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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第二章 夢の続き
43/62

二人のレミ

 僕は起きると急いで、食堂に向かった。

 いつも通り、僧侶の姿を見かけ、少しホッとする。


「よかった、僧侶、無事で、昨日はなにが……」


 僕は振り返った僧侶の顔を見て絶句する。

 泣きはらした目をしていた。


「勇者? あっちのあたしはどうなりました」


「どうって、突然倒れて、起きたかと思うと一人で帰っていっちゃったんだけど、僕らもなにがなんだかわからなくて。何があったの?」


「あたし、昨日の夜こっちの世界で突然目覚めて、そのあともなんとか寝れたんですけど、夢見ることができなくて」


 夢を見れない。

 つまり、魂の異世界転移出来なかったということだ。


「ということはやっぱり起きたあとのレミちゃんは本当のレミちゃんか」


「やっぱり?」


「魔力を感じなくなったから」


 僕は携帯電話なんてなくたって、レミちゃんの居場所はずっとわかっていた。


「突然、レミちゃんつまり僧侶の魔力が途絶えて、何かあったかと思って合流したんだけど」


 携帯電話で、連絡しても既読は付くのに、返事はなかった。

 当然、トウヤが一番動揺している。

 怪我したりしたわけではないのだから、

 とにかく明日学校で話そうということになった。


「今日だけかもしれないし」


「でも、あっちの世界とのつながりを全然感じないんです」


「それは……」


 どちらの世界にいてももう片方の世界の自分の体の感覚がほんのわずかにある、僧侶も同じだったのだろう。


「とにかく、明日僕が確認するから待ってて」


「はい……」


 ここまで気落ちした僧侶は初めて見る。

 だけど、僕にはどうすることもできなかった。


◇ ◇ ◇


 日直だという、ののかはおいて、僕らは、一年生の教室をみてから文芸部の部室にむかった。

 部室の扉を開けると、いつもの席にレミちゃんはいた。


「よかったレミちゃん。昨日は大丈夫だった?」


 トウヤが声をかける。

 レミちゃんは俯いていて表情が暗い。

 僕と二人でいるときに見せる気だるげな表情ともまるで違う。

 反応がないレミちゃんにトウヤが再度話しかける。 


「レミちゃん。昨日は急にどうしたの? やっぱり急に俺があんなこと言ったから驚いちゃったよね」


「今日は文芸部辞めに来ました」


 レミちゃんはいつもより低いトーンでそう言った。


「俺が嫌でも、そこまでしなくても」


「そうです。あなたなんか嫌い。嫌い。嫌い。あたしをそんな下卑た目で見ないで」


「どうしたんだよ? 昨日までは、あんなに優しかったのに」


「昨日までのあたしと今のあたしは別人です」


「別人ってなんだよ」


「別の魂ってことです。昨日まで、あたしのなかにいたレミは消えていなくなった。そういうことです」


「そんなことあるわけ……」


 動揺するトウヤを無視して、レミちゃんは続ける


「それにあんな酷い女が心優しい? 人をいたぶるのが趣味の女が?」


「人をいたぶるってなんだよ」


「拷問です」


「ははは、なに言ってるんだよ。レミちゃん、現代の日本で拷問なんてできるわけないだろう」


「人を、料理みたいに平気で切り刻む。ナイフで刺す。みんなの悲鳴が、苦痛な叫びが、耳に残ってる。なのに、鏡に映る私は笑ってた。あなたは見たでしょう?」


 レミちゃんは、僕を見た。


「さあ、僕は知らない」


 僕はしらを切った。


 なんでトウヤの前でそんなこと言うんだよ。

 それはレミちゃんが一番トウヤに知られたくなかったことなのに。

 僕はレミちゃんをにらみつけた。


「そうですよね。あなたは、もう一人の私の仲間ですもんね。いつもいつも、あっちの世界とか訳の分からないことばかり言って」


 ああ、なるほど。

 体が動かせてなかっただけで、目で見て、耳で聞いて感じていたわけか。

 それに訳が分からないということは、あちらの世界の記憶を共有できていたわけではないらしい。

 体感はしているが、記憶や感情を共有しているわけではないということだろう。

 ののかと姫の関係とは、違う。

