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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第一章 僕と姫
12/62

僕と姫

「今日は遺跡探索にいきましょう」


 姫が今日のスケジュールを伝えにきた。

「了解」

 僕は二つ返事で承諾する。


 遺跡、つまりダンジョン探索は定期的に行われるイベントのひとつだ。

 この世界で強くなるためには、ダンジョン探索は欠かさない。

 ただこの世界にはレベルのようなわかりやすい強さの指針はない。

 体術で強くなろうとするのなら、日々のたえまぬ努力が必要なことはあちらの世界と変わりない。

 だけど、魔法は違う。

 いかに強力で多彩な魔法が使えるかが強さの指針だ。

 ただ属性、魔力量、出力、制御全てがかみ合わないと魔法は発動しない。

 僕のように、属性はどれにも対応できるのに、初級の術ばかりしか使えないのは、出力系が弱いからである。

 魔力量は一般人並みにはあるが、勇者が一般人並みでどうするんだという話である。

 魔力量、出力は才能や体質によるところが大きいので、トレーニングで鍛えるのも限界がある。

 いかに自分にあった魔法を知識として覚え使いこなせるかが勝負といえる。

 ゲームのようにダンジョンに宝物が置いてあるなんてことは、ほとんどないが、昔の遺跡には、壁画などに古代の人々が後世の為に魔法を残してくれていることも多い。

 たどり着いたダンジョンは滝の裏側に隠されるように存在していた。

 入ってみると、崩れたところから、木洩れ日のように日が射し、暗くはない。


「敵もいなさそうだし、楽勝ー!」


 闘士は無駄に元気だ。

 闘士は魔法使えないから、ただの付き添いである。

 僕と姫と僧侶は自分の魔導書を開く。

 魔法使いは、自分専用の魔導書を作るのが一般的だ。

 すごい効果のある魔法であっても、自分が使えなければ意味がない。

 一生かけて、『僕が考えた最強の魔導書』を作る。

 それが魔法使いの醍醐味だ。

 闘士は、ひとしきり敵がいないことを確認すると、邪魔にならないように遠くで型の練習を始めていた。


 僕が壁画を調べていると僧侶が話しかけてきた。


「勇者ちょっといいですか?」


「何?」


「やっぱり、あたしたち以外にもこっちとあっちを行き来できる人間がいるのでしょうか」


「うーん。まあ、いるんだろうけど、そんなに多くはなさそうだよ」


「どうしてそんなこと言えるんですか」


「僕も最近あっちの世界で魔法使えるようになったんだけど、魔力持ちは僧侶以外に見たことない」


「どうしてそんなことわかるんですか? あ、魔力感知ですね」


 僕は、頷いてみせる。


「そう。とりあえず現時点ではだけど、僕らの町に僕ら以外に魔力持ちはいないよ」


 魔力持ちがいないイコール異世界転移がいない確定ではない。

 闘士のようにまるで魔力がない人間もいるからだ。


「それならあたし以外に魔法を悪用してる人間はいなさそうですね」


「悪用している自覚はあったんだ」


「もうしませんよ。拷問は、必要がある時だけにします」


「やるかもしれない余地をのこさないでよ……」


 まあ、人間そんなに簡単に変われるものでもない。

 あっちの世界で積極的に拷問しなければ、今はとりあえずいいだろう。

 魂の異世界転移の条件も確証はないけれどそれらしいものはわかった。


「意外と条件が厳しいからね。二つの世界で存在が似ている人物がいること、そして片方が自殺しかけること、多分この条件を満たさないと転移はしないんだと思う」


 僕と勇者、僧侶とレミちゃんが対応しているように、多分姫とののか、闘士とトウヤが対応しているのだろう。

 ただ毎日楽しそうに過ごしているののかとトウヤが自殺したいと思い詰めることはないだろう。

 姫と闘士についても同じこと。

 二人にネガティブなんて似合わない。


 それに必ず同一存在がいるわけでもなさそうだ。

 僕の世界では僕は一人っ子だが、勇者には妹がいるし、記憶にある勇者の両親と僕の両親の姿かたちはまるで違う。

 条件達成はなかなか至難の業だ。


「あんまり考えてもしょうがないし、さぼってると姫に怒られるから、そろそろ仕事やろうか」


「そうですね。やりますか」


 僕と僧侶は壁画を調べ始めた。


「僧侶そっちはどう? 戦闘につかえそうな初級魔法あったら教えてほしいだけど」


「いつものことですけど、生活魔法が多いですね。ここの遺跡の魔法は出力は著しく落ちますが属性変換できる構成が多いです。あ、この魔法ならあたしでも火ぐらい起こせそうです」


