部活動ボーイミーツガール系
部室に入ると不機嫌なレミちゃんがいた。
こんなときにののかがいると勝手に場が明るくなるのだが、あいにく今日は委員会で、部活にこれない。
理由がわかっているので、特に尋ねることもなく、僕は本を読むことにした。
しばらくすると、ガラガラと音を立てて扉が開いた。
「「はあ」」
僕とレミちゃんは、トウヤが部室に入ってくるとため息をついた。
「なんだよ。二人して、人の顔見てため息なんかついて」
「いえ、トウヤ先輩部活掛け持ちなんですよね。文芸部を捨てて、空手部に集中することを考えると悲しくて」
レミちゃんが悲しそうに視線を落とす。
「そんなことしないよ」
「トウヤには、トウヤの考え方があるからさ。仕方ないよ」
「そうですね。悲しいですけど」
「「はあ」」
僕らは再びため息をついた。
「えっ。なんでお前ら、俺がやめる前提で話してるの?」
僕は突然インスピレーションが沸いてきた。
「別れがあるから出会いがある。人と人が出会って初めて物語が始まる。よし今日は物語定番、ボーイミーツガールにしょうか」
「悠久、俺を置いてけぼりにして部活動始めるのやめてくれないかな」
そう言いながら、トウヤも腰をおろす。
代わりに僕は立ち上がってホワイトボードに書いていく。
「ボーイミーツガール、つまり男と女の出会い。出会いの数だけそこに物語が生まれる。だけど、そもそも現実だと男と女が接点持つのが難しい」
「悲しいこというなよ」
「そんなこといったって、事実なんだからしかたないだろう。じゃあ、トウヤ現実の男女の出会いの例をあげてみて」
トウヤが顎に手を当てながら考える。
「えーと、同じコミュニティーに入るとか、合コンとかか」
「そうなるよな。『かわいいあの子と同じクラスになった』『かわいいあの子を合コンに誘った』とかいう冒頭で、何か物語が始まりそう? あくまで出会い方だけで考えてね」
「接点がまだ薄い気がする」
「恋愛系で、仲良くなる過程を丁寧に書くとかだとありだけど、インパクトはないよね。普通の物語を書く分には、いいけど、最初からフルスロットルでドキドキワクワクしてくる物語には物足りない」
「じゃあ、どんなのがあるんだよ」
「学校遅刻しちゃうと学校に急いでいたら、交差点でぶつかっちゃたイケメンの彼。一体だれだったのかしら。えっ、転校生だったの。しかも席はとなり、これからどんな学園生活が始まるのかしら、とかかな。少女向けだと定番だね」
「ナレーションうまいな」
「シンプルなやつだと、空から女の子が降ってきたとかかな。どうして空から? こんな可愛い子が? 何があって? といろいろ想像力を掻き立てられるいい例だね。同様に、漂流してきた子を助ける、助けられるとかもなかなか使い勝手がいい」
「情報を整理すると、偶然接触する。好意で助けるとかがいいのか」
「いいね。わかりやすい。助けるとか助けられるとかまず普通の状態ではないからね。何かがあって危機的状況になっている。その子をたすけるわけだから、間違いなく事件に巻き込まれていく。かってに吊り橋効果が期待できるわけだ。しかも助ける側にとっては、メリットががなく善意であることが多いので、優しさを強調できる。いいことばっかりだね」
「イケメンとぶつかるのは事件というより事故だけどな」
「そうだな。相手がイケメンだったから物語が始まったけど、そうでなければ警察に電話をかけて、保険会社に連絡して、どれくらいお金がもらえそうかの方が気になるもんな」
「嫌な言い方するなよ」
「とまあ、恋が芽生えそうな男の子と女の子が接触すると物語が始まるんだよ」
「ボーイとガールでなければいけないということか」
「そういうこと。じゃあ、レミちゃんボーイミーツガールのシチュエーション一つ考えてみて」
「わかりました。そうですね……。女の子が飛び降り自殺をしようとしたら、飛び降りたところに男の子がいて、女の子は助かりましたとかどうですか?」
「いいね!」
僕は絶賛した。
「よくねぇよ」
トウヤが非難する。
「頑張って考えたんですけど」
レミちゃんがショックを受けている。
トウヤは狼狽した。
勢いでツッコミを入れるから悪い。
「レミちゃん。ごめん。でも、確かに偶然接触して助けられたけど、多分男の子死ぬだろそれだと」
トウヤは相変わらず常識に捕らわれているようだ。
「トウヤ、物語なんだから、死んだら終わりじゃないんだよ。幽霊でも、転生でも、憑依でもなんでもありだろ。そこからホラー系を始めてもいいし、もちろんラブコメに持って行ってもいいしね」
「そういわれればそうか」
「よしトウヤ、ボーイミーツガールはわかってきた?」
「おう」
「よし、じゃあみんなで百個ぐらいシチュエーションを作ってみよう!」
「百ってお前無理だろ」
「文芸部なんだから、これくらい普通、しかもみんなでだし、難易度低めに設定したつもりだったんだけど」
「トウヤ先輩、やっぱり文芸部を……」
レミちゃんは泣きそうな顔で、トウヤを見つめる。
「辞めないから、百個ぐらい余裕だから」
トウヤは必死に弁解はじめた。
「本当に先輩は文芸部辞めたりしませんか」
「高校卒業まではしないよ」
「約束ですよ」
一瞬でトウヤにエンジェルスマイルを決めるレミちゃん。
相変わらず表情筋のコントロールがうまいな。
「もちろん」
と答えるトウヤはデレデレである。
レミちゃんは言質とってほくほく顔だ。
普通に嬉しそうである。
意外だ。
いやそうでもないか。
なんだかんだいって僕も僧侶も闘士がパーティーを離脱してしまい、かなしくて、勝手にトウヤを重ねてしまっていたのだろう。
トウヤも辞めてしまうかもしれないと、普通に不安だったに違いない。
僕らはノートに交代でシチュエーションを書いていく。
僕は、トウヤとレミちゃんの二人を見て、ボーイミーツガールのシチュエーションにこっそり一行加えておいた。
部活にかわいい後輩が入ってきた。
こんな平凡なシチュエーションから始まる物語もあってもいいと僕は思うよ。