兄妹喧嘩
姫は、魔王の娘の手を縄で結び連行している。
僕は手押し車で荷物を運びながら二人の会話を聞いていた。
「逃げ出したら、どうなるかわかりますね?」
「ど、どうなるのですか?」
「自分の胸に手をあてて考えてみなさい」
いや、姫、その行為ってそういう使い方するものだったかな。
魔王の娘は自分の豊満な胸に手をあてながら、汗をダラダラ流している。
悪い想像をいくつもしているのだろう。
十分魔王の娘が想像を膨らませた後で姫は言った。
「その中で一番、酷い目にあうと思いなさい」
白目であわ吹いてるんだけど大丈夫かな。
「逃げ出すという選択肢は捨てましたか」
「も、もちろんですぅ。うぅ」
「よろしい」
道中どんどん調教が進んでいくんだけど……。
でも、僧侶にさせるよりマシか。
別れ際まで、
『あたし、拷問、したい』
みたいな視線を姫に送っていたけど。
姫は視線で却下していた。
昔見た、僧侶の拷問の様子を思い返すと、まだ本番前とかいう段階で、拷問されている子のお腹にナイフがぶっ刺さっていた。
もう拷問しないというのは、もちろんあっちの世界でのことで、姫が拷問しなさいと指示出せば喜んでするのだろう。
にまにましながら、痛めつけて回復して痛めつけて回復しての無限地獄。
姫は精神は追い詰めていってるけど、物理的にはまだなにもしていない。
「うん。まだ全然マシだよ」
僕は、そう判断した。
「えっ。なにがですか。私想像が足りませんでしたか。ひぃぃぃ」
あ、さらに調教が進んでしまった。
そんなつもりなかったんだけど。
「そういえば、君はなんの種族? 魔王って称号であって種族ではないよね」
「見ればわかりますよね。ミノタウロスです」
僕は、胸を見て、納得した。
乳牛ね。
「ああ、なるほど」
「どこ見てるの!? 角見てよ!」
僕はちょこんと頭に生えている角を見た。
それ牛の角か。角はえている動物なんて山ほどいるからわかるわけないだろうに。
「顔は別に牛ぽくないんだね」
胸に比べて、小さくちょこんと乗っている顔は愛くるしい。
涙や鼻水やらで常にぐじゅぐじゅだけど。
「牛ってなに? お父さんみたいな顔のこと、全然わからない」
こっちの世界って牛いないのか。
一体いつも食べている肉は何の肉だろう。
僕もまだわからないことばかりだ。
「さて、勇者。敵の位置はどうですか?」
「敵かどうかわからないけど、大きな魔力が近づいてきてるね」
「情報通りなら、十中八九、お兄様でしょう。ポイントもこの辺りがよさそうです。準備に取り掛かりましょう」
「了解」
「わかりました。うぅう」
◇ ◇ ◇
数刻後、僕らは予定通り王子に出くわした。
「ごきげんうるわしゅう。お兄様、急いでどういたしました? かわいい妹の顔でも見に来ましたか。随分と人数を引き連れているようですが?」
とぼけたように姫は言う。
馬にのった王子の後ろにずらりと、兵隊が並んでいる。
「まあ、そうだな。今日で見納めになることだしな。ノノアール、お前、魔王を倒したそうだな」
「ええ、耳が早いことで、まだ本国には報告していませんが」
「俺には優秀な部下がいるからな」
その優秀な部下に情報を流したのは、もちろん姫自身だ。
「ワタクシの元にスパイも送り込んでくださいましたし、随分と人材が揃っているようで」
スパイ? なんの話だろう。
「お前が軍をどこに控えさせているかまではわからなかったが。今までわからなかった、お前の魔法がわれたのはでかい」
軍? 本当になんの話だ。
姫の魔法がわれたというのは、姫がネクロマンサーであるとわかったということだろう。
姫は、物理攻撃主体の敵にはかなり強いし、触れることができれば、ほぼ勝ちだ。
姫の魔法の弱点は、持久力がない。
普段弱点は魔力ドレインでカバーしているが、最初から遠距離魔法主体で戦われると、スタミナ負けしてしまう。
王子の部下達は見るからに魔法使いばかり。姫対策だろう。
しかも土属性が多い。僧侶対策か。
魔法使いなのに、鎧を着たものがおおい。
多分僕の対策だろう。
闘士に対しては、対策している気がしないが、明確にこちらのパーティーを意識した編成だ。
王子もすでに、構成が終わっている魔法をすでに構えている。
絶対絶命だ。
もちろんわざとこういう状況にしているわけではあるけれど。
「優秀な妹のことだ。これがどういう状況かわかるだろう。さあ、魔王を倒した、証拠を見せてもらおうか?」
「ええ、これが魔王の武器です。お父様に見せればわかるでしょう?」
姫は、魔王の遺品である魔法の杖を掲げた。
「よこしな」
「仕方ありませんね」
姫は観念したような顔をして、魔王の杖を投げて渡した。
「最後に言い残すことはあるか? 命乞いしてみるか」
「御冗談を、そんなこと聞くきもないでしょう? ただ苦しみたくはないので、お兄様の最大出力の炎の魔法で攻撃してくださいませんか?」
「じゃあ、望み通り、骨も残さず、殺してやるよ」
王子が構成していた魔法を解き放つ。
「極炎ヘルファイア!」
黒い炎が、僕らごと大地を嘗め尽くした。
◇ ◇ ◇
僕と姫と魔王の娘は、森の中をかけぬける。
魔王の娘は逃げ出さないように腕を縛っているが、しっかり遅れず走れている。
たいしたものだ。
姫は走りながら僕に言った。
