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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第二章 夢の続き
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部活動失恋系

 失恋はこれが初めてではない。


 入学式のあの日。


「おーい、トウヤ」


 後ろから、悠久が声をかけてきた。

 幼稚園からずっと一緒の悠久だ。

 中学で、部活が別になってから、たまにしか話さなくなったが仲が悪くなったわけではない。

 やあ、と手をあげようとしたところで、ひょいっと後ろから、ののかちゃんが顔を出した。


「あ、トウヤ君久しぶりだね。中学の頃は一緒のクラスにならなかったもんね」


「そうだな」


 新しい高校の制服を着たののかちゃんをまっすぐ見つめた。

 どれだけ遠目に見ていたことだろう。

 クラスがあったら、機会があれば声をかけたいと思いながら過ごしたことか。

 結局今も、悠久が話かけてくれたから、話せた。小学生のころも、悠久との関係性の延長線で話ていたにすぎないことを実感させられる。

 小学生の頃と同じように、好きな本の話題で盛り上がる二人。

 話題に入ろうとすると、必要以上に教えてくれる。

 居心地がよくて、居心地がわるい。

 昔とまるで変わらない。


「また噂されるぞ」


 心配した口調で、ほんの少しイジワルに俺はそう言った。


「ああ、もう大丈夫だよ」


 振り向いた悠久の顔は晴れ晴れとしていた。


「大丈夫ってなんだよ」


「ののかとは本当に付き合いはじめたから、トウヤがもし誰かに聞かれても、肯定してくれたらいい」


 答えを聞いて、ようやく理解した。

 二人は変わらないのではなく、あの頃の関係から一歩進めたということに。


「なんだよ。そういうことかよ」


 どうにかいつも通りに声が出せた。


「心配してくれてありがとな」


 いつも通りの顔で悠久は言う。

 特に他意はないだろう。


「ああ、いや、俺も可愛い彼女がほしいよ」


「やっぱり高校生なら彼女いないとな」


「偉そうになにいってるの。私たちも付き合いはじめたばかりでしょ」


 ののかちゃんの一言で、悠久の一人よがりの線も断ち切られた。

 ののかちゃんが笑顔を向ける。

 特に特別ではない笑顔を。 

 ワンチャン狙おうと思って、頑張って受けた高校だった。

 クラスはののかちゃんと一緒だった。

 悠久だけが別だった。

 ののかちゃんとは、自然と話ができるようになった。

 だけど、ほんのちょっとだけ遅かった。

 多分それが俺の最初の失恋。

 話すだけで感じる胸苦しさは、レミちゃんのおかげでなくなっていたというのに。


◇ ◇ ◇ 


 たった4人しかいなかった部員が、3人になった。

 しかも、今日は悠久と自分の二人しかいない。

 狭い部室が広く感じる。

 いつも3人以上揃ったら、悠久が本を閉じて、思いついたテーマをでたらめに話はじめて部活がスタートしていた。

 多分、俺がいなかった日も3人で同じようにはじめていたのだろう。


「今日は部活やらないのか?」


 今日はののかちゃんは来られないらしい。

 だから、今日の部活は始まることなく終わってしまうのかもしれない。

 悠久が本から目線をあげながら言う。


「もちろん……。やるよ。テーマはなんにしようか?」


「テーマを聞いてくるなんて珍しいな。いつもいきなり話はじめるしくせに」


「僕だって調子が悪い日もあるよ。たまには、トウヤがやってみる?」


「いいけど、お前ほど物語に絡めた話にはならないぞ」


「いいよ。自分じゃない誰かの経験は、物語の糧になるから」


 悠久はいつもその日の気分でテーマを決めていた。


「じゃあ、今日は失恋なんてどうだろう」


 今日やるとしたらこれしかないだろう。


「いいね。僕は初恋が、ののかだから、したことないんだよね」


 なんてうらやましい奴、そんな奴の方が世の中少ないというのに。


「俺さ、昔から失恋したら後を引きずる方なんだよ」


「意外だね。あっさりしてそうなのに。そういえば僕達、お互いの恋愛の話なんてしたことなかったな」


「お前は、見たまんまだろ。いつもイチャイチャしてるから、わざわざ話すこともないだろう」


「それもそうかな」


「それじゃあ、失恋の話をするけどよ、失恋ってやつは、失うからには、恋を手に入れなければいけない」


「確かに言われてみればそうだね」


「でも別に欲しくて手に入れた訳でもない」


「確かに恋に恋する乙女がいるぐらいだから、欲しくても手にはいるわけでもないのだろうね」


「恋が手に入った理由も分からないのに、失うのも突然で、理不尽なのが失恋……だと思う。自分の意志かも疑わしい」


「どんな感じ?」


「世界が色褪せた気がするけど、しっかり目は見えるし、喉も通らないほどなのに、お腹はすくし、胸の奥がキリキリ痛いのにどこも悪くなくて、何もかも失った感じがするのに、死なないんだよな」 


