思い出の地
人間領に近いところにある、魔族の村は姫の嘘八丁な演説とアイカのコネでかなりの数、支持を集めていた。
僧侶から、一応人間界側の情報も得ていたけれど、僧侶も僕も政治は不得手なまま伝言するため、姫にうまく伝わらないことがしばしばあり、一回人間領に戻って、情報を得ることになった。
死んだ振りをしているため、人間領ならどこでもいいわけではないため、姫の直轄地に行くことに。
要は僧侶達と合流だ。
「ここはもう人間領ですか?」
アイカは怯えている。
無理もない、人間と魔族は戦争状態。
敵国にいるようなものだ。
「安心なさい。ワタクシの領土になります」
「それなら安心……なわけない。どんなところなの!?」
まあ、不安になるよね。
僕も行ったことないし、だけど、
「なんだか、見覚えがある気がする」
「それはそうでしょう。ここは勇者の故郷ですよ」
姫が教えてくれた。
「ここがユイクの故郷?」
アイカが僕にたずねる。
「そうなんじゃないかな」
「そんな他人事みたいに」
実際他人事だ。
ここは勇者の故郷なのだから。
まさか勇者の故郷が姫の領土の一部とは思わなかった。
勇者の記憶をたどってもそんな情報は出てこない。
こいつ自分の国の領主の名前も知らないのか……。
そういえば、同級生で、総理大臣や都知事の名前かけない奴もいたっけ。
そんなものなのかもしれない。
いやでも、たしか勇者の父親、村長なんだけど。
跡取りとしていいのかそれで。
跡取りなんか考えず勇者になってる放蕩息子だからなぁと思い納得した。
しばらく歩いていると、草木を摘んでいる女の子がいたので、道を訪ねることに。
「すみませーん」
「はーい」
振り向くと女の子は驚いた表情を見せる。
「お兄ちゃん!? どうしてこんなところに、というか死んだんじゃ」
お兄ちゃん? 勇者の記憶をたどるとさすがに妹の顔は出てきた。
まちがいなく妹だ。
「ああ、ただいま」
「そんなのんきな」
僕の答えに妹はげんなりしている。
「勇者の妹でしょうか」
姫がきいてきた。
「まあ」
多分。あっちの世界だと一人っ子だからいまいちよくわからない。
「姫様ですよね。すみません。兄がふがいないばっかりに、死ぬ目に合わせてしまって」
「そうでしょう。勇者もっと精進なさい」
姫が死んだふりするって言ったんだよね。
とは言わない。
妹の前だし言えないことを知っててそんなことを言う。なんて理不尽な姫。
「かわいらしい娘さんですね」アイカが妹を見ていう。
「ありがとうございます? お兄ちゃん、こっちの方は?」
妹はアイカの角を見ながら言う。
「前魔王の娘だよ」
「……えっ。どうしてこんなところに」
当然の疑問だよね。
「そして、現魔王はワタクシです」
姫が胸を張っていった。
「えええ、ちょっとお兄ちゃんどういうこと?」
妹の驚きに拍車がかかった。
「そのとおりなんだけど、どういうことかは僕もわからないよ」
状況をそのまま受け入れてほしい。
どうなっているのかは、僕が知りたい。
「何がなんだかわからないけど、とりあえずこんなところもあれなので、私の家に行きましょう」
僕の表情から察してくれたのか、妹は言いたいことをすべて飲み込んでくれた。
なんて賢い妹だ。
妹が言う私の家ということは、僕の実家でもあるのかな。
妹が案内しながら隣にくる。
僕は両手いっぱいにいろいろな植物を抱えている妹に聞いた。
「なんでそんなに植物かかえてるんだ」
「何ってあたし植物学者だよ。お兄ちゃんそんなことも忘れちゃったの? お兄ちゃんが実家を出ていった頃は、まだ見習いだったけど」
「そうだったね」
「そうだったねじゃないよ。もうお兄ちゃん昔から馬鹿だったけど、今はボケ老人だよ」
ひどい言い草だ。兄妹ってこんなもんなんだろうか。
「ははは」
「何笑ってるの? 昔みたいに怒らないし、お兄ちゃん変わったね。まるで別人みたい」
僕はドキリとした。
