夢から覚めて
時刻は正午。
僕は王の間に来ていた。
姫は王座に座っていた。
「昨日は楽しめましたか、勇者」
一瞬どうして、ののかとのことを知ってるんだとおもったが、思い直す。
「お酒初めて飲んだよ」
姫が言う昨日とは闘士達との飲み会のことだ。
こっちでは、未成年という概念がないから、酒というものをガンガン飲まされた。
気分は最高だったけど、足取りはフラフラ、絶対戦えるような感じではなかった。
どうやら僕はそれほどお酒に強いわけではなさそうで、
戦いがないとわかっていなければ、飲めないだろう。
「楽しかったよ。今度は姫も一緒にやろう」
「検討しておきましょう」
さていよいよ本題だ。
まだいろいろ思うところはある。
だけど、もうののかの言葉が胸にある。
王子が停戦を言ってきたところで、嘘だったかもしれないのだ。
あそこで無理をしてでも、倒しておきたいと思ったのだとしたら確かに仕方ないことだ。
姫は、勇者の故郷を守ったり、先輩を助けてくれたり、優しい面がいっぱいあった。
姫はコミュニケーションが、苦手だからな。
誤解もされやすい。
僕ぐらいは誤解しないようにしないといけない。
「さあ、ワタクシが魔王兼国王になったのだから、これから人々は苦しくて辛い地獄の日々でしょう」
ふふふと姫が笑う。
「ははは、まあ確かにね」
このくらいの嘘ならすぐわかる。
それでも、姫のやることだ。
むちゃくちゃやるかもしれない。
その過程で散々こき使われる特に僕なんかは地獄の日々にちがいない。
はははと笑う僕を見て、姫が少し不思議そうにした。
「勇者は私のことを嫌いにならないのでしょうか」
「嫌いになるわけないよ。確かに、なに考えてるか全然分からないけど。それでも姫を信頼している」
もう本心を無理やり聞いたりしない。
言いたくないのなら、それでもいい。
それも含めて姫らしさだろう。
「それよりさ。そろそろ今後の話をしようよ。僕は姫と違って政治なんてよくわからないから、役に立つかなんてわからないけど」
なにが飛び出してくるかは予測がまるでつかない。
まあでも、それはそれで楽しみではある。
「勇者」
「ん?」
「勇者は、ののかさんのことが今も好きでしょうか?」
「それはもちろん」
僕は想定外のことを聞かれて、それでも即答した。
「ああ、でも姫のことも好きだよ」
「ふふふ、それは、ののかさんと私を混合してるだけでしょう?」
「そんなことはないよ。確かに夢だと思っていた頃は、同じだと思っていたけど、今は違う」
「では、私とののかさんどちらか一人しか助けられないとしたらどちらを選びますか?」
「それは……」
ののかだ。
僕は迷わない。
僕達は何もかも手に入るほど強いわけではなく、時には非道に、犠牲をはらわなければ、本当にほしいものは手に入らない。
僕はこの世界で、それを姫から学んだ。
だから、僕は沈黙した。
だけど、それが答えのようなものだ。
「そうでしょうね。いじわる言いました」
姫が少し悲しそうだった。
「この世界では姫が一番だよ」
この言葉は嘘偽りなく本当だった。
姫がゆっくり笑って言った。
「悠久、いままでありがとう」
姫が王座から立ち上がり近づいてくる。
「どうしたんだよ。改めて?」
まるでこれで最後のような?
そういえば今、僕のこと勇者ではなく悠久と呼ばなかったか?
「あなたがいたからここまで来れました。ワタクシ一人では挫けてしまいそうなこともたくさんありました。でもいつまでもあなたに甘えるわけにはいかない。ののかさんにお返ししないと……。ワタクシもあなたのことも、好きでしたよ」
姫がゆっくり僕の手を取り、姫の唇と僕の唇が触れる。
あまりに自然な流れで僕は反応できない。
「ですが私は約束を果たさないといけない」
神経がすべて唇に行ってしまい、魔力感知が遅れる。
姫が魔法を構成していたことに気づけなかった。
僕の体を姫の魔力が包み込む。
「姫何を?」
闇属性の魔力が直接魂に触れるのを感じた。
霊躁術か。
僕は必死でレジストはかける。
だけど、無駄なことは知っている。
今まで、霊躁術をかけられて外せた人間はいない。
姫の魔力が僕の魂に触れるのを感じる。
本物の勇者が目覚めることがないように、勇者の魂を覆いつくしている自分の魂が無理やりはがされるのを感じる。
「姫、やめろって、あいつはお前のことを……」
そうだ。
王子との会話を聞いていたのは、僕だけじゃない。
本物の勇者も会話が聞こえていたはずだ。
意識は共有しないが、体験は共有する。
あの会話を聞かせたかったのは、僕ではなく本物の勇者。
僕は必死に抵抗する。
やっぱりレジストが効かない。
魔法で姫にかなうわけがない。
口はまだ動く
「僧侶、闘士」
僕は大声で叫んだ。
城までは、一緒に来た。
どうにかして気づいてくれれば。
僕は壁に向かって、炎の魔法を放った。
誰か気づいてくれ。
勇者との魂の連結を切られ、僕の視界は暗転した。
◇ ◇ ◇
『これから人々は苦しくて辛い地獄の日々でしょう』
僕には、冗談にしか聞こえない言葉。
それはどうしてか、本当は心優しいと、ののかが教えてくれたからだ。
僕本体の体験は、本物の勇者は知り得ないことだ。
記憶と感情は違う。
同じ人生を歩んできた。
あちらの世界での体験は勇者に伝わっている。
だけど、その体験から何を感じなにを思うかは同じではない。
本当の勇者には、姫は魔族を殺しまくり、騙して、自分の兄弟姉妹すら、惨殺してきた酷い人物にうつるだろう。
辛い気持ちを押し殺しながら行っている内情などポーカーフェイスの姫からわかるはずもないのだ。同化したことがあるののか以外には。
◇ ◇ ◇
僕は飛び起きた。
寝心地のいい柔らかなベッド。
隣には、お気に入りの猫耳付きのパジャマを着たののかがすやすや寝ている。
「ああ、くそ。あの自己中め」
昔からそうだ。いつまでたっても僕の話を聞かない。
相談なんてしてもくれない。
胸に手をあて、勇者との繋がりをたどってみる。
今までのように感じられない。
多分もう寝たとしても、あの世界には行くことができないだろう。
「姫はなんてことをしてくれたんだ」
取り返しはつかない。
勇者が絶望を抱え、瀕死の重傷でも負ってくれない限り、僕はあっちの世界に行くことはできない。
だけど、異世界に渡る方法は一つではない。
「ごめん。ののか起きてくれ」
僕はののかを揺り起こした。
「ふぁぁ。ん、どうしたの? 悠久」
僕にとっての一番はののかだ。
それは変わらない。
ののかの顔を見ると、今もこれ以上ないと思えるほど、幸せを感じている。
だけど、
「ののか、僕にとっての一番はののかだけど、もし前に言ったののかと姫を同じと思っていいのなら、姫を助けてほしい。多分もう助けられるのは、ののかしかいない」
ののかは、こくりと頷いた。
「うん。いいよ。姫を助けに行こう」
嘘つきで、自分勝手で、僕の話を全然聞いてくれないお姫様。
助けてほしいなんて頼まれてもいない。
だけど、それでも、
どんなに裏切られても助けたいんだ。
僕は姫を。