 それはいい情報だ。

 僕としても、本物の勇者が今どういう状況か知ることができた。


「あんな酷い女消えていなくなればいい」


 だけど、それはそうと、随分な言いぐさじゃないか。

 僕は頭にきていた。

 本物のレミちゃんのことを多少は同情していたのだ。

 助けてやらなくて悪いとも思っていた。

 なんでいままで助けてくれなかったのかというのなら、謝ろうとも思っていた。

 だけど、レミちゃんのことを、全然非のないトウヤのことを悪く言うのなら別だ。


「死にかけていた君を助けて、いじめられていた状況から抜け出せたのは、もう一人のレミちゃんのおかげだろう」


 レミちゃんが乗り移らなければ、この世にいなかったはずなのに。


「だれもそんなことをお願いしていない」


 頭をふって喚き散らす。


「ずっとあたしの体を好き勝手して、今まで返さなかったくせに」


 恨みを込めた目で僕らを見る。


「私は、そんなことをするくらいなら自分が死んでしまいたかったのに」


 真正面からトウヤはレミちゃんの言葉を受け止める。


「レミちゃんがそんなことになっているなんて知らなくて」


「何言ってるんだよ。当たり前だろ、トウヤ。こいつとは初対面なんだから」


 僕はもう目の前の女を敵と認識していた。

 あっちの世界だったら殺してたところだ。

 だというのに、


「君が困っているなら、助けるから」


 トウヤが優しく言う。どこまでも透明な言葉で。

 それでも、目の前の女は止まらなかった。


「私がいじめられてたとき助けてくれなかった」


 それは僕らが出会う前の話だ。

 そんなことは無理に決まっている。

 学校だって学年だって、何もかも違う。

 僕が反論しようとしたとしたところ


「ごめん」


 トウヤが謝った。


「次はきっと助けるから……だから助けを呼んでね」


 よく考えるとトウヤにはレミちゃんがいじめられていたことを話していない。

 だから、何も知らないはずだ。

 レミちゃんは一瞬毒気を抜かれたような顔をして、僕を押しやって、部室を飛び出していった。


◇ ◇ ◇


 僕は、ののかに今日は部活休みにしようと電話した。

 とてもじゃないが、部活をする気分ではない。本すら開きたくない。


「なんだよ。お前は知っていたのか?」


 トウヤが僕にきく。


「何のことだよ」


「レミちゃんのこと」


 あまりに質問が漠然としているが、多分どの件であっても僕は知っている。なぜなら、


「相談を受けていたから」


「なんで俺じゃないんだよ」


 トウヤが頭をかきむしる。


「それは……トウヤには隠したかったんだろう。わかるだろ?」


「いや、全然分からない。今もどうなっているのか何もわからないんだ。俺にもわかるように説明してくれ」


「レミちゃんは、つまり、二重人格? いや、どちらかと言うと悪霊が憑依している感じだったんだよ」


 異世界どうこうは、トウヤには言わなくていいと僕は判断した。魂が入り込んでいるというのは変わらないから、悪霊という表現も間違いではないはずだ。


「悪霊に憑依されているなら、助けないと」


 そうだよな。そう思うのが、普通だ。

 トウヤならそう思うだろう。

 思い悩むのが目に見えていたから。

 ここまできたら言わないわけにはいかない。


 事実が、トウヤの想像よりもっと残酷だったとしても。


「悪霊なのが、いつも僕らと会ってたレミちゃんの方だ」


「はっ? そんなことあるわけが……」


 少し思い当たることがあったのか、途中で黙り込んだ。


「助けるって話なら、むしろようやく助かったんだろう」


 僕は助けないことを選択した。

 それどころか、本物のレミちゃんのことなど気にしたこともなかった。

 生死すら不明だったのだから。


「レミちゃんは、お前のことがずっと好きだったよ」


 本当は、レミちゃんの口から言うべきだった。

 だけど伝えずにはいられなかった。


 この先、レミちゃんが伝えられる機会があるかわからなかったから。


「そんなこと」


「レミちゃんは一人でお前の空手の応援いったんだろ。好きでもない男にそんなことするかよ。遊園地だって、トウヤと二人で回りたいって言っていたんだから、だからいつものレミちゃんがお前のことを嫌いなんて言うわけないんだよ」


