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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第二章 夢の続き
42/62

遊園地

 あたし達四人は遊園地に来ていた。

 バスで一時間程度の地元の遊園地。アトラクションもそれなりにあり、しっかり一日楽しめるらしい。

 なんとかそれぞれ親を説得して、一日フリーパス分のお小遣いまでこぎつけることができた。


「遊園地初めて来たんですよ」


 もちろん初めて来たのは『あたし』だ。

 小学生のころ親に連れて来られた記憶はあるけど、それは『あたし』じゃない。


「それは誘ってよかった。文芸部たるものしっかりデートスポットの把握はしておかないといけないからね。行ったことない場所はどうしてもリアリティにかけてしまうからね」


「お前とののかちゃんはいつもデートしてるだろ」


「私達、デートはいつも、本屋か図書館か城だよ」


「城!? 本屋はわかるけど」


「城はいいよ。ロマンにあふれているよ。白く尊大な壁、緻密に計算された石垣、すべてを見渡せる天守閣。そんな素敵な場所で繰り広げられた過去の人々の営みに思いを馳せるの。ね? 悠久」


「うん。実家のような居心地の良さだよ」


「なにいってるんだ。お前は」


 トウヤ先輩は悠久先輩の言葉を不思議がっている。

 あっちの世界では悠久先輩の実家は本当に城ですからね。 


「僕らは、デートは行くけど、物語に書きやすいデートスポットにはあまり行かないからね。今日の目的は、純愛系の描写に欠かせないデートスポットを実際に体験することだよ。ちゃんと自分の苦手なアトラクションものって、感想を言い合ってね。そうすることによって、他の人がどんなことを考えているか参考になるから、物語に深みが生まれるよ」


 といった名目で、文芸部で遊園地に来ることになった。

 半分は本当なんだろう。

 本当に文芸活動でっちあげることに関しては、悠久先輩は天才的だ。


「あとはカップルの服装とかも注意して観察して、言語化する練習するといい。じゃあまず、トウヤ、レミちゃんの服装言語化してみて」


 相変わらず突然の無茶ぶりをする。


 トウヤ先輩は慌てて、あたしを上から下まで見て、

「……可愛い」

 ぼそりとトウヤ先輩がいった。


 あたしは自然と笑みがこぼれた。

 悠久先輩があたしによかったねと一瞬だけアイコンタクトを送ってきたあとで、トウヤ先輩に呆れた表情をしてみせる。


「やる気あるのか? 文芸部なのに語彙力なさすぎだろ」


「じゃあ、お前、ののかちゃんの服装言語化して見ろよ」


「えーと。少し透け感のある黒のブラウスに、水玉模様の少し長めのスカートが女の子らしくて、ののかの魅力を最大限に引き出している。ただし足元だけは遊園地を楽しむために、歩きやすいブルーのスニーカーを身につけていた。とても似合ってるよ」


「えへへ、ありがとう」


 ののか先輩は嬉しそうに、頬をおさえて体をくねらせた。


「ただのノロケになることぐらいわかっていたはずなのに、なんで俺は話をふってしまったんだ」


 トウヤ先輩が後悔している。

 やっぱり、文芸に関しては、悠久先輩の方が一枚上手。

 悠久先輩はあたしをちらりと見ると、


「トウヤも、分かりやすい服装してるんだから、レミちゃんを見て、赤のプリーツスカートと胸元の大きなリボンが可愛いぐらいは、すらすら言えるといいんだけど」


「なんで悠久は、女性の服の種類がすらすら言えるんだよ」


「女性のファッション誌に書いてあるだろ」


「お前は本当になんでも読むのな」


 先輩たちの会話はいつも通りで笑ってしまう。

 ののか先輩をちらりとみると、なんだか少し拗ねているような気がする。

 どうしたんだろう。

 聞きたいけど、前みたいに気楽にののか先輩に声をかけることができない。


「レミちゃんどれに乗りたい?」


 悠久先輩はあたしに聞いてきた。

 多分、悠久先輩は、ただあたしが初めて来たと言ったから聞いたぐらいで他意はない。

 だけど、悠久先輩のとなりでののか先輩は拗ねていた。

 もしかしてあたしに嫉妬してる?