「属性変換か。僕には関係無さそうだな」


 そもそも闇以外の全属性使える。

 問題は出力が弱いことだから、属性変換なんかして出力がさがったら、魔法が発現しなくなってしまう。


「僧侶、どんな感じ?」


「アトミックサンダーに使う魔力で、マッチの火ぐらいですね。マッチ使った方が良さそうです。戦闘には向きませんね」


 そんなことに膨大な魔力を使うなら温存したほうがいい。逆に言うと

「昔は平和だったんだろうね」


 遺跡にのこっている昔の人が後世に残してくれている魔法は生活魔法がほとんどだ。

 包丁を料理に使うか武器に使うかは使う人次第。

 頑張って包丁を武器に使おうとしている僕らを見たら、ご先祖様はさぞ悲しむことだろう。

 こちらの世界では、ここ数十年で魔法の技術は劇的に進歩しているらしい。

 それもこれも魔族と戦争しているからだろう。

 あちらの世界の科学の進歩と同じ理由でこちらの世界では魔法が進歩していっていると思うと何とも言えない気分になる。

 ふと姫を見ると、奥の方で姫が熱心に自分の魔導書に魔法を書き写している。

 姫が使える属性は闇のみだ。

 いつも空振りに終わるのに珍しい。

 この遺跡は属性変換して使う魔法が多いので、姫が使えるものがあったのかもしれない。

 僕は姫のそばに近づいて行って、姫がみている魔法を眺めた。


「なんだこの石版、見たことない材質だな」


「特別な魔法なので、そう簡単に壊れない物質でつくってあります」


 姫が冷たい声で答えてくれる。


「姫、なんて書いてあるんだ?」


「あなたも魔法がつかえるでしょう? 自分で読んだらどうですか」


 あいかわらず、優しさのかけらもない。

 読めないから聞いているのに。

 いくつかの単語がまるでわからない。

 いつの間にか隣で眺めていた僧侶に尋ねた。


「僧侶は読める?」


「少しなら、辞書もってきたらよかったですね」


「そうだね。頑張ってトライしてみようか」


「はい」


 魔法自体は、多分高出力型なので、使えないだろうから、せめてどういった魔法であるか書いてある前置きの部分だけでも勉強の為に読んでおくことにした。


「えーと、これとこれとこれがわからない」


 僕はわからない単語指さしながら僧侶に尋ねた。


「多分、夢、世界、魂ですかね」


「あとはなんとなくわかるかな。えーと」


『夢か現か二つの世界にある二つの同じ魂、強き心が弱き心を吸収し、より強靭な魂となれば、絶対の力を手に入れるだろう。

 その方法として、ここに二つの魔術を記す。その魔術とは、世界転移魔法と魂融合魔法である』


「えっ。これって」

 前置きを読んでいるうちに不安が増していった。

 心あたりがある。

 二つの世界とは、今いるこの世界と僕の現実世界のことだ。

 こちらの世界とあちらの世界では、全然世界がちがうのに、そっくりな人々が暮らしている。

 強き心が弱き心を吸収する、

 転移して魂を吸収すること、これはまるでオカルト部が残していた町に伝わるドッペルゲンガーの都市伝説にそっくりだ。

 異世界転移の方法は、夢での魂の転移だけではないのか。

 僕の予測が正しければ、姫に対応する同じ魂はののかに違いない。

 慌てて姫を見ると、もうすでに魔法の解析も終わっており、すでに魔法の発動フェイズに入っている。


「姫なにするつもり?」


 僕は、姫に問いかける。


「見れば分かるでしょう。この魔法を実行しています」


 もう解析終わったのかよ。

 嘘だろ。

 どうやら魔法は無属性魔法のようだった。

 属性変換は必要ないどの属性でも発動できる。

 膨大な魔力と強力な出力が必要なのだろう。

 姫はどんどん構成した魔法陣に魔力を注ぎ込んでいる。


「姫、危険だよ。こんなよくわからない魔法。リスクが大きすぎる」


 無理やり止めると、それこそなにが起こるかわからない僕は無難な言葉を選んだ。

 姫は手を止めることなく言った。


「何を言っているんですか」

 僕を冷めた目で見つめた。


「あなたがいい実例でしょ」


「僕が? いい実例? なんのこと」


「以前に比べて、私の指示に従ってよく戦ってくれて、それについては感謝していますが」


 姫が僕をまっすぐ見つめて言った。


「あなたは一体誰ですか?」


 一体誰ですか?

