霊樹
昨日から、ずっと異世界転移魔法を研究していた僕らの元に、慌てた様子で姫がやってきた。
「勇者、僧侶すぐ来なさい」
すぐに戦闘の支度をするように促す。
「どうしたんだよ姫」
「植物系の魔物が大量発生しました」
「なんで急に?」
「わかりません。昨日の雨のせいかもしれませんが」
確かに昨日の雨は強かったけど、雨なんかいつも降るだろう。
「僧侶いける?」
穴があくほど、姫からもらったメモをみている僧侶に声をかける。
「もちろんです。勇者、あたしをその辺のやわな女の子と一緒にしないでください」
キッっとにらまれた。
なぜか助けたことを根に持っているようだ。
町の外にでると、植物を検分しているキリーナ姫と闘士がいた。
キリーナ姫は、図鑑を持っている。
植物図鑑ではなく、魔物の図鑑だ。
どうやら、闘士がいつものランニング中に気づいたらしい。
動く変な木が生えていたので、引っこ抜いて持ってきたとのこと。
もう一回植えなおして調べているようだ。
「死体を大量に地中に埋めたのがまずかったのでしょうか」
キリーナ姫がきいてくる。
僕は植物が地中に残留している魔力を吸い上げいるのを感知する。
「そうみたいだね」
「とにかく、燃やしてしまうしかありません。弱くてもいいから、町中から火属性の者を集めて対処しなさい」
姫がキリーナ姫に指示をだす。
「姫、これ大元をたたかないとまずいよ」
魔力感知で遠く、戦場になっていた地域に大きな魔力を感じる。
どんどん一点に集まっていっているようだ。
「姉様、これは災害クラスの霊樹かもしれません」
キリーナ姫は図鑑を指差しながら言った。
図鑑によると、霊樹は無限に増殖し一夜にして町を一つ飲み込んだと。
目の前の植物も、最初は苗ぐらいだったのに、目に見えて大きくなっていっている。
突然、植物からつるのようなものがででキリーナ姫の手首に巻き付いた。
「ひっ」
闘士が素早く蔓を引きちぎった。
僕は慌てて、火属性の魔法で植物を焼き払う。
「姉様、この植物、魔力を吸います」
巻き付かれて、あざになってしまった部分を僧侶が癒やしてもらいながら、キリーナ姫が言う。
「勇者案内しなさい。闘士、僧侶行きますよ。キリーナは、ここの指揮は任せます町には絶対入れないように、ちょっとでも動くと思ったら焼いてしまいなさい」
「はい。姉様」
戦場につくと、僧侶のアルティメットサンダーでかなりの木が燃えたはずなのに、木が生い茂っている。
「勇者、ワタクシでは敵がどれかわかりません、指示しなさい」
指示をしろって指示が来た。
「わかった。闘士僕が目印に火をつけていくから、なぎ倒していって」
検分していた植物をみる限り、切り離して地中からの魔力供給が止まれば成長はしない。
「おうよ」
「姫も同じように、切り倒して、あの死神みたいな幽鬼ならできるよね?」
恐ろしい切れ味の鎌を持つ幽鬼。
鎌は本来、植物を切るもの。
使い方はあってる。
「できますが、魔力がもちません」
「切り倒した後の切り株から魔力を吸い上げて、それで魔力補給できるし、敵も弱ると思うから、見たところ吸引力は姫の方が強い、巻き付かれたりしないかぎりは大丈夫だから」
「なるほど。任せなさい」
僧侶をみると、魔法を木にむかって試し撃ちしていた。
「ライトニングサンダー」
僧侶の雷は、木の表面を焦がすだけで、たいしたダメージになっていない。
「なんでこう立て続けに、雷きかないやつばっかりなんですか。こうなったらアトミックサンダーで」
「僧侶ストップ。どうせアトミックサンダーもきかないよ魔力温存して」
「どうして」
「雷は木の表面を流れて地面に吸収されるんだよ。それに、普通の木と違って魔力もあるからレジストも強い」
普通の木ならアトミックサンダーの威力で燃えるが、この木はそうもいかない。
「せっかくやる気でたのに、なんですか。またあたし役立たずですか」
「なにいってるんだよ。本来はヒーラーだろ。ちゃんと闘士をレジストして」
「そのくらい、いつもしてますよ」
不服そうに唇を尖らせる。
はあ、もう仕方ないなぁ。
「あとは、僧侶、実は短刀も使えるよね?」
「昔使ってましたよ。得意です」
「だと思った」
拷問の時に、ナイフを刺す手際が玄人のそれだった。
「僕は魔法に専念するから、僕のドラゴンキラー使って」
