夢としては平凡な
僕は見る、
完璧な夢の続きを。
まどろみのなかにある不確かな境界線を超えて、
誰かが僕を揺り起こすまで。
「ほら遅刻するよ!」
窓の外から声が聞こえて、僕は目を覚ました。
声の主は幼なじみの『ののか』だ。
窓から差し込む朝日に目が眩む。
目は覚めたが、体の疲れはとれているのに、精神が疲れ切っていて起き上がれない。
これも夢があまりにリアルすぎるのがいけない。
認識がまだ齟齬を起こしている。
「返事ぐらいしてよね」
しびれを切らしたのだろう。遠くで鍵が開く音がきこえてきたかとおもうと、部屋の中に入ってきたののかに布団を剥ぎ取られた。
くりくりした大きな瞳と目があった。
「悠久、おはよう」
ののかが僕の名前を呼ぶ。
悠久それが僕の名前だ。
「おはよう。ののか」
僕はどうにか起き上がって、ののかを見た。
長く艶やかな髪がセーラー服とよく似合っている。
ののかは、剥ぎ取った布団を片付けると僕に言った。
「悠久ちは、お父さんもお母さんも朝早いんだから自分で起きないと」
「わかってるんだけど」
「最近なんか起きるの遅いよ? 昔はそんことなかったよね」
「いや、ちょっと夢見が悪い……、悪いというよりリアル? で」
「また? 前言ってた魔王がどうとかいう? ちょっとそれ系の小説読みすぎなんじゃない? もっと他のジャンルも読みなよ」
「そんなには読んでないよ」
剣と魔法の異世界転生物なんて両手で数えられるほどしか読んでないから、多いとは言わないよね。
もちろん、今月読んだ物語の数だけど。
小説家投稿サイトに山ほどあるのが悪い。
一円も使わずに、好きなだけ物語が読めるなんて、最高だ。
余ったお金で、本屋でさらに本を買うことができるんだから。
「ちょっと待っててあげるから、急いで着替えて、ご飯食べてよね」
「わかったよ」
僕は壁にかかっている制服に着替えて、リビングに向かう。
用意してあったのは、目玉焼きと納豆ご飯。
ののかが言っていた通り、僕の両親は共働きで、二人とも朝が早い。
僕は頬ばるように食べながら、待ってくれていたののかと一緒に走って、なんとか学校に間に合うバスに飛び乗った。
「もう、毎日ギリギリだよ」
ののかはいつもの一番後ろの席に座りながら愚痴を言う。
「ごめんって」
僕も素直に謝りながら隣に座った。
「間に合ってるからいいけど、遅刻したときはなんかおごってよね」
「わかったよ」
ふーと二人で一息つくとののかが話しかけてきた。
「さっき言ってた異世界転生系の小説だけど、なんか面白いのあるの?」
今日は小説の話なんかしたかな。
あ、転生系の小説読みまくってるから、夢にでてくるとおもってるのか。
僕は、頭の中の本棚からいくつかチョイスする。
「えーと、定番はなんか突然死んでしまって、神かなにかに蘇らせてもらって、すごい能力もらうパターンかな。オンラインゲーム、ソーシャルゲーム最盛期なので、そういったゲームの中に転生してしまったってパターンも多いよね。他にも今の自分の知識を持ったまま過去の自分に転生するっていうのもあるね。ジャンル全体にいえることは、心は自分のまま別の何者かなりたいってことかな」
「やっぱり変身願望ってあるよね。悠久は、転生したい?」
「まあ、多少はあるけど、今の自分を捨ててまで世界を渡りたくはないよ」
かわいい幼なじみで彼女のののかが隣にいて、無難で充実した高校生活を送っているのに転生したいなんて思うわけがない。
僕は爆発しろと思う側ではなく、
思われる側だ。
「夢は異世界転生物みたいなんだよね? 悠久は、どう困難乗り越えてるの?」
「そうだなぁ。転生系でウケる定番は、こちらでしか知り得ない知識を利用して異世界で無双するためにも、特に活かせる知識があるわけでもないからなぁ。特に夢でも、こちらの知識を活かせてないよ。ゲームに入り込んだ系の転生物なら、物語の先読みや裏ワザで無双するタイプもあるけど、僕の夢の場合、ゲームとか、本とか元ネタがある夢ではないから。夢の中でも適当にこなしてるよ。適当だよ適当」
僕の場合はあくまで夢だ。
夢は気楽だからいい。
仮に死んでも現実に影響しないから思いっきりやれる。
それこそゲーム感覚だ。
仮によくわからない理由で死んで、神が転生してくれとお願いしてきても僕は断りたい。
僕は気を取り直して話を続けた。
「おすすめの話だったよね。転生物なら、変わり種だと人間じゃない何か、スライムとか蜘蛛とか変なのに転生するパターンもあるし、能力が変わってるのも多いから、僕はそういうのも好きだよ。やっぱり能力が特殊だとどうやってそれを活かすのかとか先の展開考えながら読むととわくわくするよね」
「へーじゃあ、悠久の夢では変なのになってたり、特殊能力があったりするの?」
「自分のままかな。特に変わったところもない。一応勇者みたいだけど」
「特殊能力ある?」
「魔法は使えるよ初級までだけど、剣術もまあまあ」
「他は?」
「別にないかな」
「うわ、売れなさそう」
物書きを始めたばかりの人間には心に刺さる一言。
「売れるために夢見てる訳ではないのだけど」
「ストーリーはどんな感じ?」
「悪い魔王が人間界に攻めてきたから、頑張って倒そう的な」
「もうちょっと捻り入れようよ」
「そんなこと言われても」
僕だってそう思っている。
夢だからって自在に操れる訳ではない。
設定がありきたりでも仕方ないだろう。
「もしかして、パーティー女の子ばっかりだったりしないよね⁉」
そう言われて、パーティーメンバーを頭に浮かべる。
男2、女2のパーティーなので、女の子ばかりというわけでもない。そもそも、
「パーティーいるお姫様は、ののかだし」
そう言うとののかはキョトンとした。
そういえば言ってなかったかもしれない。
「そっかぁ、お姫様は私かぁ。お姫様はなってみたいかも。夢の私はどんな感じ?」
「素敵にかっこいい」
「なら出版を許してあげる」
「ののか出版は編集が杜撰すぎるよ」
ふふふとののかが笑った。
お姫様というのが気に入ったらしい。
お姫様は、お姫様だけど、性格が実際のののかとは少しというかかなりというか……まあ、そこは触れなくてもいいだろう。
「夢日記つけるとネタにいいんじゃない?」
「ネタかぁ。どうせ自分がお姫様の小説が読みたいだけだろ」
「うん。かわいく書いてね」
「難易度たかいなぁ。さっきは売れなさそうっていったくせに。あくまで夢日記だよ。面白いかは別なんだけど」
「わかってるって」
まったく本当に分かっているのだろうか。
ネタというのは、僕らはプロではないが、文芸部員だからだ。
部員は僕とののかともう一人の幼なじみの三人だけ、あと一人いれば正式な部活動として認められる。
高校にはいって一年が経った。
つまり、後輩が入ってくるということ。
部員を勧誘するチャンスだ。
文芸部に入りたいと思ってもらうためには、活動内容を示さないといけないので、いろいろ書いてみるしかない。
面白いか面白くないかはさておき、夢日記つけてみるかと思い直して、どんなだったかなと首を傾げて僕は今日みた夢を思い出してみた。