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夢見る僕と非道の姫  作者: 名録史郎
第一章 僕と姫
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拷問

 僕とののかは連れ立って部室に向かっていた。

 途中で一年生の教室の前を通るときにレミちゃんを見かけたので、ののかが声をかけた。


「あ、レミちゃん部活行こ」


 レミちゃんは悲しそうな顔をしてぺこりと頭を下げた。


「すみません。先輩、今日は用があるので、お休みします」


「そうなんだ。残念」


 見るからにののかはしょんぼりした。

 そんなののかの手を取って、レミちゃんは

「明日は必ず行きますから」


 力強く言った。

 手を離すと、ブンブンと手を振りながら

「また明日。先輩達」

 レミちゃんは足早に行ってしまった。


 よっぽど急ぎの用なんだろう。

 たいして気にもとめなかったが、

「あいつ、変わったなぁ」


 知らない男の子が近くで、ぼそりとつぶやいた。


「ん? 君はレミちゃんの知り合い」


「あ、いや、知り合いってほどじゃないっすよ。同じ中学ってだけで、クラスも違いましたし」


「じゃあ、なんで変わったって思ったんだ?」


「いやー有名なんすよ。あいつクラスでいじめられてて、自殺しかけるぐらい根暗な奴だって」


「自殺ってなに!? レミちゃんがそんなことするわけないよ」


 ののかが憤慨する。


「だから変わったって言ってるんすよ。今じゃ、自殺するような奴に見えないから、じゃあ俺行きますね」


 男の子は足早に行ってしまった。

 男の子が変わったという理由には心当たりがある。

 夢の中の勇者と同じように、レミちゃんも僧侶が乗っ取る前は、別の人格があったのだろう。

 勇者の人格といい、元のレミちゃんの人格といいどうなっているのだろうか。

 僕が物思いにふけっていると、ののかが袖を引っ張ってきた。


「悠久行こう」


「えっ。どこに? あ、部活?」


「違うよ。レミちゃんを追いかけよう。まだいじめられてるかもしれない」


「中学のころの話だって、さっきの奴も言っていたじゃないか」


 それに中身は僧侶だ。

 魂は正真正銘、魔法の国の住人だ。

 今の僕と同じように、魔法が使えるだろう。

 たとえ使えなくても、いじめられるようなたまじゃない。

 僕に対して猫をかぶっていたころだって、雷でガンガン敵を倒していたし、囮にしても平気なぐらいひょいひょい敵の攻撃をかわしていた。

 ただ、ののかとトウヤの前ではまだ猫をかぶっているから、ののかにそんなことわかるはずもなく。


「何もなかったら、すぐ帰るから、お願い」


 必死な表情で、僕の服を引っ張る。

 先日、自分が死にかけたので、心配性になってしまったのかもしれない。


「そうだね」


 普通の用事だってことがわかれば、ののかも安心するだろう。

 僕は、携帯を取り出してトウヤにメールする。

 返信はすぐ来た。


「トウヤも今日は、空手に顔を出すから、こっちにはこれないらしいし、少しだけだよ」


 僕らは、急いで、レミちゃんを追いかけた。


◇ ◇ ◇


 レミちゃんの家がある場所は大体きいていた。

 先日の事件のあと僕は、こっちの世界でも魔法がつかえるようになってしまった。

 ただなぜか使えない属性があるし、使える属性については、あちらの魔力量より大きかったりとなにもかも同じというわけではないけれど、魔力を必要としないスキルである魔力感知についてはこちらの世界でも使える。

