3話睦月
神殿で祈りを捧げる女主が、明智に気がついた。
「まあ…とても素敵だわ。それで、あなたは何者になったのかしら?」
女主は、何事もなかったように明智を誉める。
「明智小五郎です。」
明智は、静かに答えた。
「明智小五郎…随分と渋いキャラを選んだのね?」
女主は、楽しそうにきく。
「はい。今年の『人気作家』は、著作権が切れたミステリーのキャラを集めてみました。」
「ミステリー?」
「はい、ホームズに、ルパン、私、明智にデュパン…賑やかな会になるでしょう。」
明智は発した台詞とは違う少し、寂しい気持ちでそう答えた。
名探偵に扮するのは、このサイトの人気作家。
彼らが、未完小説の終わりを推理し、エンディングに読者をつれて行く。
探偵小説の探偵と違うのは、推理力の他に、原作読者を納得させる魅力ある弁舌が必要である。
しかし、今回は、原作を愛する作家が集まったので、素晴らしい名作が生まれる予感がする。
と、表向きはいいことばかりを並べては見るが、盗作問題や、評価の改ざんなど、場外では不穏な噂がささやかれているのも確かなのだ。
「確かに、20世紀の名探偵が揃い踏みね。」
女主が相づちをうつ。
「昔、満開の桜の上には神が降臨して宴をする…などと言われていたそうですが、今回のイベントでも、沢山の書籍が生まれることでしょう。」
明智は、前回のイベントを思い出し嬉しくなる。
書籍…と、言っても、このイベントの書籍は、この期間のみのカスタマイズ可能な本の事で、事前に原作を購入していると、それを含めて、エントリーした絵師の挿し絵、翻訳、校正を選んで製本が可能になる。
まさに、読み手のセンスを問われる、世界で1つの本が作れるので、作成した本が評価されたりする。
長年、書き続け、亡くなった男性の作品を、少年の頃にファンだった読者たちが、絶妙なエンディングに仕上げ、1冊の本が出来る。その瞬間の感動は、言葉にはできないものがある。
とはいえ、誰もが参加できるわけでもない。
閲覧は自由だが、イベントに参加するには、実行委員の招待状が必要になる。
作品の品位を保つため、と、言われているが、利権を独占したいのだろうと批判もある。
「招待状は送ったわ。」
と、女主が少し、寂しそうに目を伏せる。
「睦月さんが、手配して下さったのですね。」
明智は、そこで沈黙する。
睦月は、このサイトの古参で、正義感が強く、やや、喧嘩っ早いところがあった。
それで、トラブルになることもあり、今回、最終警告を受けて、イベント前に退会した。
「 大会前に、最後まで仕事はこなしてくれました。
ええ、今回は、睦月の大切にしていた作品の…作者の成りすましに、暴走をしてしまったけれど…
」
女主人の台詞に、明智も同意する。
「吸血鬼…ですね。」
明智は、最近、昔の未完小説が不自然に動いている噂を思い出した。
セキュリティの脆弱だった時代の作者のIDのパスワードを解析し、成り済まして昔の作品を乗っ取る輩がいるのだ。
IDの乗っ取り…と言うのは、古くからある話ではあるのだが、近年のそれは、金儲けを目的とした特に悪質なものだ。
IDを乗っ取り、作者のふりをして、金銭に余裕のある人物をだますのだ。
乗っ取られて、読者を襲うさまから、特別に『吸血鬼』と呼ばれるようになったのだ。
「今回の吸血鬼の獲物は、睦月が特に気をかけていた作者でね、ある日、連載途中で消えてしまったの。
あれから、7年…待ち続けていたのだから、冷静さをを失ったのね。」
女主人の台詞に、明智は切なくなる。
睦月がトラブルをおこした原因の作品を彼も知っていた。
初心者で、少女小説を嬉しそうに語っていた。
「しかし、悪手には違いありません。パスワードを知ってるだけでなく、違和感なしに物語を再開させたのですから、証拠がなければ、我々も運営も…手出しは出来ませんから。」
明智は、苦々しく思う。
違和感が無いと言っても、7年も昔の話。本人だと信じている読者には、細かな違いなど分からないのだ。
それより、続きが読める楽しさの方が先にたつ。
吸血鬼の憎たらしいところは、読者のなかでも課金をしてくれるごく少数を狙い、物語はいい感じで進めてくるというところだ。
それは、1911年のモナリザ盗難事件を思わせた。
1911年、ビンセンツォ・ペルージャはモナリザを盗みだし、その間に、贋作を金持ちに売りさばいた事件である。
「それは…私も同感です。けれど、彼は、なにかをつかんでいたようです。
そして、吸血鬼の正体を最後のこの招待状に忍び込ませたようなのです。」
女主人は、明智にデーターを送る。