第三王子戦
部下からの報告を楽しみに待っていた。
だが部下からの報告は、自分が期待していたこととは真逆の自軍の殲滅。
「そうかあいつらやっぱり生きていやがったか」
究極魔法をまともに受ければ、人間は塵も残らないが、それをいいように利用された。
妹は、死んだふりして、いつの間にか魔王にのし上がっている。
こちらも王にはなれたが、欲しかった領土は半分になった。
仕方なしに、妹の領土を奪ってやろうと思い軍を派遣したところ、返り討ちにあう始末。
いつの間に防壁を築いていたんだ。
俺と同じように魔王を攻めていたはずなのに、防壁は魔王領ではなく、こちらの領土との境に綺麗に建てられていた。
しかもこちらの軍に一番打撃を与えたのは、雷属性の究極魔法。
予測はしていた。
「やはりあっちの世界で会った小娘か」
こちらが土属性で上級魔法を防いだにもかかわらず、魔法で押し切るような発言をしていた。
つまりそれより強力な魔法が使えるということ。
「やはり究極魔法持ちだったな」
それも考慮して、雷属性に強い死霊化する呪いを部下にかけておいて、さらには、霊樹の実まで持たせておいたと言うのに。
死霊は一体ならば、簡単に対処できると思い複数体発生するようにしていたが、難なくすべて倒され、樹霊も後数日対処が遅れれば、俺の火属性の究極魔法でしか対処できないほどに成長していただろうに。
部下に巨大な闇属性の魔力持ちと、毎日山の中を探索している、魔物に詳しい奴がいるとでもいうのか。
詳細まではわからないが、結果として、すべて対処されている。
なにもかもうまくいかない。
「逆か、なにもかも妹の思い通りか。畜生が」
ならば、あちらの世界を蹂躙するかと思うが止めた。
あっちの世界であいつが見せた瞳。
この体が人質の代わりになっていなければ、簡単に殺せると言わんばかりだった。
屈辱だ。
上回られたのは、ほんの数秒。
平均してずっと強い類の強さではなく、一瞬に全力をかけた強さだった。
ただ戦いの世界で数秒あれば、殺される。
あちらの世界に渡るだけで、相当の魔力を消費する。
魔法が使えなければ、互角。
互角とはつまり死ぬ可能性があるということ。
魔力は体になじみ、以前のように体も動かせるようになった。
だが、肉体的にどれだけ上であっても魔力が少なくなれば、なにも安心できない。
あいつの強さはそういう異質な類のものだ。
今回派遣した部下の中には、あの勇者を簡単に倒せそうな強者も少なからずいたが、全員死亡していた。
もちろん他の奴が倒したのかもしれない。
それは逆にいうと、もっと戦力を隠し持っているかもしれないということ。どちらにしろ脅威でしかない。
「やはり今のうちに叩いておくか」
ぼそりとつぶやくと、ばたりと報告を行っていた部下が倒れる。
部下の背後に、急に湧いてきた影のように、妹の勇者が立っていた。
感情は見えない。
「奇遇ですね。お兄様、ワタクシとおなじことを考えていたなんて」
近くに歩み寄ってきた妹が代わりに不敵に笑っていた。
◇ ◇ ◇
僕が王子の部下の最後の一人を倒している間、姫が王子と話をしている。
「ノノアール。昨日まで、霊樹の対応におわれていたのだろうが、どうしてここにいるんだ」
「お兄様の嫌がらせなのは、想像つきましたから、適当な木を燃やして、偽装しましたよ。そんなこともわからないなんて、部下が無能で大変でしょう?」
姫はクスクスと笑い挑発する。
魔力感知を持っていない人間には、どの木が魔力を持っているかなんて判別不可能だ。
それに、耐雷属性の魔物ばかり、二回も出くわすのは、運が悪いというには不自然だった。
歯ぎしりをしている王子を見るに、底意地の悪いお兄様のことだから、軍が倒される可能性も考慮して保険をかけていたのでしょうという姫の想像通りだったわけだ。
僕らは、キリーナ姫に霊樹と戦っている風に装ってもらっている間に魔力を回復し、王子に報告に向かうと思われる人間を尾行した。
シンプルでわかりやすい作戦だ。
「この城の守備をどうやって突破してここまで来た?」
「正面突破ですよ。お兄様」
姫の中で、僕が潜入して、敵を殺すことは正面突破にはいっているのか?