「よくやりました勇者」
「まったくひやひやするなぁ」
本当に姫はムチャをする。
姫が杖を渡したところまでは本物の僕と姫だ。ただ装備だけは幻術をかけておいた。
姫が杖を投げたのを合図に、魔王の娘の幻術を使い、事前に草むらに隠しておいた僕らの装備をつけた死体と入れ替わった。
身代わりの術って奴だ。
なんだろうどんどん忍者に近いていっている気がする。
国支給の鎧だから、怪しまれることもないだろう。
聖剣は最初から僕というか勇者の所有物なので、認知はされていない。
変に短い聖剣をおいてくるぐらいなら、次に上等な剣を置いておくほうが怪しまれないと思い、聖剣は身代わりには使わなかった。
あの威力なら、本当に骨まで残っていなかったから、死体も装備もいらなかったかもしれない。
結構頑張って、背格好がにている男女の死体を用意するのは大変だったんだけど。
もちろん、何事も念には念を入れておくことが大切なのは知っている。
「王子が火属性魔法使ってくるってよくわかったね」
「昔から火属性魔法は誰にも負けないと自慢していますから。それに頭は悪くないでしょうが、単純で乗せやすい」
兄のことをよくわかっている。
それにしても本当に殺しに来るとはね。
「よくこっちに敵がいないってわかりますね」
魔王の娘が質問してくる。
「僕は魔力感知が使えるからね」
闘士みたいな例外がたまにいるけど、概ねわかる。
「ワタクシも今は魔眼を発動しています」
「魔眼?」
僕も初耳なんだけど。
「ネクロマンスに必要な、魂をとらえる瞳で、攻撃力などはありません。勇者の魔力感知と違い魔力を持たないものがいても気配がわかります」
「でも、ネクロマンスなら魔力消費はげしいんじゃない?」
「よい魔力源を手に入れましたので」
ちらりと魔王の娘を見る。
「なるほどね」
僕は納得した。
「その魔力源ってどこにあるんですか?」
のんきに魔王の娘が質問してくる。
「君のことなんだけど」
僕が答えてあげた。
姫は定期的に魔王の娘にボディタッチして魔力を吸い上げている。
「そういえば、なんだか少し眠気が」
「我慢なさい。魔力タンク」
「……はい」
呼び方がジョブですらない。
不憫だな、本当に。
◇ ◇ ◇
僕らはある程度離れたところで、休息をとった。
死んだと思っているのだから、追ってがかかっているわけではないので、逃げ続ける必要はない。
王子の魔力も離れていっている。
「では、勇者、その子の縄をほどいてあげてください」
「逃がしてくれるの?」
「そんなわけないでしょう」
「ですヨネ……」
「逃げたらどうなるか」
「はい! 分かっています」
僕はわかってない。
とりあえず、逃げたら捕まえるだけはしようかな。
「これで人間界では、魔王を兄様が殺したことになります。当然噂が魔族にも流れてくるでしょう。そこであなたは各地の魔族の町村を回って、後継者は私だといってもらいます。そんな人物が縄で縛られていたらおかしいでしょう」
すごく酷くてまともな正論だ。
「はい。おっしゃるとおりです。でも私がいっても納得するかどうか」
「あとは私に任せなさい。悪いようにはしません」
「もうマックス悪いんですけど、むしろまだ悪くなる余地があるんですね。もう死にたい、ああでも死んだらもっと酷いことに」
頭を抱えて苦悩している魔王の娘を姫は冷めた目でみている。
しばらくして落ち着いた後に、姫は言った。
「それにしても、あなたは、幽鬼軍団にしても無能な一兵士でしたが、生かしておいて正解でしたね」
「よかったね。姫に認められたよ」
「ありがとうございます! うれしい? どうなってるの私の気持ち!?」
どん底まで落とすだけ落としたから、状況がまだマイナスでも、ちょっとしたやさしさで、喜びを感じるようになったのだろう。
「しばらくは殺されなさそうだね」
「うぅううう。戻ってきて私の七光りの日々……こんなことなら、お父さんの訓練まじめに受けておけばよかった」
「そうでしょうか。中途半端に強かったら、殺していましたが?」
「だよね」
攻撃的な魔法使ってきてたら、首はねてた。
弱かったから生け捕りですんでいるともいえる。
「生まれてきたことを呪いそう。というか、一人っ子なのがいけないんです。私を生んで死んだお母さんだけ愛するのはいいけど、責任が全部私に向かうじゃない」
それは姫には禁句なような。
さっきも、兄に殺されかけたし。
それにしても国王と魔王は対極的だな。
魔王の娘は、察するに一人っ子のようだ。
対する国王は、王妃以外の女とも子供を作りまくっている。
子供に対する愛情は平等にあるようだが、それが裏目って、兄弟関係は大荒れの殺し合いに発展しているというのに。
おそるおそる姫の表情を見ると、特に魔王の娘の言葉にたいしては特に気にもしていないようだ。
なにか思いついたように、姫は口を開いた。
「生きていればいいことあるでしょう」
「それをあなたが言うんですか」
それは、そう。
だけど、姫らしい言葉でもある。
姫はこれからどんなことがあっても現実に絶望して、勇者のように魂を明け渡したりはしないだろう。
何をしてでも、生きることを諦めたりしない強さが、姫にはある。
「ワタクシも魔王になれましたし」
姫は不敵に笑っていた。