 言ってしまえば魔力感知は、ただの感覚だからだ。

 レミちゃん、つまり僧侶の魔力は、魔力のない世界で一際目立つ。

 追跡はお手の物だった。


「多分、こっちかな」


 なんて言いながら、魔力を感じる方向に進むとあっさりレミちゃんを見つけた。

 声をかけようとしたところで、知らない子と合流し怪しげな建物に入っていく。


「ここって……」


 肝試しにいいとうわさの廃病院だ。

 肝が試されすぎるので、結局誰も使ってないらしい。


「こんなところに入っていくなんてやっぱりいじめられているのかも」


 ののかの顔が青ざめている。


 僧侶は、むしろこういうところ好きそうだから、普通に肝試ししているだけだとは思うけれど。


「わかった」


 僕は頷いた。

 こうなったら、ののかの気が済むまで付き合うしかない。

 先日みたいな不審者に襲われるのは正直勘弁してほしいところではあるけれど、何かあっても、魔法が使える今ならののかを守ることができるだろう。

 レミちゃんが普通に遊んでいる姿を見れば、ののかも安心するだろうし。


「行こうか」


 僕は、ののかの手をとった。

 急いで、レミちゃんを追いかけて、病院の門をくぐったところで何か引っかかるような感覚を覚えた。


「なんだ?」


 魔法のレジストに成功したように思える。

 一体何が?

 ののかが立ち止まると急に僕の手をひっぱった。


「悠久、帰ろっか」

 呆けた表情で僕にそういった。


「えっ。急にどうしたんだよ?」


「レミちゃんお友達と一緒みたいだし、今日のところは帰ろう」


「なんでさっきまではあんなにレミちゃん心配してたのに……いや」


 そうか。思考誘導魔法か。

 思考誘導魔法とは、洗脳のように思考自体を書き換えるのではなく、本来持っている思考の優先順位を入れ替える魔法だ。

 今回の場合は、帰りたいという気持ちが最優先になるようになっているのだろう。

 洗脳ほどではないが、かなり高度で手間がかかるうえに、魔力を持っていると、簡単にレジスト出来るので、あちらの世界ではほとんど使用されない。だけど、こちらでは魔力を持っている人間などいないので、効果は抜群である。

 ただこういう思考に影響を与える魔法は、つまり脳に影響を与える回復魔法の仲間であり、光属性魔法だったはず。


 つまり、僧侶の得意な魔法だ。


「ああ、もう」


 ののかが帰ってくれるなら、それにこしたことはない。

 だけど、魔法が使われているとなるとレミちゃんがただ友達と遊んでいるとは思えない。

 念のため、なにが起こっているか確かめておきたい。


「ののか、僕は用があるから、今日は先に帰ってくれる? ののかのお母さんにも今日はご飯いらないって伝えて」


「うん。わかった」


 ののかは駄々こねることなく、素直に頷いた。魔法がよくかかっているせいだ。

 僕は、ののかを手を振って見送りながら、廃病院を見上げた。


◇ ◇ ◇ 


 日も暮れかけていて、電気の通っていない病院は薄暗い。

 火属性の魔法が使える今となっては、明かりには困らないが、できるだけ目立つようなことは避けるべきだろう。

 僕は洞窟を探検するときと同じように、どこから襲われても対応できるように、臨戦態勢をとりながら、進んでいく。

 そうすると、腰に剣をつけていないのは、心もとない。

 武器になりそうなものを探しながら歩を進めた。

 僕は、廊下に散らばった硝子を踏まないように注意しながら進む。

 魔力で感覚を鋭敏にすると遠くから声が聞こえてくる。

 泣きながら訴える知らない女の声といつも聞くレミちゃんの声。


「やめて、もうやめて」


「私も昔何回もやめてって言ったよね? あなたたちやめてくれたかな? 確かあなたは飽きたらやめてあげるそういっていたっけ? 顔はばれるとまずいから殴るなら体にしとけとか。問題になってももみ消せる範囲ならいいとかいろいろ私に教えてくれたよね。ようやくあなたの教え実践できるようになったから、体感してくれるとうれしいなぁ」


