エキドナの里
姫は魔王の娘の身だしなみを整えさせた。
「まずは笑顔」
姫の指示で、魔王の娘は、口角をあげ、きれいな笑顔を作り上げた。
「よろしい。では、復唱」
「はい! 姫は神様です!」
「次」
「はい! 姫は世界を救う救世主です!」
「次」
「はい! 私は姫を魔王にするため力の限りを尽くすつもりです!」
「いいでしょう」
「はい! ありがとうございます!」
ブラック企業かな?
さっきから、魔王の娘はキラキラの素敵な笑顔を振りまきながら、大声で姫を称え続けている。
最初こそ力が入っていなかったが、何度も何度もやり直しさせられているうちに完璧になってきた。
「なんだか奴隷じゃない気がしてきました」
奴隷というより社畜だからね。
姫は、魔王の娘がかなり有用であると認識したので、倒れるまで使いつぶす気だろうか。
姫に対しては完全服従しているのに、他のものにみじんも奴隷ということを感じさせない仕上がりとなってきた。
本当にどんどん調教が進むな。
いつの間にか魔王の娘は自ら進んで先導している。
「もう少しいくと、エキドナの里があるはずです」
「エキドナかぁ」
そういえば、野良のエキドナを一人殺した覚えがある。
無抵抗の魔族を殺すのは、あまりいい思い出ではない。
そもそも無抵抗でなくても、いい思い出ではないか。
そもそもこっちの世界でいい思い出なんてあったかな。
いい思い出とはいったい……。
なんか哲学みたいになってきたし、深く考えるのはやめよう。
よく考えると、殲滅するため以外で、魔族の村を訪問するのは、初めてだな。
武器に手をかけたらやっぱりだめだよな。
まず魔族とあったらなんと言えばいいんだ?
戦い以外本当にすべて僕は素人。
初めての状況で、よくわからない緊張が僕を襲っていた。
とりあえず姫からなにも指示がないから僕は、なにもやることはないはずなんだけど。
きっと魔王の娘で油断させておいて、お得意のネクロマンスでどうにかするんだろう。
「父と一緒に村を回った時に何度か訪れたことがあるので、警戒はされないはずです」
「いいでしょう。ではそこからまいりましょう」
◇ ◇ ◇
エキドナの村近くにつくと、木で作られた門があった。
エキドナ二人が門を守っていた。
門番は僕らの姿を見つけると槍をかまえたが、魔王の娘の顔を見るとリーダー格のエキドナがすぐ収めた。
「アイカ様ですか。お久しぶりです。武器を納めろ」
リーダーのエキドナが、若いエキドナに伝えた。
「アイカ様この方達は」
「以前から父と交流があった方達です。父はこの方を魔王の後継者にするように言い残しました」
事前に打ち合わせしていたので、魔王の娘はスラスラとしゃべる。
幻術を使い、自分の父親である魔王を生きているように装っていたのだから慣れているのかもしれない。
「やはり魔王が殺されたという噂は、本当なのですか……」
エキドナに失望が走る。
「この方が次期魔王様ですか、ですがこの方は人間のように見えますが」
エキドナは、姫をみながら訝しげな顔をする。
「ええ、ワタクシは、第十王女ノノアールです」
「王族!?」
エキドナに衝撃が走る。
自分で言うのかよ姫。
エキドナはせっかく納めた武器を構えなおした。
異変を感じたのか村の中からも、わらわらとエキドナが出てくる。
姫はちょうどいいと言わんばかりにうなずいた。
「みなのもの最後まで話を聞きなさい。王族とて一枚岩ではないのは、あなた方もご存知でしょう。第十一王女からあなた方は秘密裏に支援を受けている違いますか?」
「ど、どうしてそれを?」
ざわめきが一層おおきくなった。
「第十一王女を支援しているのはワタクシだからです」
まじかよ。
完全な自作自演。
妹がいるというのは確かに聞いていたけど、魔族を倒した王国からの報酬で魔族の支援をしていたのか。
なんで味方の僕も一緒になって驚かなくちゃいけないんだろう。
敵をだますのは味方からっていうけどさ。
「第十一王女は魔族とのハーフです」
「それは存じております」
エキドナがうなずく。
そうなのか。それも初耳だ。
王様、魔族にも手出してんのかよ。
節操なさすぎだろ。
