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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第二章 夢の続き

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勇者と勇者

 僕とののかが転移魔法で王の間に現れると、王座の前で泣きながらヒールをかけている僧侶がいた。


「僧侶!」


 僧侶の傍らに姫が倒れている。

 姫は胸に大きな傷をつけ、口から血を流している。

 どんな傷でも治せる僧侶が治せていない。

 原因は明白だ。

 犯人は勇者。

 勇者の持つ聖剣はヒールを阻害するので、自然治癒以外では治せない。

 明らかに致命傷だ。


「ひっく。悠久先輩、ののか先輩、ああ、そういうことですか」


 僧侶のことだ。僕とののかを見て、勇者が誰なのかわかったのだろう。


「爆発音が聞こえたので、あたしと闘士が駆けつけたんですけど、姫が勇者に刺されてて。逃げた勇者を闘士が追っています。あたしはヒールかけているんですけど、全然治んないんです」


「姫、まだ息はある?」


「なんとか……」


「ありがとう。もたせてくれて」


 僕は僧侶のかわりに姫を抱えた。

 うっすら目を開けた姫が口を開いた。


「悠久、ののかさんどうして……」


 僕はようやく理解した。

 今なら、姫の本心がわかる。


「姫は大好きな勇者との約束を守ってあげたんだよね」


 勇者の記憶の中でみた女の子が言っていた。


『私が悪い魔王を倒させてあげるね』


 どうかんがえても、そんなこと言うのは姫しかいないじゃないか。

 女の子は魔法が使えないと言っていた。

 姫は闇単属性。

 一般的な生活魔法は一つも使えない。

 子供の頃は、魔法を使えなかっただろう。

 それに勇者の実家と姫の実家は隣町にある。

 勇者の父親は、昔から姫の領土、昔であれば、姫の母親の領土を管理をしていた。

 父のところに姫の母親が会いに来ていて、一緒に付いてきていた姫があの花畑を訪れたのだろう。

 そこで約束を交わしたんだ。

 悪い魔王がいないからって、自分が悪い魔王にならなくてもいいだろうに。


「僕がもっとわかってあげれば良かった」


 姫は恋愛の話が苦手だ。

 未だに、勇者のことが好きだなんて、僕に打ち明けられるはずがなかったのに。


「姫、僕とののかとあっちの世界で一緒に生きよう。一度の失恋ぐらいで死ぬことはないんだ。勇者の分まで僕が代わりに愛してあげるから」


 見捨てられても、一人で逃げられてもそれでも、想いはすてきれなかったんだね。

 世界より自分の命より勇者が大好きなんて、愛が重すぎるよ。

 頭がおかしくないとそんな愛は受け止めきれないだろう。僕のようにおかしな奴でなければ。


「そんな……ことは……できません。ワタクシはずっとわがままばかりで」


「うん。そうだね。だけど、そんな姫も僕は好きだし、失いたくはないんだ」


 姫の目から涙がこぼれる。

 僕はそれを了承と捉えた。


「ののか、お願い姫を助けて」


「うん。わかった」


「どうするんですか」


 僧侶がきいてきた。


「体はもう間に合わない。だけど、姫が昔使おうとした同化の魔法はののかも使える。ののかの魂とは同化できるって」


 ののかの中にもある姫のネクロマンサーの力があれば、緩やかに姫とののかの魂が融合できるはず。


「そんなことをしたら、ののかさんに負担が」


 心配する僧侶をなだめるように、ののかはいつものように笑った。


「大丈夫、大丈夫。私は姫で、姫は私だよ」


 ののかが姫の手を取りにっこり笑う。


「ののかさん、悠久、ありがとう。私はののかさんの心の中で静かに生きます」


 よろよろと姫は僕に、手紙を渡してきた。

 僕はそれを読む。


「ののかあとは頼むよ」


「悠久はどうするの?」


「僕はあいつと決着をつけてくる」


「止めても無駄だよね」


「うん」


「気をつけてね」


「ああ」


 僕は魔力感知を発動し、勇者を追った。


