学園物なら最初の難関
「ということで、エキドナの里とアラクネの里を支援するように姫の妹君に伝えてくれる?」
部活の前、二人っきりになれたタイミングでレミちゃんに伝えた。
「二つとも女種族の魔族ですね」
「エキドナはたまたまだけど、人間と友好関係を回復したい種族から優先して回ろうってはなしになったよ。この二つの種族は、人間の男が必要だからね」
「支援ってどういった支援すればいいんですかね」
「婚活所でも設置して、やってきた男を連れて行ってあげたらいいよ。美女選び放題だよ」
上半身だけなら。
下半身はマニアックすぎて、高校生の僕は、コメントしようがない。
「妹君はどんな人?」
「お姉様は、素晴らしいとか、お姉様は優しいとか、お姉様は姉妹愛に溢れているとか、永遠と知らない人の話してます」
「お兄ちゃんとは、殺し合いしてたんだけど」
妹も全力で騙してるな。
妹は、魔族のハーフということで、他の兄弟姉妹からは迫害されていたみたいだし、優しく手を差し伸べたらコロッといっちゃうよね。
打算的かもしれないけれど、姫は妹の前では優しいお姉ちゃんなのか、とりあえずちゃんと覚えてないといけない。
なんだか急に情報量がふえて、覚えなきゃいけないことが多すぎる。
何も考えずに、魔族倒してた方が絶対楽だった。
「はあ」
ため息がでてしまった。
レミちゃんも同じようにため息をついた。
「こっちの世界でも働かされるなんて、なんかあたしたち姫にいいように、使われてますね」
「まあね。部下だし仕方がないよ」
「そうなんですけどね。少しだけこっちの世界には干渉してほしくないというか」
レミちゃんの言うことはよくわかる。
レミちゃんも拷問をやめてから、こっちの世界にいるときは完全にオフな気分なのだろう。
僕としてもこっちにいるときまで、あっちの世界のことを考えていると気持ちの切り替えがうまくいかなくなる。
「用件はおわりですよね。あっちの世界のことはとりあえず忘れて、部活動しましょうよ。今日のテーマはなんですか」
「あ、ごめんまだ考えてない」
姫の伝言のこととか考えていたら、そこまで考えが回らなかった。
「えー。しっかりしてくださいよ」
レミちゃんは不服そうだ。
「いつもだったら勝手に思いつくんだけどなぁ」
二人で手持ちの小説を出してみることにした。
「先輩は今何読んでいるんですか」
「推理小説だよ」
「今日のテーマは推理小説でいいですよ」
「うーん。今読んでいる小説は多分叙述トリックだしな」
「なんですか。叙述トリックって」
「先入観を利用してわざと必要な情報を伏せておく手法かな。説明難しいな。有名なジョークを例にあげると
『太郎早く学校行きなさい』
『いやだ。僕は今日休む』
『何わがまま言っているの』
『僕はもう学校いきたくない』
『もう何言ってるの。あなた校長先生でしょ』
みたいな感じかな。この場合だと、校長先生だという情報を伏せて、小学生ぽくふるまってミスリードした感じかな。推理小説だともっと複雑だったりするけどね。ほらやっぱり推理小説は説明するのが難しいよ」
「十分わかりやすいですよ。今日は推理小説でいきましょうよ。推理小説だったら死体もでてきますし」
「死体で興奮するのはやめてほしいな。説明できたとして、自分が書けないジャンルの話をするのはちょっとなぁ」
トリック考えるのは正直僕も苦手なんだよな。
漫画の週刊誌とかで毎週考えている作家は本当に尊敬する。
「それに、どうせやるなら、トリックも細分化してジャンル分けして、どういうパターンがあるか調べたいし、有名どころの小説も押さえておきたいよね。ちょっとまだ有名なのはシャーロックホームズぐらいしか読んでないよ」
やるなら、もっと極めてからにしたい。
「先輩どれだけ凝り性なんですか」
レミちゃんに呆れられてしまった。