「よくわからないので、ののか先輩が乗りたいものでお願いします」


「じゃあ、ののか、どれに乗りたい?」


「えーとね、どうしようかなぁ」


 悠久先輩がののか先輩の方を向くといつもの顔に戻っていた。

 ののか先輩は、悠久先輩の腕に手を絡ませた。

 あれ? なんとなく手をつなぐのは、人目を気にしない悠久先輩の方からだと思っていた。

 悠久先輩は自然体で、特に気にした感じもない。

 だけど、ちょっとだけののか先輩は取られまいと必死さを感じる。

 夏祭りのときもあんな繋ぎ方だっただろうか。


「どうしたのレミちゃん?」


 いつのまにか立ち止まっていたあたしに、トウヤ先輩が声をかけてくる。


「すみません。ちょっと目移りしていて」


「遊園地って見ているだけ、雰囲気だけでも楽しいよね」


 あたしはまた一つトウヤ先輩の普通を覚えて、


「はい!」

 と返事をする。


 これは楽しいことなんだと思い込んでいたら、ちょっとだけ確かに楽しいことのように思えてきた。

 トウヤ先輩が隣にいれば、遊園地とか関係なしに、とりあえず楽しいのは間違いない。

 ふと周りを見渡すと、悠久せんぱいとののか先輩がいなくなっている。


「悠久の奴、いつの間にかいないし、あいつから誘ったくせに、2人でデートの気分になったんだろう」


「いつも悠久先輩とののか先輩、そんな感じですもんね。部活動の最中ものろけてます」


 あたしは適当なことを言った。

 最初の予定では、いくつか一緒に乗ってからとのことだったけど、人が思ったより多くて早速実行してくるたのだろう。


「携帯で連絡してみるか」


 あたしの携帯が振動する。トウヤ先輩は、グループチャットにメッセージを送ったようだ。


「わかってたけど、既読つかないな」


「遊園地内にいるのは、わかってるんです。二人でいろいろ乗りましょう。そのうち会いますよ」


 あたしの携帯には、個人向けのメッセージが悠久先輩から返信が来ていた。

 どこあたりにいるかも書いてある。

 合流するかしないかはあたし次第ということなのだろう。


「こっちから回りましょう」


 当然あたしは、反対方向を指さした。


◇ ◇ ◇



 僕は、レミちゃんにメッセージを送っておいた。あとは二人でよろしくやるだろう。

 あとで話を聞くのがたのしみだ。


「悠久、携帯ばっかり見て」


 ののかがぷりぷり怒っている。


「ああ、ごめんごめん。レミちゃんとメールしてて」


「レミちゃんどうして? 私とデートしたいからはぐれたんじゃないの」


「レミちゃんがトウヤとデートしたいんだってよ。あ、だから、トウヤからメール来ても、無視してね」


 ちょうどトウヤからグループチャットにメッセージがきた。

 案の定、どこにいるんだと怒っている。


「レミちゃんってトウヤ君のこと好きだったの。トウヤ君がレミちゃんのこと好きじゃなくて?」


「何言ってんだ。見れば……見ただけじゃわからないか」


 トウヤは筒抜けだが、こっちのレミちゃんは誰にだって笑顔だ。僕以外には。

 僕が知っているのは本人から聞いたからに他ならない。


「レミちゃんにとって特別は悠久だと思ってた。悠久もレミちゃんが特別だって」


「何言ってんだ。特別ってなんだよ。僕が好きなのはののかだよ」


「だって最近、レミちゃんとばかり内緒話して……」


「だからそれは、トウヤとのデートプランを考えて」


「どうして教えてくれなかったの?」


 ののかは、僕を責めるように言う。


「それは……」


 レミちゃんの心は複雑だ。

 内心を理解しようと思えば、あっちの世界の理解が必要だ。


「レミちゃんがののかには話したくなかったんだろ」


「どうして?」


 話ずらくしていたのは、ののかだろうに。


「それは教えられない」


「恋人どうしなのに」


「恋人同士でもだよ。それにレミちゃんの好きな人は、レミちゃんに聞けばいい。僕の口からは言えないってだけで、ののかが聞いたらレミちゃんは教えてくれるよ」


 自分からは言いたくないだろけど、大好きなののかから聞かれたら答えるだろう。


「それでレミちゃんが悠久が好きって言ったらどうするの」


 なんでそんな話になってるんだ?


