灼熱竜戦
姫から、気合いと根性で、ドラゴン100匹相手しろと言われたらどうしようかと戦々恐々としていたけど、さすがにそんなことはなかった。
姫の作戦は、はぐれのドラゴンを不意打ちで倒すというもの。
現実的で、無理がないものにしあがっていた。
目撃情報の多い、灼熱竜。
単独で山岳地帯の上空を飛んでいることが多く僧侶の雷であれば、狙いやすいとのこと。
しかし、単独でうろついているということは、単独で強いということでもある。
「弱いドラゴンを従えても意味はないでしょう。狙うは最強クラスを一匹です」
姫の情報通り、
赤黒い肌をしたドラゴンが空を悠々と飛んでいる。
あの巨体で、あの高さを飛んでいれば、僕達は見えたとしても、豆粒のようだろう。
「作戦通りにいきなさい。最初が肝心です。僧侶、外さないでください」
「分かりました。一発目は、範囲広めで撃ちます」
僧侶が、呪文を構成する。
「アトミックサンダー」
上空を埋め尽くすほどの、雷が乱立する。
強力な落雷によって、ドラゴンの動きが一瞬止まる。
「勇者、闘士」
「アイスドリル」
僕は闘士の前に、氷塊を次々と並べていく。
闘士が氷を連打すると、ミサイルのように飛んでいき、何発かがドラゴンの翼に被弾した。
距離があるので貫くまではいかないが、浮遊力をなくしたドラゴンが落下を始める。
「よし、いくよ闘士」
「おうよ」
僕らは落下地点めがけて走り出す。
「次は最大威力で撃ちます」
僧侶が再度詠唱を始める。
今度は落下中のドラゴンの真上にに全エネルギーを収束させていく。
「アトミックサンダー」
折り重なるようにいくつもの雷が落ちる途中で復帰しかけたドラゴンに落ちる。
墜落するように山肌に叩きつけられたドラゴンに僕と闘士は追い討ちをかける。
僕は、氷が被弾し傷ついた鱗のしたをさらに抉るように斬りつけ、闘士は馬鹿力で再度、山肌にドラゴンを叩きつけた。
ドラゴンの骨がきしむ音が聞こえたが、闘士の馬鹿力でも折るまで至らない。
どれだけドラゴン丈夫なんだ。
僕の剣は蚊に刺されたほどしかダメージになっていない。
ドラゴンは莫大な魔力で僧侶の雷にレジストしながら立ち上がる。
「おのれ。攻撃してきたのは、お前らか。人間がなめよって」
魔力感知が、ドラゴンの魔力の高まりを察知する。
属性は最初から分かっている火だ。
僕は一気に近寄ると、口が開いた瞬間にすでに構成まで終わらせておいた水属性の魔法をドラゴンの口へと流し込んだ。
火属性のドラゴンブレスが発動するタイミングで大量の水が流れ込んだことによって、
ドラゴンの腹の中でドガーンと水蒸気爆発が発生する。
「がはっ」
ドラゴンが口の中から、焦げたけむりをはぎながら倒れる。
よし。姫の作戦通りだ。
相手が灼熱竜だとわかっているからの有効手段。
自身のドラゴンブレスを自分で浴びたようなものだ。
僕らの後を追ってきていた僧侶が、先ほどと同じ魔法を至近距離で放つ。
「アトミックサンダー」
最初の2発と違い、ドラゴンブレスによる魔力減により、レジストしきれていない。
それでも人間に対するパラライズサンダーぐらいしかダメージが入らないのは脅威だ。
「あ、ヤバ、魔力切れです」
高出力魔法の三連発をしたことによって、普段全く魔力切れなど起こしたことのない僧侶の魔力が空っぽになる。
ふらついて倒れそうな、僧侶を闘士が支えた。
「闘士、そのまま僧侶を抱えて、安全な場所まで退却なさい。あとは勇者とワタクシでやります」
「おうよ」
闘士は、僧侶を背中に抱えると、僕らの邪魔にならないように退却した。
「勇者、援護を」
「了解」
魔力を温存していた姫が、幽鬼軍団を出現させて、まだ痺れの取れないドラゴンを抑えつける。
