戦いの後
「ひぃいい。姉様、なんですか。この死体の山」
ワタクシも同じ気分です。
「どうなってるんですか。どうしてですか。何でこんなにいっぱいあるんですか。どっからわいてきたんですか」
妹がわめき散らかす。
聞きたいのはワタクシのほうです。
「落ち着きなさい。部下に動揺が伝わります」
つまり、ワタクシの動揺が妹に伝わっているということでしょう。
妹に少し背を向けて深呼吸した。
よしもう大丈夫。
「キリーナ、このままにしておくと魔物がよってきてしまいます。土属性の使い手がいるなら、埋めてしまいなさい。いなければ、火属性の魔法で火葬してしまいなさい」
「ゴースト系の魔物が沸いたらどうしますか?」
「それはワタクシが処理するので大丈夫。安心なさい。百人以上の部隊なのですから、遺体処理はスムーズにいくでしょう」
「姉様が軍を編成されていたのはこのためでしたのね。これで大丈夫といわれていたのは、てっきり敵の撃退するためだったと思いましたが、遺体処理のことでしたとは」
「ワタクシの仲間なら必ずやり遂げてくれると信じていました」
「つまり、想定ないだったと」
「そのとおりです」
いやそんなわけないと自分の言葉に心の中でツッコミをいれる。
勇者が『残党逃しちゃったごめん』
なんて言うもんだから、てっきり数十人程度の部隊と戦って数人逃がしたのかと思いました。
まさか3人で万近くの軍隊相手しているとは思いませんでした。
数百人の部隊を編成して、これで完璧と思っていた昨日の自分を罵りたい。
いつも殲滅殲滅と言っていましたが、殲滅したのは数百人程度の小さな村ばかり、村の殲滅は戦える人間なんてごくわずかたいしたことはありません。
きっとあの三人は、万の軍隊に対しても同じ感覚でやったんでしょうね。
魔族の村を殲滅しても、このくらい当たり前と言い聞かせてきたせいで、このくらい大したことないと思っていそうですね。
勇者が報告してきたときどうしてワタクシは、『よくやりました』といわなかったのでしょうか。
うっかり『なぜ一人残らず殲滅しなかったのですか?』などと言ったのでしょう。
真に受けて、姫の指揮なら殲滅できたはずなんて考えていないでしょうね。
……きっと考えていますね。
闘士はともかく、あの二人は異様に頭もいいですから。
ま、まずい。
本当は、撤退して魔族の増援が来てから迎え撃つつもりだったとはいえ、万の敵がくるなんて、思ってもいませんでした。
なんて言った日には、白い目で見られて、愛想つかれるのも時間の問題。
戦いは、終わっています。
本当の正解である必要はない。
勇者達がそうかと思ってくれるような回答を用意しておけばいい。
状況を分析してみましょう。
領地にちかいあたりは、岩や大木に叩き潰されてぐしゃぐしゃに潰れた死体がおおい、きっと闘士の仕業でしょう。
どうも勇者と氷の弾丸を発明してからは、直接殴りつけるより、何かを殴って敵にぶつける方が強いことに気付いたのでしょう。
昔よりさらに損傷の激しい死体が増えています。
こっちは、何かにえぐられたような死体が多いですね。
多分、僧侶でしょう。
どうも使うのを禁止していた鞭でたたかったようですね。
急所をわずかに外し、必要以上にいたぶり死ぬか死なないかギリギリのところで放置して、阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出したのでしょう。
敵が死にきれず苦しみ悶えている様を昔のように楽しそうに眺めている姿が目に浮かびます。
勇者と闘士が今更そんな僧侶の本性を見たところでなにか気にするとも思えませんし、もう鞭の使用を解禁してもいいのかもしれません。
「キ、キリーナ様」
部下の一人が走り込んできた。
「どうしましたか?」
「奥の方に魔法使いと思われる生首が大量に……」
聞いただけでわかります。
それは勇者の仕業でしょう。
正面で闘士と僧侶が暴れまわって、注意を引いているうちに、裏手にまわって、魔力の高い魔法使いから優先して倒してまわったのでしょうね。
「キリーナ生首になっている死体は武器の損傷が少ないはずです。使えるものは回収してしまいなさい」