◇ ◇ ◇


 勇者の魔力を追っていると、城の外で勇者と闘士が戦っていた。

 闘士に向かって飛んできていた火球を僕は水の魔法で打ち消した。

 あっちの世界から持ってきた包丁で、勇者に牽制を一回入れて距離を取る。


「大丈夫か闘士」


 僕は回復の魔法で、火傷している闘士を癒やす。


「勇者が二人!? なんなんだよ」


「なにいっているんだ。闘士。戦い方で『いつもの』勇者がどっちかくらいすぐ分かるだろう」


「ああ、そうだな」


 闘士の顔に力がみなぎる。


「そうだよな。勇者が姫を刺すわけないよな」


「それに、親友のお前を攻撃するわけはないだろ」


「親友ってお前、今まで一度も」


「話はあとだ。闘士。今は……」


 僕と闘士は、飛んできた火球をかわす。

 僕は勇者と相対する。


「どうしてお前がここに」


 勇者は僕の顔を見てそういった。


「はじめまして勇者」


 僕は皮肉気にそういった。

 嫌になるほど自分にそっくりだ。

 見た目だけは。


「よくも今まで俺の体で好き勝手してくれたな」


「よく言うよ。投げ出して、全部僕に押し付けたのはお前だろうに」


「うるさい。だまれ、俺はこれ以上誰も傷つけたくなかったのに」


「だから、僕が代わりに皆殺しにした」


「よくも誰彼構わず殺しまくりやがって、許さない」


「許さないのは、僕の方だよ。よくも姫を」


 考え方はまるで違う。

 真逆と言ってもいい。


「お前に聖剣の本当の使い方を教えてやる」


 勇者が聖剣を正眼に構えた。

 勇者が強く聖剣を握りしめると、巨大な魔力が聖剣から放たれる。

 魔法構成が剣に浮かび上がり、魔法が発現する。


「くるぞ闘士」


「ああ!」


 勇者が、地属性魔法を剣にのせ、大きく振り下ろしてくる。

 振った先から斬撃が飛ぶように魔法が放たれて、大地がえぐれる。

 僕らは飛んでかわすが、闘士にいつもの俊敏さがない。


「はぁ、はぁ」


 闘士の息が荒い。

 僕が回復魔法をかけて応急処置はしたものの思いの外ダメージが大きい。


「闘士、僧侶のところまで戻って回復してこい」


「そんなこといったって、お前一人じゃ」


「大丈夫、闘士のおかげで鎧は砕けている」


 勇者は僕が最初の頃身につけていた鎧を身につけていた。

 第三王子の究極魔法ヘルファイヤをも耐えた鎧だが、闘士が攻撃してくれていたのだろう老朽化もあいまってほとんど砕けている。


「悪い。死ぬなよ」


「わかってるよ」


 走って城に戻っていく闘士を横目で見送る。


「お前ひとり何ができるっていうだ。そんななまくらしか持っていないくせに」


 勇者が僕にいう。

 確かにそうだ。

 僕の持っているのはただの包丁聖剣に比べればなまくらに違いない。


 じゃあ、 

「返してもらうよ。僕の剣を」


 僕がそういうと、勇者は聖剣を両手で握りしめる力を強めた。

 僕は一瞬で近づくと、包丁で切りつける。

 勇者が聖剣で防ごうとした瞬間に僕は、包丁を手放し

 勇者の腰から素早く、ドラゴンキラーを引き抜く。


「そんなお前のおさがりいるわけないだろ。僕の剣はこれだ」


 ドラゴンキラーはやはり手になじむ。

 剣と一体になっている気がする。


「ただのドラゴン殺すためだけの剣がどうしたっていうんだ」


 丈夫で、切れ味がいい剣。

 唯一の能力は自然回復阻害。

 魔法全盛期、ケガはすべて魔法で治すこの世界では、ドラゴンを倒すとき以外はただの剣でしかない。

 だけど僕が狙うのは、即死のみ。

 切れ味のみを追求したこの剣こそが僕の剣だ。

 くるんと掌で剣をまわし、逆手に持ち替えて、いつもの構えを取る。

 勇者が聖剣を正眼に構える。

 僕が折って短くなった長さを炎の魔法を発現させて補っている。

 僕を否定したいのだろう。

 それは記憶のなかにあった本来の勇者の戦い方だ。

 本当にわかっていない。

 それは強い奴の戦い方だというのに。

 勇者は弱い、悲しくなるほどに。

 力も弱く、魔法も自分では初級までしか使えない。

 最強なんかなれるわけがない。

 だから、僕が目指したのは、最凶だ。