僕は更に体力を奪う為に、ドラゴン全体に氷結の魔法を放った。
姫は胴体に飛び乗り、魔力ドレインと霊繰術を同時にドラゴンにかけた。
火属性の魔力が姫によって闇属性に変換されてドラゴンに襲いかかっていく。
霊繰術と幽鬼軍団同時召喚はかなりの魔力を消費するが、それでもドラゴンの魔力はおつりがくるほど強大だ。
随分時間はかかったが、霊繰術を完璧にかけおえると、姫はドラゴンに人化の術を使うように命じた。
筋骨隆々の中年赤髪の男にドラゴンは化けると、ふくれっ面をして座り込んだ。
「どうなってやがる。全然体の自由がきかない」
「闇属性魔法の霊繰術です。これからあなたはワタクシの指示に従っていただきます」
「焼くなり煮るなり好きにしろ」
「焼くなり煮るなりするのはあなたの役目でしょう」
灼熱竜のレッドドラゴンだからな。
「俺様に何をさせるつもりだ」
「今回は、ドラゴンとの長との交渉に役立ってもらいましょうかね」
「お前らは俺様が御しやすいとでも思ったのか」
「いいや、むしろ逆だよ。単体で行動しているドラゴンのなかではあんたが一番強そうだった。弱いドラゴンを従えたところで、役にはたたないだろ。装備も見てみろよ。耐火性能特化の装備一式だ。それに不意打ちじゃなければ、僕らはまともに勝てそうにない」
「ふん」
火竜はそっぽをむいた。
強いと言われて、少し機嫌をよくしたらしい。
わかりやすい。
「よくもまあ、その程度の強さで、ドラゴンに挑もうと思ったものだ。まともにダメージが入ったのは、あの小娘の雷ぐらいなもの。大体ヒーラーはどっちなんだ?」
ドラゴンは僕と姫を見比べる。
「ヒーラーは雷使ってた子だよ」
「はぁ!? ヒーラーに攻撃魔法使わせてたのか? 怪我したらどうするつもりだったんだ」
「あー倒すことしか、考えてなかった。姫どうするつもりだった?」
「倒すことしか考えていません」
「あはは、だよね」
僕は笑った。
「あはは、じゃねぇよ。お前ら、全員いかれてる」
「ありがとう」
「ほめ言葉じゃねぇよ。いいかドラゴンは強い、ちょっとやそっとじゃ死にはしない。見ろ俺を、もう完治している。口の中で大爆発しても俺は生きてる。だから強く出れる。お前ら以外の人間で無理する奴らはいたが、例外なくすごいヒーラーが控えてた。線引きがあるんだよ。無理にもな。なのに、どうしてヒーラーが後先考えず大呪文バンバン打ってくるだよ。回復すること考えろよ」
「仕方ないだろ。有効な魔法使えるのが僧侶しかいないんだから」
「仕方ないじゃないだろ。諦めろよその時点でドラゴン倒すの」
「勝ち筋あるのに、あきらめるわけないでしょう」
「一人でも臆したら死ぬんだぞ」
僧侶が回復のことを考えて、少しでも威力を抑えていたら、闘士の踏み込みが弱ければ、僕がドラゴンブレスの至近距離でドラゴンの口に水を注がなければ、姫が少し弱った隙にドラゴンに近づかなければ、僕らは負けて死んでいた。
「はっはっは、でも死んでないし」
臆するなんて言葉、僕ら全員の辞書に載っていない。
「私のパーティーはドラゴンにも勝てる。結果がすべてでしょう?」
「力が強い人間とはいくらでも戦ってきたが……。お前らは強いんじゃなくて、頭いかれすぎだら。こんなにヤバい連中だと分かっていたら、逃げ出したのに」
「ドラゴンも逃げるのか?」
「当たり前だろ。負けると分かっていたら逃げるに決まっている。俺が逃げ出したのは、お前らの国の国王が攻めて来たときだけだ」
ドラゴンは悔しそうにそう言った。
「どれだけプライドを傷つけられても、命の方が大事、そうだろう」
ドラゴンだって命の危険を感じたら逃げることもある。
本来そうあるべきものなのだ。