「そういうレミちゃんは何読んでるの」
「なんか理不尽に閉じ込められて殺し合いするやつですね」
「デスゲーム系か。レミちゃん好きそうだね」
「これ系をよむと、とりあえず拷問したくなる衝動が抑えられます」
「だいぶ末期だね……」
抑えられているだけいいのか。
「なら先輩、今日はデスゲーム系でお願いします」
「結構そのジャンル読んでるんだよね。たまにはレミちゃんやってよ」
「そんな急には無理ですよ」
「じゃあ、そのうちやってもらうからまとめておいて」
「わかりましたよ。そのうちですよ。あ、でもそうなると今日どうしましょう」
結局そうなるのか。
「うーむ」
二人で首をひねって、テーマを考えていると、ドアを開けて、ののかが僕を呼んだ。
「悠久、生徒会長のところに行くからついてきて」
「うん。もちろん。レミちゃんちょっと待っててくれる」
「はーい。なんか書いてますね」
一人でノートに小説を書き始めた。レミちゃんを残して、部室を出た。
「どうしたの?」
「部としてはもう認めてもらってるんだけど、活動内容とかもう少し詳しく申請したら、少しは費用出してもらえるみたいなの。もちろん部活のためにしかつかえないけどね」
「そうなんだ。提出するだけだよね」
僕いるかな? どうしたんだろう? 前は普通に生徒会室一人で行ってた気がしたけど。
「生徒会長、悪い人では、もちろんなくて、でもちょっと姫と記憶を共有してから、ちょっと怖くて」
怖い?
よく見たことはないが、すごくできた人だという噂だ。
人気も高い。怖いなんて話は聞いたことがない。
この間、不審者に銃で撃たれそうになったり、姫とごたごたしたりとののかもいろいろあったから、少し神経質になっているのかもしれない。
それに姫との記憶か。あっちの世界がらみだろうか。
生徒会長に会ったらわかるだろう。
生徒会室は、そんなに遠くもないし、僕は、黙ってついて行くことにした。
僕は生徒会室のドアを開けた。
僕は椅子にすわる生徒会長の顔を見て、驚いた。
ダグル第三王子!?
ついこの間、僕と姫を殺そうとした張本人だ。
いや、張本人のわけではない。
こちらの同一存在だろう。
僕は魔力感知を働かせる。
魔力は感じない。
僧侶のパターンなら、必ず魔力を感じるはずだから、多分、生徒会長の中に王子の魂はない。
僕は少し安堵した。
「驚いたな。君は?」
「文芸部の副部長です」
僕は自己紹介をしながら疑問に思った。
驚いた? 生徒会長も何に対して驚いたのだろう。
ののかが資料を手渡すと、軽く目を通す。
「うん。大丈夫そうだね。文科系の部活は、文化祭では何か出し物をしてもらうから、文芸部だと、なにか文集だしてくれるといいかな。四人だから大変だと思うけど、頑張って」
「ありがとうございます」
ののかは、一礼した。
「あとは……そうだな」
文集を作るときに必要なコピー機の申請方法なども、丁寧に教えてくれる。
随分やさしく穏やかに話す人だ。
みんなが生徒会長に選ぶのもわかる。
規定通りとはいえ、部員もたった四人しかいないのに部としてすぐに認めてくれたり、部室を与えてくれて、こんどは費用も出すように手配してくれるなんて、部活系の物語だと生徒会なんて普通は最初の関門なのに。
あちらの王子とは大違いだ。
生徒会長をみる度にあちらの王子の姿がぶれて重なる。
傲慢で、目的の為なら妹すら手に掛ける非道さ。
僕は、あの日が初めての遭遇だったが、姫は何度も顔を合わせていただろう。
ののかが怖くなるのもわかる。
どうしても疑心暗鬼になってしまう。
なにか裏があるのではないかと思ってしまうほど、親切だ。
多分ののかも同じように思ったのだろう。
生徒会長に質問する。
「先輩はどうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
