気の沙汰だ。大体勇者一人で、出来るはずないだろう!
いや、一人とは限らない。一年あったのだ。仲間を募りパーティーを組んでいると考える方が自然。だが一国を相手取るなど荒唐無稽というほかない。
「一体どういうことか」
落ち着き払い確認すると同時、
「閣下! 新たな使者が参りました! また騎士団の者です!」
なんなのだ一体。通せと命じるや否や、鎖帷子の男が飛び込んできた。
「勇者がアルタニアを包囲! その数五万!」
……勢いよく言うが、なんで攻めてることが前提なのだ。事実なら包囲戦ではないか!
「どういうことだ! 誰がそんな許可を出した! 違う! それは事実か、真に勇者がアルタニアを攻めているというのか!」
「事実! 我が騎士団の一部も囲まれ、脱出不能!」
そりゃ無理だろうよ。アルタニアは小国だ。五万の大軍に囲まれれば一溜まりもあるまい。
「ど、どこからそんな軍勢を用意したのだ」
先の使者及び鎖帷子の使者に確認する。
「わ、分かりません。ただあれは、人ではないような……」
「そう、あれは魔術。きっと黒魔術に違いない……」
言葉を濁しているな。確証があるわけではないようだ。とりあえずの使者というところか。まだ時間はあるかもしれない。状況を把握し事実なら勇者を止めねば。
「よく報せてくれた。おい、風呂にでも入れてやれ。食い物と清潔な着替えもだ」
「いえ、我々はこの足で騎士団本部まで」
「同じく」
「そうか、ならば止めん。団長殿に王宮で会おうと伝えてくれ」
「しかと」
彼らが騎士団へ向かおうとしたその時、
「火急の要件! アルタニア首都陥落! アルタニア王は降伏! 勇者軍の勝利です!」
新たな使者ががなり立てた。
一体何が起きているのだ。
勇者軍ってなんだ。
受け入れがたい事実に、大臣は呆然と立ちすくむことしか出来なかった。