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18/暴霊解散式


 満月が煌々と輝く真夏の夜空。

 その静かな闇の空間に、浮かび上がる人里から外れた不気味な建物。

 廃墟と見間違える程、古いマンションがそびえ立つ。

 

「うわぁぁぁ──ッ!」

 

 その静寂を切り裂くように断末魔が、落雷のように夜空に響いた。

 その男は、七階の扉から逃げるように飛び出した。


 何かから逃げようと走るも、足がもつれ階段の手前で腰を抜かし、へたれ込んでしまう。

 荒げる息と、ガクガクと笑うように震えた膝。


「だ、誰か!? た、助けてくれ──!」


 絞り出すように荒げた声は、裏返った。


 ガチャン──ガチャン──ガチャン──ガチャン。

 

 男のただならぬ声に、マンションの住民が一斉にドアの鍵を閉める音が、ドミノ倒しのように聞こえてくる。


 ──誰も助けてくれない。

 男は目の前の現実に、日頃の行いを悔いた。


「うあぁぁぁ──だ、誰かァァァ──!!」


 スキンヘッドでアロハシャツ、いかにも反社会といったようなゴロツキが、怯え、おののき、腰を抜かし、地を這いながら階段を降りていく。


 男が逃げて来た扉だけが、ギィィィィ──ときしんだ音をたててゆっくりと開いた。


「フン〜フン〜フン〜、フンフンフンフン〜」


 サァ──と風が木々を揺らす音に、女の鼻歌が混じる。その鼻歌を聞いた男は、恐怖のあまり尿意を漏らした。


 必死にもがき、足掻き、這いつくばりながら階段を転げ落ちていく。


 扉からゆっくりと、長い黒髪が揺れ出てきた。

 それに続き、真っ白な綺麗な右足、右手、左足、左手がにゅーと出てくる。

 左手には、原色をとどめていないびた包丁を握り持つ。


「フン〜フン〜フン〜」


 その女は、胸元まで無造作に伸びた真黒な髪でおおわれて表情が見えない。

 仰々《ぎょうぎょ》しい程、真っ赤な太もも丈のワンピースを着ていた。

 不気味な鼻歌を歌いながら、ヒタリ、ヒタリと、裸足の音を立てて、男の後をゆっくりと追う。


「誰かぁぁぁ──!!」


 逃げ惑い、泣き叫ぶ男は必死に床を這いずり回り助けを求めている。アロハシャツも擦り切れ、汚れ、ボロ雑巾のようになっていた。


『アハッ……、アハッ、アハハハハハッ──!!』


 女の不気味な笑い声を響かせながら両手、両足を横に開いた奇妙な走り方で走りだした。


「あああぁぁぁ──!」


 その異形な姿勢が、恐怖を増大させる。

 ペタン、ペタン、ペタンと裸足で走る音が古いマンションにとどろいている。


「うわぁぁぁ──、たたたた助けて──!」


 男は必死に階段を転げ落ちて三階まで落ちていった。

 頭から血を流しながら、全身を打撲しながらも必死に逃げ惑った。


「そ、そんな……、な、なんで……」


 三階まで死ぬ思いで必死に下り降りた。

 女よりずっと先に転げ落ちていた──はずだった。


「フンフン〜フン〜」


 なのに男の目の前に──。

 男より先に──、赤いワンピースを着た女が鼻歌を歌いながら待ち受けていた。


「あ……、あ……、嫌だ……た、助けて……」


 恐怖で歪みきった表情で男は女を見上げた。


「アハッ……アハッ……アハハハハハッ!!」


 女は狂ったように笑い声をあげる。

 それと同時にキーンと酷い耳鳴りが男を襲う。

 男は瞬き一つ、指先一つ動かせないまま「あ……あ……」と虫のようにな声を絞り出すだけだった。


 女は男の顔を両手で掴み、

 ゆっくりと──

 まるで口づけをするかのように

 自分の顔を近づけていく。


 髪の奥から見えてくる目が、ジロリと男を見つめた。

 

 男は──

 女の顔を

 その瞳に焼き付けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 宇都宮市のアポロ通りから少し外れた所に大きな神社、荒荒あらあら神社がある。

 この荒荒神社はヤンキーにとって溜まり場であり、シンボルでもある。

 今宵、荒れ狂う暴れん坊達がここに集う。


 ──暴霊の解散式だ。

 

「今日の解散式は、ぶち上げて行くんで夜露死苦よろしく──ッ!」


 階段の踊り場をステージにし、今晩の主役の暴霊総長。


 竹内力漢が口火を切る。


 力漢の身につけた真っ白の特攻服には、初代総長の文字と背中に天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそんと大きく刺繍ししゅうされている。


「うおおおおお──ッ!」と総勢百人近い荒くれ者達が荒ぶっている。


 ──祭りだッ!