 あの子の言葉でトウヤが傷つくことなんてないんだ。

 それに、

「あの子は、消えたと思ってるけど、お前のことが好きなレミちゃんも消滅したわけではないよ」


 昨日もちゃんと僕はレミちゃんとあっちの世界であっている。


「戻す方法はある」


「どうするんだよ」


 少しだけトウヤの目に光が宿る。


「さっき本物のレミちゃんが言っていただろ。いじめられて、死のうと思ったって、本物のレミちゃんを死にたいと思うほどいじめればいい」


「何言ってるんだ悠久」


「だから、もう一度同じことをすればいい」


 それこそ、死にたいと思うほど、拷問すれば一発だ。

 拷問のやり方なんて、それこそレミちゃんから学んでいる。

 トウヤは首を振る。


「そんなことダメに決まっている」


「どうしてレミちゃんの使う体だからか、それなら、体を傷つけない方法だって」


「そうじゃない悠久」


 トウヤはそれ以上僕が言うのをさえぎった。


「レミちゃんが悲しむから」


 そんなわけないだろうと思う。

 むしろ泣いて喜ぶだろう。

 だけど、そんなトウヤだから。

 レミちゃんが優しい子だと、信じているトウヤだから、レミちゃんは好きになったんだろう。


「まあ、方法があっても、そんなことできるわけないよな」


 僕は本気の提案を全部冗談にした。

 なんとしてでも元のレミちゃんに戻してくれと言ってくれれば、僕はどんなズルも、魔法を駆使してでも、この世界にレミちゃんを取り戻してみせるのに。

 

◇ ◇ ◇


 家に帰りついて、布団に潜り込んだ。


「レミ、ご飯よ、レミ?」


 台所からママが呼ぶ声が聞こえる。

 あの子のように『はーい、わかった』と言えばいい。

 喉がひくつき、うまく声が出せない。

 返事をできずにいると、ママが部屋までやってきた。


「どうしたの? 体調悪い?」


 わたしは首を横にふったあとで後悔する。

 体調が悪いことにすればよかった。


「どうしたの、レミ? 学校でなにかあったの?」


 あの子のように、『なにもなかったよ。楽しかったよ』と笑顔で言えばいい。

 私は笑って見せた。

 頑張っただけど、頬がひきつる。ぎこちなくてあの子のようにうまくいかない。

 母親の顔がくもる。


「また学校で嫌なことされたの? 遊園地もあんなに楽しそうに出掛けて行ったのに、先輩達と何かあったの」


「なんでもない」


 私は、ママを部屋から押し出すと、ドアを思いっきり閉めた。

 ああ、これじゃ逆効果だ。

 わかっているのに、うまくいかない。

 何もない。本当になにもない。

 自分の携帯電話を見る。

 いつもあの子が使っていたチャットアプリにいくつか着信があった。

 うまくいっていなかったはずなのに、ののか先輩が心配そうな言葉をいくつか送ってきている。

 私は見るだけ見て、枕に向かって携帯電話を投げつけた。

 自分では、『はい』ぐらいしか返さないくせに、文芸部のグループチャットはいつもにこにこ楽しそうに見ていたもう一人の自分。

 あの子は普通ではなかったけど、私の両親や高校のクラスメイトの前では、普通のふりができた。

 あの子より普通なはずだった。

 だけど、私はあの子のようにはなれない。

 演じるのも得意ではない。

 他人は怖く、信じられない。

 だけど、本当に優しい先輩達だった。

 いつも気を使ってくれたトウヤ先輩、あの子が本当の自分をさらけ出して自然にはなしていた悠久先輩、本当の姉のように慕ってくれたののか先輩。

 あの子の振りができたら、全部手には入ったのに。

 そうでなくても自分の身に起きたことを素直に話せたら、先輩達は親身になって助けてくれただろう。

 自分をあの子の面影を通して見られることが妬ましくて、全てを捨ててしまった。

 本当は欲しくて欲しくてたまらなくて、取り戻したというのに。

 楽しそうで、うらやましくて、戻してほしいと強く願ったら取り戻せた。

 自分を放棄したあの日、体の支配権を取られてから、いろいろあった。

 酷い映像をいっぱい見た。

 だけど、高校に入って、先輩達にあってからは毎日楽しい映像ばかりだった。

 今になって、ずっとあの子に任せておけば良かったと後悔の念が湧いてくる。

 どうして、酷いことばかりしているあの子はすべてを手にはいって、何もしていない私は何もかも失っていくのだろう。

 