僕にとってのスタンダードには違いないけど。
「もうこの城には、お兄様しかいませんよ」
殲滅戦は姫の得意とするところだ。
「部下がどれだけ死のうとも関係ない。強い奴一人いれば戦況を覆せる。つまり、俺がいればいいんだよ。お前ら全員虐殺してやる」
「つまり、お兄様を倒したら、終わりということでしょう」
姫の言葉を皮切りに、王子が怒りとともに魔力をみなぎらせる。
属性は水。
「アクア……」
「フリーズ」
僕は、相手の魔法構成を追い抜き、王子の魔法の発生源の近くで氷結魔法を発生させた。
水は量と勢いが力だ。
初動を潰せば、上級魔法も、初級魔法で対応できる。
相手の魔法が生み出した水を利用し、氷をとげ状に発生させて、王子を襲う。
王子に当たった氷は一瞬で溶ける。
「やはりお前は、相手の魔法が発現前にわかるのか」
何度も後出しじゃんけんされていたら、さすがに魔力感知もばれるか。
「小細工はなしだ」
高温の炎を纏った王子が吠えた。
属性が火に切り替えられたのは、僕でなくてもわかるだろう。
一番得意な火属性魔法でごり押しされる方がまずい。
が、予想通りでもある。
「闘士」
僕は闘士に合図を送る。
魔力感知ではなく、王子が右手を掲げる動作を見て、究極魔法の発現を予測した。
王子は魔法構成に3秒かかるが、予備動作をいれれば、プラス2秒。
5秒もあれば、いくらでも距離を詰めれる。
僕は魔法で迎撃はなしで、一気に王子の背後に回り込む。
強力な魔法使いの倒し方は、魔法を使う前に倒すことだ。
僕は、高速回転し、王子の首を狙う。
「させるか!」
王子は叫びながら、自分の死角に対して反撃を仕掛ける。
僕はどうにか王子の剣を聖剣で受け止める。
「同じ技が二度きくか!」
王子が吠える。
僕の最高速度が乗った剣と王子が態勢を崩しながら振った剣が互角。
魔法でも力でも僕は王子にかなわない。
「そうだよね」
だけど、それも折り込み済みだ。
僕の死角からの攻撃に対応したということはつまり、
ズドンと闘士が拳を叩き込む。
反対側が死角になると言うことだ。
王子はその攻撃も盾で防いでみせる。
衝撃がすべて、王子の盾に流れ込み、盾にひびが入る。
吹き飛ばされず、盾にひびが入るということは、闘士の膂力と互角ということ。
僕は王子の剣をスピードが乗っていない状態でもう一度受けると簡単に吹き飛ばされた。
僕は、吹き飛ばされながら、剣を持たない手で魔法を構成する。
「連続ファイアボール」
僕は火球を王子の鎧に叩き込んだ。
「そんな攻撃効くか!」
王子の言葉通り、僕の初級魔法は、鎧に施された強力なレジストではじかれる。
僕は受け身も取らずに魔法を使い続けたことで、もろに壁に叩きつけられた。
僕はそれでも、隙間を縫って、火球を鎧に当て続けた。
「闘士、引きなさい。僧侶、全力でやりなさい!」
姫の指示で闘士が王子から一気に離れる。
僧侶の詠唱がちょうど終わっていた。
「究極魔法が使えるのが、自分だけだと思わないでください」
僧侶は、魔法を解き放つ。
「エンドレスアトミックサンダー」
範囲攻撃魔法であるはずの、アトミックサンダーが収束し、降り注ぎ続ける。
魔力残など気にしない、究極魔法3回分を1回に凝縮した雷属性の究極魔法。
空気を突き破る尋常ではない雷鳴。
常人ならば一瞬で黒焦げになる雷の中、王子は魔力で雷を押し返す。
王子はレジストの強い土属性ではなく、僧侶を火属性で殺しにかかった。
「ヘルファイヤー」
王子の手から、すべてを焼き尽くす灼熱の炎が放たれる。
姫が僧侶に地獄の業火が直撃する寸前に、魔法を構成した。
