【怪談】書籍化作家になる方法
※この小説はフィクションです。
さて……ここでひとつ怪談といきませんか? 時間も残り少ないでしょう?
お、ノリがいい。じゃあ私から語らせていただきますね。
……ええと、そうだな。
私達はネット小説書いてるわけですし、じゃあネット小説関係の怪談でも話しましょうか。
まずネット小説って言ったらなに思い浮かべます? そうそう。まあ、アニメ化してるやつとか多数ありますし、知ってる人は知ってますよね。アニメ化してる作品とかネットで小説書いてる人の憧れですよ。ね? うん。そうでしょ。あなたもその口でした? え、あなたって好きな話を書いてあんな大当たりしたんですか!? すげー、憧れちゃいます!
……っと、あとでサインはもらうとして。
ネット小説を書いていると、自分の好きで書いてる作品もああなりたいな〜とか、あわよくば書籍化したいな〜とか考えるものなんですよね。それで当たればいいですけど、そうもいかない場合があることは知ってますよね?
そうなると、流行りの小説の書きかたを真似てみたりとか、分析してみたりとかし始めるわけですよ。
これは、そんな風に書籍化を目指していた友人から聞いた話です。
友人……仮にAとします。
Aは超有名なアニメ化までした作品のファンで、そこから小説を書き始めたそうです。それで、ランキングとか見て愕然としちゃったそうな。ランキングに載ってる作品を読んでも読んでも気に入らない。どうしてこんな作品が支持されるの? みたいな。
ネット小説書いてると、少なからず身に覚えのある感情だと思います。
それで、あんなのがランキング取れるんなら自分だっていけるだろう! みたいな動機で小説書き始めるのだって、わりとあるあるなんですよね。
それで小説書き始めたAは早々、壁にぶち当たりました。
自分が思う本格ファンタジーをいくら書いても、ブックマークや評価は奮わない。どれだけ重厚だなんだと言いながら書いて宣伝しても、見にきてくれるのは自分のも読んでほしいって願望を抱いた人だけ。
マイナーなサイトとかでちょっとだけランキングに載ってもすぐ沈んでしまうし、超大手のサイトではそもそもランキングにすら上がれないとかザラだったそうです。
そこで、Aは考えを改めました。
自分の書きたいものを、ランキングに載っている作品のようなテンプレート。お手本のようなものにある程度寄せてみれば上手くいくんじゃないか? と。
短編で挑戦してみたところ、今までで一番いい評価を得ました。
といっても、大バズりしたってほどでもない程度です。
じゃあ今度は思いっきりプライドを捨てて、練習するくらいの気持ちでランキングに上がれるようなテンプレートガッチガチな作品を作ってみたらどうだ? そうやって考えに考えて、分析通りに書いて連載を開始しました。
この作品は、勝利を確信して完結まで一気に百話くらい書き溜めて、毎日三話ずつくらい連投して勝負に出たものでした。
惨敗……だったそうです。
プライドを捨てて、魂を悪魔に売ったとまで言ってガッチガチのテンプレを書いたのに、ブックマークや評価はおろか、ページビュー……PV数さえ底辺を這っていたそうです。完結ブーストがあればあるいは……なんて気持ちも数ヶ月後に打ち砕かれていました。
この頃のAはSNSでも荒れてて、ネット小説叩きをめちゃくちゃやってましたね。仮にも友人が別人みたいに荒れていたので、このときの私は少しだけ距離を置いていました。こっちは成功しちゃったから、飛び火が来たら怖いじゃないですか。薄情だと思います? うーん、まあ、同じような状況になったら多分みんなそうすると思いますよ。
……正直なところ、努力が全て報われるわけじゃない。努力にも裏切れることがあるという結果が、友人という身近な存在で浮き彫りになったのが怖かったのかもしれません。
運良く私はデビューできましたけど、それ以降も努力に裏切られないとは限らないじゃないですか。だから、いえ。話が逸れましたね。すみません。
