コンティニュー
日常が壊れるのは、いつだって突然だった。
◇ ◇ ◇
放課後、部室に向かう途中、急にどこかで魔力が膨らむのを感じた。
「なんだ?」
基本属性である、火、水、風、地、プラス光、すべての属性がどれも強い。意識的に魔力感知を働かせなくても、感じたほどで、めまいを覚える。
魔力の質にデジャヴを覚える。魔力を感じる方向を見ると、魔力源に心当たりがあった。
「もしかして生徒会長!?」
この魔力は以前相対した、第三王子のもの。
いやでもなんでだ。
死にたいと思わない限り、乗っ取られたりしないはずでは……。
それもあくまで、僕と僧侶が立てた仮説だし、姫は、生身で世界を渡ることもできる。
レッドドラゴンが言うには、死んだあとの所謂普通の転生もあるみたいだから、パターンが多すぎて、特定できない。
とにかく、何かまずそうだということしかわからない。
廊下を全力で走っていると、見慣れた後姿を見つけた。
「ののか!? こんなところで何して」
こっちには生徒会室ぐらいしかないはずなのに。
「友達のミキがね。生徒会長に呼ばれたの。今日は仕事はないはずだって言ってたから、きっと告白だと思うんだよね。いけないとは思うんだけど、ちょっと気になっっちゃって」
「ののか。あぶないよ」
「邪魔するわけだはないから、馬に蹴られて死んだりしないよ」
「いや、そういうことではなくて」
意味が分からないのは僕の方か。
ののかを連れていくのは心配だけど、離れるのはもっと心配だ。
「生徒会室急ごう」
「あぁ、やっぱり悠久も気になるよね?」
気になるけど、それどころじゃない。
でも説明している時間もない。
何かが起こっているのは確実だ。
僕とののかは、生徒会室の前に来た。
魔力源は、間違いなく生徒会室の中から感じる。
「悠久、静かにこっそりだよ」
僕はののかの言葉を無視して、おもいっきり扉を開けた。
刃を持った生徒会長が、ミキさんの胸をナイフで刺していた。
僕は用意していた攻撃魔法から、光属性の回復魔法に切り替えて、ミキさんに放つ。
ののかは固まっている。
多分まだ何が起こっているのか頭が理解に及んでいない。
「お前が大好きな女はお前の手で殺したぞ」
生徒会長が叫んだ。
姫を殺そうとした第三王子そのものの声だ。
「ああ、あああ」
生徒会長の同じ口からうめきが漏れる。
表情が明滅するように、ころころと変わる。
「絶望しろ。そして体を俺によこすがいい」
絶望が気力を奪い、異界の魂に浸食を許す。
僕が勇者にしているように。
生徒会長の口もとはつりあがり、目つきは鋭利にかわっていく。
表情は、あの日僕と姫を殺そうとした王子そのものに。
先輩は穏やかを微塵も感じさせない極悪な表情を見せた。
「さあ、再戦といこうじゃないか」
王子は右手の握力を確認するような動作をする。
完全に生徒会長を支配すると、今気づいたとばかりに僕らの顔を見る。
「ほう? なんだノノアールか。いや違うな。あいつは死ぬ間際でも生意気な顔をしていた。そんな怯えた表情なんかするはずがない。この世界の別人か。まあ、いいこんな世界興味はない。それより俺を殺しやがったくそ兄貴だ。許さない。王位は俺のものだ。誰にも渡さない」
窓を開けると王子はどこかへ飛び出していった。
あとを追って生徒会長をたすけないと。
でも、それより人命優先だ。
ののかの友達をののかの目の前で死なせるわけにはいかない。
僕はミキさんに駆け寄ると、回復魔法を強めた。
刃はそこまで深くはないけど、場所が悪い、心臓を傷つけている。
まずい、僕の魔力じゃ心臓が破けないようにするので限界だ。無理やり水の魔法も特殊構成を使い、血が吹き出ないようにして大量出血死も回避しているけど時間の問題。
「どうしよう悠久。救急車呼ばないと」
「傷が深い、救急車じゃ間に合わない。レミちゃん呼んで」
「なんでレミちゃん?」
ののかはわかってないのか。
ちゃんと説明したことはないし、むしろ話題として避けてきていた。
「姫の記憶あるだろ。レミちゃんは僧侶だ。僧侶ならこのくらい治せる。急いで」
「うん」
ののかは急いで携帯をかける。