「なんだよそれ」


「実際そんな感じなんだよ」


「文字におこしてみよう」


 悠久は、すらすらとノートに書き始めた。

 事故で恋人を失った青年という設定で、青年の心情を書き始めた。


「それで?」


 悠久が促してくる。


「わかっているんだよ。うつむいて生きていたっていいことないことぐらい。別に女の子がその子以外にも沢山いることだって頭では理解できているんだ。だけど、心があの子じゃないとダメだと叫んでるんだよ。逆にどうしてあの子じゃないとダメなのかとか、別の子でダメな理由は何一つわからなくて、理解できてない。自分のことだけど心はコントロールできない。少しはコントロールできる体で何か物にあたってみたりして、ほんの少しだけ気分がよくなるけど、結局、体も痛んで余計何やってるかわからなくなる。恋の病っていうけど、あれは成就したらなおるんだよな。だけど、失恋に効く特効薬はなくて、唯一少しだけ効くのが、時なんだよ」


「うんうん。いいね!」


「よくねぇよ! 人の悲しい体験談にSNSみたいにいいねつけるなよ」


「あーいや、失恋の体験談の資料として実に有益だなって」


「本当にお前、物語のことばっかりだな」


「ごめんって、でもトウヤも随分感情を言語化する能力あがってるんじゃないかな」


「そりゃあ、あれだけ書かされれば」


 一年のときは、ただの名前貸しだったのに、レミちゃんと一緒に部活がしたくて、下手でもとりあえず書きまくっていたからだろう。

 ペンを持って、物語を書くことに拒否反応はなくなっている。

 だけど今は、別に真面目に文芸部員をやる理由は何もない。


『本当に先輩は文芸部やめたりしませんか』


 不安そうに聞いてくるレミちゃんの言葉が木霊する。


『高校卒業まではしないよ』


『約束ですよ』


 嬉しそうに笑うレミちゃんの顔が昨日のことのように思い出されて、消えていった。

 まるで夢での出来事みたいだ。

 夢といえば昨日見た夢は、色褪せず今も覚えている。


「笑うなよ。昨日、夢でレミちゃんに会ったよ。現実で言えなかったことを全部言ったら、レミちゃんは言って欲しいこと全部言ってくれた」


 それを聞いて、悠久は微笑んでみせた。


「笑わないのかよ」


「笑ってるだろ」


 悠久は穏やかに笑っている。

 てっきりもっと馬鹿にした笑いかたをされると思っていた。


「悠久もいたけど、お前酷いんだよな。普通夢オチって起きた時に気付くものなのに、夢の中で夢だって教えてくるからな」


「僕らしいだろ」


「そうかもしれないけどよ」


 不思議な夢だった。

 まるで抱きしめたレミちゃんの体温まで感じるような。

 別世界にいるような夢。

 レミちゃん夢の中でいっていた、すがりつきたくなる程甘美な言葉を信じていいのだろうか?


「どうおもうよ?」


 俺は悠久に聞いてみる。

 悠久はペンを置きながら、満足げにうなずいた。


「ああ。なかなかいい感じの主人公になったと思うよ」


「いや、主人公の話じゃなくて」


 俺は自分の話をしていたのに、悠久はいつも物語のことばっかりでいやになる。

 はあ、とため息をつくと、悠久はまっすぐな瞳でこっちを見た。


「僕もさ。失恋じゃないけど、つらいときがたまにあって、そんなとき文芸部ならではの、対処の仕方があるよ」


「なんだよそれ?」


「感情を物語の主人公に喰わせる」


「感情を喰わせる?」


「自分の気持ちを物語の主人公の思いということにしてしまうのさ。特効薬というより、麻酔だけど、結構効くよ」


 いつも通り物語を書く上でのテクニックをしゃべりながら、もしかして慰めてくれているのだろうか。


「全部無駄じゃない。そう全部無駄じゃない」


 大事なことだから二度言ったというだけじゃないだろう。

 物語を書くうえでも無駄ではなくて、生きるということでも無駄ではない。

 悠久はそう言いたいのだろうか。

 全然別のことをいいたいのかもしれないけど。

 不思議なやつだ。

 なんだかいろいろ知っていそうなくせに、物語のこと以外はたいして教えてくれない。

 いつものことだから、別にいいけど。

 俺はどうせ……、


「今度もまた女々しく失恋を引きずって生きていくからよ」


「いいんじゃないか。きっとレミちゃんは喜んでいるよ」


「はぁ? レミちゃんは、早く立ち直って先輩って思うんじゃないか」


「トウヤがそういうんなら、そうなんだろうよ」


 悠久は最後に一文継ぎ足した。


「ほらやるよ」


 悠久が、物語を書いたページをちぎってよこした。



『僕は今日もこの失恋を引きずって生きていく』



 悠久が即興でかいた物語の最後はそうしめくくられていた。

 悠久が書いてくれた物語の主人公は、自分を映す鏡のようで……。

 存外悪くないように思えた。

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