夏祭り1
浴衣の着付けは、町内だけど、少し離れたところに住んでいるおばあちゃんにしてもらうとのことで、めずらしく出発はののかと別行動だった。
夏祭り会場から少しだけ離れた待ち合わせ場所、駅の近くの銅像の前で部活の連中を待っているとやたらそわそわした巧がいた。
「奇遇だな。巧も祭り行くのか?」
僕が声をかけると巧はびくりと体を震わした。
「ああ、悠久か。驚かすなよ」
巧はどうみても挙動不審だ。
「別に驚かしてないだろ。どうしたんだ。そんなそわそわして」
緊張した面持ちで巧は言う。
「こ、これから初デートなんだよ」
「彼女できたのか?」
僕はニヤニヤしながら聞いた。
「それは今日頑張るというか」
「なるほど。相手はどんな子?」
「一年生で野球部のマネージャーになってくれた子だよ」
「主将がマネージャーに手出したら、僻みがすごいだろうな」
「気にしてるこというなよ」
巧は少しバツが悪そうだった。
「この間の試合何とか数回勝てたらしいじゃないか。巧のピッチングのおかげだろうから、役得だろ」
「健気で元気で可愛くて、みんな狙ってたんだ。そんなこと言ってくれる奴はお前だけだよ。お前と野球したいと言ったけど、今回ばっかりは、お前がいなくてよかったよ。全部お前に持っていかれるとこだったし」
「何言ってるんだよ。ピッチャー格好いいだろ」
巧は、男の僕からみても、スポーツ系爽やかイケメンにしか見えない。女の子は野球部のマネージャーになるぐらいだ。野球は好きなんだろう。バシバシ三振取れば、惚れるだろう。それに、
「僕は腕力ないから投球できないよ」
僕が得意なのは、キャッチとヒットを打って走ることだ。
ホームランまでは、打てないし、腕力がないからピッチャーとか外野手はできない。
「俺だって、捕るのと打つの苦手だよ。二刀流とか絶対無理」
ないものねだりだなと二人で笑った。
「得意のことで活かせるのが、野球のいいところだよな。とはいえ、僕はもうやめたし、それに、すでに彼女いるから」
「そういえば、そうだったな。大切な人がどうとか言っていたっけ」
厳密にいうとそれは姫のことだから、違うけど、訂正するわけにもいかないから、
「うん。そうだよ」と、肯定する。
「いいな」
巧は羨ましそうに目を細めた。
「今日頑張るんだろ」
「そうなんだけど、うまくいくかどうか……。悠久、彼女いるなら、なんかアドバイスくれよ」
アドバイスね……。
デート承諾してくれた時点で、うまくいくようなものだけど、全然慣れていないのなら、シナリオはあった方がいいかもしれない。
僕はお祭りデートで脳内を検索してみる。
巧が甚平来てるので、多分相手も浴衣を着てくるのだろうと予測する。
「えーと、そうだな。まず会ったら、『浴衣似合ってるね』という。きっと草履歩き慣れてないだろうから、ゆっくり歩いてあげる」
「お、おう」
「人混みに入ったら、『はぐれるといけないから』と言いながら、手を握る」
「なるほど」
「花火見終わって、『花火どうだった?』と言われたら、『君に見とれて、見てなかった』という」
「聞かれなかったら?」
「『花火どうだった?』ときいて『綺麗だった』と答えたら『君の方が綺麗だよ』と返すといいよ」
「なんでそんな歯の浮いたようなセリフがポンポン出てくるんだよ。自分の彼女にも言うのか」
「言うよ。彼女ができる男はこのくらい言うのが常識だよ」
ののかの好きな乙女ゲームなら。
一緒にやってると恥ずかしくなくなるんだよね。
「まじかよ……。」
真に受けた巧が絶句している。
ちょっと巧にはハードル高かったかもしれない。でも、
「似合ってるだけは絶対言ったほうがいいよ」
「わかってるよ」
楽しくなってきた。ののか達と約束してるんじゃなかったら、あとをつけているところだ。
「アドバイス通りやってうまくいかなかったらお前の所為だからな」
「いいよ。そのかわり堂々とやれよ。変に照れたら台無しだからな」
「わかったよ」
巧は緊張が少しとけたのか、野球をやってるときと同じ顔になった。
その顔なら振られることはないだろう。
「よし、今度ナイター見にいこう。巧に彼女ができたらダブルデート、できなかったら二人でな」
「お前から誘ってくるなんて珍しいな」
馴れ初めを根掘り葉掘り聞きながら、野球見るなんて最高じゃないか。
楽しいこと×楽しいこと=めっちゃ楽しいに違いない。
「ほらあの子なんじゃないのか」
遠くから女の子がまっすぐこちらに向かっていた。
巧みに気づくと、少しウェーブのかかった髪の毛をいじりながら、恥ずかしそうに、上目遣いで巧を見ていた。
誰がどう見ても脈ありだ。
コールド勝ち寸前じゃないか。
僕は頑張れよという意味を込めて背中をおす。
僕は、何も言わず、軽く手を上げて別れとした。
巧は頷いて、女の子に駆け寄ると、二人は僕から少し離れたところで話し始めた。
すぐに女の子がうれしそうに顔を真っ赤にしていた。
多分似合ってるねと言ったのだろう。
二人でぎこちなくつかず離れずの距離で仲良さそうに祭りの会場に歩いて行った。
「青春してるな。いいな」
尊いものがみれた。
今日はこれだけで、祭りに来たかいがあった。
ぼくとののかは幼馴染だったから、初デートはあそこまでの初々しさはなかったかもしれない。
スポーツ系の青春も少し羨ましかった。
隣の芝生は青く見える。
だけど、今ある幸せを捨ててまで欲しがったりはしないと心に誓って。