「昔のお兄ちゃんは、聖剣を引き抜いて、身の丈にあわない強さで無駄に気が大きくなってたから、魔王に殺されたって聞いた時も悲しかったけど、ああ、やっぱりって思っちゃったんだよね」
「ごめんな。心配かけて」
「ほら昔のお兄ちゃんなら謝ったりしないよね。俺が死ぬわけないだろとか怒ってたよ」
「そうかな」
「そうだよ。ようやく身の丈に合ってるというか、無理してないというか。今のお兄ちゃんなら、魔王も倒せそうだね」
「もう倒すこともないよ。姫が魔王なんだから」
「ふーん。あんなにこだわってたのにね。やっぱり変なの。あたしは、魔王討伐なんて昔からどうでもよかったけど。ところで、しばらくはいるの?」
「いや、すぐ行かないといけない」
多分、もうすぐ戦争になるとは言えなかった。
◇ ◇ ◇
「えっ、これが僕の家?」
僕は自分の家だと言われたものを見上げた。
どう見ても城なんだけど。
しかも西洋風の城ではない。
和風の城だ。天守閣だと思われるところには、屋根の上には、金ぴかの鯱もいる。
まだまだ建築中なところも多いが、人が忙しそうに魔法を駆使しながら建築している。
目の前では、外堀と思われる場所に、水属性魔法で水をはっている。
「何言っているの。お兄ちゃん。数ヶ月前突然図面とお金を送りつけてきて、こうしろっていったんじゃん」
僕? そんなこと断じてしていない。
考えられるのは……、全部姫の所為か。
さては僕あてに、王国から振り込まれている報酬も手をつけているな。
こっちのお金には、興味ないから別にいいけどさ。
姫はののかと一瞬融合して、ののかの知識を得たのだろう。
要は人生が二倍になったようなものだ。
そして、ののかは僕と同じ、いや、僕以上に本の虫である。
僕は中学の三年間は野球をしていたが、ののかはその間も帰宅部でひたすら本を読んでいた。しかも、ののかが一番好きなジャンルは歴史物である。休日も城などを一緒に訪問し城下町の作り方などを楽しそうに見ていた。
気候は西洋に近いため、風車などが立ち並び、町並みはヨーロッパの田園地帯のようで、僕からするとちぐはぐに見える。
「なんか変な感じ」
「なにが?」
妹は不思議そうに首を傾げた。
こちらの世界の住人からしたら僕の世界の風景を知らないのだから、これが普通になりつつあるのだろう。
「お兄ちゃんがどんどん仕事を送ってくるから、お父さんは干物みたいになってるよ」
「干物⁉ 大丈夫なの?」
「何言ってるの、お兄ちゃんがこきつかってるんでしょ。資金は指令と一緒に送られてくるから、どんどん人集めて、こなしていると町が勝手に大きくなっていくから、まとめたりするのが大変になって、雪だるま式に仕事が増えてるみたいだよ」
「大変そうだ……」
「その分町は発展してどんどんよくなっていくから、人望も集まっていくし、いいんじゃないかな。ドンドン痩せていくけど」
ただの村が、町になり、大きかったはずの隣町に追いつき追い越しそうな勢いだという。もう半分城下町みたいなものだし。
「お父さん中にいると思うから、会っていったら」
妹の案内で執務室に通される。
中に入ると、中年の男性が忙しそうに、机に向かっていた。
顔を上げると驚いた表情で言う。
「おお、ユイクイド! 魔族に殺されたなどと噂が流れていたから、心配していた。相変わらず手紙はおくられてくるから混乱していたところだが、無事でよかった」
立ち上がり、僕に近づくと、軽く抱きしめてくる。
普通にいい父親だ。
勇者の記憶では、太鼓みたいな腹も存在せず、まん丸としていた顔も頬骨が見えている。
干物みたいといっていたが、痩せ方としては健康的なようだ。
「ユイクイド、もしかしてこちらはノノアール様か?」
「そうだよ」
そういえば、父親は武闘大会に来なかったから、姫を見たことないのか。
「領主様、お初にお目にかかれて、光栄です」
「キリーナからいろいろ聞いています。手を尽くしてくれているようで」
「そういってもらえるとなによりです」
父親は深々とお辞儀をした。