「ははは、笑わないで聞いてくれるかな」
「はい」
僕とののかはこくりと頷く。
「たいしたことはできないけど、罪滅ぼしかな」
「罪滅ぼし?」
「たまに夢を見るんだよ」
夢というワードに僕は心臓が跳ねる。
「この間も、ひどい夢をみた。僕は君のことを妹と呼んでいた。そっちの君は妹の付き人だったよ。なんともまあ、ファンタジーな夢でね。設定だと君たちは勇者や姫君だった。僕は王子で妹と王位を争っていて、自分が国王になるために妹を殺してしまった酷い兄だったよ。なんとか止めたいと思ったけれど、いつも彼の中でみているだけの僕は何もできない。ただみているだけ。まあ、もちろん、夢の話だよ。気にしなくていい」
生徒会長が語る夢の内容は、この間王子と遭遇したときそのもの。
新パターンだ。あちらの世界の夢は見ても、体を乗っ取らないこともあるのか。
となると王子がこちらのことを夢見ているパターンもあるかもしれない。
魔力はなくても、油断はできなくなってしまった。
ボロを出さないように、長居はしたくない。
「ありがとうございます。ただ生徒会長も、夢のことなら気に病むことありませんよ。僕たちは元気ですから」
一応、フォローを入れておく。
あっちの僕と姫も元気とはいえないけれど。
「ありがとう。そうだよね」
人の良さが溢れる笑顔を向けてくれた。
それから生徒会長は立ち上がるとドアをあけてくれる。紳士かな。
ただ、ちょうど反対側から扉を開けようとしていた女の子がドアに顔をぶつけた。
「ああ、ごめんごめん」
「もう、気を付けてください」
いたたたたと額を抑えながら、生徒会室に入ってきた女の子がののかと目があった。
「ミキ、そっか書記だったね」
「あ、ののか。ちょっと今の見てた。私、先輩にたのまれて、プリント印刷してきたのに、この仕打ちひどくない」
ののかは、クスクス笑っている。
「優秀な書記がいてくれて助かるよ」
「調子いいんですから」
ミキと呼ばれた女の子は、怒った素振りを見せているが、わざとらしい。ポーズだけかな。
生徒会長もそれがわかっているのか、謝り方が軽い。
仲が良さそうだ。
「ミキ、私行くね。邪魔したら悪いし」
「ちょっと何言ってるの。ののか」
「バイバイ、あした教室で聞かせてね」
ミキとよばれた女の子は、まだ何か言いたそうだったが、ののかが手を振ると少しだけ頬を赤らめて手をふりかえした。
部室に戻る途中僕は、ののかに聞いた。
「知り合い?」
「うん。同じクラスの友達、そうだったんだ。へーふーん、へー」
ののかは行きと、うってかわってご機嫌だ。
「どうしたんだよ」
「目立ちたがりの子じゃなかったのに、生徒会に入るなんて言い出したから何かと思ったら、恋してるなとおもって、いい雰囲気だったよね」
「ああ、そういうこと」
二人を思い返すと尊い雰囲気を醸し出していた。
僕は、ののかに笑いかけながら言った。
「小説一本かけそうだね」
異界のことばかりに気を取られている場合ではなかった、もっとしっかり観察しておけばよかった。
文芸部員として、他人の恋路を観察しないなんて失格だろう。
ののかは、うんうんうなずいている。
「わかる。生徒会長と書記の禁断の恋」
「いや禁断ではなくない」
「あ、そっかぁ」
「何言ってんだよ。あ、でも今日のテーマはそれにしようか。レミちゃんも待ってるだろうし、急いで戻ろう」
部室に帰りながら、僕は気持ちを切り替えるために自分の心に言い聞かせる。
生徒会長以外にも、あちらの世界とリンクしている人物は沢山いる。
仮に王子が中から見ていたとして、先輩が死にたいなどと思わない限り大丈夫だろう。
生徒会長になるような人だ。
多分そんなことにはならないだろう。
心配しすぎるのはよそう。
それに、こっちの世界では、僕はただの高校生なのだから。