「堅牢なる守護神」
防御のみに特化した幽鬼軍団の一体が出現する。
僧侶の前に立ちヘルファイヤーを押し返そうとする。
僕は、したたかに打ち付けた背中の痛みをこらえながら、氷属性の魔法を構成する。
「フリーズ」
姫の守護の幽鬼に僕の氷結魔法を撃ちこみさらにレジスト性能を上げる。
しかし、王子の業火の威力は強く、直撃せずとも僧侶の皮膚を爛れさせていく。
「アッハッハッハ。あたしが最強です」
僧侶は高笑いし、回復などもせずに、雷を落とし続けた。
「どっちの究極魔法が強いか勝負です」
究極魔法は、魔力量、高出力、そして高難易度の構成すべてが要求される。
極限状態ですべてを維持できるかが問われる。
「かはっ」
僧侶の雷が王子のレジストを上回り、王子の動きが一瞬止まる。
一瞬で十分だ。
ののかと違い、姫がそんな隙を見逃すはずもなく。
全身が痺れ、身動きが取れないだろう。
王子は倒れそうになり、
姫が王子の頭を鷲掴みした。
「魔力ドレイン」
王子の魔力が吸い上げられて、すべて闇色に染まる。
「霊繰術」
染め上げられた魔力が再度流し込まれる。
「この程度」
「まだ抵抗できますか、しぶとい。まあ、でも時間の問題でしょう」
魔力量が段違いだから、吸い取っても吸い取っても湧き上がってくるのだろう。
だけど、その分、姫の魔力は増え、抑える力が強くなる。
体については、僧侶が姫が感電しないように注意しながら、電気を流し続けている。
魔力がなければ、雷に敵う人間はいない。
もう意志の力ではどうすることもできないにちがいない。
姫の言う通り時間の問題。
今まで姫の霊躁術から逃れらた人物はいない。
王子は、僕をにらみつける。
「おいそこの勇者、弱いくせに、どうして俺の魔法がわかる」
負けたことが納得いかないのだろう。
最後の力を振り絞って、ぼくにくってかかる。
「あの力は僕が弱いことの証明だよ」
闇属性以外、全属性持ちなのに、使えない魔法が多い。
だけど、だからこそ、他人の魔力に敏感で、相手の種類が判別できる。
自分の魔力が大きすぎる人間には到底分からないだろう。
魔法はわかりやすい。
同じ属性ならば、下級魔法は上級魔法に絶対勝てない。
魔力量が少なければ、レジストできなければ負けてしまう。
身体能力もそうだ。
正面からのぶつかり合いは、力が強い方が勝つに決まっている。
闘士が王子の前に出た。
「覚えているか。本当に一瞬だけ俺があんたのパーティーにいたこと。たいして強くもない敵にボロボロにされて負けたあのときから俺はたいして強くなってない。今の強さを維持するので、いっぱいいっぱいだ。だけど、俺達は勝てた。お前に」
僕と闘士は毎日毎日強くなってるのかどうなのかよくわからないまま、修行に明け暮れていた。
負けたくないから。
負けたくないから作戦も考えた。
あちらの世界で一度手合わせした日、僕は王子の魔法量を魔力感知で憶えた。
パーティーで一番多い、僧侶より少しだけ多い程度だった。
一回でも魔法を無駄に打たせせて、僧侶が魔法を温存できていれば、上回れる僕はそう判断した。
数値化されているわけではない、僕の感覚。
僧侶はそれを信じ、実行に移した。
僧侶が臆病風に吹かれて、自身を回復すれば足りないそのくらいの僅差の量。
速度は僕と、力は闘士と、魔法は僧侶と互角。
総合力で誰も勝てる人間はいなかった。
姫の話では、強力な装備を身につけているとのことだった。
闘士の役目はアンチマジック盾の破壊。
僕は鎧にかけられているであろうレジスト効果の無駄使い。
僕の弱い魔法でも、レジスト一回は一回だ。