「それこそ、どうもしないだろ。僕とののかは恋人同士なんだから……まるでレミちゃんが僕のことを好きだったら、僕がレミちゃんのことを好きになるみたいじゃないか」


「だ、だって、昼休みは一度も会いに来てくれたことはないし」


 今度はなんの話だろう。 


「昼休みは、いつも図書館で本読んでるよ」


 昼休みは、図書館で姫に頼まれた調べ物をしながら本を読むか、たまに会う巧と野球の話をするのが常だった。

 野球の話をののかの前でするのは、後ろめたい。

 中学の頃、ののかと話さなくなった原因の一部が野球にのめり込んだことだから。


「そうなの? てっきりレミちゃんと会ってるのかと」


「はぁ、何言ってるんだよ。そんなわけないだろ」


 普通の恋人と違い、家ではずっと一緒だから、昼休みぐらい個人行動するのが暗黙の了解だと僕は思っていた。

 ののかは、昼休みだけ一緒にいないだけで、不安だったなんて知らなかった。

 僕は姫だけじゃなくて、ののかともコミュニケーション不足だったんだろうか。

 僕が語る愛の言葉は、物語の登場人物みたいに軽すぎて重みがなかったのだろうか。

 物語のことばかり話して、自分のことを話してなかったのかもしれない。


「どこかでゆっくり話そう」


「せっかくフリーパス買ったのに」


「いいよ別に、お金より大切なことがあるよ。まあ、でもそういうなら、観覧車ぐらい乗ろうか」


「うん」


 力なくうなずくののか。

 ののかの手をにぎる。

 人形のように、軽い。

 今日一日で、僕の愛はののかに伝わるんだろうか。


◇ ◇ ◇


 僕の行動を語るのなら、あっちの世界のことに触れないわけにはいかない。

 どうにか刺激が少ないように話さなければならない。

 それに僕はちゃんとののかのこと大事にしているつもりだったのに、どこを蔑ろにしていたのだろうか。

 僕らは、観覧車に乗り込んでから口を開いた。


「どうしたんだよ?」


「いつも部活前、レミちゃんと二人で話してるよね。前は待っていてくれたのに」


 まずはそこからか、僕がののかを待たなくなったのは、普通にののかのクラスのホームルームが長すぎるのともう一つ。


「あれは、姫からの伝令をレミちゃんに伝えてたんだよ」


「伝令?」


「僕らはいつも一緒にいるわけではなくて、別れて行動することも多かったから情報交換してたんだよ。あっちの世界は電話みたいな通信手段があまりないからレミちゃんと離れた時に連絡するなら、こっちの世界で話すのが手っ取り早い」


「昼休みは何してるの?」


 さっきから昼休みを気にしているけど、なにも後ろめたいことはないのだけど。

 そういえば、なにをしているか話をしたことはないな。


「さっきもいったけど、本当に昼休みは、図書館にいるだけだよ。元々は、本読んだり小説書いたりしてたよ。最近は姫にいろいろ調べ物を頼まれるんだ。本はあっちの世界に持っていけないから、覚えないといけない」


「何、頼まれるの?」


「本当にいろいろだよ。農業、建築、戦術、武術、武器、あっちの世界で生かせそうなものはなんでも」


 姫は人使いが荒い。

 菜の花などを調べたら、僕のことを有用だと認識して、どんどん頼むようになった。


「最近あっちの世界のこと話してくれないのは?」


「僕はもうただの夢とは思っていない。それに戦争してるんだよ。楽しい話なんて全然ないよ。前夢日記書く約束したのに、全然かけなかった理由もそれだよ。自分が行ったことを形に残したくはないんだ」


「姫とはいつも一緒にいるんだよね」


「いや、戦うときか、調べ物を頼まれるときぐらいかな一緒にいるのは」


「どうして?」


「えっ。どうしてって言われても」


「だって、勇者と姫は夫婦なんだよね」


「そうだけど、姫は忙しいんだよ。さっきも言ったけれど、今は戦争中なんだ。物資をどう動かすとか、人員をどう配置するとかいろいろ姫は指示しなければいけない立場なんだよ。僕は僕で、戦闘に備えて、毎日訓練しなければいけない」