◇ ◇ ◇


 少しだけ眠い。瞼を擦りながら、


「ママ、朝ご飯は……」 


 何?と聞こうとして止めた。

 あたしは親の顔すら見たことないし、まだ外は夜、お腹もまだ全然空いていない。

 何もかも間違っている。

 あたしはもともと超短睡眠。

 いつ襲われるかわからないこの世界で、常に気をつかって生きていくために身につけた技術。

 魔力はほんの少し瞼を下ろすだけで回復していく。

 今は魔力は全快、睡眠は必要無い。

 外を見ると、天気は悪い、星も見えない。


「夜空も別に綺麗だと思ったことはないですけど」

 

 トウヤ先輩が隣にいてくれないと、頑張って思い込む気力もわかない。

 暇すぎて、あっちの世界みたいに髪でも結ぼうかと、鏡の前に座る。

 うまくいかなくて、諦めて、いつもの帽子を握りしめる。

 髪もママがいつも綺麗にしてくれていた。

 ママはおいしいと言うだけで、いっぱい料理を作ってくれる。

 お小遣いが欲しいときは、『ママ大好き』といって突然抱きつけばいい。

『あなたお小遣い欲しいだけでしょ』

 といって、嬉しそうにお小遣いをくれる。


「そうやって、遊園地にいく、お小遣いも手に入れたんでしたね」


 トウヤ先輩が可愛いって言ってくれた洋服も自分じゃわからなくて、ママに選んでもらった。

 最後は普通に『いってきます』といっただけ。

 なんでもしてくれるから、可愛い娘を演じていただけだった。

 なのにどうしてこんなに哀しいのだろう。


「どうしてあたしはこんな世界に酷い心を持って生まれてきたのだろう」


 願っていたのは変わらぬ日々。


「あたしは夢から覚めただけです。こっちの世界で、毎日毎日、敵を殺すのがあたしにとっての変わらぬ日常」


 悠久先輩の話では、あっちの世界では魔法の世界に転生する物語も人気らしい。

 こんな世界のどこがいいというのか。

 殺して殺して殺して、殺しまくらないと生きていけない世界なのに、

 魔法なんてわかりやすい凶器。

 だれもが、目に映らない刃物を持ち歩いているようなもの。

 全然落ち着かないだろう。

 白旗ふっても信頼できない。

 好きな人もできるわけがない。


「悠久先輩とののか先輩みたいに、好きな人と手をつないで歩きたい。可愛いって、かっこいいって言い合ったりしたい。そんな夢の続きが見たかった」


 もう少しだけでよかった。

 あとちょっとで叶うはずだったのに。


「いらないって捨てた体なら、あたしにくれてもいいじゃないですか」


 投げだしたくせに。

 生きることを。

 あんな楽な世界ですら。


◇ ◇ ◇


 太陽がようやく登り始めた朝。

 やることなさすぎて、たまには一人で朝食をとろうと食堂にいくと闘士がいた。


「おはようさん。僧侶、今日は早いな。魔力はもう回復したのか」


「闘士はこの時間でしたね」


 朝一番から、訓練しているといつも言っていた。

 あたしは、料理を受け取ると、闘士の前に座った。