やっぱり姫って本当に姫なんだな。
「ユイクイド、とりあえず、ちょっと指示の詳細をいろいろ教えてほしいのだがよいか」
うん。何もよくないぞ。
何を指示したかすら知らないんだが。
父親は手紙を渡してきた。
渡された手紙を見ると潅漑工事をいつまでに行ってほしい、風車を何台建てろ、橋をかけろ、防壁を築けなどの指令がかかれている。
筆跡は僕に似せているようだが、姫で間違いなさそうだ。
人の父親をなにこき使ってるんだ。
「そこからは、ワタクシが引継ましょう。勇者に指示していたのはワタクシですから」
「領主様、息子が不出来なばかりに、お手を煩わせて、申し訳ございません」
「そうでしょう。勇者、もっと精進なさい」
何にも教えてないのに、それは酷くないか。
抗議しようとしたら、父親が先に
「灌漑事業を進めている中で、一番心配しているのは、水源が魔族領にあることでして」
「それは、もう心配ありません。その地域は、もうワタクシの支配下です。それに……」
父親の質問にどんどん的確に答えていっている。
もう僕は必要なさそうなので、執務室を退出した。
「ユイクも大変だね」
中の会話を聞いていたのだろう、外で待っていてくれたアイカに同情された。
本当に奴隷とたいして変わらない。
「お兄ちゃんすぐ行っちゃうんでしょ。せっかくだから、見てきたら
」
一緒にいた妹が提案してくれる。ただ
「何が?」
「何って、毎日毎日飽きもせずに、あっちの広場で修行してたでしょ? 忘れちゃった?」
「ああ、そういえばそうだったね」
「今の時期は綺麗だよ。花が咲いているから。知ってるとは思うけどね」
知識としては知っている。
ただそれは僕の記憶ではない。
本物の勇者の記憶。
そこで何を感じていたのかまではわからないけれど、勇者の人となりを理解するためには訪問しておくといいかもしれない。
「ありがとう、行ってみるよ」
◇ ◇ ◇
「ここだけは変わらないなぁ」
僕の記憶ではないけれど、勇者の記憶が鮮明に残っている場所。
勇者が剣で打ち付けて傷だらけの木が生えていた。
聖剣を鞘から引き抜く、昔の記憶のように両手で構えてみる。
随分と両手で握っていない。
「勇者は全くなってないな」
僕は勇者の記憶の握り方ではなく、祖父にならった剣道の握り方に変える。
ひねりを入れつつ利き手の右より左に力を入れる。
僕は大きく聖剣を振り上げ、木を切りつける。
勇者のつけたどの傷よりも、深く鋭く跡が残る。
剣の長さが元の長さであれば、一発でなぎ倒せていただろう。
姫はののかの知識を生かしているが、僕は勇者の経験を何も活かしていない。
それもそのはず、勇者の頭は空っぽで、ただの一生懸命。
剣もただひたすら振っていた。
それではダメなんだよ。
スポーツもなんでもそうだが、手なりでやってはだめなのだ。
何がダメで何がいいのか、それを少しずつ修正しながら、最適な動きを何度も繰り返し寸分の狂いなく動けるようにする。
「本当に、お前弱すぎだろ」
昔は本当に田舎で鍛えて上京しようなんて人間は勇者以外にいなかった。
だから、教えてくれる人間がいなかったのも確かだ。
そうだったとしても、僕がそれだけ時間をかけれたならもっと強くなれた。
もっと強者の戦い方をできたはずなのだ。
聖剣なんてなくたって。
◇ ◇ ◇
僕が原っぱの中で花に囲まれたまま横になっていると、姫がやってきた。
「姫どうしてこんなところに?」
僕は立ち上がりながら、姫に言う。
「どうしてって視察に決まっています」
そうだよね。姫が意味もなくうろつくわけないか。
「まあ見てくれよ姫、花がこんなに綺麗に咲いている」
僕は手を広げて、花畑をみせた。
「そうですね。これだけ植物が育つのなら、農地に最適でしょう」
「確かにそうだけど」
植物にも容赦がないな姫は。
僕は思わずため息をついた。
姫はそんな僕を不思議そうに見る。
「勇者は綺麗な風景を残したいのでしょうか」
「そうなのかな」