 あまりにも他人行儀な質問。


「誰って僕は勇者」

 どれだけ一緒にいると思って、武道大会で優勝して、姫に見初められて、勇者に任命されて……。


「そうですね。体は間違いなく勇者です。ですが中身は一体誰ですか?」


 姫の言葉に冷や汗が吹き出る。


「中身だって勇者だよ。当たり前だろ」


「魂が変わっていることぐらい、ネクロマンサーの私がわからないとでも?」


 そんな全部わかっていたなんて。


 ネクロマンスは魂に干渉する魔法だ。

 姫がわからないわけがない。

 姫は続ける。


「別に中身が何であれ、私の為に戦ってくれるのであれば構いません。ただ私が強くなる方法があるというのなら、それを手に入れる。ただそれだけです」


 姫は不敵に笑うと、魔法から発生した光の彼方に消えていった。


 僕は、呆然と姫が消えた後を見ていた。


「しまった……」

 内容が衝撃すぎて、姫の魔法の中に飛び込むのが遅れてしまった。

 

 急いであとを追わないと。

 魔法は僕が解析するには難しすぎるし、そもそも出力が足らなくてきっと発動しない。


「ど、どうしよう」


「勇者」


 僧侶が僕に声をかけてくる。

 僕は僧侶のローブを握りしめる。


「僧侶、ののかが危ない」


「わかっています。あたしにもその魔法は難しくて使えませんが、不眠治療用のスリープの魔法が使えます。レジストは簡単なので、戦闘には使えませんが、あちらの世界に戻れるはずです」


「さすが僧侶」


 動揺して忘れていたが、僕らの異世界転移は睡眠がトリガーになっているのだから、寝れば戻れる。


「あたしの家は遠すぎますので、勇者お願いします。ののか先輩はあたしにとっても大切な人です。ですが、できれば姫もお願いします。あんな人でも、あたしにとっては恩人なので……」


 僧侶の手から光属性の魔法が湧き上がる。


「レジストしないでくださいね。いきます」


 僧侶が魔法を発動させる。


「スリープ」


 瞬間僕の意識は混濁し、魂が世界から離れていくのを感じた。


◇ ◇ ◇


 覚醒。


「おわ!」


 僕は布団をはねのけ起き上がった。

 夜中に起きるのは、ひさしぶりだ。

 急がないとののかが危ない。

 僕は、何か武器がないかと部屋を見回して、金属バットと竹刀を見つけて、一瞬どちらを取るか逡巡して、竹刀を手に取った。

 急いで、外に出て、ののかの家に行こうとすると、ののかの部屋の窓から、ののかを抱えた姫が飛び出してきた。

 ののかはいつものお気に入りの猫耳のフード付きの寝間着で頭まですっぽりかぶっており、表情が見えなかった。

 姫は僕を一瞥すると、ものすごいジャンプ力で屋根から屋根に飛び移り、空をかけるように跳ねて行く。


「おい、ちょっと待て」


 僕の制止の声を姫が聞くはずもなく、僕は必死で姫のあとを追う。


「もしかして、あっちの世界に比べて重力が低かったりするのか。そもそも身体能力も高いのか。ああ、違う魔力強化だ」


 僕は、魔力を巡らせる。

 あちらの世界では意識せずともやっている。

 足に力をいれると、簡単に塀の上に飛び乗れる。

 僕は魔力感知を働かせて、姫の後を追う。

 いつも木の上から敵に強襲なんてよくやっている屋根から屋根へ飛び移るなんてわけない。


「ああ、そうか。都市伝説のフライングヒューマンってこれか」


 まさかの信憑率100%。前のオカルト部員がどんな奴かわからないがしっかり調べすぎだろ。

 今度、もう一度しっかり読み返さないといけない。

 僕は空を駆けるように姫とののかを追いかけた。


◇ ◇ ◇


 姫は近所の公園で僕を待ちかまえていた。


「フフフ、追いかけて来たのね。勇者。そんなにあの子が大事かしら」


 ちらりと姫が見た方を見るとベンチにののかを寝かしている。お気に入りの猫耳付きのフードを被っており、よく表情が見えないが、感覚を魔力で高めると生命の息吹を感じる。まだ魂融合魔法は使用していないのだろう。

