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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第二章 夢の続き
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退部

 私は体に染み付いた癖を振り切り部室に行かずに、学校の玄関に向かうと、ののか先輩が一人でいた。

 あの子のうちにいた時でも、ののか先輩が一人でいるのを見るのは珍しい。

 いつも隣に悠久先輩がいた。


「ちょっとだけ話そう?」


 ののか先輩が優しく言う。


「あなたにも話すことはありません」


 そう言うとののか先輩はいたずらっぽい顔をした。


「文芸部の部長は私だよ。二人に言ってもダメだよ。辞めるなら私に言わないと」


「それは……そうですね」


 ののか先輩が部活に来れないときは、いつも部活のために何かしてくれているときだった。

 あたしたちは、学校の中庭のベンチに腰掛けた。

 ベンチの端と端、距離感は、いつもの部室ぐらいの距離。


「結局どうするの?」


「辞めます」


「ふーん。そうなんだ」


 さして悲しくもなさそうなそっけない返事。


「引き止めたりしないんですか」


「んー。名前はかして欲しいかも、4人いないと部活として認められないんだよ」


「い、嫌です」


「そっか。じゃあ、もうグループチャットも外すね」


 ののか先輩は、携帯を出すと、ためらいなく私を外した。


「あっ」


 ピロンと携帯の画面に外れたことが浮かび上がる。

 今更になって、寂しさが訪れる。


「今までありがとう。最後にあなたが別人だとして、もう一度誘うけど、文芸部入らない?」


 これが最後のチャンスだと言わんばかりだった。


「入りません」


 そう言うと、ののか先輩は嬉しそうな顔をした。


「どうして、そんな顔をするんですか」


「えっ。私どんな顔してる?」


 ののか先輩が慌てて、顔を押さえる。


「嬉しそうです」


 あたしが答えると、ののか先輩が俯く。


「そっかぁ。うまくやれてるつもりだったのに、やっぱり感情は顔にでちゃうよね。レミちゃんと違って」


 それはもう一人のあたしだろう。

 あの子は自身の残虐性をみじんも外に出さなかった。


「レミちゃんが辞めてくれて、ちょっとだけほっとしてるなんて、先輩失格だよね。レミちゃんは、ミキを助けてくれたりしたのに」


 あの子は現代医学でも治せない。心臓についた即死級の傷ですら治してしまった。

 その所為で、ののか先輩との関係は壊れてしまったけど。


「あなたは、私は罵ってくれないの? 最低な先輩だって、トウヤ君にしたみたいに」


「あなたは罵ってほしいんですか」


 あたしは、ののか先輩を罵れるほど、語彙力を持ち合わせていなかった。

 ののか先輩が最低だと思ったことはなかった。


 今日を除いては。


「罵ってくれたら、部活を辞めるのをあなたの所為にできるもの。私が頑張って、あなたを引き止めて、私が頑張って二人を説得したら、あなたは辞めない。そうなんじゃない?」


「そんなことは……」


 未練がないとは言えなかった。


「トウヤ君は何も知らない。今は、悠久がある程度説明してくれてるかもだけど、悠久は全部知ってて全然平気で、私はある程度しか知らないけど、ダメだった」


「あの子が拷問していたことですか?」


「こっちの世界のことは知らないけど、私の記憶の中のレミちゃんも、人を拷問して笑ってた。心の底から、楽しそうに。見た目が同じあなたも、実はそうなんじゃないかって思ってしまうの」


「あたしは……逆でした」


 いじめられているときは、どうしてこんなひどいことをできる人間がいるのだろうと思っていた。

 そして、あの子の中で見ていた映像で、上には上がいるのだと思い知らされた。

 実行に移しているのは、自分自身の体だった。なにより笑っていた、悪魔のような笑顔で。


「私はいじめられていた訳ではないけど、中学のときはひとりぼっちだった。悠久が戻ってくれなかったら、今もそうだったと思う」


 想像がつかない。

 初めて会った時から、かっこいい彼氏がいて、後輩にも優しいそんな人。

 穏やかで、誰もが寄ってくる花のような人なのに。


「あなたが元のレミちゃんなら、もう少し頑張ろうと思っていた。そしたら悠久が喜ぶから。レミちゃんのためじゃなくて悠久のために頑張る時点で最低だよね」


 ののか先輩にとって嫌われたくないのは、悠久先輩。あたしでも、もう一人のあたしでもない。


「私もあなたが文芸部入ってくれたときは……、夏休みまでは……、ミキを助けてくれたときまでは……、好きだった。だったよね。もうわからないや」


 ののか先輩は、悠久先輩のように、あたしともう一人のあたしの区別がついていない。

 あたしもわからなくなる。

 あたしにむけてくれていたのか、もう一人のあたしだったのか。

 どちらにしろ、笑顔は本物だったと思う。

 ついこの間のはずなのに、遠い昔の思い出のようだ。


「あなたがいなければ、私は自分がこんなに嫌な人間だったなんて気づかなかったのに」


 ののか先輩は涙を流す。

 あたしではなく自分のために。


「あなたが別の人間でも、きっと悠久は助けてくれるから、なにかあったら悠久に連絡したらいいよ」


 ののか先輩は涙を拭うと、別れの言葉もなしに、立ち去っていく。

 後ろ姿を見ながら思う。

 ずっと助けてもらってきたのだろう。

 だから、気づいていない。

 あの人がなにがあっても助けてくれるのは、あなただけ。

 あたしを助けてくれるはずはない。

 だってずっと無視されてきたのだから。

 見た目で判断しないひとだった。

 あたしの体は素通りして、いつも魂に話しかけてた。

 好きの反対は無関心。

 あたしは、あの人の心に存在すらしていなかった。

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