僕は腰から鞘ごと外して、僧侶に渡す。
「どうすればいいんですか」
「少しでも動く木があったら、枝を切り落として、その剣は自然回復阻害の能力がついてるから、増殖できなくなると思うから」
「わかりました」
僕の剣を受け取ると、鞘から引き抜いて楽しそうに眺める。
やることができて、ご機嫌になった。
世話が焼けるんだから。
「さて、人間と植物どっちが破壊性能が高いか勝負といこうじゃないか」
この世界で、自然保護なんて生ぬるいことを言っていたら、瞬く間に絶滅させられるのは、人間の方だ。気合い入れて、破壊しまくるぐらいでちょうどいい。
僕は魔力感知と視界をリンクさせながら、先頭にたって進み始める。
僕は、両手で同時に魔法を構成すると二丁拳銃のように、火球を撃ちまくった。
一発の威力が弱いなら、連射性能を上げるしかない。
僕の火球も僧侶の雷と同じように、木にあまりダメージを与えられない。
生きた木は、体内に水分を保持しているし、魔力を持っているうえに、昨日は雨も大量に降っていた。表面もまだ濡れている。
それでも同じ場所に五回ほど当てれば火がついていく。
「おりゃあ」
闘士がなぎ倒す。
根っこを見ると普通の木とちがい地下で繋がっている。
「地下茎?」
見た目は木だけど、生態はあっちの世界でいう竹に近そうだ。
いっぱいあるようにみえて、全体で一つの生命体らしい。
どんどん伐採していくと、危険を察知したのか、森全体がゆれた。
真っ赤な花が咲き、ぼとりと地面に落ちると、そこから花粉ににた魔法が漂いだす。
ものすごい睡魔がおそいかかってくる。
僕は目を覚ました。
見慣れた自分の部屋の天井。
パジャマを着ている。
ヤバい。勇者の体で寝てしまったらしい。
僕は急いで、自分のからだにスリープの魔法をかける。
今度は目を覚ましたのは、空中だった。
「数秒でこのざまかよ」
戦場で数秒寝てしまうとは、死んでもおかしくない。
僕は、腰から聖剣を引き抜くと、体を回転させて、足に絡まっていたツタを切る。
そのままツタに引っ張られた勢いで、空高く放り出される。
僕は勢いよく水を出現させてすぐさま氷結の魔法を構成する。
「アイススライダー」
氷の滑り台が出現し、滑り降りる。
体を確認すると怪我一つない。
昔練習しておいてよかった。
僕は魔力をレジストに回す。
仲間を見ると、姫と僧侶は平気そうだが、闘士はかなり辛そうだ。
「闘士、僧侶から離れないで」
「わかってる」
一番木を破壊していた闘士の動きが鈍くなったことでスピードが落ちる。
逆に樹霊は成長スピードが上がっていた。
僧侶が、自然回復阻害の効果があるドラゴンキラーで切り落とすとそこからの成長が止まる。が、結局、まわりの部分から成長を始めてしまう。
「勇者どうしますか、相手の成長力の方が強くなってきました」
姫も、回復しながらどうにかやっているが、消耗の方が大きい。少しずつだが魔力が減少している。
僕は花粉をもろにくらい、魔法を使う手が止まる。
「勇者、何をしているのですか。炎の魔法使いなさい」
「いや分かってるんだけど、レジストで精一杯なんだよ。僧侶、こっちにもレジスト頂戴」
「あたしも自分と闘士レジストしながらやってるので、さすがに三人は無理です」
「僧侶、闘士のレジストはワタクシがなんとかします。勇者優先しなさい」
「わかりました」
あれ? 姫、光属性ではないのに他人のレジストできたかな。
と疑問を思っていると
僧侶がレジストを回してくれた。
闘士を見ると、即効で寝ている。
すぐさま姫がかけより、背中をバシッと叩いた。
「霊繰術」
「姫、味方にもかけるのかよ」
頭がかくっとなったまま闘士が、破壊を再開した。
「使い物にならないよりましでしょう。それより勇者、攻撃を」
「分かってる」
木の魔物は、意思があるかのように、僕らに襲い掛かる。
魔力源、つまり自分の養分となるものを探しているのだろう。
「あれか。大元の植物は」
神社に生えている御神木のような大樹があった。
僕は素早く、火球の魔法を構成した。
今回は燃焼が目的だ。
的も大きい。
いつもと違い最大限大きな火球を放つ。
木の魔物に焦げ目がつく。
少し火種がつけば必要なのは、熱ではなく酸素だ。
僕は魔法の構成をかえ風の魔法に切り替える。