 転移魔法より構成が難しいのかもしれない。

 魂融合魔法が詳細までわからないが、ののかを物理的に守っても意味がないことはわかる。

 確実な手段は姫を気絶させることだが、正直、魔法使いとしてのレベルは姫が確実に上だ。

 物理攻撃がほぼ効かない幽霊軍団を使える姫に戦って勝てるとは思えない。

 なんとか説得するしかない。

 するしかないのだけど、

 あの姫にどんな言葉が伝わるのかまるで分からない。

 ののかがどれだけ大事か伝えることはできる。

 それがなんになるというのか。

 どんな魔族の命乞いも、無視して残虐に殺してきた姫のことだ。

 聞き入れてくれるわけもなく。

 悩んでいるうちに時間が進む。

 姫は魔法を構成を開始している。

 間違いなく魂融合魔法だろう。

 魔法の構成が終わってしまえばののかの命はない。

 僕が迷っているうちにフフフと笑って姫が口を開いた。


「私と勇者の仲だもの。一度だけチャンスをあげる」


「はぁ? チャンス?」


「私のことが憎いでしょう? 殺したいでしょう? 一撃だけ入れさせてあげる。それで私を殺せたら、勇者の勝ち。殺せなかったら、私の勝ち。単純でしょ?」


「姫、本当にそう思って言ってるのか?」


 姫の言葉に、僕はなんだか腹がたってきた。

 ののかはもちろん大事だけれど、僕が姫に対してそんな気持ちをいだいていると本気で言っていることに。

 僕は、夢の世界だと思って好き勝手していたのだ。

 自分のやりたいことをやっていた。

 つまり、僕は自ら望んで姫の言うことを聞いていたというのに。

 僕はメリットがなければ人を殺さない。

 魔族だってそうだ。

 誰のために僕は戦ってきたと思っている。

 やはり気持ちは口にしなければ伝わらないのだ。

 ののかと僕はそれを中学で学んだ。

 だから、気持ちをストレートに伝えるように努力している。

 だからこそ今の関係が築けた。

 姫とも会話が必要だ。

 武器に竹刀を選んで本当に良かった。


「それが望みならそうしてやる」


 ダメージは与えず、痛みだけで気絶させてやる。

 その後、縄でぐるぐるにして嫌というほど説教してやる。


 どれほど僕にとって姫が大事かということを!


 僕は、竹刀を上段にかまえる。

 息を吸い込み、思いっきり振り下ろした。

 スパーンといい音が響きわたる。


「いったーい!」


 つりあがった目尻がさがり、見慣れた表情になった。


「えっ。ここどこ? 何この服コスプレ? あれ、髪短くなってる」


「もしかして、ののかか?」


「悠久? 竹刀なんか持ってどうしたの? もしかして頭たたいたの。ものすごくいたいよ」


 間違いなくののかだ。

 ということはつまり、僕は、ベンチによこわたっていたののかだと思っていた存在をみる。

 急にゆらりと起き上がり、魔力が膨れ上がった。


「その子、殺さなかったのね」


 凍えるほど冷たい視線を送ってくる。

 ぱさりと落ちたフードから現れた髪は短い。


「こちらの世界の人間を操るのは簡単ね」


 そうか。霊繰術か。

 声も姿もまるで一緒。

 ののかには魔力がないという先入観から、闇属性の魔力がののかに大量に注ぎ込まれていて、入れ替わっていることに気づけなかった。


「な、なんで私がもう一人いるの?」


 ののかが素っ頓狂な声をあげる。


「あーあ、勇者が殺したあとにその子の魂と融合するつもりだったのに、つまらないわ」


「姫、僕にののかを殺させるつもりで」


「ええ、そうよ。ほしいのは魂だけ、霊躁術で操っている間は、体が死んでも魂は死なないもの。知らなかったでしょう? まあ、もう魔法は完成したし、生きていても死んでいても関係ないわ」


「おい。本当に姫待ってくれ。お願いだから」


 僕は、ののかを抱きしめた。


「さようなら、もう一人の私」


 姫が手のひらをののかにむけると魔法を放った。


 姫はベンチに倒れ、ののかは僕の腕の中で意識を失った。

 ののかの魂はこれで消滅してしまう。

 僕は絶望で打ちひしがれた。

 