 ちょっとさぼると、すぐ衰えるような弱い体だ。

 毎日毎日、必死になってやらないといけない。

 魔法も弱い分いかに相手の意表を突ける使い方ができるかを日々研究しないといけない。


「それに姫との関係は……」


 ののかには関係ないといいけかけてやめた。

 僕は完全に、ののかと姫は別人だと認識して、扱っているけど、ののかの中では姫は自分の分身のように感じているのかもしれない。


「ののかのおかげで、姫との関係は悪くないと思う」


「そう。よかった」


 ホッとした顔をしたののかを見て、確信に変わる。

 夢を見始めたころ、僕は完全に勇者自身であったように。

 ののかの中では、姫イコールののかなのだ。

 だから僕が姫のことを好きになっても、それは自分を好きなことと同義なのだろう。

 そうなると、僕の姫に対する好きは、ののかにとってはやっぱり浮気なのかもしれない。

 とりあえず、話せることは話したかな。


「もう聞きたいことはない? さっきも言ったけれど、あっちの世界のことを話すのはつらいけれど、ののかがどうしても知りたいなら話すからさ」


 僕は嘘をつくのは苦手だけど、相手がききにくくするのは得意なんだ。


「ううん。根掘り葉掘り聞いて、ごめんね」


「それはいいんだけど」


 今度は僕が心配になってきた。


「ののか、クラスの友達とうまくいってなかったりするの?」


 てっきり、昼休みは、クラスの友達と楽しく過ごしているものだと思っていた。


「うまくは言っているよ。でも、文芸部みたいに、好きなことを好きっていえてないかも、中学の頃は、ちょっと話過ぎちゃって友達いなかったから」


「そうだったの? 小学校のときはそんなことなかったから、知らなかった」


「ちがうよ。小学校の頃は、悠久と一緒にいたからそうだっただけ、悠久がクラスの中心だったよ」


「僕はいつも、話したい奴と話したいときに話していただけだから、よくわからないよ」


「悠久はそうだよね。昔から、男とか女とか関係なしに話していたもんね。レミちゃんだってそう普通に話していただけだよね。だから中学のころ悠久に好かれてるって勘違いしている女の子は多かった。レミちゃん可愛いから取られるかもって思って……、私は、悠久がいなきゃ全然ダメなの。中学の頃、悠久たちと遊ばなくなって、もうずっと一人だと思っていたから。ごめんね。重たい女で」


「重たいなんて思ったことはないよ」


 話を聞いた今だって、重たいと思ったことはない。


「でも、僕は姫のお願いもこなさないといけないし」


「そうだよね……」

 

 ののかが俯く。


「だから、図書館で調べ物するの、ののか手伝ってくれる?」


 昔の戦国時代の戦い方などを調べるのは、ののかの得意分野だ。

 ののかが手伝ってくれれば捗るだろう。


「いいの?」


 ののかが面をあげてこちらを見る。


「お願いしてるのこっちなんだけど」


「うん。頑張るね」


 ののかが涙を拭きながら、はにかんで見せる。

 これで少しは、不安も薄まるだろうか。

 あとは……レミちゃんのことか。

 不安を抱えていたところに、姫の記憶の中のレミちゃんが結びついてしまったのか。

 姫の記憶の中では、レミちゃんが敵を拷問しているシーンもあるのだろう。

 目に見えない狂気が、いつ爆発するかわからない怖さは仕方ない。


「レミちゃんのことだけど、レミちゃんが怖いのは仕方ないよ。でも、レミちゃんはののかのこと大好きだよ。それだけはわかってあげて」


「うん……」


 姫の記憶じゃなくて、ののかとの思い出のレミちゃんでどんな子か判断してほしい。


「帰りには、レミちゃんと一緒にお土産選ぼうかな……」


「喜ぶと思うよ」


 すぐに何もかも元通りとはいかないだろうけど、いつも通り部活動はやれるだろう。


「遅くなったけど、午後からはいっぱい乗り物回ろうよ。ののかとのデートはもちろんたのしみだったんだよ」


「うん」


 ようやくののかの笑顔がみれて、ほっとする。

 全部ちゃんとやれてるつもりだったけど、一番大切なののかに気を使ってやれなくて、僕も余裕がなかったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