 闘士は、彩のないハムと卵とパンだけの料理をおいしそうに食べている。


「闘士は悩みなさそうですね」


 思わず言ってしまった。


「何言ってるんだ? 悩みばっかりだから、余計なこと考えないでいいように、動き回ってるんだろ」


 思いがけない返事が返ってきた。


「例えば?」


「この間なんか、大きなスライムをやっつけようとしたら、めり込んじゃって、窒息しかけた」


「何をしてるんですか。ドラゴンまでぶん殴っておいて、スライムで死なないでください」


「勇者と水中で敵を殴る練習してたから、なんとか脱出はできたけどな、どうやって俺はスライム倒せばいいんだろう、とかかな」


「そんなの適当な魔法で一発……」


 闘士は魔法が使えない。

 適当な魔法なんて存在しない。


「また、勇者と一緒に考えるさ。俺は馬鹿だけど、あいつは頭いいからな。いろいろ教えてくれるし」


 そういえば、昔はただの力任せだった闘士も、あしさばきや、殴り方のバリエーションが増えている。

 自分が倒せなくても誰かが倒せればいいと勇者は言っていた。

 あれはただの他人任せの言葉ではないことぐらい知っている。

 教えるの好きですからね。

 文芸部でも楽しそうに、自分が書くのは二の次にいろいろ書き方を教えてくれた。

 やりたいことが多すぎて、時間が足らないといつも嘆いているのに。


「敵の装備がいいときは、高値で売れるから欲しいだろ。だから最近は内部だけ破壊する殴り方を勇者と研究してるんだぜ」


「それはいいですね」


 あたしも、鞭で拷問するときに使う技術。

 周りを血で汚したくないときによく使う。 


「魔法とちがって、初級とか上級とかないから自分がどれだけ強くなってるか、昔はさっぱりだったけど、戦闘技術を覚えるたびに、前に進んでいる気はする」


「あたしはどうなんですかね」


 姫と出会ったときにはすでに究極魔法を使えた。


「なにいってんだよ。いつも勇者と一緒に魔法考えてるじゃないか」


「そういえばそうですね」


「勇者が変わってから、俺たちも変わったよ。姫も調子いいしな。昔は俺たちただのいやな奴同士だったけど、今はちゃんと徒党を組めてる」


「言い方悪いですね」


 徒党だなんて、私達が悪党みたいです。

 まあ、間違っているわけではありませんが。


「もう昔みたいにパーティー抜けたりしないからな。安心しろよ」


「姫が給料くれなくなったりしたら、どうするんですか」


「今、給料くれてるのは、キリーナ姫だろ。ちゃんと交渉して、僧侶と同じ分だけは貰えるようにしたんだぜ。姫をほめちぎって、同情誘えばキリーナ姫はチョロいぜ」


「いつの間に」


「それに倒した魔物も、ただ売るだけじゃ儲けが少ないからな。最近拠点はここだし、人やとって、販売させてるぞ。いろんなところで売ってたから、相場や魔物の分布もしっかりおぼえたからな。地域で手に入らない魔物を売りさばけばボロ儲けだぜ」