 相手を殺すことに特化した戦術。

 最初から相容れるわけがない。

 勇者が僕に言う。


「俺はお前を勇者だとは認めない」


「別に僕もお前に認められる必要はないよ。僕は姫の勇者なのだから」


 この世界にレベルはない。

 あちらの世界の肉体は、こちらの世界とくらべて著しく弱い。

 だけど、魔法は違う。

 いかに自分にあった魔法を覚えるかが勝負だ。

 僕は覚えたよ。

 こっちの世界で、自分にあった魔法を沢山。

 聖剣で魔法を使えば、高度な魔法が何も考えずに簡単に使える。

 だけど、それで敵に負けた時、聖剣の能力が足らなかったと、聖剣の所為にして死んでいくなんて、僕はごめんこうむる。

 聖剣から魔力が立ち上っている。

 聖剣が持ち主の力を引き出し、持ち主が聖剣の力を引き出す。

 それが本来の聖剣の戦い方だ。

 そういえば、僧侶が言っていたっけ。

『弱くなってるのに、敵をガンガン殺すから頭おかしい』って。

 まあ、その通りだと思うけど。

 僕はひゅんと勇者に近づくとドラゴンキラーで勇者の喉を引き裂いた。


「グハッ」


 勇者が鮮血を撒き散らす。


「まずは一回」


 すぐさま聖剣から大回復の光が放たれる。

 僧侶並の回復力だ。

 一瞬で勇者が全回復する。


「畜生!」


 勇者が魔力を漲らせた。

 属性は火。


「あのな。お前、俺の中で見てたんじゃないのか」


 聖剣で強化された攻撃魔法は、強力だ。

 だけど遅いんだよ。

 自身で魔法理論を突き詰めた構成は、勇者の魔力を察知した後ですら、先に魔法が発現する。

 僕は水属性の魔法を放った。

 勇者の聖剣で強化された火の魔法と水の魔法が正面からぶつかり、あっさり水の魔法に飲まれていく。


「なんで俺の魔法が使う前にわかるんだ」


「お前、もしかして魔力感知も使えないのか」


「お前がよく言っていたやつかよ。なんだよ。魔力感知ってそんな魔法ないだろ」


 魔力感知は言ってしまえば、ただの魔力過敏症だ。

 確かに、自分の近くに大きな聖剣の魔力があれば、よくわからないかもしれない。

 ずっと勇者のスキルだと思っていた。

 魔力感知は僕固有のスキルだったなんて。

 魔力の少なさとちゃんと向き合ったからこそのスキル。

 高度な魔力の読み合いになると思ったのに、読むことすらできないなんて。

 それに勇者は重心がどっしり踵に乗っているせいで一歩の速度がものすごく遅い。

 力は出るだろうが、聖剣も振りかぶってるうちに、僕は三回も急所をつける。

 本当に悲しくなるほど、弱い。

 いままで僕も多少の怪我はもちろんあった。

 だけど、一度だって急所に攻撃を受けたことはない。


「俺は武道会で優勝して勇者になったんだ」


「ああ、あれか」


 勇者が優勝したのは、もっとも不作と言われた年だ。

 優勝した勇者すら、弱すぎて、姫以外の貰いてがいなかったと聞いている。

 聖剣の能力は凄まじい、攻撃しても即座に回復するのであれば、相手も嫌気がさすだろう。

 でもな、勇者。それは聖剣が強いのであって、お前が強い訳ではないんだよ。

 懲りずに勇者は聖剣で魔法を構成する。


「フレイムファイア」


 人を丸ごと飲み込むほどの巨大な火球が発生する。


「プロミネンスファイア」


 僕が放つ蛇のような炎は、渦を巻き、火球をのみこむと逆に火勢をあげて、勇者に襲い掛かった。

 プロミネンスファイアは、火属性魔法に、水属性魔法構成を応用し、自在に操れるようにした魔法だ。

 勇者は全身黒焦げになりながら、次の魔法を放つ。


「ウインドカッター」


 勇者が剣先から、不可視の風の刃を放つ。


「アクアブレイド」


 勇者が放つ風の刃にきれいに水の刃を当てる。

 水属性魔法に、風属性魔法構成を応用した水の刃。

 同じ威力ならば、質量の大きい水の方が勝つに決まっている。

 ぱっくり裂けた腕を回復しながら、勇者は次の魔法を放つ。


「ライトニングサンダー」


 僧侶がよく使っていた、雷属性の上級魔法。


「アクアボール」


 僕は勇者が使った雷属性の魔法の発現地点にただの水の塊を発生させた。

 電気を帯びた水球が勇者にあたり感電させる。