自分でもよくわからない。
実際のところ『僕』はどうでもいいのかもしれない。
ここに思い入れがあるのは、本物の勇者の方で、僕はその記憶に少し引っ張られているにすぎない。
「あそこに咲いている黄色い花ですが、あちらの世界の菜の花に似ています。油がとれるかもしれません。勇者調べてもらえますか」
「いいよ」
あっちの世界に戻った時に調べて欲しいということだろう。
「これからも、どんどんこの町は発展させる予定です。魔族からの脅威が低くなったいま、お兄様がたの領土から離れているこの土地は一番安全です。食料確保が最優先。土地を遊ばせる訳にはいきません。ただ実益を兼ねて工夫するといいでしょう。周りに、花を残すとかは、農家が好きにするといいでしょう。町長に指示を出しましょう」
町長って僕の父さんだよな。
ごめん。父さん。仕事増やして。
でも、花を残すといいなんて、もしかして姫、僕に気をつかってくれたのか。
ということは、実益を兼ねていれば、きれいな花も残してくれるかもしれない。
「コスモスとか、畑を休ませている間に咲かせておくといい花などもあるみたいだよ」
「そうですか。そういう知識はののかさんにはあまりありませんね。あなたの妹は植物学者らしいので調べさせましょう」
もしかして僕がよけいなこというと僕の家族の仕事が増えていくのだろうか。
妹よ。ごめんよ。
「それにしてもすごいね。あの城とかは、ののかの知識だよね」
僕は遠くに見える自分の実家を見ながら言った。
「ののかさんと融合して、人生経験が十数年分か増えました。いろいろ有益です。正直、この将軍はイケメンとか、この人物はゲキ推しとか訳の分からない知識は捨てたいと思いますが」
「それがののかにとっての知識を得るための原動力だから、勘弁してあげて」
ののかは、歴女のオタクだからなぁ。
「ののかさんの、知識の大半は昔のあちらの世界なのでしょう? ののかさんの普段の生活からは考えられないほど、随分とあれていますね」
「数百年前は、日本だってこちらの世界と同じぐらい殺しあっていたよ」
狭い島国の中で、同族で殺しあっていた。
僕らは例外なくその戦いの生き残りだ。
「その時代の戦い方とかの記録は残っていないのですか?」
「のこっているよ。僕は祖父に、剣をならったよ。中学上がる直前に死んじゃって、つまんなくなってやめちゃったんだけど」
普段は優しいおじいちゃんだったけど、小学生の僕に、しっかり殺すつもりでやれなんて教えてくれた大人は祖父だけだった。
欺瞞に満ちた他の大人から習うのはつまんなくて、僕は剣道をやめて、野球を始めた。
剣道だけではなくて、居合道もやっていた祖父。
まずはしっかり相手の目を切りつけろとか、
心臓をしっかり突けなんて真顔で指導していた。
もちろん祖父は、人を殺したことはない。
それなのに、仮想敵はしっかり殺せって言っていたっけ。
武道で精神が鍛えられる。
それは間違いない。
あれは戦いの血を呼び起こす行為だ。
「どうしてもっと強い武器があるのに、剣道なんかやるんだよって祖父に聞いたことがあるよ。自分の時代じゃなくても、役に立つ時代が来るかもしれないって、来ないことを祈ってるって」
小学生の頃は、祖父が何を言っているのかわからなかった。
だけど今ならわかる。
祖父は間違いなく僕のために、祖先から受け継いできてくれたのだ。
異界で戦うことになった僕のために。
型とかは正直ほとんど覚えていないけど、
志だけが今も僕の心に生きている。
「ワタクシも思い出しました」
姫も大切な思い出があるのだろうか。
「ののかさんを叩いた、たいして痛くない、変な木刀の作り方を教えなさい。訓練にいいでしょう」
思い出したのそれかよ。
話の流れとしては、思い出してもおかしくないけどさ。
「わかったよ」
僕は、返事しながら思う。
全く姫は本当に合理主義で努力家で僕はついていくのに精一杯。
確かに姫について行くためには、もっと精進しないといけないかもしれない。