「はい。姉様、あなた聞きましたね。武器を回収したあとは埋めるか燃やすかしてしまいなさい」
「は、はい」
部下は真っ青な顔になりながら、戻っていく。
ただの死体処理ですら、恐怖に怯えている状態なのですから、実際戦場にいた敵兵は、恐怖ははかりしれません。本来強いはずの人間から、首を切られて死んでいくのですから、率先して逃げ出したことでしょう。
これだけの兵士がいて、死体を隠しながら戦うというのは現実的ではありませんね。
敵が逃げ出すことを前提に殲滅プランを考えなければいけません。
使える手駒は敵が万にたいしてたったの三。
まずは地形を利用してみる案から。
ぐるぐる考えをめぐらしていると、キリーナがのぞき込んできた。
「姉様、難しい顔をしてどうしましたか」
「どうすれば殲滅できていたか考えていたところです」
「姉様は、万の軍隊を追い払うだけでなく、殲滅できたはず、そういいたいのですね」
「ワタクシが指揮をしていれば可能でしょう」
勇者から白い目で見られる時は、きっと妹からも白い目でみられている。
捨て身の背水の陣。
破れかぶれでいきましょう。
なんとしてでもいい案を思い浮かばねば。
「姉様、私も案を二つほど思いつきました」
「では、試しにワタクシに聞かせてみなさい。答え合わせをしてあげましょう」
持つべきものは、優秀な妹。
妹の案がよければ、改良を加えて、まるで自分が考えたことのように、勇者達に説明すればいい。
見ていなさい。
勇者、勝負です。
◇ ◇ ◇
僕と僧侶は、被害が少なく早速営業していたカフェでお茶をしていた。
「姫あんなに怒ることないじゃないか。これでも結構頑張ったのに、『なぜ一人残らず殲滅しなかったのでしょうか』はないと思うんだよね」
「かなりの数逃亡を許してしまったのは、確かです」
僧侶と僕は夜になると強制的に寝てしまうので、敵も攻めてくる気力はないだろうという判断になり、日が暮れる前に引き上げた。もう少し時間があれば、もっと敵を削れたはずだ。
ただ戦いの最中に逃げ出す兵士も多く、どちらにしろ殲滅は不可能に思われた。
「でも、姫がなぜ殲滅しなかったのでしょうと言うぐらいなのだから、姫の指揮なら殲滅できたということだよね」
「もちろん。そうなりますね。姫様、今日はなんだか忙しそうでしたけど、あとで説教されますよ。嫌ですね」
「せめて反省を示すためにも、やっぱり一度しっかり考えておこう」
「そうしましょう」
店のマスターに頼み込んで、近辺の地図をかしてもらった。
「やっぱり、最初のミスは事前に周囲の地形を頭に叩きこんでおかなかったことかな。馬車での移動中とか、少しは時間があったはずだし」
「やっぱり全体にまんべんなくアトミックサンダーを当てたのが間違いだったのですね」
「そうだね。東側の敵にはわざと当てないようにして、西側からの攻撃と見せかける。そして、東側の崖の方に追い込む。そのあと闘士がガンガン岩を落として、敵を倒せばもっと楽に倒せたんだよ」
「退路を闘士に塞いでもらうより、わざと退路を残しておいて、勇者に処理してもらう方が良さそうですね」
ああだこうだ、いいながら、僕らは一時間ほど、話し込んで結論付けた。
「やっぱり殲滅できたんだな」
三パターンぐらい殲滅案ができた。
「そうですね。姫様流石です」
「次はもっと頑張らないと」
問題は戦いながら、頭がこんなに働くかという話。
三パターン作戦ができたということは、三人が三人とも違う案を思い浮かべて、行動していたら、うまくいかない。
結局指示出してくれる姫が、いないと殲滅は難しかっただろう。
「一番のミスは、勇者が一人で突っ走ったことですね。町の人が、外に飛び出していく勇者見てなかったら、あたしと闘士は見つけられなかったんですから、反省してください。あ、そうなると怒られるのは勇者だけですね」
「酷い、全部僕に押し付ける気だろ」
僕だけ悪い点を見つけて、僧侶はほくほく顔だ。
「姫の説教とか、勇者にはご褒美ですよ」
「変態じゃないんだから、普通にいやだよ」
そこまで性癖倒錯してない。
頑張ったんだけどなぁ。
姫に成果を示すにはどうしたらいいんだ?