なるべく火が内に内に広がるように風をどんどん注ぎ込む。
植物は、燃えたところを覆いつくすように成長して、火を消そうとしてくる。
相手は上級魔法同等の魔法生物、初級魔法では相性差をもってしても、威力がたらない。
「燃焼速度が足らないか」
火はついているが、それ以上に成長速度が速い。
「勇者いったん引きなさい。これ以上は無理です」
姫が退却を命じる。
だけど……、
敵は成長し続ける魔物だ。
今引けば、次はもっと強くなる。
誰も勝てないほどに。
「本当は使いたくなかったんだけど」
切り札はさらしたくなかったが死んでしまっては元も子もない。
勇者の魔力は使い終わってしまった。
だけど僕には魂が二つある。
魔力は魂に結びついている。
僕は魔力源を勇者の魂から、自分の魂にきりかえる。
本気で自分自身で魔力を生み出し、出力する。
「プロミネンスファイア」
炎の蛇が立ち上り、僕の意思に順応して自在にうごめく。
ヤマタノオロチのように頭がいくつもに分かれると太い幹には巻き付くように、枝や葉を飲み込むように燃やし尽くしていく。
大木がすべて火に包まれる。
成長して逃れようとも、炎の蛇はそれに合わせて伸びていく。
「なんですかこの魔法上級ですか?」
僧侶が呆然と炎の大木を眺めた。
「知らないね」
だってこれは僕の頭の中にしかないオリジナル魔法なのだから。
◇ ◇ ◇
木の実や草の姿で、逃れようとしている霊樹をひとつも見逃さないように念入りに焼いてまわった。
「これで最後かな」
ぼぉうと手から炎をだして、燃やす。
勇者の魔力では、マッチの火のようだったが、僕の魔力では油のような火力が出る。
「大丈夫ですか勇者」
「明日は授業爆睡かな」
だから使うの嫌だったんだけど。
「いいじゃないですか。勇者一日ぐらい、成績いいんですから」
「授業をまじめに聞いてるから、成績いいんだよ。明日は苦手な科目もあるのに」
「苦手な科目だから受けたいって勇者らしいですね。ちなみに苦手科目って何ですか」
「国語」
「えーなんで文芸部なのに」
「なんかたまに全然わからないんだよね」
心境を書けとかかかれていると、本来本分の中から探さなきゃいけないのに、裏を読んでしまう。
「ちなみにいつも何点ぐらいなんですか」
「90点」
「それ苦手っていいませんよ」
「一教科で10点もマイナスしたら、またののかに負けるだろ」
「どれだけ二人とも頭いいんですか」
僧侶がしらけて目で見てくる。
「いいよ。あっちの世界のことは気にしなくて、とにかく、なんとか相性でごり押しできてよかったよ」
僕の魔法はランク付けされていなけど、多分上級魔法相当。上級魔物になんとかってところだ。
「木の魔法生物ってやっかいですね」
「筋肉もないから雷は効かないし。僕も剣だと急所ないから、どこを攻撃していいんだかわからない。闘士は精神魔法に抵抗全然ないし、精神がないから姫のネクロマンスもきかないし」
勇者の魔力じゃ全然足らなかった。
なにげに全員苦手対面ってはじめてだったかもしれない。
「そうだ、闘士は大丈夫かな?」
焦げ付いた大元の木から魔力を吸収してもらっていた姫のもとに戻ると、闘士は姫の近くで地面に大の字になって寝ていた。
強制昏睡と霊繰術を浴びて、魂が完全に迷子になってしまっている。
「どうすんだよ。姫」
完全にいろんな魔法が多重でかかったせいである。
「そのうち目を覚ますでしょう」
姫が淡々という。
「いや、姫のせいなんだけど」
トドメが霊繰術なんだけど。
「術は解きました。反省しています」
「それならいいけど」
「ワタクシが操っても、普段の闘士ぐらいパワーを出せるようにしなければいけませんね」
「ああ、まあ、うん」
そういう反省かぁ。
いつものことだけど、情の欠片もない。
死んだら元も子もないから、仕方ないのか。
僧侶が触診で闘士を確認してくれている。
「一応大丈夫だと思います。しばらく起きないかと」
「うーん?」
闘士がうめき声をあげる。
「あれ、僧侶、言ってるうちに起きそうだけど?」
「あれ。変ですね。まだ昏睡魔法の方はとけきれてないはずですけど、闘士。大丈夫ですか」
ぺしぺしと頬を叩く。
「いたい。いたい。いたいって。あれ? レミちゃん?」
「はい? レミですけど」
闘士、名前で僧侶のことよんでいたっけ?
