宴
戻った第一王子の城は大混乱していた。
当然だろう。
寝ているあいだに、一夜にして、王子と幹部が全滅していて混乱していない方がおかしい。
惨劇の元凶であるはずの僕らの姿を見て、ほとんどの使用人が怯えるなか、一人年配の女性だけ姫の姿を見て涙ぐんでいた。
どうやら昔、姫のお世話係だったらしい。
姫は、その女性をリーダーとし、使用人達に死体の処理や国王軍への連絡などをさせていく。
何をすればいいのかわからなかった使用人達もやることを与えられて、むしろほっとした様子だった。
姫が王族らしい態度で、使用人たちに考える暇を与えず指示を出すため。
一刻も置かずに、すっかり姫の城になってしまっていた。
僕らは簡単に城を占拠した。
そして僕と僧侶と闘士は何の役にも立たないので、暇を出された。
草原の反対側に広がる城下町もほとんど人がいない。王子が事前に避難させていたのだろう。
そのあたりは第一王子はちゃんとしていたらしい。
僕らは、どうにか開いている店を見つけて、そこで飲むことにした。
僕はマスターが注いでくれたお酒を闘士に渡す。
「勇者、浮かない顔をしているな」
「ああ、まあ、犠牲がいっぱい出たからな」
「お前もそういうこと気にするんだな。まあ、そうだな。民間人には被害がでていない恨みはそれほどかっていないだろうから、まあいいんじゃね」
闘士は相変わらず軽い。
「あちらから宣戦布告はでていたのだろう? きっとあの魔王女様ならこれで手打ちにするだろう」
レッドドラゴンが僕の代わりに、うなずいた。
「そうだね」
そうであって欲しいと願うばかりだ。
王子が死に、幹部も全部僕が殺してしまったことで、真実はもう僕と姫の中にしかない。
「すぐには無理でも、魔王女の町は、魔族と人間が仲がいい。少しずつそれが広がっていってまた元のように人間と魔族が仲良く暮らせるだろう」
ドラゴンはそういった。
「そうか。お前は昔平和だった頃を知っているのか」
「言うほど昔じゃないぞ。人間の年寄りだってその頃を知っている」
「小さい子供の頃だったが、その頃は呆れるほど平和でいい時代だった」
年老いたマスターがドラゴンの言葉にうなずいた。
「マスターいいのか魔王軍の俺たち酒出しても?」
「いやむしろ魔王軍には感謝している」
「第一王子の政治が酷かったのか?」
「酷かったのは第二王子だよ。第一王子は人はよかったが政治に疎くてほとんど第二王子にまかせきりだったから、第二王子の政治は軍中心でいい暮らしをしたければ、軍に入れと言われるぐらい。一般人は酷い扱いだった。軍にいた親族を亡くしたものもおおいだろうが、わしのような身寄りのない年寄りは、税が減るほうが嬉しい」
店のマスターはなんともいえない顔をしていた。
「そうなのか。全然知らなかった」
王都だから、皆いい暮らしをしているものだと思っていたが実際はそうでもないらしい。
「それより、あんたらはそんな簡単に素性を明かして、私が毒をもるとか考えないのか?」
「あ、しまった。何も考えてなかった」
相変わらず、能天気だな闘士は。
「我が輩に毒など効くはずないだろう」
とレッドドラゴンは自慢気だ。
「あたしはちゃんと闘士が手をつけたものだけ食べてますよ」
「僕もそうだね」
闘士はえっと僕らの顔を見る。
「お前ら酷いな⁉」
「飲み物も頻繁に入れ替わってるのに気づかない闘士が悪いよ」
「そうですよ。あたしも間接キス我慢して飲んでるんですから」
「まじかよ」
闘士が本気で落ち込んでいる。
なんでだ? 今更何を言っているんだろう?