ん? そんなのネット小説民にしか通じない、人間が怖いタイプの怪談じゃないか……ですか? 違いますよ。これは前提です。まあ、人間が怖い話なのは間違っちゃいないと思いますが……。
続けますね。
ところで、ですよ。
ネット作家の界隈ではまことしやかに流れる噂があります。
それは「書籍化作家はクマを倒している」だとか、「倒した」だとか。まあ、よくある成功してる連中は実はこれをしたから成功してるんだぜ! みたいなネタです。これを発言した人に書籍化作家が次々とノッてくるなんてこともSNSではよくあります。
ネットスラング的な、ネタでしかありません。私もこのネタに乗っかったことがありますね。
あとよくある話は……神作家の腕食べたいとか、今誰々さんの肉で焼肉してまーすとか、そういう感じのネタとか。
ん? いやいや、関係ない話じゃないんですよ。ちゃんとさっきの流れの続きです。
まあでも、聞いたことくらいはあるでしょう? そういう噂。というか、ネタ。
それで……Aの話に戻りますね。AはめちゃめちゃSNSに常駐して管巻いて話してました。そんなある日、いきなりDM……ダイレクトメッセージがきたらしいんです。
内容は、簡単に書籍化作家になれる方法教えます……みたいな。とあるプロセスを踏むだけであなたも神物書きに! そのプロセスの補助をします! みたいな謳い文句のメッセージだったらしいです。
どう考えてもそんなメッセに飛びつくはずないですよね!
……と、思うじゃないですか。
そのときのAはメンタルがぐっちゃぐちゃでどうしようもなくて、藁にもすがる思いって状況だったみたいです。普通ならこんなメッセに飛び付いたら痛い目みるだけだと思いますけど。
馬鹿じゃんって……まあ、馬鹿ですよね。分かっています。それでもなにかに縋りつきたいときだって、人にはあるってことですよ。あなたには、分からないかもしれないですが。
えー、そんな感じでメッセに返信しちゃったらしいんですよね、教えてくださいって。そうしたら、まあいろいろと割愛しますけど、内容的にはさっき言った噂そのまま……って言っていいのかな。
・作家になるために必要なことがある。
・その必要なことをするための場所を提供できる。
・その方法を完遂するためのサポートをしてやれるから、フィジカルに自信がなくても問題ない。
・それをこなせば、それ以後の五年間は書いた作品がめちゃくちゃ売れてアニメ化も夢じゃないフィーバー状態になることができる。
そんな感じの内容ですね。
お察しの通り、その作家になるために必要なことっていうのは「クマを仕留める」ことと、「その肉を食べること」です。倒す……とも言うけど、おおむねそんな内容だったそうです。
要するに、クマを仕留めて食べれば超有名な作家になれるから、クマを仕留めるためのサポートをしてあげますよっていう、めちゃくちゃ変なメッセージでした。
ここも引き返せるポイントでしたよね。
でも、Aは来ちゃったわけです。うんうん、そうですよね。出向いて来ちゃったあとで後悔しても、もう遅かったんです。もう遅い! ってネット小説テンプレみたいですね。
さて、そんなこんなでAは会場に来ちゃいました。
そこで見たものは、とっても異様だったそうです。
暗い部屋にパイプ椅子で数人が座っていて、Aも受け付けのお兄さんに椅子に座って待っていてくれと言われたそうです。あ、そうそう。このとき作家歴とか作品の傾向とかいろいろアンケートに答えたそうですよ。
本人は、受け付けの人の顔はどうやっても思い出せないけど、なんだかものすごく白い顔で、ずーっと貼り付けたような笑顔だった気がするそうです。
そうそう、ここからが怪談の本番です。って言っても、そのメールが明らかに人間から来てるパターンのメッセージじゃなかったし、出向いた先がヤバそうってくらいしかここの怪談要素ないですけどね。
えっ、怖くない? 今からもっと怖くなりますよ。