戦国時代みたいに、敵の首を持ち帰ったらいいんだろうか。
……きっともっと怒られるな。
首も両手で持てないぐらい転がっていたし。
「そもそも敵はどのくらいいたんだろうな」
僕は素朴な疑問を口にする。
「さあ? いつもよりは多かった気がします」
「いつも殺した数なんて、気にしたことないからな」
「計算してみたらどうですか」
「えーと、多分走りながら、斬りつけていたから、一分間に数人は殺していたと思うんだよね。ということは一時間で100人ぐらい?」
「そんなもんですかね」
「どのくらい戦ってたっけ?」
「昼過ぎから、夕方までですよ」
「じゃあ、500人ぐらい?」
あれなんか結構な数だな。
「あたしも、一緒ぐらいでしょうか」
「合わして、1000か。闘士は、なんか大岩や大木を殴って敵にぶつけてもっと殺してなかった」
「じゃあ、あたしたちの倍ぐらい殺してますかね」
「1000ぐらいか。三人合わして2000か、小さな町ぐらいあるな」
いつもの殲滅戦よりも断然多い。
「そういえば、あたしのアトミックサンダーで八割ぐらい死んだって勇者言ってませんでしたっけ」
「ということは、2000割る0.2でちょうど一万だね。一万!? そんなにいた?」
全然そんな気しなかったんだけど。
塵も積もれば山となるっていうけど、今そんなに死体転がってんの。
やったのは僕らだけど、
「というか一騎当千って比喩表現じゃなくて、可能な範囲だったんだな」
「勇者はほとんど魔法使ってないですからね。戦国武将もそのくらい殺してたんでしょうか」
「そうなんだろうね」
実体験してみないと分からないもんだな。
全然いいことではないけれど。
僕はコーヒーっぽい飲み物に口をつけると、知らない小さな女の子が近づいてきた。
「ありがうございます。勇者様、僧侶様」
知らない子供は小さな花をくれてはずかしそう去っていった。
「なんか感謝されるって新鮮ですね」
「そうかも」
結局敵を殲滅するということは一緒だったけど、今回は守るための戦いだった。
いつもと立場が逆なだけで扱いがこうも違うのかと思う。
殺したのは人間だったけど、本当の意味で、勇者らしい戦いは初めてだったのかもしれない。
「もう王国の立場としては、勇者ではないんだけど」
死亡したことになっているはずなので、勇者の称号も抹消されているのか。
「勇者は、姫の勇者ですよね」
「そうだね」
姫は本当にたまによくやりましたと言ってくれるけど、形で示してくれることはなかった。
国から勲章ももらったことはない。
別に何かを欲しくて、戦っているわけではないけれど、
感謝されることが嫌いなわけではない。
すぐ枯れてしまう花なんだろうけど、すごくうれしかった。
僕は、店員にコップを借りて、花を飾る。
「あそこにいるの闘士じゃないですか? 誰かと一緒にいますね。誰でしょうか」
どうやら女の人と一緒にいるようだ。
夜のねぇちゃんという感じでもない。
「助けた町民とかじゃないかなぁ。なんかいい雰囲気だな」
「腹立たしいですね」
「なんでだよ。僧侶が好きなのは、トウヤであって闘士じゃないだろ?」
闘士は僧侶のこと好きな気がするんだけど、平気で夜のお店に行ったりと一途な感じはまったくしない。
見た目も、雰囲気もトウヤにそっくりなんだけど、根本的なところは全然違う。
「恋愛感情ではないんですけど、自分のおもちゃを取られた感じと言いますか。わかりますか?」
「僧侶がめんどくさい奴なのはわかるけど」
あと闘士を物扱いしてるのも。