「一緒に回りたかったんじゃない?」


 いくつか乗り物に乗った後、トウヤ先輩が唐突にきいてきた。


「そうですね。ののか先輩とお土産屋さん回りたいですね。合流したら行きましょう」


「そうじゃなくて悠久と」


 一番どうでもいい名前がでてきて、あたしは不思議におもう。


「えっ? 悠久先輩? どうして?」


「だってほら、いつも仲いいじゃないか」


「悠久先輩とは別に」


 あっちの世界ではいつも一緒にいますし……。

 とは言えない。


「やっぱり悠久と回りたかった?」


「違いますって、悠久先輩とは仲はいいですけど、そんな感じじゃないですよ。そもそも、悠久先輩はののか先輩の彼氏じゃないですか」


「彼氏とか彼女がとか関係なくて」


 つまり、トウヤ先輩には、あたしが悠久先輩が好きに見えるのだろうか。


「そんなわけないですよ」


 悠久先輩というより、勇者とは腐れ縁だ。


「兄妹か何かの感覚なんでしょうね」


 朝起きたらいて、なんでもない話をする。

 どうせ一緒にいなければいけないのなら、仲がいいに越したことはない。

 隠し事はなしで話すのは居心地がよくて、お互い距離が近すぎて、嫌な部分が見えすぎる。

 お互い最悪だと知っている。 

 同族嫌悪だ。

 悠久先輩が恋愛対象になることはありえない。

 ののか先輩は、姫の記憶があるとはいえ、悠久先輩からあちらの世界の勇者の実感はわかないだろう。

 物語を共有しているだけのような感覚に違いない。


「もしあたしが本気で悠久先輩を好きなら、とっくにののか先輩から奪ってますよ」


 あたしは遠慮したりするほどいい子ではない。


「だってあたしの方が、ののか先輩より可愛いですから」


「えっ」


「トウヤ先輩、冗談にも、うん。って言わなきゃだめですよ」

 

「レミちゃん自分でそんなこと言うんだなと思って」


 このくらいなら、自分をさらしてもいいですかね。


「さあ、探しながら回りましょう。お金払ったんですから、楽しまなきゃ損です」


 そう言いながら、トウヤ先輩の背中を押した。

 わざとらしくはしゃいだ、実際本当に楽しい。

 あっちの世界は娯楽施設なんて、いかがわしいものしかない。

 死ぬ可能性がないスリルなんて味わうなんてなんて贅沢なんだろう。

 しかも隣にいるのはトウヤ先輩。

 こういう施設は、誰と来るかで、楽しさが数倍変わる。

 両親と来たところで、ストレス発散程度にはなるかもしれないが、楽しくはないだろう。


「可愛い彼女ですね」


 ポップコーンを渡しながら、店員さんが言った。

 多分誰にだって言っている。

 だけど、それがいい。


「ああ、いや、彼女じゃなくて……」


 言いよどむ先輩にちょっとだけがっくりする。まあ、仕方ない。実際ただの部活の後輩なのだ。


「トウヤ先輩そんなときは、にこっと笑っておけばいいんですよ。どうせ二度と会わない人なんですから」


 彼女じゃなくても、彼女面はしておきたい。そういう心境なのだ。

 悠久先輩には、めんどくさいと言われるに違いないけど、それがあたし。


「デートスポットを勉強しに来ましたけど、せっかく二人なので、合流するまでデートの勉強もしておきたいです。あたしじゃ不満ですか?」


「そんなことはない」


 そう言いながら照れる先輩は可愛い。


「じゃあ、決まりですね」


 遊園地は楽しい。

 ジェットコースターのスリルが楽しい。

 いまにも殺人鬼が出てきそうな血みどろの恐怖の館が楽しい。仮想の銃でエイリアンを虐殺しまくるのが楽しい。

 他の人と少しずれているかもしれないけれど、同じように楽しく感じることがうれしくて、少し大胆になる。


「あれも乗ってみたいです」


 あたしは、観覧車を指さした。

 どういう乗り物か見ればわかる。

 個室に入って、高いところから眺めるのだろう。

 高いところは、最高。

 上から見ると、人がゴミのように見えるだろう。


「よしいこう」


 観覧車に乗ると今日何度目かの同じ質問をトウヤ先輩がしてきた。

「レミちゃん、遊園地楽しい?」

「はい!」

 嘘じゃなくて言えるのがうれしかった。 


「いい眺めだね」


「そうですね」


 トウヤ先輩は、この景色のどこに良さを見出しているのだろう。


「テレビじゃ、天気あまりよくなさそうだったのに晴れてよかったよ」


「テレビはあまり見ないですね。特にニュースは」


「ニュースは見たくない情報も入ってくるからね。よその国では、戦争もあるし、いつこの国もと思うと怖くなるよね。戦争を仕掛けるくには、どうしてあんなことができるんだろう。虫かなにかを殺すように、なにも感じないのかな」