「闘士、馬鹿な振りしてるだけで、実は相当頭いいですね」


 お金に関する執着がものすごい。

 そっち方面だけ、頭の回転が早すぎる。


「さあて、そろそろひとっ走り行ってこようかな」


 闘士は立ち上がると、装備を身につけて、背伸びした。


「俺は僧侶が、何悩んでるか知らないし聞いてもどうせ解決手段なんて思いつかないから、聞かないけどよ。昔みたいに愛想笑いしてない僧侶の方が好きだぜ」


 そういえばいつの間にか闘士の前でも猫かぶることをやめていた。


「またあとでな」


 闘士は、そういうと言ってしまった。


「言い逃げ……」


 きっと闘士の好きは、付き合ってという意味じゃない。

 でも、トウヤ先輩と同じ顔で好きって言われて少しうれしかった。


「慰めてくれて、ありがとう闘士」


◇ ◇ ◇


 ようやく起きてきた勇者が食堂にやってきた。


「どうでした勇者?」


「やっぱり本物のレミちゃんが目を覚ましたらしい」


「そうですか。まあ、仕方ないですね。もともと夢でしたからね。いつかは覚めますよね」


 わかりきっていたことだった。


「せめてあの子がトウヤ先輩と幸せになってるところ教えてください」


「それはないよ」


 勇者は首を振り否定した。


「トウヤ先輩ですよ。もう一人のあたしも好きになるはず」


「あいつは、トウヤ嫌いだって」


 勇者は憎々しげに言った。

 まるでもう一人のあたしは敵とでもいうように。


「どうして、勇者はののか先輩も姫も好きですよね」


「僕は好きだけど、本物の勇者は姫のこと好きじゃなかった。そうだろう」


「そう……でしたね」


 あろうことか勇者が好きだったのは、あたしだった。

 それで姫は心を壊していた。


「それにあいつは僧侶のことも相当憎んでいた」


「あっちに行ったばかりの頃のあたしは、ただの夢だと思って、好き放題して遊んでいましたから」


「それは仕方ないんじゃない。そんなこと言ったら、僕だって同じだし」


「ですけど、あたしがいなくなっても、文芸部で楽しくやってくれるとばかり思ってましたから、トウヤ先輩と結ばれるのがあの子なら慰めになったのに」


 その言葉をきいて、勇者は後悔したような顔をした。


「嘘でも、そういうことにしておけばよかったね」


「勇者は嘘つくの下手ですからね。どうせわかります」


 勇者は何も悪くない。

 悪いのは、夢に期待しすぎたあたし。


「注意していたはずなのに、楽しくて、調子に乗って関係を進めてしまいました」


 好きだとは、一言も言っていない。

 だけど、態度で示しすぎた。

 お互い傷つかない距離感でいればよかったのに。 

 あたしはふらりと立ち上がると、外にむかって歩き出した。


◇ ◇ ◇


「ちょっとどこに行くのさ」


 僕は慌てて追いかける。

 外は雨が降っていた。

 僕の制止のの声も聞かずに僧侶は町の外へと歩いていく。

 僧侶は町の外の、ぽっかり空いた場所で立ち止まる。

 僧侶が呪文を唱えながら魔法構成を展開する。

 見慣れた魔法『アトミックサンダー』射出方向は真上!? 


「なに考えて」


 僕は慌てて僧侶に駆け寄り、僧侶の手首をつかみながら、僕は一番最初に頭に浮かんだ水属性変換魔法の構成を無理やりつなげた。

 とっさだったせいで、自分の魂から魔法を構成していしまう。

 雷属性の魔力が逆流してきて出力系がはじけ、激痛が走る。


「ぐっ」


 変換魔法で魔力量が十分の一程度になったはずなのに、自分の総量よりはるかに多い魔力が魂に逆流してきて、魂が膨張するのを感じた。

 バンっと魔法が不発に終わり、はじけて、収まった。


「あたしのことはほうっておいてくださいよ。勇者」


 へたり込んだ僧侶が僕に文句を言う。


「そんなわけにいかないだろ」


 僕は胸のあたりを押さえた。


「あのくらいの雷浴びたくらいで死にませんよ」


「どう考えてもフルパワーだったじゃないか」


「勇者は、あたしが普通の女の子みたいに、失恋したぐらいで、死にたいと思うようなか弱い女だと思うんですか」


「それは思うよ。僕は敵を殺すことをなんとも思わないけど、仲間が死んだら悲しいよ。だから、僧侶は、人をいたぶるのが好きで酷い女だけどさ。失恋したら死にたいって思う、普通の一面だってあると僕は思うよ」


 僕がそう言うと、僧侶は幼子のようにわーんと泣き出した。雨が降っているのに、涙がわかるぐらいこぼれている。

 こっちの世界では、泣きたくなるような現実でも、うずくまって一人で泣いていたら殺されてしまう世の中だ。

 でも、たまには泣いてもいい。

 泣きながら戦えばいい。

 それか泣いている間だけ仲間に守ってもらえばいい。

 そうしながら、歩んでいくしかない。


「今でも十分楽しかったのに、もう少しだけ幸せになりたいと欲をかいたから罰があたったんですね」


「別にもともと僕らは自分のことしか考えてないだろ? 幸せを願っていいじゃないか。うまくいかないこともあるそれだけだよ」


「そうですね。あたし別にもともと善人でもないですし、罰なんて気にして行動なんてしてませんね。ですが、もう二度とトウヤ先輩に会えないと思うと胸が引き裂かれそうで」


 二度と会えない?

 僕はその言葉に違和感を覚えた。

 何か僕は忘れているような?

 たしかに本物のレミちゃんをいじめて死にたいと思わせれば、もう一度できると思う。

 それはトウヤが許さないだろう。

 それ以外に魂だけで世界を渡るすべはないように思える。

 魂だけで……?