「どんな会話してるんですかね」
「聞いてみるか」
「そんなことできるんですか?」
「最近思い付いた魔法なんだけど、糸電話ってあるだろ。あれと同じ原理を風魔法でやってみたら、近距離なら音を拾えるようになったよ」
「勇者は、忍者かと思ってましたけど、今度はスパイじみてきましたね」
スパイか、魔法使ってるのに、なんでジョブ名が魔法の世界っぽくないんだろう。
「なんかどんどん勇者からは離れていってる気がするけど」
僕は魔法で闘士の側の空気の振動を自分の側でトレースしてみた。
◇ ◇ ◇
「よう。久しぶり」
思わず声をかけてみたものの、随分雰囲気が変わっていたので、別人かと思った。
「カミリ?」
俺の本名を知っていたので、胸をなで下ろす。
「元気してたか? 田舎に帰るとは言っていだけど、ここだったんだな」
「ええ、診療所に来た方が、金髪の闘士に救われたと言っていたがいましたが、あなたでしたのね」
随分中途半端な時間だったが、マホマはお昼を取りに来たようだったので、せっかくなのでカフェに入ることにした。
「あなた、まさか本当に第十王女様のもとで働いているとは思いませんでしたもの」
「ま、まあな」
「いい雇い主に巡り会ったのですわね」
「いいかな」
俺は首を傾げた。
「身近すきるとわからないのかもしれませんわね。あの方は、人間と魔族の調和を掲げ、この土地をおさめています。貧しい人々にも、仕事を与えながら、どんどんこの町を発展させてきましてよ。私が町をでた頃は、本当に田舎町でしたが、かなり発展してきましたわ。襲ってきた第三王子の町が嫌で逃げ出してきたひともたくさんいましたが、そんな方たちにも優しいかたですわ」
誰だよそれ。
本当に姫様がそんなことやってるのか。
全然信じられないんだけど。
キリーナ姫と混合してるんだろうか。
「謎なのは資金元ですわ。あまり位は高くないので、どうやって王都から支援を受けていたのでしょうか」
それは俺でもわかる。きっと殲滅戦のお金だ。
姫のことを優しいと思っているのなら、多分、この町の連中は知らない方がいい。
「最近はどうしてたんだ?」
「ご存知の通り王都の学校でいい成績だったので、調子のって、第三王子のパーティーに入り、散々なことになりましたが、お金はそれなりにもらっていたので、帰ってきて、小さい診療所開いて働いてましたの」
「うまくやってるみたいだな」
「うまく……そうでしょうか。昨日は診療所にけが人が運ばれてきても数が多くてなかなかすぐに治癒もしてあげられませんでした。間に合わなくて、亡くなられた方もいます」
「それはしかたないだろ。戦争なんだから」
「私の力量不足で間に合わなかった方も多かったと思うと……、あなたのパーティーの僧侶様は、昨日、戦場で戦われていたはずですのに、さっき姫の指示でやってきて、私がうまく治癒できないかたたちをさっさと治されて、帰っていかれましたわ」
「あいつは別格だから」
「ナイフを使った不思議な治療法も取っていました。やはり戦いなれされてるので、ナイフの扱いも慣れていましたし、やはり私では経験が足りないのでしょう」
「経験か、戦闘は、たしかに経験つめるけど、それはマホマだって第三王子のときに多少は積んだだろ」
パスタを食べていた手もとまる。
「魔族の孤児もたまに診療してあげます。もしも、あの日私たちのだれも欠けずに生き残っていたら、今も魔族領を攻めていたかもしれません。私はヒーラーでしたから、直接誰かを殺したりはできませんけど、間接的にこの子達の親を殺していたかと思うといたたまれません」