僕らのレベルで、本来ドラゴンには、勝てない。
周到に準備し、訓練し、作戦をたてて、全員の命を懸けて、どうにかこうにか勝てる程度。
僕は、姫をみた。
姫にとって命を懸けてでも叶えたい願いは一体なんなのだろう。
僕には未だにそれが何か分からなかった。
「今日のところは、勇者も魔力がほとんどありませんから、あなたの住みかで休むことにしましょう。案内なさい」
「それはできない」
「あなたに拒否権はありません」
霊繰術って、拒否権はないけど、黙秘はできるんだよな。
あくまで魂を縛り付け、操れるようにする術で、何かを聞き出したりなどはできない。
「教えないのであれば、あなたのドラゴンブレスで、ドラゴンの町を焼き尽くします」
「ぐぬぬ」
「最後の自害させれば、あなたが操られていた証拠は残りません。住処に案内したくないのは、家族でもいるのでしょうが、犯罪者の家族はどんな目に合うのでしょうね」
ということで、相手がされて嫌なことで脅しながら情報を引き出していくのが基本となる。
「ワタクシは和平交渉のためにきたのです。言うことをしっかり聞いた方が身のためでしょう」
「言うこと聞けば、家族には手を出さないか」
アイカのときもそうだったが、姫は押したり引いたりが絶妙なんだよな。
「あなたが役に立てば、いいでしょう。手を出しません」
逆にいうと、役に立たなければ手を出すということなんだけどなぁ。
しぶしぶドラゴンは納得して、家に案内する。
「着いたぞ」
洞窟のようなところを想像していたが、ドラゴンの住みかは普通のログハウスで人間にも住みやすそうだ。
大き目ではあるが、ドラゴンサイズということもない。
基本は人化して過ごしているのかもしれない。
「あなた、お帰りなさい」
青髪長身の女性が中から出てきた。
魔力の属性は、氷。
多分、氷結竜だろう。
「どうして人間嫌いのあなたが人を連れているのですか」
僕らの姿を見て絶句する。
「もしかしてあなた負けたのですか」
「すまない」
「勘がいい。随分頭がいいですね。いいでしょう。ならわかりますね。旦那が殺されたくなければ、あなたも私の指示に従ってもらいましょう」
「わ、分かりました」
「とはいえ、ワタクシ達はあなた方を滅ぼしにきたのではありません。友好同盟を結びにきました」
「ど、どこが友好的なのですか」
青髪のドラゴンは狼狽する。
「あなた達は、こうでもしないと人間の話を聞かないでしょう。ですが、ワタクシは今は人間ではなく魔族の代表としてきました」
「はあ? どういうことだ」
「なぜならワタクシが魔王だからです。これから魔族は人間と戦争になります。その前にドラゴンと同盟を結んでおきたい」
「ああ? ますますわからん」
「つまり、あなたはなんらかの事情で、人間界を追われ、魔族を統制し魔王となり、人間界と戦争を行う予定であり、そのため魔族領の北側に位置するドラゴンと友好を結んでおきたいということですか」
奥さんの方が話が早い。
「そのとおりです。そのためには、ドラゴンの王と対話の機会をもうけてもらいたい」
「わかった。つまり王に話を通せばいいのだな。俺様が話を通してやる」
「あなたはドラゴンの王と面識あるのでしょうか」
「ああ、そうだ」
大当たりじゃないか。
今回は簡単に目的を達成できそうだ。
「今すぐ、王との面談を取り付けてきてやる」
「いいでしょう。あなたが戻ってくるまで、奥さんに人質になってもらいましょう」
姫は、青髪のドラゴンに触れると霊躁術をかけた。
諦めているのか、抵抗はしない。
レッドドラゴンが飛びだっていくと、青髪のドラゴンは泣き出した。
「なぜないているのでしょうか」
「もう会えないかと思うと」
「どういうことでしょうか」