「もしかして本当に気づいていなかったのか。いつも怪しい土地とか食べていいか分からないときはとりあえず、闘士から食べてもらっていただろ」
「あ、ああ、言われてみれば」
「闘士倒れても、光属性魔法で解毒できるけど、僕らが倒れたら、パーティー全滅だからな」
精神統一できない状態での魔法の使用は結構難しい。毒状態とか特にそうだ。
苦しいとかならまだいいが、意識が朦朧とするタイプの毒は注意しないといけない。
「……それなら仕方ないか。一番腹減ってるから食べさしてくれてるとばかり思っていたのによ」
毒見頼むなんて一言も言ったことはなかった。闘士はかってにつまみ食いしてくれるし。
「ああ、畜生。王子だって結局、ドラゴンのおっさんが倒したようなもんだしな」
「ガッハッハ。もっと褒めてもいいんだぞ」
「まあ、闘士はいつだって役立たずですよ」
「僧侶⁉ それはちょっと酷いだろ!」
「僧侶、酔っ払ってるだろ。素がでてるよ」
僧侶は、いつもに輪をかけて毒舌だ。
「それより二人はどうするんですか? ヴァンパイア領とか、エルフ領とか残ってはいますけど、ほとんどこれで世界制服ですよ」
言われてみればそうだ。
姫はすでに魔王だし、
第一王子を倒したことで、姫は王族の序列一位。
人間と魔族はもう姫の支配下だ。
「ということは世界征服の仕事も終わりかな? また姫にたのんだら、仕事はくれるだろうけど、倒すやついなかったら、一日中門の前にたってなさいとか平気で言いそうだもんな」
「でもどうするんですか、あたしたち戦うことしか能がないのに」
「魔物でも倒すかぁ」
「闘士はそれで金かせげるんでしたね」
闘士のようにきれいに魔物を解体できないと、あまり魔物退治は金にならない。
「そういや、この世界ギルドとかないな」
この世界では、魔物を倒すだけで、報酬をくれるようなところはない。
あってもよさそうなのに。
「ギルドってなんだよ」
「魔物を倒すのを斡旋するところかな」
「魔物なんて自分で倒せばいいだろ?」
「例えば、自分より強い魔物がいたらどうする」
「そんなもん、もっと鍛えればいいだろ」
闘士らしい脳筋な回答だ。
「馬鹿ですね。闘士、鍛えてもそんなすぐに強くなれません。もっと頭を使わないと」
「そうそう」
「頭使ってもっと強い魔法を覚えるんですよ」
僕はこけそうになった。
「僧侶も同レベルだよ」
「ドラゴンブレスを使えばいい」
「レッドドラゴン話聞いてた?」
「最強のドラゴンブレスで倒せぬ敵などいない」
そうだけど、そうじゃない。
「おっさん、俺らに負けただろ」
「お前たちはもう仲間だ。敵ではない」
「なるほど。そうか!」
「闘士もなるほどそうかじゃないだろ。前提条件変えるなよ。自分より強いって前提条件はどこにいったんだ」
レッドドラゴンもしれっと昔から仲間ですって顔して呑んでるけど、共闘したの今回初めてだからな。
「じゃあ、そういう勇者は、どうするんだよ」
えーと、普段の僕なら、どうするか。
「急所を調べて、どうやって当てるか考えるかな」
「やっぱり、そうだよな」
ダメだこれ。
僕たち脳筋しかいない。
「前提条件ってやつは一人でなんて言わなかっただろ?」
「ああ、まあ」
「自分より強くても、みんなで頑張れば、どうにか倒せるだろ。いつだって俺達はそうやって戦ってきたんだからさ」
「確かにそうかもな」
ギルドなんてなくても、この世界はきっとそんな感じでいいのかもしれない。
「それにしてもどうすっかなぁ。しばらくは、行ったことない土地に旅でもしてみるか」
「はあ、まあ、いいですけど」
僧侶はけだるそうにお酒に口をつける。