無限にエンチャントできるわけではない。
僕らは全力で殺しに行った。
それで死んだらしょうがないと思っていた。
王子はちゃんと僕らそれぞりより強く、僕ら全員の合わせた力と互角だった。
だから、殺さずに姫の霊躁術までたどり着けた。
「勇者、話が終わったなら服かしてください」
「どうしたの、えっ?」
一糸纏わぬ姿の僧侶が、地面にぺたんと座り込み大事なところだけを腕でかくしていた。
「うわぁ。服どうしたんだよ」
「王子の魔法で服全部燃えましたよ」
ドラゴンブレスすら耐えられるって売りの装備だっただろ。
大事なところだけ燃え残るとか配慮すらなく、跡形もなくなっている。
僕はあわてて、そっぽを見ながら、自分の上着を脱いで渡した。
じっくりと見えたわけではないが、着やせするといっていた胸が脳裏に焼き付いて離れない。
「なに顔真っ赤にしてるんですか。恥かしいのはあたしですよ。ののか先輩の裸見慣れていますよね」
僧侶が呆れたように言う。
「なにいってるんだよ。そんな機会今までないから」
僕は弁解する。
「あんなにイチャイチャしてて、プラトニックラブなんて信じられないんですけど」
しょうがないだろ。
幼馴染で隣の家の弊害だ。
両方の親が、全員留守じゃないとそんなチャンス訪れない。
僕もののかも、本の買いすぎで、お金はないから、そういう場所には泊まれないし、お互い外でやるほど度胸もない。
僕が煩悩まみれになっていると、闘士が叫んだ。
「うわぁ。勇者見てくれよ。俺のナックル壊れてる」
王子の盾を殴った利き手の方のナックルが見事に壊れていた。
「親父のやつ絶対壊れないって言ってやがったのに」
多分、王子の盾と同質の素材でできていたんだろう。
金ぴかで随分高そうでお気に入りだったから、ショックもでかそうだ。
「なんで闘士はあたしのお色気シーンより、装備の故障を気にしてるんですか」
僧侶は、ご立腹になって、闘士を足蹴にした。
僕の上着は丈長めとはいえ、他になにもはいてないんだから、もっとおしとやかにしてほしい。
「なんだよ。見てないんだから紳士的だろ」
「紳士的というのは、見たいけど、みたい気持ちを抑えながら、見ないようにするのが紳士的なんですよ。あたしの体に魅力がないみたいじゃないですか。少しはあたしの心配しなさいよ」
「傷一つないんだから、別にいいだろ。怪我してたらさすがに装備より、心配してるぞ」
「それはどうですかね」
僧侶は怒ってそっぽを向いた。
「おい勇者、どう対応するのが正解なんだよ」
闘士は僧侶の対処ができなくて僕に聞いてくる。
「僕にもわからないよ。僧侶は、乙女の中でも格別複雑な心だからね」
僧侶は、気づかなかったみたいだけど、傷一つない体だなんて、完全に隈無く僧侶の体見てるだろ闘士。
何気ないすました顔をしているが、いつも怪しげなお店にいっているだけあって、僕より慣れてるな。
「あなたたちは、毎回毎回命がけで戦った後も何をしてるんですか」
霊繰術を完璧にかけおえ、王子を昏倒させた姫が呆れている。
「姫も混ざりたい?」
「そんなわけないでしょう。闘士、お兄様を運んでください」
姫が闘士に指示を出す。
「あいよ」
闘士はひょいと王子を持ち上げた。
「この後どうするの?」
僕は姫に質問した。
僕の希望は先に伝えてある。
できれば先輩を助けてほしいとは思っている。
ただ姫の意向にはもちろん従うつもりだ。
姫は僕の顔をみて、
「処刑します」
と、言った。
「さあ、お兄様、あなたには、ワタクシの罪を全て被って死んでもらいましょうか」
姫は誰が悪役か分からなくなるぐらい邪悪に笑っていた。