 壊れた扉の隙間から声が聞こえてくる。部屋の中を覗き込むと、レミちゃんとさっき合流していた女の子がいた。

 女の子は手術台のようなものに下着姿で縛り上げられていた。

 床に捨てられている制服は、僕の学校のものとは違い他校の生徒だろう。

 レミちゃんは、興奮しているのか顔が紅潮している。

 レミちゃんは、手袋をはめ、手には手術で使うようなメスを握っていた。

 普段のレミちゃんからも、ましてや僧侶からも、想像できないほど、ひどく猟奇的だった。


「もう殺して」


 知らない女の子は、懇願していた。

 『助けてではなくて』 

 『殺して』

 それは、あっちの世界でよく見られた、生きることの方がもう耐えられないほどいたぶられた状態だ。


 部屋が暗く少しわかりずらいが、よくみると女の子の肌は傷だらけで、血がしたたり落ちている。


「私を殺してくれたら、あなたは殺人罪で捕まったんだよ。そっちがよかった? そんなことなかったでしょ? だからって自分で死んだりしないでよ。そしたら、あたし誰をかわりにしようかな。あなたが大好きな弟君とかちょうど良さそうだよね。お姉ちゃんのせいだよ。お姉ちゃんのせいだよていいながら、いじめるの楽しそうだよね」


 話ながら手に持つナイフを刺したり、捻ったりする。

 そのたびに縛り上げられた女の子の口から絶叫が放たれた。

 レミちゃんは女の子苦悶の表情を眺めながら、心底楽しそうにクスクス笑っていた。


「あなただけがいじめてたわけじゃないから、あなたより悪いと思う子を教えてくれたら次はその子にしてあげる。ちなみにあなたを指定したのは、あんなに仲良かったカオリちゃん。あなたに付き合って仕方なくいじめてただけなんだって。だからってカオリちゃん指定したらダメですよ。カオリちゃんは自分よりあなたが悪いって言うんだから、あなたが指定するのは、さらに悪い子じゃないとね」


 レミちゃんは、女の子の腹の真ん中にナイフを突き立てた。

 ぎゃあと女の子が叫びながらのたうち回る。

 切腹は死ねるわけではない。

 昔の日本では、苦しいからさせられたのだ。

 だから介錯を行い楽にしてやる。

 当然レミちゃんは介錯などしてあげない。

 むしろ常時弱めにヒールをかけながら、ショック死をしないようにしている。

 仮に心臓がとまっても得意の電気ですぐ蘇生可能だろう。

 なんという魔法の組合せだろう。

 治癒に、そして拷問に最適な組合せだ。

 僕は、このまま見なかったことにして引き返すかどうか悩んだが、さすがに胸にしまっておくには、刺激が強すぎる。


 僕がわざと足音をたてると慌てたようにレミちゃんが振り向いた。


「誰ですか?」


「僕だよ」


「悠久先輩……」


「なにしてるの?」

 僕は、レミちゃんに聞いた。


「見てわかりませんか?」


「大体はわかるよ。その子は誰?」


「昔私をいじめていた人です」


「そっか」


 僕は理由がわかって、落ち着いた。

 いじめの復讐ならば、仕方ないだろう。


「そっかって、それだけですか?」


「た、助けて」


 捕らわれている女の子が僕に懇願した。

 なんとなくこの間殺したエキドナを思い出す。


「ちょっとうるさい。あたしが先輩と話しているんですから、黙ってください」

 レミちゃんは、怒った声で制止すると呪文を唱えた。


「パラライズサンダー」


 レミちゃんは、少し強めに雷の魔法を唱えた。

 電気のショックで女の子は気絶する。


「その子死なないの?」


「死なせるわけないじゃないですか。拷問ですよ。それにこれからが本番です。今のはちょっと軽くいたぶってあげただけです」


「今ので、軽く?」


「そうですよ。ぐちゃぐちゃにした内蔵をどれだけ早く治せるか練習するんですから。治癒の練習にボランティアなんてしたことないです。いつもこうやって練習してるんですよ。せっかくの練習なので、相手に昔あたしをいじめていた人間を選んでいるだけです」


