勧誘
『昨日はワーウルフの村を殲滅しました。』
ののかと文芸部の新人勧誘を交代しているあいだ、昨日の夢日記をつけてようとしてみた。
「いや、これは日記というより要約だな」
ののかに見られるからと、ののかを可愛らしく自分をかっこよくしつつも事実を曲げずに書こうとして失敗して、見られてもいい部分以外削りに削った結果こうなってしまった。
記憶はリアルなのに、日記にしようとするとうまく書けない。
というより、本当はかけるけど、ののかに見せられないといった方が正しいかもしれない。
「むしろ記憶がリアルすぎて、グロいんだよね」
手に持つ刃に伝わる肉を切る感覚であるとか、敵の体から流れ出る血の色であるとか、操られ仲間を攻撃するときの悲痛な表情とかがふんわりとした文章を書くのを邪魔する。
それに姫が
「一切、可愛げはないんだよな」
もちろん、それがいい。
普段の心優しいののかももちろん好きだけど、Sっ気抜群の、ののかもいい。
「殺しなさい」
「殲滅しなさい」
「やってしまいなさい」
人の道に非ず。
非道って感じが僕にはたまらない。
ギャップ萌ってやつかもしれない。
「だけど、ちょっと無理かもしれない」
とはいえ、ギャップがありすぎる。
あの姫を可愛く書くのは、僕にはまだ無理だ。
文芸部員として、まだまだ精進が必要なようだ。
ののかが戻ってきたので、慌てて日記帳をカバンに片付けながら誤魔化すように声をかけた。
「勧誘、どんな感じ?」
「話までは聞いてもらえるんだけどなぁ」
ののかはは、「ふぅ」と、かわいくため息ついた。
「なんかうまくいかないね」
「なんでかな」
ののかが可愛く首をひねる。
ののかが捕まえた男の子に、僕がこの本のジャンルが、この作者が、この文がと熱く語っているうちに、途中で「もういいです」と言われて去っていく。
僕が女の子を捕まえて、ののかに説明を任せると、話してるうちに同じように「もういいです」と言われて、去っていってしまうらしく。
なにがいけないんだろうと二人で首を傾げた。
きっと熱意が足らなかったのだろう。
次はもっと、熱く熱く文芸の良さを伝えなくてはいけない。
「二人して首傾げて、なにやってるんだよ」
振り向くとも僕らの幼なじみで最後の文芸部員のトウヤがいた。
「ああ、トウヤか」
トウヤは、僕の夢に出てくる闘士と瓜二つの顔をしている。トウヤは日本人なので、本来黒髪のはずだが、金髪に染めている。
一度女の先生に指導を受けたそうだが、ずっとにらめつけていたら先生の方が根負けして許してもらえたそうだ。
ガラが悪すぎる。
いい奴ではあるのだけれど。
「勧誘がうまくいかなくてね。空手部の勧誘はいいのか?」
トウヤはいわゆる掛け持ちってやつだ。
基本は道場に通っているので、部活に所属しているのは、大会に出るためらしい。
幽霊部員というよりは、顔をだしてくれる。
目の前のパイプ椅子に座りながらトウヤは言った。
「空手部は、入る奴は勧誘しなくても入るし、入らない奴はなにしたって入らないぞ」
「そういうものかな。文芸部はどうなんだろう? トウヤはどうして文芸部に入ってくれたんだ?」
文章書くのが好きというわけでもないだろうに。
「お前らだけじゃ大変そうだから仕方なくな」
「本音は?」
「女の子と一緒に活動できる文科系の部活にはいって、かわいい女の子と楽しく会話したい。あわよくば彼女がほしい」
「そういうことかよ。それなら別に文芸部じゃなくてもよくない?」
「俺みたいな見た目、体育会系のやつが、文科系の部活に現れたら、恋愛目的だと思って警戒されるだろ」
なに言ってるんだコイツ。
「だってその通りじゃないか」
「男が文系の部活に入る理屈なんて悠久以外は、大半はそんなもんだぞ。堂々と異性と接点持てるんだぞ。そういうの理解して声をかけろよ」
「なんだよ、それ」
「どうせ勧誘うまくいってないのも、いつもの調子で話してるんだろ。お前ら顔はいいから、かわいい先輩、かっこいい先輩がいるってフラフラついて来てみたけど、話聞いたらガチでヤバい部活だと思って逃げていくんだよ」
「ガチかもしれないけど、ヤバくはないだろ」
ヤバいなんて心外だ。
文章書くだけの部活がヤバいなんてことあるわけない。
「じゃあ、試しにそうだな。ちょっとヤンキー系ジャンルについて話してみろよ」