「どうして勝てないんだ。最強の聖剣だぞ」


「最強なわけないだろ。究極魔法でもないのに」


 聖剣が作られた当時の最新魔法なのだろう。

 つまり時代遅れ。

 ただ上級魔法が使えるだけの魔法使いなんていくらでも殺してきた。

 威力が強い魔法をただ使えばいいというものではない。

 効果的に使ってこそ強い魔法だろう。

 もう頃合いか。

 僕は勇者の振るう聖剣をドラゴンキラーで受け止めて、そのまま、ボキリと根元から折った。

 一度折った聖剣だ。

 どのように力を入れれば折れるかぐらい覚えている。

 僕はそのまま勇者に馬乗りになり、ドラゴンキラーを振り下ろし、


 勇者の腰から魔導書を切り離した。


「これも返してもらうぞ」


 本当は殺したいほど憎い。

 だけど、本当のこいつは、

 弱くて、ろくに魔法も使えず、何より心優しい、本当に勇者にむいていない奴だ。

 唯一の勇者らしさは、聖剣を引き抜いたこと。

 多分それで人生が狂った。

 妹が言っていた

『聖剣を引き抜いて、無駄に気が大きくなった』と

 聖剣は語りかけてくる。

 悪を討つ正義。

 そのための力が欲しくないかと

 聖剣が精神エネルギーである魔力を持っているのは、意思があるから。

 僕は聖剣が語る杓子定規な正義がいやで、叩き折って黙らせた。

 切れ味がよく、回復を阻害でき武器としては有用だったので、使っていたにすぎない。

 封印されし聖剣。

 やはり封印されるに至った理由がそれなりにある。

 勇者の本来の体に合わせて編み出した数々の魔法も魔導書がなければ、使いこなせないだろう。

 僕が勇者から離れると勇者はヨロヨロとたちあがった。


「俺は魔王を倒した勇者だ」


「それは間違いない」


「あいつは邪悪な魔王だ」


「それもそうかもしれない」


「聖剣なんてなくても俺はやれる」


 口ばかりまだ威勢がいい。


「本当にそうか。聖剣の補助はもうない。剣術も魔法も自分の力で戦わないといけない。お前の本来の回復魔法はかすり傷ぐらいしか治せないことを僕はよく知っている」


 ドラゴンのおっさんが言っていたっけ。

 死なない確証があるから力強く踏み込めるのだと、死ぬかもしれないのに踏み込める奴は異常だと。


「お前にやれるというのなら、続きといこうじゃないか」


 魔法を使わなければ、僕と勇者の肉体は互角。

 比べてやろう。

 僕と勇者のどっちが異常かどうかを。

 僕は剣をひゅっとふった。

 勇者はびくりと体を震わせる。

 殺す気はなかった。

 回復するのを知っていたから、急所を少し避けて執拗に攻撃した。

 回復するとはいえ、痛みで途切れる意識が死の恐怖を纏わせたことだろう。


「次死ねば、本当の死が待っている」


 僕は死神のように告げる。


「それはお前も同じだろうが」


 確かにそれはそうだ。

 勇者の体をつかっていれば本当の死は訪れない。

 だけど、自分の本当の世界でも戦ったこともある。

 そのときも死を恐れたことはない。

 それが僕の最大の力だ。

 対する勇者は、聖剣から得ていた麻薬に似た全能感ももうないだろう。

 元来、心が弱い勇者のことだ。

 もう二度と剣を持って戦えまい。

 勇者は武器も仲間も失った。

 あと残っているとすれば、


「故郷に帰れ」


 妹と父親か。

 僕も本当の家族のように感じたことがある二人。

 あの二人ならこんなに情けない勇者でも受け入れてくれるだろう。

 僕が一歩踏み出すと


「うあぁぁぁあ」


 情けない声をあげながら勇者は逃げ出した。

 これでなにもかも終わりだ。

 姫からもらった手紙を読み返す。


「ごめんな。姫」


 殺すことを我慢したんだ。これでも。

 五体満足で勇者を帰してやっただけでも許してほしい。

 姫のシナリオでは、姫の悪事をすべて公にして、そんな邪悪な魔王を倒した勇者が英雄として故郷に戻ることになっていた。

 そんなこと僕は許さない。

 闘士と僧侶も同じだろう。

 姫を悪役にはしない。

 確かに姫は酷いこともいっぱいしてきた。

 だけど、姫の極悪非道はだれかに対する優しさへの裏返しだ。

 