「妹は王都に置いておくと、他の兄弟に処刑されるところでしたので、私が保護しておきました。今までは公に、同盟を結ぶことはできませんでしたが、ワタクシは魔族に組みしていると兄から殺されかけました。兄が完全にワタクシに殺意を向けた以上、隠す必要もありません。私は魔王を目指します」
姫は高らかに宣言した。
エキドナたちは大混乱だ。
僕も姫からの情報が多すぎて混乱している。
魔王の娘も衝撃が大きすぎてポカーンと口を開けている。
部分部分で本当のことも混ざって嘘ついている所為で、僕もよく考えないとなにが本当かわからなくなる。
そんな中、エキドナの中から年老いた男が現れた。
男は人間のように見えた。
というか間違いなく人間だろう。
どうしてこんなエキドナの村にと考えて、思い至った。
30年前、現国王が前魔王を殺すまでは、魔族と人間は仲がよかったのだ。
エキドナは女しか生まれない種族。
ただ子孫を残すためには、男が必要だ。
その男が人間だったとしても、おかしくはない。
人間の男は悲しそうに姫に語りかけた。
「私共の村では、20を迎えた娘は婿を探しに旅立ちます。娘から連絡が途絶えたので、捜索したところ、何者かに殺されていました。ついこの間のことです」
男が持っている娘の遺品に僕は見覚えがあった。
「確証はありませんが、十中八九、兄の仕業と思われます。魔王を殺し、魔族と友好を結ぼうとしていた妹さえ手に掛けようとする卑劣な男です」
姫は水の流れのごとく嘘をつく。
殺しの指示をしたのは姫だし、手を下したのは僕だ。
この瞬間、僕はエキドナを殺したことがあることを墓場まで持って行くことを誓った。
墓場まで持って行く量が多いので、墓はピラミッド並みの大きさにしてほしい。
そんなことを考えていると、次は若いエキドナが前に出てきた。
亜麻色の髪といい顔立ちといい、殺したエキドナとよく似ている。
憎しみを目にたぎらせながら、
「私は必ず姉の敵をうちます」と言った。
僕の隣でそんなこと言うのやめてくれないかな。
「あなたの思いは理解できますが、あなたまで死んでしまっては姉が悲しみます。それにもしあなたまで失っては、ご両親はなおさらです。身内の不始末は必ずワタクシがつけますので、ここはこらえていただけませんか」
エキドナの手をとり、慈愛に満ちた顔で話をする姫。
瞳に涙をたたえるエキドナ。
「はい」
エキドナは、手を握る目の前の人物こそが、姉が死んだ元凶であることすら気づかない。
この世界に映像や音声を保存するような魔法や過去を映し出すような魔法は存在しない。
つまりは証言、自白がすべてだ。
だから、拷問士のような職業が存在する。
目と鼻の先に敵がいようと、相手がそうだと言わないかぎりわからない。
年老いた男が、口を開く。
「昔、エキドナは人との友愛の種族として栄えていた。かつては私達の仲間の多くは人間界にも数多くおって。今ではすぐ殺されるか、殺されなくても、奴隷の扱いを受けていると聞きます」
「奴隷なんて人として許されません」
話を聞いていた、魔王の娘が『えっ?』て顔をした。
声を出さなかっただけ偉いな。
姫が続ける。
「ワタクシは、奴隷となっている魔族の解放の手助けをしましょう!」
エキドナが興奮で沸く。
魔王の娘は、『私、奴隷なんですけど』みたいな悲痛な顔をしている。
声出さないだけ、やはり偉い。
本当に奴隷の鏡だよ。
「姫様、いや魔王姫様、かつて人間と魔族が仲良く暮らしていたあの頃を取り戻してはもらえないだろうか」
「もちろんです。一緒にめざしましょう」
男と姫は握手を交わした。
軽く手を上げると拍手喝采。
姫はエキドナ達から絶大な支持を集めた。
もちろん。疑わしい目を向けてくる者もいたが、一族の存続の為に、他に手段がないのだろう。あからさまに非難してくる者もいない。
年老いた村人の中に、人間がいるのも大きいのかもしれない。
人間にもいいやつはいると信じているのだろう。
姫がいいやつだとは限らないとしても。
エキドナ達の姿が完全に見えなくなってから、姫はいつもの無表情に戻った。
「さてうまくいきましたね」
「……はい。想像以上に」
魔王の娘は、失敗すると思っていたに違いない。
僕は、完全にネクロマンスの力で制圧するものだと思っていた。