「んー。そうだね。ヤンキー系といえば、主人公は粗暴で他のジャンルでは考えられないぐらい悪い奴であることが多い。なんでこのジャンルだけ、悪役が主人公であることが許されるかというと、敵方もまた悪側であるからだろうね。悪対悪、つまり純粋な力と力のぶつかり合い、拳での語らい、普段では絶対味わえない暴力を楽しみたいという人にお勧めかな。定番の展開としては、拳を交えた先にある友情は外せない。最初のライバルが『お前を倒すのは、俺だけだ』なんていいながら、仲間になる展開はわかっていても最高に盛り上がるよね。あとはヤンキーがほんの気まぐれに見せる優しさも外せない。これの定番は捨て猫を拾うなんて場面かな『お前も俺と一緒かよ』なんて言うシーンはやっぱり胸があつくなるね。普通の人ではなくて、ヤンキーがってところがポイントで、0よりさらにしたのマイナスからほんの少しのプラスというものすごい落差が感動をよぶんだよね。他にもスポーツ系と絡めて」
「ちょっと待て悠久」
「えっ何? 今からもう少しジャンルを細分化して話していくところなんだけど」
できれば、まとめながら話したいから、ホワイトボードに書きながら、プレゼンしたいところだ。
「いや、もういいから、お前『ちょっと』の意味知ってるか」
「今からが、いいところなのに」
まる一日でも話したいぐらいだから、このくらい全然『ちょっと』だろう。
「こんな調子で勧誘もやってたのかよ。おかしいだろ」
「ののか、なんかおかしい?」
「ううん、別に。いつも通りかなぁ。次は私がスケバンの魅力について語ろうかな。一時間ぐらい話していい?」
やっぱりののかだって、僕と同じぐらい話す。
いつも通りだ。
「ほら別におかしくないだろ」
「俺は馴れたからいいけどよ。いっとくけど、お前ら二人とも、いつもおかしいからな」
トウヤは、呆れたようにため息をついた。
◇ ◇ ◇
僕らが勧誘そっちのけで、スケバンの武器がどれが一番魅力的かについて語り合りあった。
なんだかんだ言いながら、トウヤも会話に参加している。
ヨーヨーが、機関銃が、鎖が、と議論が白熱してきたところで、勧誘用のテーブルの前に女の子が一人やってきた。
「えっ⁉」
女の子の顔を見た僕は思わず、大きな声を上げた。
どう見ても、夢に出てくる僧侶だった。
僕は思わず、僧侶と言いそうになった。
ツインテールに髪を結んでいることと制服を着ていること以外は僧侶にそっくりな女の子。
制服を着ているからか、夢の中より少し幼く感じる。
夢の中でメインのキャラはみんな身近な人だったのに、僧侶だけ身近にいなかったので、変だなとは思っていた。
やっぱりこの町のどこかで、すれ違っていたのだろう。
ののかほどではないが、実物もアイドルのようにかわいらしい。
印象が残らないわけがない。
夢に出てくるわけだ。
「入部希望かな?」
僕はいつも通り、しゃべりかけそうになりがら、初対面のように声をかけた。
女の子は、僕らの顔を見たまま、口を押さえ驚きの表情で固まっている。
「勇者様、姫様、闘士どうして?」
「えっ、今なんて?」
どうして夢と同じように僕らを呼ぶんだ?
夢出てくるキャラが町ですれ違う人々にそっくりなことは、よくあった。
別にそれについて違和感はない。
僕の夢なのだから、僕の記憶から構成されているはずなのだ。
だとしても、あちらの記憶をこちらの人間が持っているはずがない。
当たり前だ。あの世界は僕の夢なのだから。だけど……。
「僧侶?」
僕は試しに呼んでみた。
「勇者様? あたしがわかるんですか」
おどおどと話す僧侶に似た女の子。
ひょいと、ののかが僕らの間に割り込んだ。
「うわー、ねぇ。入部希望!? 勇者? 剣と魔法の物語が好きなの?」
「姫様?」
「やっぱり、剣と魔法の物語といえば、捕らわれの姫だよね。おしとやかなお姫様はいつだって人気だし、最近は自ら戦うお姫様も人気だよね」
女の子の手を取りながら、いつもの僕と同じようにしゃべり出した。壊れた機械のようにしゃべり続けるののかを引き剥がして、僕は僧侶の手を取り駆け出した。
「ちょっとどこいくの?」
ののかの声が後ろから聞こえる。
ちょっと落ち着いて話せるところにいかないと。
僕は校舎の影まで連れて行くと僧侶に似た女の子の手を放した。
あ、ヤバい。
衝動的に連れて来ちゃたけど、本当に、ただの本好きの女の子だったらどうしよう。
僕は、あらためて目の前の女の子をみる。
見れば見るほど僧侶にそっくりだ。
僕はおずおずと話かけた。
「僧侶であってる?」
「はい。向こうの世界ではですけど」
向こうの世界、多分、夢の世界のことだと思う。
本当にそうなのだろうか?