 どれだけ僕は、そうしていただろうか。

 腕の中のののかが身じろぎした。

 僕がののかの顔を覗き込むと、ののかが目を覚ました。

 がばっ、と起き上がると、ののかが僕を見る。


「悠久、私勝っちゃった」


「はっ? えっ!?」


「あ、そうだ。姫に霊繰術かけとかないと」


 ののかは急いで姫に駆け寄り、抱き抱えると頭にてをおき、霊繰術をかける。

 姫はいつもの表情から信じられないぐらい穏やかな顔で寝息を立て始めた。


「悠久、見て見て私普通に魔法使えるよ。わあ、すごい!」


 ころころと表情が変わる。

 どうみてもののかだ。


「どうやったの、ののか?」


「うーん。よくわかんないけど、私ってそれなりに図太いし、幸せいっぱいで無敵だからかな」


「いや、こたえになってないんだけど」


 確かに魔法の説明には、強い方が吸収するとしか書いてなかった。魔法を使った側が勝つとは限らないけれど、あの姫よりののかの方が強いということなのか。


「姫はどうなったの?」


 僕がきくと、ののかは自分の胸を指差した。


「私の中にいるよ。なんだかしょんぼりしてるみたい」


「しょんぼりしてる姫は見てみたいけど」


 姫がしょんぼりしているってまるで想像がつかない。


「なんだか姫と混ざりあってる感じはするね。でも姫がネクロマンサーだからかな。お互いの魂の境界を把握出来てるから完全には混ざりきってない。多分これならまた分離できるよ」


 ののかはよいしょとベンチに座り、姫を膝枕してあげる。

 ののかが優しく姫の頭をなでる。

 ののかの髪が短くなったので、双子の姉妹にしかみえない。


「私、姫の記憶を見たよ。悠久は姫のことも好きだよね」


「そんなことないよ。姫はののかじゃないから」


 僕はくいぎみにこたえた。


「浮気じゃないから、心にブレーキかけなくていいよ。姫はもう私だよ。ツンデレで闇落ちした私だと思って」

 なんだよ。その表現は。


「そんな簡単に割り切れないよね」


 姫は、ののかを殺そうとしたのだ。

 もうそんなの敵だろう。


「もう知ってるよ。悠久は夢の中だからって、本当は魔族を殺したりしたくないでしょ」


「それは……どうなんだろう」


「姫のためだよね」


「……。」


 僕は黙秘した。見透かされてるとわかっていながら。

 別に殺すことに罪悪感はないけれど、殺したいか殺したくないかと言われれば、殺したくはないと思う。

 エキドナが聞いていた『魔族が何をしたのか』その本当の答えを僕は、知っている。

 それは『何もしていない』だ。

 あちらの世界で、侵略しているのは、魔族ではない。


 人間側だ。


 その方針を出しているのは、そう王国である。

 王国ということは、姫は諸悪の根元の一員であるということ。

 人間が正義だと信じていた頃の前の勇者は前を向いて、姫と共に歩いていた。

 本当は自分達側に正義がかけらもないことに気づいた勇者は、心を痛めて、閉ざした。

 死んでいるのか、眠っているだけなのかそれすらも分からない。

 だけど僕はののかに似た姫が、そうしてほしいというのなら、悪だろうがなんだろうが構わない。

 殺せというのなら、殺すまでだ。


「もしも両親が私たちのこと認めてくれなくて、私が一緒ににげようって言ったら、どうする?」


「逃げるよ。一緒にどこへだって、どこまでも」


 例え、ただの高校生がそんなことできないとわかっていても、僕はそうするだろう。


「勇者が勇者を辞めたいといったあの日、姫は勇者にそういってほしかった。一緒に逃げようって、逃げきれないのがわかっていても、それでもそう言ってほしかった。戻ってきた勇者が別人だと姫はわかっていたよ。だってネクロマンサーだもん。魂がちがうことぐらいすぐわかるよ。勇者は1人で逃げ出した魂だけで。姫はもう置いていかないでってずっと1人心の中でないてるの」