「なるほどね」


 普通の治癒は、患者がどこを怪我するかなんてわからない。このやり方なら繰り返し同じ怪我の治癒を練習できる。


 残酷で、もっとも効率的な練習の仕方だ。


 レミちゃんは、少し悲しそうに僕に言った。


「こんなあたしですよ嫌いになりますよね?」


 レミちゃんは不思議なことを聞く。

「どうして?」

 どうして、折角仲良くなった部活の後輩を嫌わないといけないのだろう。僕には、意味がわからなかった。 


「どうしてって、だってこんなに人をいたぶって楽しんでる変態ですよ私は」


「僕もその子が、善良なただの民衆なら僧侶のことを嫌いになるかもしれないけど、僧侶のことをいじめるなんて、そいつは敵だろ?」


「ですけど」


 あっちの世界なら、同じ人間でも盗賊などは平気で殺している。

 確かに少し驚いたけど、レミちゃん--僧侶の残虐性の片鱗ならいつも見ていた。

 姫が僧侶に指示したとき、いつも少しの躊躇いもなく僧侶は魔法を使っていた。

 それで僕は、僧侶のことを嫌いになったことはない。だって、僕ももうすでに……。


 同じ人種なのだから。


 僕は、僧侶に言った。


「この世界では、人を殺したり、傷つけたりしたらいけないけど、僧侶は、殺してもいないし、結果として傷つけてもいないじゃないか」


 こちらの世界では、証拠は残らない。

 なぜなら魔法だから。

 レミちゃんは、はははと笑った。


「勇者ならそうですね。そういいますよね。なんだかこっちで穏やかに過ごしている勇者を見るとあっちの勇者とは別人なんじゃないかって思えていましたけど、やっぱり勇者は勇者ですね。それにやっぱり昔の勇者とは別人ですね……」


「昔の勇者?」


「私思い出しました。半年ぐらい前に、勇者と姫様が喧嘩した日のこと。勇者が『勇者をやめたい』といいだして、姫様が『そんなこと許さない』と返したんです」


「許さないってなんだよ」


「勇者を辞めた勇者は処刑ですからね」


「処刑って、それなら許されないだろ」


「姫様、自ら処刑する気なんでしょう」


「……酷すぎるだろう」


「そのあと、勇者は宿を飛び出していって、しばらくしてから勇者帰って来たんですけど、こう言ったんです『ずいぶん凝った夢だな』って」


 なんとなくだけど、それは覚えている。


「それはきっと夢を見始めた初日だ」


 僕も思い出してきた。

 それは勇者が死のうとしていた日でもある。

 こっちの世界より、ずいぶん荒んだ世界ではあったが、自ら死を選ぶほどのことではないなとおもった。

 どうせ夢なのだからという気持ちもあった。

 小説などでよく読んだ剣と魔法の世界にいるワクワクの方が大きかったのかもしれない。

 魔族を殺すことに罪悪感なんて感じてもいなかった。

 手に握った剣から伝わる感覚。

 時に敵が口にする命乞いの言葉。

 同じ人でも敵ならば殺した。

 躊躇なく。

 夢だとしても、普通の人であれば戸惑うことではないのだろうか。


 ゲームではないそのリアルさに。


 実際、死のうとした本当の勇者は魔族を殺すのが嫌だった。

 だから、死のうとした。

 もしかしたら、本当に死んでいるのかもしれない。


 心が。


「勇者の心が死んだから、代わりに僕が勇者の体を動かしているのか」


 僕側になにかきっかけがあったわけではない。

 夢を見始めた日は、いつもと違ったことは、少しだけ早めに寝たぐらいで。

 平凡な一日だった。

 だから、原因があったのは勇者の方だと考えるのが妥当だろう。

 つまり……。

 多分引き寄せられたのだ。

 空っぽになった肉体に、別世界の同一存在である僕の魂が。


◇ ◇ ◇


 遠い記憶の中で、勇者は正義の味方だった。

 困っている人々を助けていた。

 ある日、幼い勇者は怪我をした少女をヒールで治してながら得意気な表情で言っていた。


「僕は、将来勇者になって、悪い魔王を倒すんだ」


 まだ一つも魔法が使えないけれど、怪我した少女は将来大魔導士になりたいという


「私が悪い魔王を倒させてあげるね」


 あの日交わした約束が勇者の胸にいきていた。

 悪い魔王など、どこにもいないというのに。


◇ ◇ ◇


「もうやめにします」


 唐突にレミちゃんがそう言った。

 女の子に突き刺していたナイフを無造作に抜く。すぐさまヒールをかけると怪我はみるみるうちに消えていき、最後には跡形もなく消えていた。


「ナイトメア」


 レミちゃんは女の子に魔法を使った。


「なにしたの?」


「今までの出来事がただの悪夢に思える魔法をかけました。今まで拷問してきた他の子にもかけます。拷問も楽しいですけど、先輩達と遊ぶのはもっと楽しいですし、先輩達に迷惑や心配かけるわけにはいきませんから……」