「僧侶も来てくれるのか?」
「だって闘士、魔法使いいないと戦えないですよね」
「それってまさか?」
「別に闘士のこと好きでもないですよ。ツンデレでもないですからね。その辺で野垂れ死んでもいいと思ってるほど、きらいでもないだけですよ」
「つまりどういうことだ?」
僧侶から答えが得られそうにないので、闘士は僕にきいてきた。
「友達なんじゃないか」
僕が僧侶のかわりに答えてあげた。
「友達から始めましょうってことか」
「いえ違います。あたしは恋人がいるので、友達で終わりましょうって意味ですよ」
その言い回しは初めてきいたよ。
「えっ、恋人いるの」
闘士が若干動揺する。
僧侶の恋人ってトウヤのことだよな。
「まあ、全然会えていませんが」
「恋人いるのに、男友達と旅するなんてそれって……」
闘士はなぜか目に涙を浮かべた。
「何か闘士、誤解してませんか?」
もしかして闘士は、僧侶の恋人がもう死んでるとか想像しているのだろう。
「いやいいんだ、そうだったんだな」
「闘士、ちゃんと説明しますから」
「そんな辛いことは、話さなくていいんだ。そうか、そんな悲しみに耐えながら、俺たちに笑顔を振りまいていたんだな。そういえば、確か霊樹と戦ったころ辛そうだったのもそういうことか」
「ちょっと勝手にあたしを悲劇のヒロインみたいにしないでくださいよ。憐れみはあたしが闘士にするのであって、闘士があたしにするものじゃないです」
闘士と僧侶はやんややんやと言い合いを始める。
本当に仲いいな。
「そうだ。ドラゴンのおっさんも一緒に旅しようぜ」
「うーむ。嫁がいいと言ったらな。でも、もうすぐ子供も産まれるし」
「結婚してんのかよ。もうすぐって子供産まれるのいつだよ」
「8年後だ」
「8年!? それってもうすぐか? ドラゴンにとってはすぐなのか。あーでもそうなると一人で寂しいのは俺だけかよ。旅のついでに嫁探しもするかな」
「あたしは、その邪魔をしますね」
「なんでだよ」
「闘士の不幸があたしの幸せだからです」
知ってたけど、本人の前で口に出したらダメだろ。
「勇者なんか僧侶酷いんだけど」
「僧侶は昔からそうだよ」
酔っ払ってて素がでてるだけで、いつだって酷い。
「そんなバカな」
「よく思い返してみろよ」
「そうだな。ヒールかけるときに、傷を一度広げてしっかり判断してくれたり、怪我してなくても、わざわざ針100本ぐらい使って針治療してくれたり。痛みに耐える練習につきあってくれて鞭で100叩きしてくれたり、いつも優しいな」
「僕が思い浮かべたことより100倍ぐらい酷いけど、よくそれで僧侶のこと好きだな」
それで優しい言ってるんだから、かなりドMだよ。闘士の場合、肉体が頑丈すぎて物理的な苦痛はノーカンなのか。
闘士は不服そうに僕に言う。
「なんだよ。昔は勇者の方が、僧侶のこと好きだっただろ」
「いや、それは僕じゃなくて……」
僕が言い訳しようとすると、闘士がかぶせるように言った。
「今は姫が好きだもんな。勇者はどうせ今後も姫のそばにいるんだろ」
「……そうだね」
「まあ、心配するなよ。また、姫がとんでもないこと言い出したら、旅なんか行かずに、俺もつきあってやるから」
「そうです。もちろんあたしも一緒です。どんな敵もあたしの雷でドッカーンですよ」
「二人とも、ありがとう」
初めてこっちに来たときは、二人とこんなに気心しれた仲になれるとは思わなかった。
性格は相変わらず無茶苦茶だけどね。
多分パーティーで僕に心を開いてくれていないのは姫だけだ。
所詮僕は、本物の勇者の代替品。
姫は僕にそばにいてほしいのだろうか。
今はそれだけが知りたかった。