 普段の姫からは想像もつかないけれど、心が融合したののかが言うのだからそうなのだろう。

 姫は王族といえど、王位継承権は十番目、かなりしただと聞いたことがある。

 王子と姫たちは、王位を巡って殺し合いをしているとも言われている。

 姫が王位なんて欲しくないといったところで序列に組み込まれている以上念のために殺しておこうという兄弟姉妹がいるだろう。

 悪逆非道と言われる王族だ。

 逃げることなどできない。

 それなのに勇者は逃げ出したのだ。


「でも、悠久は違うよね。夢の中の姫は『素敵でかっこいい』って言ってたよね。私にはそんなこと言ったことないでしょ? それは姫に対する気持ちだよね」


「そうかもしれないけど」


 確かにののかにかわいいとは言っても、かっこいいとは言わないだろう。

 目的のためならば、手段を選ばず勇ましく進む姫の姿に僕は心引かれていた。

 あちらの世界が現実だと思い始めたときから、ののかとは別人だと理解していた。

 僕は、僧侶とはじめてあったあの日、無意識に僕自身がそう言っていた。


「もう大丈夫? 仲直りできそう?」


「喧嘩していたわけではないんだけど、大体襲われたのは、ののかだろ。殺されかけたんだぞ」


 僕は、姫も好きだった。

 だけど、ののかを殺そうとして、許してあげれるほど、心は広くない。

 僕は姫より、ののかが好きだ。

 それは間違いない。

 ののかはそんな僕の心を見透かして、優しく微笑む。


「それでも許してあげて、ね?」


 僕と違い、ののかの心は広い。

 僕と姫はお互いのことを、ほとんど話していない。

 本当は、勇者でなく、僕が何を考えて、どうこっちの世界で生きてきたのか姫とゆっくり話してみたかった。

 やり直せるというのなら、きっかけをののかがくれるというのなら……。


 ここからまた新たに始めたい。


「分かったよ。ののかがそういうなら、だけど今回だけだよ」


「ありがとう。悠久」


 僕は、心の中でののかにありがとうと言った。


「じゃあ、姫起こすよ」


 ののかは自分の胸に両手をおくと、魔法を使った。

 ののかのなかから暖かい光が溢れて、姫の体に吸収されていく。

 融合していた魂が帰っていっているのだろう。

 目を覚ました姫をののかは優しく抱きしめる。

 

「よしよし、姫。いままで大変だったね」


「ののかさん……」


「私は全部わかっているから、大丈夫だよ」


「ののかさん。ごめんなさい」


 姫が素直に頭を下げた。

 そんな姫は初めてみる。

 少し目元に涙も浮かんでいる気がする。


「もう大丈夫です」


 文字通り、一心同体になったのだろう。

 心の中でどんなやり取りがあったか僕には全容はわからないが、いつもと違う穏やかな姫の顔を見れば、今まで無理していたことがよくわかる。


「ののかさん。ありがとうございます。もう帰れますから」


「うん。良かった。辛くなったらいつでも来てね」


 姫はコクリと頷いた。


「勇者」


 急に呼ばれて僕は、ビックリした。


「な、何?」


「これからも私の勇者として一緒に戦ってくれますか?」


 ほんの少しいつもよりしおらしい。

 なんだか少し緊張しているようにも感じる。

 僕は、ののかをみる。


 大丈夫? と瞳が語りかけてくる。


 もう大丈夫。 と僕は返した。


 姫に対する恨みや怒りは微塵も残っていない。

 姫の表情をもう一度みた。

 いつもそのくらいだといいなぁと思いながら、


「もちろん」

 と、僕は返事した。


 いいよ。

 今回だけは、水にながしてあげよう。

 ののかがいいと言うのなら、今まで通りこれからも。


「そうですか。なら改めて、いえ、あなたには初めてですね。これからもよろしくお願いします」


 いつもの無機質で固い言い方で姫は言った。


「うん。よろしく」


 姫は満足げに僕の言葉を聞き終えると、転移魔法の構成をはじめる。姫は魔法陣が完成するとののかに一礼して魔法陣から溢れる光の向こうへと消えていった。


◇ ◇ ◇


 姫が元の世界に戻っていって、ようやく平穏を取り戻した気がした。


「はぁ、どうにかなって良かった。結局、僕はたいして役にたたなかったね」


 姫が融合しようとしたとして、ののかが一人でも勝てたのだから、僕がなにもしなくても結末は同じはずだ。


「そうかな。そうでもないと思うよ。悠久が追いかけてきてくれたから、悠久が姫に成り代わっていた私を殺さなかったから、姫も動揺して、非道にはなり切れなかったんだと思うよ。それに、ねぇ。悠久。姫が言っていた。姫の勇者として一緒に戦うの意味わかる?」