孤児をみても、可哀想だなぐらいは思うことはある。
可哀想だからなんなんだとも。
「第十王女様は許してくれるかもしれませんが」
確かに許してくれた……、土下座して、絶対服従を誓わされて、どうにかだった覚えがある。
「俺だって、同じだろう」
たまたま、俺たちが魔族を攻めた日に、村を離れていて、なんてことはあるだろう。
俺は、マホマと違い、孤児になった原因そのものにきっとなっている。
「あなたは、私の命の恩人よ」
「ロミスミ達は助けられなかった」
マホマはつらそうに目を伏せる。
「だけど、あの日、あなたが味方になってくれていなかったら、私も確実に死んでいたわ。今日もそう、死んだ人もいるけど、あなたたちが駆けつけてくれなかったら、みんな死んでいた」
「姫様に言われただけだよ」
助けろと言われれれば助けるし、殺せと言われれば殺す。金のためにやってるだけだ。
人に褒められる理由はなにもない。
「それでも、私にとってあなたは英雄だわ」
英雄なんて言葉は、救おうと思って、戦っている奴のためにある言葉だろう。
マホマの評価と自分自身の内面のつり合いが取れてなくて、ぐらぐらする。
よく見ると、マホマはうっすら、目元に涙を浮かべている。
「俺に会うと、ロミスミ達のこと思い出して、つらいだろ。もう会わない方が……」
「そんなこと言わないで」
マホマは強い声で言う。
「今は心入れ替えてやっていますけど、ここを出て行くときは、随分同級生を馬鹿にしていたものでしたので、同い年ぐらいの仲のいい友達もいません。あなたに気さくに話しかけてきてくれて嬉しかったのよ。無理にとは言わないわ、もしもこの町に来ることがあれば遊びにきて、お願いよ」
「ああ、わかったよ」
二度と会うことはないと思っていた。
だけど、また会ったということは、縁があるということだろう。
お金以外に、こんな繋がりも大切だと思ってもいいのだろうか。
◇ ◇ ◇
僕は魔法を切って、僧侶に言った。
「珍しいね。ボランティアはしないんじゃなかったの」
「ボランティアなんかじゃないですよ。ただの姫の指示です」
「ナイフを使った治療法ってなに。普段そんなことしないよね」
「ヒールがうまくかかっていないところを一回切り落として、ヒールかけなおしたり、小さい異物ごとヒールされていたので、除いてあげたりしましたよ」
「外科の手法か」
なかなかこの世界では魔法が強力すぎて、他の医学が発達していない。
ここは切っても大丈夫とか、本当は拷問士の僧侶以外わからないだろう。
「拷問士ってすごいな」
「あっちの世界のパパが、本当の医者なのもありますよ。家に置いてある医学書とか読んでます。興味示すと喜びますし」
「へえ」
意外と勉強熱心だよな。
地頭がいいとはいえ、あっちの世界でも半年ぐらいで、進学校うかっているわけだし。
「そういえば、僧侶ってどうやって魔法覚えたんだ?」
「教会の孤児院で育ったんですけど、よく下級生をいじめてて、証拠隠滅の為に、先生の魔導書盗み見て、回復魔法覚えましたね。結局、それもバレて孤児院追い出されたので、王宮でなんでもやりますって志願してみたら、念願の拷問士になりました」
「聞くんじゃなかった」
想像以上に酷い幼少期だ。
「夢って諦めなければ叶うもんなんですよ」
「絶対、そんな綺麗な話じゃなかったよね」
「王宮なんでいろいろ魔導書もおいてあって、効果的な拷問方法を学ぶ過程で、雷魔法を習得できました」
「納得だけど」
「努力はいつか実を結びます」