 それだとまだましですよ。

 とは言えない。

 人が苦しんでいる姿を見るのが楽しい人種がいるなんて、想像もしたことないのだろう。

 普通に生きているだけの魔族を侵略し、踏みにじる日々は本当に楽しかった。


 そう楽しかったのだ。


 この世界では、そんなことに楽しみを感じるのは、異常者。


 ナイフを人の心臓に平気で突き立てるような人間は存在してはいけない。


 あたしみたいな人種を爪弾きにして、牢屋に入れて、緩やかに処刑していくことで、この国の平和は保たれている。

 この世界では、あたしの本心をバレてはいけない。


 特に目の前のトウヤ先輩には。


 あたしは、意味もなく、トウヤ先輩に笑いかける。


 トウヤ先輩は、あたしの笑顔に引き金を引かれたみたいに唐突に、


「レミちゃん付き合ってほしい」


 と告白してきた。


 あたしは、脳がようやく言葉を理解してから、

「それは彼女としてですか」

 とどうにか聞き返した。


「そうだよ」


 うれしい。だけど、それはあたしの望みじゃない。


「でも、本当のあたしは、酷い奴かもしれませんよ。にこにこ笑ってるだけで。ほらあたしのいつも読んでる小説知ってますか? スプラッタとかホラーとかそんなのばっかりよんでるんですよ」


 心はバレたくない。

 適度な距離感がほしかった。


「文芸部なんだから、それが普通じゃない?」


「実際そういうことするのが、好きとは思わないんですか」


「思うわけないよ。悠久だって、ハーレム小説読むけど、ののかちゃんに一途だろ。あいつなんでも読むからな。この間は、人の殺し方の本とか読んでたっけ」


「それは……」


 勇者として、人を殺すために読んでいたに違いない。

 木を隠すなら森。

 悠久先輩はどんな本を読んでいても、本好きで片づけられる。


「悠久先輩はなんて言ってました?」


「推理小説書くためだって言ってたよ。あいつらしいよね」


 それは半分は本当なんだろう。

 姫と違って嘘つくのは苦手ですからね。

 だけど、予防線を張り巡らせるのは得意だった。


「もし悠久先輩が殺人鬼だったらどうします?」


「そんなことはありえない。あいつはいつも楽しそうにしてるじゃないか」


「仮にです。もしもですよ」


「仮に。誰かがそう言ったとしても、決定的な証拠があったとしても、俺は悠久は殺しをしていないと信じるよ。だってそれが友達だろ」


「そうですね」


 友達という関係はそうなのかもしれない。

 あたしと勇者の関係は共犯だ。

 一緒に協力して殺してきた。


「レミちゃんだって、そんな酷いことするような子じゃないよ。仮にそんなことを思い浮かべたとしても、それは本好きだからだよ。殺人小説家は別に殺人鬼じゃない。殺人小説好きも別に殺人鬼じゃない。そうだろう? レミちゃんはスプラッタな小説が好きなだけ、普通の女の子だよ」


 トウヤ先輩は断言する。

 ひとつも普通じゃない私のことを。

 いつも一緒にいるわけでもないのに。

 あっちの世界ではどれだけ人を殺しただろう。

 人が苦しむ様を見るのが大好きで、そんな自分が大嫌いだった。

 本当はなりたかった。

 可愛くて優しいだけの女の子に。

 普通は逆だと思う。

 全部受け止めて、汚い自分も好きになってほしいのが、この世界の『普通』の女の子なのではないだろうか。

 だけど、私は暗く濁った本当の私はみてほしくない。

 受け入れてほしくない。

 上辺だけの綺麗な私が本当の私と思わせて欲しい。

 あたしが嫌いなあたしを嫌いで、あたしが好きなあたしだけを好きになってくれる。

 そんなあなたが大好きです。


 いつもとは違う、穏やかさで心が満たされる。

 偽るのは、いつだって得意だった。

 余計なことはもう言わない。

 口にだして思いを伝えようとした瞬間。

 全身が拒絶した。


(あなたばっかり幸せにならないで)


「えっ、何?」


 内側で眠っていた魂が、目を覚まし、異物であるあたし自身を排除しようとする。


 体との繋がりが断たれ、制御不能になり


〈暗転〉


 あたしは、目を覚ました。

 いつもの宿屋、私にとっての本当の世界。

 まだ外は薄暗い。


「あたしまだねていないのに……」


 いままで夜中に起きることはなかった。

 だというのに……。

 眠気は来なかった。

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