「意味? 文字通りの意味以外何かあるの?」


「フフフ、勇者が魔王を倒すと王様になれるんだよ」


「まあ、大体そうなんじゃないの」


「つまり、姫の将来の夫ってこと」


「はぁ!?」


「『勇者として、一緒に戦ってね』は、結婚してねってことだよ」


「何ちょっとだけしおらしいと思ったら、あいつなにしれっとプロポーズかましてきてるんだよ」


 そうか。だから前の勇者が勇者をやめるって言ったのは、姫にとって絶対許さないことだったのか。

 姫にとって離婚を意味する事だから。

 姫、ちゃんと前の勇者のことも好きだったんだな。

 だからって、人の彼女の前でプロポーズしてだまして了承させるなよ。


「外堀から頑張って埋めていくとか健気でかわいいよね」


「はあ、まったく素直に言えばいいのに」


 つまり、僕のことも好きだということなのだろう。

 普段の態度からわかるかい。


「できるなら最初からしてるよ。内心はきっと小躍りするほど嬉しがってるはずだよ。全部の気持ちが話されて恥ずかしいけどなんだか嬉しい感じ? きっと私たちが付き合いたてのころのように。姫、ツンデレだよね」


「デレはどこに?」


「私がかわりにデレてあげる。足して2で割っといてね」


 ツンツンとデレデレそれなら確かにツンデレか。

 ツンデレはある意味無敵だからな。

 物語であれば、絶対主人公に嫌われない。

 僕も姫にどんな酷いことをされても、これから先嫌いになることはきっと無理だろう。

 どんなに強い者も軽く動揺を敵に見せれば、殺されてしまうような酷い世界だ。

 きっとあの壁画にかかれていた絶対の力とは、安定した心のことだろう。

 果たして、姫は絶対の力を手に入れたのだろうか?


「さあ、帰ろっか」


 ののかが腕を絡めてくる。


「悠久」


「何?」


「私ともちゃんと結婚してね」


「もちろん、結婚できる年になったらね」


 嬉しいしドキドキする。

 きっとこれが僕の絶対の力だ。


◇ ◇ ◇


 家に帰って寝直すと元の遺跡だった。


「起きなさい」


バシィ。


「痛い!」


 僕は頬に強烈ないたみを感じて目を覚ました。


「何するんだよ」


「スキンシップです。ののかさんにはいつもこうやって起こしてもらっているんでしょう?」


 融合して記憶を共有したんじゃなかったのか?

 ののかには、いつもやさしく揺り起こされてる。

 毎日起こしてくれてるののかの記憶を参考にしたのだろう。それであんな風になってしまうのだから姫らしいともいえるけど。

 でもさ、もうちょっと、


「手加減しろよ」


「首はとれてないでしょう?」


 手加減ってそういうレベルかよ。

 姫はそれだけ言うと洞窟を出て行ってしまった。


「だからさ。もうちょっと僕に会話させてよ。頼むから」


 絶対、姫と会話が足らないのは、僕の所為じゃないと思うんだ。

 僕がほっぺを押さえていると、僧侶がのぞきこんできて、頬にヒールを当ててくれる。

 姫め、ヒールが必要なぐらいの威力で叩くなよ。


「もう何がなんだか。姫、突然戻ってきたかと思うと寝ている勇者を楽しそうに眺めていましたし、かなりご機嫌だったとおもったんですけど。いきなり叩いていってしまいましたし、大丈夫ですか?」


 ほっぺたは何も大丈夫じゃないけど、


「ののかは、大丈夫。姫とも和解できたよ」


「あれでですか?」


 僧侶は不思議そうな顔をする。


「あれでなんだよ」


 照れ隠しのレベルが酷すぎるとは思う。

 だけど、素直な姫は、姫じゃない。

 今はこんな関係で……。


 まあ、いいか。


 ののかと違い、姫が何を考えているか全部理解できた訳ではないけれど、きっとそのうち自然と話せる日が来るだろう。

 惚れた弱みってやつか。

 仕方ない。

 この体の胸の奥に僕の魂がある限りは、地獄の果てでもついていってあげるよ。

 僕はいつも通り、姫のあとを追いかけることにした。

ここで一区切りになります。


面白かったと思ってくれた方がいたら幸いです。

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続きもよろしくお願いします。


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