「ののか先輩? どうしましたか?」
「ええと、その」
「僧侶! 急いで来てくれ。生徒会室だ」
僕は、片手でののかから携帯を奪い大声を上げた。
「はい。わかりました」
僕が、普段絶対呼ばないようにしている僧侶と呼んだことで、察してくれた雰囲気があった。
レミちゃんは数分で来てくれた。
「来ました。何があったんですか?」
「すぐ治してくれ、大けがなんだ。まだ息はあるから」
「レミちゃん、大丈夫? 治せる?」
ののかは今にも泣きそうだ。
「任せてください。すぐ終わります。ただこのままだとまずいので片付けて、記憶も処理しますから、少し時間がかかるので、勇者は先に追ってください。敵がいるんですよね?」
理解も判断も対応も早い。
すぐに回復をかわると、ミキさんは顔色がよくなっていく。
「わかった。ありがとう。僕はあいつを追う」
「わ、私も行くよ」
「ののかは危ないから、学校でまってて」
少なくともレミちゃんのそばなら安全だ。
「生徒会長助けに行くんだよね」
「まあ、そうだけど」
あくまで助けられたらのはなしだ。
生徒会長を助けるのはののかのため。
王子を逃がさないのは姫のため。
二人のために、
「どうにかして先輩を取り戻さないと、方法はわからないけど」
「方法なら多分あるよ」と、ののかが言う。
「え? どうすればいい」
「姫からもらったネクロマンサーの力なら、魂を分離できる。昔、姫と融合しかけた時みたいに」
「つまり、条件は……」
「私が先輩に直接触れないといけないよ」
「やっぱりそうなるのか。仕方ない、僕がどうにかして取り押さえるから、ののかお願い」
「任して。ミキ、私が生徒会長を助けるから」
ののかは顔をあげ、涙を拭う。
作戦さえ決まれば、あとはいつも通り実行に移すのみ。
◇ ◇ ◇
僕とののかは学校を飛び出した。
魔力感知を働かせて、生徒会長を乗っ取った王子をおう。
「ちょっと本気だして走るから、ののか乗って」
僕は少しかがんでののかを促した。
「えっ? うん」
僕は、ののかをおんぶすると、魔力を巡らせて、走り出した。
「ねえ、どっちに向かってるの」
「この方角は……あの公園だ」
間違いない、姫がこちらの世界から転移したあの公園だ。
なんだろうか。あの場所は、転移しやすい場所なのだろうか。
ちゃんと姫に聞いておけばよかった。
◇ ◇ ◇
公園につくと王子は、姫が世界を渡った場所と同じ場所で魔法の構成を行っていた。
複雑な魔法であるが、随分と時間がたってしまったから構成完了まであとわずかだ。
王子は僕らの気配に気づくと、振り向いた。
「ほう? 追ってきたのか。よく見れば、あの時ノノアールと一緒にいた勇者か。妹は違うが、やっぱり勇者お前はあの時あったやつと同じだな。雰囲気がにてる」
ほとんど何もしないまま燃やされたので、印象に残っていないかと思った。
「なるほど、俺の同類ということか」
「同類?」おもわず聞き返してしまう。
「お前もこの世界の自分に目をつけていたくちだろう。向こうの世界で死んだときの保険としてな。多少力は落ちるが、一度は生き返れる」
王子は、自分の体をゲームの残機みたいにたとえた。
「人の命を何だと思って……」
ののかは絶句している。
「王である俺につかってもらえるのだから、光栄だろう? 随分と甘いことを言うのだな。こちらの人間は、こいつもお前も。ノノアールだって、なんとも思っていないだろうに」
「姫はそんなんじゃないよ」
ののかが抗議した。
王子はぴくりと眉を寄せる。
「どうもお前は、妹ではないが、妹を知っている口ぶりだな」
王子の殺気にあてられて、ののかが震える。
僕は剣なしでいつもの構えを取りながら、ののかに隠れるように促した。
「俺とやる気か?」
「もちろん」
今日は殺すことが目的ではない。
たまには正々堂々やってやろうじゃないか
武器はお互いない。
装備もない。
違いは肉体の強さと、それと、もう一つ。
それは、
「いいこと教えてやろう。魔力はな。魂に結びついているんだよ」
王子から魔力がほとばしる。
「雑談は終わりだ。そろそろ死ぬといい」
魔力が魂にむすびついているなんて百も承知だ。