「勇者……。お前は、僕と同じこと見聞きしていて、わからなかったのか」


 無理もない、僕もようやく気づいた。

 姫は、農作物が被害がでていると言っていたが、父親の話では、今年は豊作だった。

 ということは、被害がでているのは、姫の領土の話ではない王子の領土の話だ。

 魔族は、基本その日暮らしで蓄えのない村が多い。魔族領を含めなければ、姫の領土は小さく、同盟を結び、食料を分け与えれば、姫の領土の人々も飢えてしまうだろう。

 僕は、解決手段として、姫に間引いてやるといいと提示した。

 姫は、王子の軍を攻撃するという方法で実行した。

 きっともっといい方法もあっただろう。

 それでも世界は平和になったし、がんばってきたんだから。

 それに何より本物の勇者の為に姫は頑張ってきた。

 勇者が悪を滅ぼしたいと願ったから、争いを生んだ王族をほとんど姫は滅ぼした。

 姫自身も含めて。

 あとは中立の者が、統治すればこの世界にも平和が訪れる。

 勇者が英雄になること以外はすべて姫のシナリオ通り。

 きっと姫は違う未来も望んでいた。

 勇者が姫の手を取って、一緒に世界の再建を担ってくれると


「お前が姫を殺さなければ、お前がやればよかったんだよ」


 平和な世界の統治者を。

 勇者ではなく、優者として。

 聖剣の言葉に惑わされず、姫ごと優しさで世界を包んでやれたら、それも叶っただろうに。


◇ ◇ ◇

 

 僕は城に戻った。

 王の間につくと、姫をそっと横たえているところだった。


「ののか、姫は?」


「大丈夫。魂の融合はうまくいったよ。今は疲れて、私の中で眠っているみたい」


 姫の体を見下ろすともう、生気を感じない。魂は救えたとはいえ肉体は死んでしまった。もうこの体で見つめてはくれないと思うと悲しい。


「勇者、いや悠久、こっちの勇者は殺したのか?」


 ようやく火傷の癒えた闘士が、声をかけてきた。

 僧侶に事情を聞いたのだろう。


「いや殺しはしなかった。だけど、聖剣を壊し、魔導書も奪った。もうあいつは戦えないよ。多分実家に戻ったと思う。もう表舞台に出てくることもないと思うよ」


 勇者が本当のことを言いふらすかもしれない。

 だけど、勇者の故郷は姫が本当に人間と魔族の平和を願って作った町だ。

 あの地で姫の悪口を信じるものなどいないだろう。


「お前がそれでいいならいいけど」


「またなにかあれば、あとは頼むよ」


「任せておけって、なんたって俺はお前の親友だからな」


 僕らはいつものように拳をあわせた。


「あと闘士、僕の剣もっててくれないか」


 僕はドラゴンキラーを闘士に渡した。


「いいのか持っていかなくて」


「うん。いいんだよ」


 魔法のない世界で自然回復阻害のついたドラゴンキラーは危険すぎる。


「わかったよ。どっかに飾っといてやるよ」


「ありがとう」


 魔導書だけは、記念に持って帰ることにした。

 こちらの言語の知識がなければ、読むことすらできないのだから。


「僧侶はどうする? ついでに一緒にあっちの世界に行く?」


 ののかの転移魔法は人数制限があるわけではない。一緒に行くのは容易だろう。


「いえ、あたしはこっちの世界の住人ですから、姫の亡きあとほうっていくわけには、いきません。それにあたしは、ちゃんと自分の力でそっちに渡りますから」


 本当はほとんど出来上がっているんですと僧侶。


「そっか。じゃあ、僧侶、僕らはもうこっちに来ることはないだろうから、こっちのことは頼んだよ」


「はい。といっても、あたし達は政治なんてできませんから、姫の妹君キリーナ様とかアイカにお願いして回ることぐらいしかできませんけど」


「それで十分だよ」


 僕らと違って、心の底から優しい二人なら、しっかりこの世界を導いてくれるはずだ。


「こっちが落ち着いたら、あたしもそっちに遊びにいきますから、トウヤ先輩に待っててって伝えてください」


「わかった。任せて」 


 僕はののかに開いてもらった現実世界へのゲートに向かいながら、闘士と僧侶に手をふった。

 僕の長い長い夢のような……いや、夢であり現実の冒険はこうして幕を閉じた。

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