「それがいいよ」


 嫌いにならないのは、僕だけの話だ。

 トウヤとののかは、嫌いになる。

 確実に。


 レミちゃんも、頷くと、ポツリポツリと話はじめた。


「あたし……本当は、僧侶なんて職業じゃなくて拷問士なんですよ」


「拷問士?」


 僕は思わず聞き返した。


 拷問士だなんて、名前からして物騒な職業だ。


「もともと神なんかあがめている感じはしなかったから、名前ばかりだとは思ってはいたけど」


「そうですね。神なんか崇めていません。元々は城専属の拷問士です。別にいやいやしていたわけではないです。お金払いがいいので好きでやっていました。地下牢に連れて来られた人を好きなだけいたぶって白状させる簡単なお仕事です。本当に悪い人かどうかなんてあたしはしりませんけど、きっと大体無実の人でしょうね。姫にもっとお金払うと言われて、ヒーラーとしてパーティーに加入したただそれだけです」


 プロ野球選手になったみたいに、拷問士を説明されても困る。


「勇者のパーティーで拷問士と名乗るわけにもいかないので、姫様に僧侶ということにしてもらいました」


「まあ、そうだよね」


「あと勇者のことを思い出したら、あたしがこっちの世界に来た理由もなんとなくわかってきました」


 僕も、なんとなく想像していることがあった。


「いじめで、自殺しようとした?」


「しようとしたじゃなくて、してましたよ。飛び降り自殺です。目が覚めた瞬間ぐしゃぐしゃですよ、めちゃくちゃ痛くて、死にかけてましたよ。まあ、すぐ完全回復しました」


「ああ、なるほどね」


 どうやら僧侶の元の体の持ち主は、未遂ではなく完全に自殺をしたらしい。そこから、完全に回復できるのは、僧侶だからできる荒技だ。


「血まみれで救急車よばれて、病院についたら傷なんてなくて、悪ふざけはやめろと怒られて、散々だったのを覚えています」


 僕と状況がだいたい同じだ。

 異世界を魂が越える条件は、同一存在が生きる気力を失ったときで間違いないのではないだろう。


「さあ、帰りましょうか」


「あの子はどうするの?」


 僕は下着姿で寝かされたままの女の子を指さした。

 レミちゃんは、拘束だけは、はずした。


「このままでいいですよ。そのうち目を覚まして、辺りは暗く血まみれで自分がなんでこんな所にいるのかわからなくて、きっと恐怖で震えるでしょうね。想像するだけで、最高ですね! 最高……。最高って思っちゃうんですよね……」


 レミちゃんは自己嫌悪で目を伏せた。


「つまり、最低ですよ。最低……。自分が最強だと思っているまぬけな闘士も、魔族の虐殺を無感情に指示している姫も、平和な世界に生まれたのにシリアルキラーな魂の勇者も、人をいたぶることが大好きなあたしも、最悪のパーティーです」


 最悪のパーティー。


「そうだね。そうかもしれない」


 正気でないからあんな世界で今まで歩んでこれた。

 正気ならば、あちらの世界での本来の勇者のように、目を覆い耳を塞ぎたくなるような現実。


 そう現実だ。


 あの世界は確かに存在している。

 今ならそう思うことができる。

 どちらも現実だと思って行動しようといったあとも、なにも変わらず、魔族を殺しているのが、僕の真実だ。

 僕にとってこちらの世界で人を殺さないのは、特に理由がないからだけだ。

 メリットがなにもない。

 ただそれだけ。


 空を見上げると月がのぼっている満月だ。

 昔、ののかと二人で見たときは、あんなに綺麗だったのに今はまるでそうは思えない。


「随分と赤く気味が悪い月ですね」


「そうだね」


 僕らの心を映す鏡のような月だった。

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