まさか姫が政治家のように、支持を集める形で魔王を目指すとは思ってもいなかった。
姫が援助していたこと、これからも援助をするというのは、本当だろう。
過去がどうあれ、魔族にとって、悪いようにはなっていない。
とりあえず今のところは。
僕自身もまだ、姫の目指しているゴールがどこにあるのかもわからずにいた。
姫は世界征服を目指すと言っていた。
だけど、魔王討伐が姫の最終目標ではなかったように、姫は世界征服をして何をしたいのだろう。
僕はまだ何も知らない。
先を歩いていく姫の後で魔王の娘は、うつむいた。
「みんな騙されているのに、みんな笑顔で、私は発狂しそう」
「そのうちなれるよ」
僕は慣れた。ということにしたい。
大体僕が一番だまされている。
きっとこれからもだという確信があった。
「慣れていいのかな。もうよくわかんない」
「騙されている間は、幸せだからね」
優しい嘘はついていいと誰かが言っていた。
子供はみなサンタクロースの存在を信じている間は幸せだろう。
「みんなが気付くことがないように、一緒に頑張ろう」
「一緒にって、あなたと私は敵同士」
「経緯はどうあれ、姫との主従関係という意味では僕と同じ、つまり仲間ということだよ」
契約形態が違うぐらいの違いしかないように思える。
逃げ出すことができるかどうか。
違いはそのくらいだ。
「仲間と言っても、姫が私を殺せって言ったらどうしますか?」
「それは酷いんじゃないって抗議しようかな」
「それでも、殺せっていったら?」
「その時は諦めてよ」
「ほらやっぱりそうなんじゃ……」
「でもそれは他の仲間でも同じだよ」
僕は、僧侶と闘士の顔を思い浮かべながら言った。
「えっ!? そうなんですか。どうして?」
「どうしてもなにもそんなもんだよ。闘士なんか、一度パーティーを抜けた時は、第三王子の部下だったらしいから、そのままだったら間違いなく敵だったよ。殺し合ってただろうね」
そうなってほしくはないと今では、思う。
だけど、そうならないとは限らない。
「薄情、薄情すぎる、仲間ですよ」
「そうかな? 今だって、本気で敵になったら、本気で殺すから、全力で逃げなよってアドバイスしてるから、かなり親切だと思うけど」
「親切の基準が低い。低すぎます」
そうかもしれない。
だけど、仲間とも思っていないエキドナ達には、僕がエキドナを殺したことがあるなんて言うことはないだろう。
「君は、姫の奴隷であって、僕の奴隷ではない。少なくても君は姫の奴隷となっているなんて気楽に話せるのは、現状僕しかいないんだから、愚痴を言えるのは僕だけなんだよ」
内面の醜さなんて仲間以外に見せることはしない。
拷問がしたいと僧侶が語ったり、僕が状況によっては仲間すら無慈悲に殺すと宣言したりする事が、僕らなりの信頼の証。
歪でなかなか伝わらないかもしれない。
「姫が力で征服するわけではないのであれば、今は確かに利害が一致しています。私に現状を変える力はありませんし、とりあえず仲間ということにします。ただいままで沢山魔族を殺してきたあなたを勇者とは呼びたくない。仲間と言うのなら名前教えてもらっていいですか」
「名前は、あんまり呼ばれ慣れていないから、反応できないかもしれない」
勇者のほうが、まだあっちの世界の僕の名前に近いから反応できた。
勇者の名前は多少は僕の名前に似てるが、こちらの名前っぽくて僕にはなじみがない。
「それでもいいから」
名前を教えることがこの子にとっての仲間の証だというのなら仕方がない。
僕は勇者の記憶をたどった。
「僕の名前はユイクイドだよ」
「では私のことは、アイカとよんでください」
「わかった。改めてよろしく、アイカ」
「よろしくお願いします」
アイカが仲間に加わった。
姫が僕らを呼ぶ声が聞こえる。
「何をしていますか?」
「たいしたことじゃないよ」
仲間と会話していただけ。
本当にたいしたことじゃない。
「では、次のまちに行きましょうか」
一つ目の町という関門は越えた。
次の町では、エキドナたちは認めたというお墨付きが使える。
姫の魔王としての歩みが止まることはないだろう。
姫の覇道が始まりを告げた。




