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23/呪う女


 

【Re お久しぶりです。東雲三雪しののめみゆきです】

 

 そのメールの件名を見てゾッとした。

 

 ──三雪ちゃん?

 なんで俺のメアド知ってんの?

 

【お話したいことがあるので、明日の日曜日に会えませんか?】


 ──いや、一番会いたくないのだけども……。

 絶対、恨まれてるよなぁ〜。

 そう呟き、下にスクロールしていくと


【この度は、二虎にこくんと同棲することになりました】

 

「ブフッ」

「やだ、お兄ちゃん、汚ったなーい!!」


 ──は? え? なんで? どゆこと?

 

 その思いもよらないメッセージを見て、優雅な茶の間のテーブルを口から噴射した牛乳で染め上げた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「ちゃんと拭いてよね」

「あぁ……」

「そこ、牛乳溢れてないよ」

「いや、ついでだよ」


 汚した箇所を雑巾掛けをしながら、千鶴の足元を拭く。

 少しだけ顔をあげ、ホットパンツ姿の妹を上目遣いで足の指先から、ふくらはぎ、太ももと視線を上げて行く。そして隙間から──


 ──今日は、イチゴ柄か。


 ◇◇◇◇◇◇


 ここ三週間、力漢も赤羽も学校には来ていない。

 あのくそ暑い夏から季節は秋に変わり、気温はとても過ごしやすくなったのだけど、俺の日常から二人が離れていった気がして、何か物足りなさを感じる。


 力漢はこの三週間いっさい連絡を返さない。

 電話もメールもないので家の前を通りかかり、会おうと試みるも、いつも愛車のゼファーがない。

 クラスの奴から目撃情報を度々聞くだけで、俺との関わりはパタリとなくなった。


 対する赤羽からは、メッセージのやり取りだけはしていた。登校しなくなった最初の週に──

 

 ──学校に来ないのか?


【ごめんなさい、学校には行けません。私は今、世界の平和を守るために異世界にいます。本当は学校が恋しいのだけど……、でも今はもう少しだけ知らないふりをします。きっといつか、誰かの希望になるから!】


 ──赤羽転生〜鼻メガネ勇者〜

 その翌週は


【異世界を平和にして帰ったのだけども、人間のみにくさを目の当たりにしてトラウマです。人間嫌いだと思っていたのだけども、どうやら人間嫌われだったのかもしれないわ。なのでもう少しだけ休みます】


 ──な、何があった赤羽!?

 てか、クリアしたの? 異世界?


 そんな不毛なやり取りを繰り返すも、三週目で赤羽の連絡もパタリとなくなった。俺の知らないところで日常は確実に変わりはじめている。

 そして日曜の朝、けっきょく俺は東雲三雪の指定のファミレスに向かうことにした。

 

 理由は三つ。

 まず、関わったことに責任を感じていること。

 二虎が何故ヨリを戻したかが気になること。

 そして、シカトしたら呪われるんじゃないかという不安と恐怖。主にこれが一番でかい。


 今のところはメリーの件もあるし、赤い人の調査も上手くいっていない。

 この状態で蘆屋あしや道影みちかげに頼ることは厳しい。

 だから極力呪われることは避けたい。


 バイクを走らせ、ファミレスの駐車場に到着。

 入り口に東雲三雪らしき人物が、人を待っているのが見えた。左手にスマホを持ち画面を見ている。


 ──雰囲気変わったな〜。


 紫色に近い黒髪のポニーテール、秋らしいデニムジャケットの下にスラッとした白のワンピース、近頃流行っているベージュ色のコンバースのシューズ。


 近づくとやはり東雲三雪だった。

 相変わらずいい女だ。赤羽も鈴蘭もモデルのような美女ではあるが、三雪ちゃんは三雪ちゃんでおっとりとした顔立ちで可愛いらしい。

 唯一歪いびつなのは二虎とお揃いなのであろう、右耳に電池が入りそうなほど拡張された大きなピアス。


 ──そして、死んだ魚の様な目……。


「お久しぶりですね。國枝くん」


 彼女は俺を確認するなり、ニコリと笑って見せた。

 死んだ目で……。


 ──まともに話すのは初めてだな。 

「待ったか?」

「いえいえ、待ってなんかいないですよ。私もつい3時間ほど前に来たところです」


 ──こ、怖ぇーよ。


 彼女は衝撃的なことをサラッと満面の笑顔で答えた。もちろん、死んだ目で……。

 その目で、じーと俺のお腹辺りを見ていた。


「ん? どうかした?」

「いえ、なんでもないですよ」

「てか、タメ語でいいぜ。タメなんだし」

「気にしないで下さい。私は誰に対しても敬語なんです。もちろん二虎くんにもですよ。ウフフ」


 ──それがまた絶妙に不気味なんです。


「中に入りましょうか」

「あぁ」


 美人薄命って言葉があるが、彼女はまさにそんな印象だ。可愛くて桜のように可憐で、どこか儚く散ってしまいそうな印象を受ける。

 だらりと下がった右肩が、この前の一件とはどこか違う印象を感じた。


「何か食べましょうか?」

「おごるよ。好きなもん頼んでいいよ」

「まぁー國枝くん。優しいですねウフフ」


 ──親の金だけどな。


 俺たちは注文を済ませた。

 そろそろ本題を聞きたいところだが、彼女の妙な雰囲気が俺の口から切り出せない圧迫感なるものを感じさせられる。

 美人、礼儀正しく、加えて良い匂い。なのに怖い。


「今日は二虎は?」

「柔道の練習です。大会近いので」


 二虎はあの一件以来、不良をやめて真面目にオリンピックを目指し、柔道に打ち込んでいると他の兄弟達からも聞いている。


『女はもう懲り懲りだ……』


 そう言っていたアイツが、よりに寄ってその元凶とヨリを戻し、同棲をはじめるなんて何事だ?