時間がないから結論を早くしろ? あ、ごめんなさい。うーん、じゃあ巻きでいきますね。無駄なホラー描写を口頭でするのって結構辛いものがありますし。
そのあと、説明会があったそうです。
単純に言うと、この会場で行う『有名作家になるための儀式』にはいくつかコースがあるということでした。
ひとつ。ボタンひとつ押すだけでクマを遠隔で殺して、そのあと専門の人が捌いた肉を焼き肉で食べるだけのコース。
ふたつ。眠らされて拘束されたクマを安全に殺し、専門家に捌いてもらってから食べるコース。
みっつ。手足だけ拘束されたクマを殺し、自分で捌いて食べるコース。
この三つです。
下に行くほど難易度が高くなりますけど、難易度が高い儀式を完遂すればより有名な作家になることができるって話でした。
たとえば、一番上ならSNSでバズって読者が大量流入するけど、そこからどの出版社に打診をされるかや、コンテストに入賞できるかは運次第になります。
バズるところまでが保証された儀式ですね。
けど、二つ目なら完遂した時点で自分の代表作にしたい作品を選ばせてもらって、それを出版社が確実に出すし、コミカライズの話が来るところまで保証されます。
三つ目であればもっとです。五年以内にアニメ化まで進行するところまで保証されます。
一つ目を選んだ場合は、この儀式の影響が五年ではなく、十年の期限になるそうです。それ以外は五年保証ですね。
しかも、下に行くほど、養殖のクマではなく天然物のクマに当たる確率が上がると。天然物のクマは珍しく、一回の儀式で一頭しかいないので、それに当たったらよりラッキーなんだとか。
そりゃ、みんな三つ目を試したくなりますよね。
バズったところでその後の運によるんじゃなあ。今まで自分の努力に裏切られてきてこんな儀式に縋るような人が、自分の運を信じられるわけがないじゃないですか。
えっ、実力じゃないんだし、そんな長期間の保証がされるはずない?
言ってるじゃないですか。これは怪談なんです。
大きな対価を払って、大きな成功を得る人物……みたいな話。怪談あるあるじゃないですか。破滅するところまで本来ならセットですけどね。
で、Aは二つ目を選びました。
ちょっとだけ慎重だったんでしょう。拘束されているとはいえ、眠っていないクマを倒すのは大変そうだと思ったからだったそうです。
あとはまあ、自分で捌くのって技術がある人じゃないと難しいですからね。
さて、二つ目を選んだAが、自分の順番になって案内されたところは……小さなカフェみたいになっていたそうです。
制限時間は一時間。その間にクマを殺せば、そしてその後その肉を食べれば……有名作家になりたいという願いは叶います。
「必ず制限時間以内に殺してください。制限時間以内なら、クマになにをしても構いません。お好きにしてください」
そんな風に案内人に言われてナイフを渡されたそうです。普通の果物ナイフでした。
こんなちっぽけねナイフでクマなんか殺せるはずがない! Aはそう思って焦りましたが、部屋に入って唖然としました。
カフェテラス風の部屋で、椅子に手足を拘束されて眠っていたのは人間でした。奇妙なことに、どう見てもパジャマと思われるものを着ていて、どこかから攫われたとしか思えない様子だったそうです。
Aは半狂乱になって扉の向こうの案内人にクマじゃなくて人間がいる!! と抗議したそうですが、扉の向こうから返ってきた言葉にもう一度言葉を失います。
「クマの役割を持った神作家の肉を食べて神作家になると決意したのは、あなたですよ」
そんな言葉です。
クマというのはただの暗喩で、それは神作家と呼ばれる人間のことを指していたんです。
そう、あのネットの中の根も葉もないネタみたいな噂。
あれが、本当だったということです。もちろん、本当にネタで言っている人のほうが多数でしょうけど、その中にもしかしたらこの儀式を成功させた人が混じっていたかもしれないってことです。
……顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?