「だから、いい言葉でまとめないでよ」
「秘訣は楽しく行うことですね」
「やってることが拷問じゃなければね」
僧侶は本当に相変わらずだな。
はははと笑いながら、僧侶の子供の頃の話を聞いていると、さっきまで遠くの席にいた闘士が近くにいた。
「勇者、僧侶、なんだいたのか」
どうやら、闘士がマホマと言っていた女の人は帰ったらしい。
診療所をやっていると言っていたので忙しいのだろう。
「闘士、さっきの女の人は誰?」
「なんだ見てたのかよ、一時期パーティー抜けてたとき同じパーティーだったやつだよ」
闘士は僕の隣に座りながら言う。
「へぇ」
会話を聞いてきたから、そんな気がしてた。
「ああいう、可愛い顔した女は何考えてるかわからないから気を付けた方がいいですよ」
僧侶が闘士に忠告する。
「それを僧侶が言うんだ」
ひどい言いがかりな上に、自分のことはすごい棚上げするなぁ。
僧侶は、何考えてるかわからない女代表だろうに。
「悪い奴ではないだろ。俺に比べたら」
少し落ち込んだトーンで話す闘士は珍しい。
「俺に比べたらってなに?」
「一時期パーティーぬけたときの雇い主、敵の第三王子だったけど、第三王子のこと悪いななんて思いあたりもしなかったからさ。自分の力を過信していたことは反省したけど、普通はそんなこと気にするもんなんだなと思って」
「僕は別に気にしないけど」
「あたしもです」
「何言ってるんだ。お前ら最初から普通じゃないだろ」
「……そうかもしれないけど」
闘士にバッサリ切られるとショックなんだけど。
「ああ、なんか頭ぐちゃぐちゃだ」
闘士は頭をかかえている。
「普通なんて気にしてたら、姫の下で働いてなんかいないですよ」
「そうだけどよ。変に考えたら、なんか戦えなくなってきた」
今度は闘士が不調になるのか。
雑念ってやつは本当に戦闘の邪魔になる。
僧侶は呆れている。
「はあ、しかたありませんね。こんなのはどうですか? 事前にいろいろと状況を想定しておくと、臨機応変にとれるのでいいと思います」
「じゃあ、僧侶。俺が試しにいろんな状況を言ってみるから答えてみろよ」
「どうぞ」
「誰かが人質になったとき」
「パラライズサンダーを打ちます」
「俺が人質になったとき」
「パラライズサンダーを打ちます」
「姫が人質になったとき」
「パラライズサンダーを打ちます」
「すげぇ。完璧だ!」
どこが臨機応変だよ。
小学生もびっくりのバカの一つ覚えじゃないか。
「次、闘士行きますよ」
「よしこい」
「誰かが人質になったとき」
「敵の頭を粉砕する」
「あたしが人質になったとき」
「敵の頭を粉砕する」
「姫が人質になったとき」
「敵の頭を粉砕する」
「どうですか闘士」
「すげぇ。なんか頭がすっきりした気がする」
そうだろうけども。
「次、勇者いきますよ」
「えっ? 僕も?」
「誰かが人質になったとき」
「敵を瞬殺する」
「あたしが人質になったとき」
「敵を瞬殺する」
「姫が人質になったとき」
「敵を瞬殺する」
「どうですか勇者?」
「そうだね……。これは大切かもしれない」
バカの一つ覚え。
状況が変わっても、いつも通り振る舞うのは難しいことを僕は昨日の戦いで味わった。
いろいろな状況を想定し、どんな状況でも同じように対応すると、一つ一つ決意すること。
それが大切なのかもしれない。
「勇者、最後にもう一つ聞きますね」
「ああ」
「仲間の誰かが殺されたとき」
間髪入れずに僕は答えた。
「敵を殺すよ」
最悪な僕らは、きっとそれしかできないから。