「王とは面識はありますが、王の人間嫌いは皆の知るところ、そんな王に、人間と会って欲しいなどと言えば、よくて牢屋行き、悪ければ、処刑されます」
それを聞き、姫は空中をくいっと引っ張るような動作をした。
するとレッドドラゴンが酷い音を立てて落下してきた。
のしのしと戻ってきたれレッドドラゴンが再び人化して抗議する。
「何する!?」
「話が違うではありませんか? 説得できないと奥さんは言っていますが? あなたは、わざわざ死にに行くようなことはしないのではありませんでしたか?」
「それこそ仕方ないだろ。嫁と子供を死なせるぐらいなら、死ぬ気でやるしかない。お前らみたいに、誰かを守る為でもなく、死ぬかもしれないことをやってるのが頭おかしいって言ってるだけで」
「あ、あなた」
目の前で抱きしめあう。
なんて素敵な夫婦愛。
対して姫はカンカンに怒っている。
「いいですか。霊繰術でとはいえ、せっかく手に入れた最強の手駒を失いたくはありません。あなた方に無駄死にされると、困るのですよ。生きるために必死で作戦を考えなさい」
「なんて慈悲深い」
いやいや全然、慈悲深くないよ。
姫は自分の目的のことしかかんがえてない。
姫の勢いに押されて、ドラゴンの夫婦は必死で案を出し始める。
こうなると、僕は何の役にもたたないし、ちょっと眠すぎるし、あとは姫にまかせておやすみしよう。
僕は、藁のベッドに横になり眠ることにした。
◇ ◇ ◇
僕は目覚めると何も言ってないのに
おいしそうな朝食を出された。
「どういう状況?」
「東側は終わったらしいぞ」
ドラゴンのおっさんはふくれっつらをしている。
終わったって何が?
でもなんで朝食が用意してあるんだ。
まるで普通の客みたいに。
隣の部屋から姫と青髪のドラゴンの声が聞こえてくる。
「ワイバーンは頭も悪く、魔力が少ないので霊躁術がかかりやすいです。いったん集団でかけて、その後、数匹霊繰術を解きます。解かれたワイバーンも集団心理により周りと同調して行動するようになります。少しずつ霊躁術を解除していくと最終的には全員霊躁術なしで言うこと聞くようになります。ワイバーンを手なずけている人間は信用を得やすいです」
「なるほど、いい案です。さすがドラゴンの叡智と言われているだけはあります」
「はい! 光栄です!」
光栄ですじゃないだろ。
ドラゴンの叡智をドラゴン侵略に使ってどうする。
昨日はあんなに嘆いていたのに、いつの間にか、自分の国の侵略率先して手伝っちゃてるよ。
これがストックホルム症候群か。
テロリストに感化されてテロリストになっていくのはこういう原理か。
いつの間にか姫は氷結竜の霊繰術も解いている。
完全に同調して動いているワイバーンと同レベルと判断しているのだろう。
ツッコミを入れたい。
が、ツッコミを入れて正気に戻すわけにもいかない。
僕はグッとこらえた。
隣に座っている火竜の方は流石に姫は霊繰術を解いていない。
「おっさんは参加しないのか?」
「俺様の考える案は、ひとつも役に立たないから引っ込んでろって言われた」
「姫に?」
「嫁に……」
かける言葉が見つからない。
「嫁はな。もともと王宮の参謀だったんだよ。ただな、ドラゴンは大体力業で何でも解決しちまうから、役立てる機会が少なくてな」
確かにずいぶん生き生きしているけれど
「僕が言うのもなんだけど、ドラゴン侵略に役立てたらダメじゃね?」
「俺様が人質にとられているのと、お前らの目的が同盟だからだろ、限りなく罪悪感は感じないからな。魔王と俺様の嫁にドラゴンを掌握されるのも時間の問題だろ」
「魔王は世界を征服するものだからね」
着実に姫の世界征服の夢は進んでいくのだった。