「あなたは勇者様ですか」
「うん。そうだよ」
ただ、どちらにしろ、目の前の少女は、いつも一緒に戦っている僧侶で間違いないらしい。
「あのー姫様と闘士は?」
「いや、あの二人はあっちの記憶はないよ。中身は別人」
「やっぱり普通そうですよね。勇者様は記憶があるんですね。驚きです。でも記憶ないのに、なんで二人と一緒にいるんですか?」
「こっちだと元から二人とも幼なじみなんだよ。小学校からずっと一緒」
「そうなんですね。夢がリンクしているなんて驚きです。勇者様も同じ夢を見ていたなんて知りませんでした」
「僕もそうだよ」
どうやら、僧侶も夢と認識していたらしい。
夢がリンクか。
同調夢ってやつだろうか。
人間の潜在意識はつながっているという話をきいたことがある。そもそも不思議な夢だ。同じ夢を見てしまうようなこともあるかもしれない。
確かにそういうことなら、今の状況も納得できる。
僧侶は、先ほどまでとは違い、夢と同じような落ち着いた表情をしながら言った。
「平和な夢もいいですよね。リラックスできるから」
「はは、なに言ってるだよ。夢のなかじゃ、戦いばかりじゃないか」
平和な夢?
魔王と戦うのが平和なわけない。
むしろ戦争中だろうに。
僧侶は、僕の言葉に首を傾げている。
「夢で戦いってなんですか?」
僧侶はキョトンとして聞き返してきた。
「だって昨日も一緒に戦っただろ?」
やっぱり同じような夢を見ているだけで、別の夢を見ているのだろうか。
「勇者様こそ何を言って? だって私たちが夢であったのはこれが初めてですよ?」
初めて?
どういうことだろう。
何かがおかしい、話がかみ合わない。
同調夢ということではなかったのか?
……いや待てよ。
僧侶の言葉をよく考えてみる。
会ったのが初めてなのは、僕の主観ではこの現実での話だ。
つまり、僕にとっての現実が僧侶にとっての夢ということだ。
つまり、僧侶は、今夢見ていると誤認して……いる?
……。
もしかして僕がまちがっているのか?
いや、そんなことはない。小さい頃からの思い出も確かにあるのだから。
だけど、夢で中での小さなころの記憶も確かにある。
田舎の町で、修行していたこと。
偶然見つけた聖剣を引き抜いたこと。
武道大会で優勝し、姫に勇者と認めてもらったこと。
矛盾なく過去から今に至るまでの記憶がある。
ただそれは僕が作り上げた設定だと思っていた。
見始めだのだってつい半年前のこと。
僕がひたすら思考のうずの中に陥っていると、僧侶が話しかけてきた。
「もしかして勇者様にとっては、こちらが現実なんですか?」
神妙な顔をし始めた僧侶。
僕も同じような顔をしているにちがいない。
「そうだよ」
頬をつねってみる。
普通に痛い。
だけど、よく思い返すと夢の中で怪我した時の方がもっと痛かった……。
◇ ◇ ◇
僕と僧侶が、勧誘場所に戻ると、心配そうなののかが待っていた。
「あのね。悠久にかぎって心配はいらないと思うんだけど、ちょっとだけ気になって……。その子知ってる子? 知ってる子ならそれはそれでいいけど、話はここでしてくれたらいいかなぁっておもうんだけど。それで、二人でどんな会話してきたの?」
言葉が頭に入ってこない。
もしかしたら、僕が現実と感じているこの瞬間が泡のように消えてしまうかもしれないと思うと不安で胸がいっぱいになる。
思わず、ののかを抱きしめた。
「悠久?」
ののかがとまどいながら、抱きしめ返してくれる。
声も体温も感じる。
どうかこれが全て夢ではありませんように。