だけど、こちらの世界の人間が魔法を使えないのは魂のせいではない。
魔力を生み出す感覚がない。
魔力を出力する方法をしらない。
魔法を構成する知識がない。
すべての条件を満たしていないからにほかならない。
逆にいうと、すべての条件を満たせば、こちらの世界の人間も魔法が使える。
あちらの世界で僕が自分の魔力を使わない理由は、二つ、自身の魔力を消費するとこちらの世界で眠くなるのと、そもそも勇者と自分の属性が違うからだ。
僕の本来の属性は、光、火、水の3属性。
よく使う、氷と風が使えない。
だけど、出力は勇者より、強い。
魔力感知にて、王子の魔力を特定する。
火の魔法だ。
僕は、いつもは使わない中級魔法を構成する。
「極炎 ヘルファイヤー」
「アクアトルネード」
火に対して水。
魔力感知による最強の後出しジャンケン。
いつもより各段に多い水量に岩すら砕く強い威力の水魔法だ。
だけど、相性で勝っているのに、圧される。
僕は魔法発生源をそのままに駆け出した。
(殺さない、殺さない、殺さない、殺さない……)
やられる前にやれと、本能に刻み込んだ習性を抑えながら僕は踏み込んだ。
(瞬転身)
いつもの首を切り落とす回転力で、王子の背後に回り込む。
王子が振り向いた瞬間だけ姿をみせ。
一気に死角に回り込む。
「なっ!?」
王子が驚きの声をあげる。
姿がかき消えたように見えたに違いない。
僕はその瞬間、水で纏った拳を王子の腕と鳩尾に叩き込んだ。
「がはっ」
王子は、咽せる。
思考が空白になったことで、王子の魔力が途絶え、魔法が一瞬消える。
僕は水の魔法を展開し、水圧で王子を押さえ込んだ。
「ののか。今だ」
僕は声をあげ、ののかを振り向いた。
「あ……」
ののかが小さく息を吐くのが聞こえた。
ののかでも、全力で走り込めば、王子に触れることができるほどの大きな隙。
だけど、ののかは動けない。
ののかは、全身を震わして、棒立ちしていた。
王子から、魔力が膨れ上がるのを感じ、僕は拘束を諦め、中途半端にでできた、ののかに駆け寄り抱えて飛んだ。
ボン!
自爆。
あたりの木くずが舞い上がる。
炎耐性が強いからできる技だ。
炎の中からボロボロの王子が立ち上がった。
「ああ、くそ。油断した」
王子がじたんだをふむ。
その姿を見て僕はギリギリと歯噛みした。
殺すか。
いやいやダメだって。
先輩を助けないと。
魔法は、ものすごいが、魔力が馴染んでいない今なら、身体能力はこちらが上だ。
簡単にヤレる。
だから、ダメだって。
今、逃がせばあちらの世界で苦戦するのは、必須だけれど。
先輩を殺せば、僕は社会的に死ぬ。
何よりののかに嫌われる。
絶対ダメだ。
思考がぐるぐるする。
次の一手が思いつかない。
「お前、格上と戦いなれていやがるな」
鬼の形相で僕をにらむ。
「ノノアールが好んでそばに置いているわけだ」
ふと、合点がいった顔になり、
「お前があの時何もしてこなかった理由は……、ノノアール生きていやがるな」
しまった。バレた。
情報を与えすぎてしまった。
多分、少し顔にも出てしまった。
ののかの前だから、なんて言っていられない。
助けるなんて甘いことももう考えない。
ののかと姫にに危害がおよぶ前に、殺すしかない。
僕が覚悟を決めた時。
「悠久先輩!」
遠くから僕を呼ぶ声が聞こえる。
「レミちゃん」
レミちゃんの雷撃で麻痺できれば、まだ取り押さえできる。
「ライトニングサンダー」
誰が敵か見ればわかるとばかりに、レミちゃんは最速高出力の上級魔法をぶっ放した。
強力な雷鳴が至近距離から聞こえ、閃光がほとばしる。
回避できるはずのない、雷撃が王子に直撃する。
「チッ、その娘も戦い慣れしてるな」
王子に、多少効いた雰囲気もあるも、たいしたダメージになっていない。
「土属性持ちですか」
王子は、基本の4属性はすべて持っている。
魔法耐性が高すぎる。
「なら、しびれるまで撃ちこむだけです」
王子の土属性の魔力量も相当多いが、火属性ほどではない。
レミちゃんの出力なら押し切れるかもしれない。