続けますね。
結果的に、Aは制限時間内にたっぷりと悩んで、そして儀式を成功させました。自分で捌くことのない二つ目のコースを選んだのは、Aにとって僅かな救いになったでしょう。
その後、食事をするスペースで焼き肉として出てきた肉を見ても食欲がいっさい湧かなかったのは仕方のないことかもしれません。
でも、彼は何度か吐きつつも、泣きながら肉を焼いて食べていったそうです。だって、もう後戻りなんてできないんですから。
それからの彼は儀式を成功したためか、本当に作家として成功しました。
私の後に成功したAのことを、努力が実ったんだねとお祝いしたときのことははっきりと覚えています。Aは複雑そうな、泣きそうな……今思い返すと、あれは……罪悪感で死にそうな顔だったんでしょう。そんな顔をしていました。
五年間、私を追い越して売れに売れ、コミカライズのほうも売れに売れているAは嬉しそうでした。幸せそうでした。最初のほうこそ顔色が悪かったのですが、それも四年も過ぎると改善しました。
しかし、ある日突然私にこの体験談を語りにきたんです。懺悔をさせてくれと。
正直なところ……成功したなら、期限付きでもいいじゃないか。黙っていれば素直にお祝いする気持ちだけを持てていたのに、なんで今更そんな告白をしてくるの? 私はそう思って、Aに尋ねました。
すると、Aはこう言うんです。
最近、悪夢を見るようになったと。
詳しく聞いてみると、その悪夢の中で彼はクマを殺したあのカフェにいて、座らされていたんだそうです。
手足を拘束されて、ね。
その状態で、あの顔も思い出せない受け付けの人や案内人の人に、「あと一ヶ月」と囁かれるんだそうです。
それも、毎日カウントダウンされて、もうあと三日しか残っていないんだと。
そのカウントダウンは、ちょうど儀式の五年後にあたるそうです。
こんな悪夢を見て、Aは気づいてしまいました。
次は自分が「クマ」になる番なんだと。
説明された「養殖されたクマ」役の神作家が、儀式を完遂して成功した人のことなんじゃないかと。
こういうとき、鈍いほうが心には救いがあったんでしょうが、彼は気づいちゃったんですね。
その三日後、Aは行方不明になりました。
あらゆる神社仏閣に行ってお祓いをしたそうですが、どうやらダメだったようです。
大きな願いを叶えるために他人を害すると、その分とんでもない対価を払わされることになるっていう教訓ですね。
あらゆる怪談の例に漏れず、結局怪談を利用して成功を収めても、破滅オチをかますことになるっていういい例だと思います。
これでAから聞いた怪談はおしまいです。
私も、誰かにこの話を打ち明けて心を軽くしておきたかったんです。聞いていただけてありがとうございました。
大御所に会えてこうしてお話しできたこと、光栄に思います。
え? 友人が死んだかもしれない話なのに、さすがに心が冷た過ぎる?
いや、だって彼に関しては自業自得ですし。自己責任ですよ。
……ところで、養殖されたクマが儀式を成功させて期限切れになった人なら、天然物のクマってなんだと思います?
そうですよね、こんな儀式なんかに頼らず、とってもすごい成功を収めた神作家のことでしょう。
そんな人が、儀式用に一人だけ攫われてくるんだとしたら……。
――私って、今一生分の運を使ってSSRを掴んだことになりますよね?
だって、この怪談を聞いて青ざめないどころか、知らない素振りを見せるってことは、そういうことでしょう?
手足の拘束に今気付いたんですか? いや、だからこそ「そういう仕様なんだな」って思ってお話しに付き合っていただいたんですけどね。
そろそろ一時間経ちますね。
そうですよ、全部自己責任ですとも。
知らないんですか? たとえどんなリスクがあろうとも、たとえ自分が将来死ぬと分かっていても。
……満たしたい承認欲求ってやつが、人にはあるものなんです。
◇
このお話はフィクションです。
この世のどんな団体・個人とも関係がございません。
◇
承認欲求という名の怪物はきちんと飼い慣らしておかないと自分の腹を食い破って破滅しかねないよね……みたいな教訓を入れた怪談でした。
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