「悠久、ののかちゃん? あれここは、どこだ」
僕をあっちの世界の名前で呼ぶということは……僕は思い当たった。
「もしかして、トウヤか」
「当たり前だろ? あれでも、さっき自分の家で寝て、それになんでお前ら変な格好してるんだ?」
「トウヤ先輩!」
僧侶はぶつかるように、トウヤに抱きついた。目から涙を流している。
「レミちゃん、どうしたんだよ。でもレミちゃんは確か……。レミちゃんに抱きつかれるなんて夢みたいだ」
闘士の魂が昏睡して、引き寄せられたのだろう。闘士は、精神がダメージを受けたわけではない。多分、魔法が解けるまでの一時的なものだろう。
「まあ、夢だからな」
あまり期待させてはいけないと僕はそうこたえた。
「それはそうか。でも夢であえて嬉しいよ」
「あたしもです」
姫は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。
ちらりと二人のことを見ると、すたすたと帰っていってします。
うぶなんだから。
恋愛耐性低すぎる。
「悠久、なにやってるんだ。ここはどこだよ」
「あのな。トウヤ、夢なんだから僕なんかに話してる場合じゃないだろ。今のうちにレミちゃんに言いたいこと言っとけよ」
「それもそうだな」
トウヤは、僧侶に向き直ると、大きく息を吸った。
「俺はレミちゃんのことが好きだ」
「あたしもです」
「レミちゃん、俺の恋人になって」
「はい。もちろんです」
「ははは、夢だから、レミちゃんが願い通りの返事をくれるよ」
「観覧車でだって本当はそう答えるつもりだったんです」
僧侶はこぼれていた涙をぬぐった。
「トウヤ先輩、手出してください」
「こう?」
僧侶は両手をつかむ。
「ずっと恋人になったトウヤ先輩と手をつなぎたかったんです。えへへ」
「夢みたいだ」
「あたしは目を覚ましてしまったけど、トウヤ先輩が夢見てくれてうれしいです」
「俺もうれしい」
「いつかきっと魂だけじゃなくて、生身の体で会いにいきますから、絶対、絶対、会いに行きますから、待ってってください」
「わかった。待ってる」
「トウヤ先輩、あたしの本当の名前はレミーシア、夢から覚めてもちゃんと覚えていてくださいね」
「レミーシアだね。覚えたよ」
「文芸部もやめないでくださいね。悠久先輩とののか先輩二人だけにしたら、暴走しますから」
「わかってるよ」
「あとは、あとは、あとは……」
失ったものを必死で取り戻そうと言葉を紡ぐ。
「ごめん。レミちゃんなんだか、起きそう」
「先輩、忘れないでくださいね。あたしのこと」
「もちろんだよ」
最後にそう言って、トウヤは目をつむると寝息を立て始めた。
いや闘士の魂が落ち着きを取り戻したのだろう。
やはり僕らとは違い一時的な出来事だったらしい。
きっとこうやって、魔法の世界の印象は、あっちの世界に刻まれていくんだろう。
「僧侶大丈夫? 言いたいことはいえた?」
僕は心配になって僧侶の顔を覗き込んだ。
僧侶が探偵を出し抜ける完全犯罪を思いついた殺人鬼のような顔をしている。
「なんかめちゃくちゃ悪い顔してるけど」
「恋する乙女の顔ですよ」
「絶対嘘だろ」
「最悪、闘士を昏睡させればいつでもトウヤ先輩にあえることが分かったので」
「いや、さすがにダメだろそれ」
今回は事故だったが、仲間に対して故意にやっていいことじゃない。
「さすがにあたしもそんな最低なことは、いざという時しかしません」
「可能性を残すなよ」
絶対いつか、やる気満々だろ。
「姫から教えてもらった異世界転移術以外にも別の手段もあることが分かっただけ僥倖ですね。これでハッピーエンドは目前ですよ」
「そうかな? そんな滑り止めの大学に合格したみたいなノリのハッピーエンドでいいの?」
完全に闘士はとばっちりだし。
姫といい、僧侶といい、闘士の扱い酷すぎやしないか。
本当に闘士が打たれ強くて良かった。
呑気に寝息をたてている闘士を見ながら僕はそう思うのだった。