「あ、そっか。姫ならあっちの世界に渡れるじゃないか」


 世界を渡る方法は一つではない。

 別に魂だけで渡るのではなく、生身で渡ればいい。


「……そういえば、そうでした」


 僧侶は感情がすべて抜け落ちたような顔をした。


「馬鹿じゃないですか、こんな雨の中で、勇者何やってるんですか」


「僧侶の所為だろ」


「早く教えてくれない勇者が悪い」


「理不尽すぎる」


 だけど、ようやくいつもの僧侶に戻ったようだ。


◇ ◇ ◇


 僕らは意気揚々と姫に頼みに行った。

 内容を話すと、


「はっ? 嫌ですが」


 姫に光の速さで断られた。

 いつから僕は姫が優しくなったと錯覚していたのだろう。

 姫は渡れるけど、姫が僕らを無償で渡らしてくれるほど優しいわけないじゃないか。


「色恋沙汰でいろいろあると困るのですが、ただでさえ戦力少ないのに、僧侶が抜けられると困ります」


 それ姫が言う?

 ブーメランじゃないか。

 姫が言葉のブーメランを投げるのはいつものことだから、当たっても痛くも痒くもないかもしれないけど。


「別にいいじゃないか。そんなこと言いだしたら僕らはどうなるんだよ」


 僕は抗議した。


「ワタクシは気を付けています。それに、男はいいですが、女はそういうわけにもいかないでしょう?」


「どういうこと?」


 姫が言ってる意味が分からず、僕は聞き返す。


「自分で考えなさい」


 姫は、少し頬を赤らめ、はーとため息をついた


「ちょっと、お待ちなさい」


 姫はそう言うと、自分の魔導書を開き、なにやら紙に書き写した。


「僧侶、どうぞ」


 姫は書いた紙を僧侶に渡す。


「姫様、これはなんですか」


「異世界転移の魔法構成です。あなたたち、異世界転移魔法が書かれた遺跡の場所は憶えてるでしょう。今更調べるために、あそこまで戻るなど言い出されても困りますから、渡しておきます。使いこなせるかは知りませんよ。それにしっかり理解できるまでは、使用しないこといいですね」


 僕と僧侶はきょとんとして顔を見合わせた。


 どうやら姫は、魔法を使ってはあげないが、行きたいのなら勝手に行けばいいと言っているらしい。


 僧侶は、もらった紙を大事そうに胸に抱くと、深々と礼をした。


「姫様、ありがとうございます」


 昔に比べると姫も優しくなったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


 僕らは食堂で、もらった魔法構成を解析する。


「属性変換して、魔力出力を安定させて、次元に作用させて、次元をあけて、空間認識して、空間を固定。そこから、自分の体に作用させて、分解と再構築を同時に行い、固定させた空間に移動する? えっ? 魔法いくつ同時に使わないといけないんですか?」


 僕は指折り数えてみる。


「9? 10かな」


「往復だから、二回は使わないといけないんですよね。魔力量もあたしの場合でもギリギリ、出力も光と雷同時につかってギリギリじゃないですか」


「僧侶がギリギリってことはもしかして」


「これ究極魔法同等ですよ。世の中に出回ってないだけで、難易度ならアトミックサンダーのはるかに上です」


「そうなると、同時出力の構成もいるのか。難易度高すぎる。姫は闇単属性だけど、一発で使ってたもんな。化け物だな」


「姫、少し優しいと思ったけど、全然違いますね。いい機会だからもっと勉強しろってことですね……」


「そうかもしれない」


 誰だよ。姫が少し優しくなったなんて思ったやつは。

 やっぱりひどいじゃないか姫。


「雷属性って属性自体がレアで強力なので、甘えていたところがありますが、もっと他の属性も学んで、構成の効率上げればもっと強力にできそうですね」


「僕ももっと上級魔法も勉強するよ。工夫すれば、使えるかもしれない」


 僕の魔力は勇者よりはるかに多いし出力も強いから、火と水は、もうすでに覚えている。

 他の属性も勉強すれば、もっと理解が深まるかもしれない。


「あたし、頑張りますね。普段も魔法を同時に使うのは、やってるんです。ギリギリですけど、頑張ればなんとかなりそうな気がします。いつか、トウヤ先輩に会いに行きますから」


「その意気だよ」


「はい!」


 いつも以上に生気のみなぎっている僧侶を見ながら、あとはトウヤにどう伝えようかと僕は思案はじめた。

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