 答えは一つしか考えられない。


 ──呪いか。

「柔道、頑張ってるんだな」

「えぇ、強いんですよ彼」

「知ってるよ」

 ──さんざん喧嘩を見てきたからな。


「今は私の呪いもあって連戦連勝です。ウフッ」

「なッ……」

 ──絶句です。


「彼、運動神経もさることながら、ここぞというときの勝負強さがあるんですよね〜」


 ──惚気のろけか。


「まぁ、二虎は昔から勇猛果敢ゆうもうかかんだもんな。力漢と金剛くんがいなきゃ最強だったかもしれない」

「………………」


 ──あれ? 無言?


 突然黙り込んだので、三雪ちゃんの顔に視線を向けた。


 ──なッ!?


 おぞましい鬼のような形相でこちらを睨んでいる。光を全く感じない目の瞳孔が開き、眉間には先程の可愛らしさを掻き消す深いシワ。瞬き一つせずにクワッとこちらを突き刺すような眼光。背筋が凍りつく。

 

「お待たせ致しました。ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」


 タイミングよく店員が注文を持ってきてくれた。

 彼女の前にはチョコレートサンデーなるパフェが、俺の前には朝飯のドリアが置かれた。


「失礼、取り乱しました」

 三雪ちゃんはまた元の可愛いらしい笑顔を見せる。


 ──苦手だ……この子。

「あ、あぁ……」

「國枝くん、いただきます」


 ニコッと満面の笑みを浮かべ左手を修行僧のように顔の前に添えた。


「どうぞ」

 ──これで機嫌直してくれりゃいいんだけど。

 そろそろ本題に入りたいが、何が地雷かわかねぇーからな……、まじで切り出せねぇ。


 カランと音を立て、スプーンがテーブルの上を転がる。


「失礼しました」

 そう言ってスプーンを持ち直す。

「ニ虎くんは勇猛果敢といいましたが、ニ虎くん強さはそれが理由だと思いますか?」


 ──話を掘り返すなYO!


「國枝くんは、勇猛果敢とはどういう事だと思いますか?」

「そりゃ、勇気があるってことでしょ」

「勇気って言葉を付け足すと、なんでも正義に聞こえちゃいますね」


 ──というと?

 

「例えば、嫌われる勇気とか……」

「あぁ、確かに」

「逃げる勇気」

「よく聞くやつだ」

「お金を借りる勇気」

「おぉー! ただお金を無心するだけなのに何やらどうしようもない事情を抱え、勇気を出したかの様に聞こえる!?」

「サボる勇気」

「うぉぉ──! ただサボっているだけなのに、すごいブラック企業に立ち向かっているかの様に聞こえる!?」

「嘘をつく勇気」

「ただの嘘つきなのに、まるで誰かのためになっているかの様に聞こえる!?」

「呪う勇気」


 ──ノーコメントで……。


「でも、國枝くん。勇気って都合がよくて曖昧に感じてしまうのですけど、実際のところ勇気って何ですか?」

「なんで、そんなこと聞くの?」

「やだな〜もう、それが二虎くんの特徴だとしたら、もっと深くまで知りたいじゃないですか〜」


 ──理由がいちいち怖い。


「まぁ……そうだな。例えば目の前に強大な敵がいて、そこに立ち向かうのが勇気なんじゃないか?」

「んー。でもそれは勝てなかったらとしたら、ただの無謀じゃないですか?」

 

 ──確かに

 

「んじゃ、こうだ。勝てるけど強大な敵と戦う」

「それじゃ、強大とは言えないですよ」

「じゃあ勝てないけど、綿密に準備して勝てる様にして戦う」

「それも勇気とは言えないのでは?」

「なら最初に戻って、強大な敵に立ち向かうけど勝つ!」

「それでは、強大な敵に立ち向かって負けたら無謀のままですけど、どの時点で勇気を出した事になるんですか?」


 ──あれ? 勇気ってなんだっけ?


「よく考えてみると勇気とか正義って曖昧ですね。絶対的真理があるかのように簡単に使っちゃっていますね。言葉だけが一人歩きをしていて、使っているというよりは、言葉に使わされているみたいで……、まるで呪いですね、ウフフ」


 そう言って笑顔でパフェを口に運ぶ。

 一口頬張ほおばり幸せそうな顔する。

 もう一口、生クリームを救いあげようとしたところ──


「あ!」


 カランカランと、床にスプーンが落ちた。


 ──よく落とす子だな。

「大丈夫か?」

 

 床のスプーンを拾い上げ「すいませーん、スプーンをもう一つ!」と店員に注文をした。


「ありがとうございます」

 彼女は丁寧にお辞儀をする。


「どうぞ」そう言って店員がスプーンを運んできた。

 会釈をして、再びスプーンを左手に取った。


 ──あれ? なんか変だ。


 違和感を感じた。右手がダラリと下がったまま不器用にスプーンを使う。その可憐な姿には相応しくなく行儀が悪く見える。そして何よりおかしいのは──


「あッ!」


 今度はまた、テーブルの上にスプーンが落ちた。

 明らかに左利きではない。ぎこちないのだ。とても食べ辛そうに見えた。


「その右腕、どうしたんだ?」

「動かなくなってしまったんです」

 彼女はニコリと微笑む。

「は?」

 

 ──おいおい、、俺は何も右足を出した後に左足を出すと歩けるんだぜ。なんて当たり前の話をした覚えはないぜ三雪ちゃん。


「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「ピクリとも動きません。私の右腕はもう何も感じないんです」


 ──は?

 

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