「まだ魔力がなじんでいない体は不利か、魔力もこれ以上は消耗できない。今回は引いてやる」
そういうと構成が終わっていた転送魔法を発動させる。
「次は油断しない覚えていろよ。今回はそこの腰抜けの娘のおかげで助かったがな。ハッハッハッハ」
睨みつけられ、ののかがビクッと震えた。
光り輝く魔法陣が完成する。
「妹の勇者よ。借りはあっちの世界で返してやる」
捨て台詞を残して、王子は次元の狭間へと消えていった。
それを見終わると、ののかはへたり込んだ。
「ごめんね。悠久、生徒会長助けられなくて」
震えながら、涙をながすののかを抱きしめた。
「僕もごめん。ののか、無理させて」
姫とののかは違うと分かっていたはずなのに、先輩を助けることに必死で、無理させてしまった。
あの一瞬だけは、大丈夫だった。
僕が生徒会長を取り押さえた瞬間の数秒間は。
それは、僕の経験であり、戦闘経験のないののかに分かるはずがない。
「いつもこんなに危ないことしてるの?」
いつもはもっと、と言おうとしてやめた。
代わりに、
「あっちは、自分の体じゃないから」と、僕は言った。
「でも、あっちで死んだら、こっちにちゃんと戻れるかどうかなんて分からないよね」
多分大丈夫という感覚はあるが、確信があるわけではないのもたしかだ。
「今日、分かったよ。実感した。悠久は勇者で、姫はネクロマンサーで、記憶の中でも、どんどん敵を倒してて、ものすごく強いと思っていたから、心配してなかったけど、魔法やスキルが強いんじゃないんだね」
「姫の魔法はそれなりには強いと思うけど……」
ネクロマンスは闇属性の強力な魔法ではあるが、魔力消費量が激しいうえに、特殊な条件が多く何も考えずに無双できるような魔法ではないのは確かだ。
だから、姫は相性のいい、僧侶や闘士を自ら探し出し雇っている。
それに幽鬼達は無理やり魂を現世に束縛している。姫は特になにも教えてくれないが、きっとリスクも大きいだろう。
「もう戦うのやめよう。あっちの世界のどこか片隅で静かにくらしてよ」
「僕はそうしたいけど、きっと姫は歩みを止めない。そしたらまた姫はひとりぼっちだ」
前の僕とののかのセリフが逆だ。
本当の勇者においていかれた姫を見捨てないでと言ったのはののかっだったろうに。
僕はもう見捨てられない。
「それにあの王子は倒さないと、ののかにも危険が及ぶから」
もう手遅れだ。
生徒会長を助けようとしたから、王子に敵だと認識された。
今回のことで、王子は姫と同じように世界を渡れることが分かった。
言動から察するに、王子はそれほどこちらの世界に興味はないようだし、こっちの世界に渡るのに、魔力を相当使うから、簡単にはこられない。
来たとしても転移魔法に大幅に魔力を消費したあとならば、僕一人でも十分勝算はある。
そんなことは、王子も分かっているだろうから、すぐには来ないだろう。
あちらで力をつけない限りは。
王子もあっちの世界で借りを返すと言っていた。
つまりあちらの世界でけりを付けるしかない。
「ごめんなさい。私ができるっていったばっかりに」
ののかが再度謝る。
スキル的にできると実際に行動できるは違うのは当たり前だ。
分離したあと、あの王子の魂を消去しなければいけない。
それは実質、人殺しだろう。
ののかにさせなくて良かったと思った。
その前に、そんなことをののかにさせてはいけないと僕が判断しなければいけなかった。
ののかがこっちの世界でいつも隣で笑っていてくれるから、僕はこちらの世界で正常でいられる。
ののかが僕の心の支えなのだ。
ののかまで、狂わせるわけにはいかない。
僕は笑ってみせた。
「大丈夫だよ。任せて。姫にたのんでみるからさ」
姫にとっては腹違いの兄ではあるが間違いなく敵だ。
王子が姫を殺すことを躊躇わなかったように、姫も王子を殺すことを躊躇ったりしないだろう。
自分のために戦ってくれるだろう。
どうにか状況を持っていけば、王子の魂だけ殺してくれるかもしれない。
それに、あっちの世界には闘士も僧侶もいる。
ひとりで戦うわけではない。
「なんとかなるように、なんとかするよ」
僕は自分に言い聞かせるようにののかに言うのだった。