 そして、その段上の右脇には前回傘下に入った日光の〝眼美羽素メビウス〟の総長と左脇には今回のゲスト〝ブルーシット〟のヘッド金剛くんが仁王立ちしていた。


 これまでの創立の経緯から、数々の武勇伝を語り、力漢は挨拶を終えた。



 ブォンブォン──ッ! とバイクの騒音が轟く。


 荒荒神社の駐車場では、今か今かと走り出すために百台近いバイクがズラリと並んでいた。


 みなバイクに跨り、エンジンを吹かしたり、漫談をしたりして出発に備えていた。


「ぶっ込んで行くんで、お兄ちゃん四六四九よろしく──!」


 俺のバイクの後ろに座った文学少女も、今日だけは荒々しい不良妹になりきっている。


「おいおい千鶴、それじゃぁ迫力にかけるぜ? いいか? こうやるんだ」


 と説明して俺は目一杯、息を吸い込んでから──


夜露死苦よろしく──ッ!!』と叫んだ。


 そう──、暴走族もドン引きのシスコンアニキが妹とニケツで暴走する。もうそれは正気の沙汰ではない。國枝兄弟は、誰が見てもぶっ飛んでいる。──いや、ぶっこんでいる!


「行くぜぇ! お兄ちゃん!」


 千鶴は、そう言って腕をまくる。

 そこからあらわになったのは、可憐な乙女の腕

 

 ──に、


 百均で仕入れたタトゥーシールがベタベタと貼られていた。


 ──ださい……、ださすぎる。


「くそだせーよ! タトゥーシールとかまじか!?」

「腕だけじゃないよ! おののきなッ!」


 そう言ってスカートを少し捲り上げると太ももにもビッチリ、タトゥーシールが張り巡らされていた。もちろん俺が真っ先に確認するのは……。


 ──今日は、水玉か……。


 それにしても、この妹の影響の受け方にはいつもながら困ったもんだぜ。

 映画をみれば文学少女になり、漫画を読めば母になり、集会に行けばタトゥーシールだらけになる。


 ──百均のタトゥーシールはねぇーだろ。

 ださすぎんぞ、まじで!

 何だよそれ……、まじ痛いやつじゃねーか。


 おまけに特攻服がないから代わりに理科の実験用白衣を羽織って現れた。


 ──お前は、謎の研究者かッ!


 ブォンブォンブォン──!!


 力漢のゼファーがエンジン唸らせ、俺と千鶴の横に並ぶ。


「力漢くんに渚ちゃん、イエ──イ!!」


 千鶴がノリノリで挨拶をする。

 力漢の後ろには、真っ赤なツナギを着た鈴蘭が乗っていた。

 

「千鶴ちゃんはいつみてもラブリ〜だね。イエ──イ!」

 

 その豊満ほうまんな胸元のサラシを巻き、大々的に露出するイヤらしい鈴蘭がノリノリの白衣の天使に応える。


 鈴蘭は俺の顔を見るなり「プッ」と吹き出し爆笑する。それに気づいた力漢も俺を指さして爆笑した。


「國枝っち。なにそれ超ださ〜い。なんで顔に龍のタトゥーシール貼ってんの? ちょちょぎれるんですけど〜」

「ウケんなお前──、流石の一護だぜ。ちゃんとおかしい」


 二人ともしばらく腹を抱えて笑っていた。


 その横にスピーカーからHIPHOPを爆音で鳴らす、ヤマハマジェスティが着いた。


 ──金剛くんのマジェだ。


「あうッ! あうッ! あうッ! あうッ!」


 ビートの重低音に合わせて謎の叫び声を金剛くんが首をふりながら上げる。

 その後ろからニュルと三つ編み頭の男が顔を出す。金剛くんの相方のDJ兼ダンサーのケンボーだ。


「よぉ、みんな久しぶりだな!」

「ケンボーッ!!」


 ケンボーは、これまた学新でもスタンプ校でもなく宇都宮市では唯一の男子校、星文せいぶん大学附属高等部のイケイケな男だ。


 三つ編みという独特な髪型がよく似合う。

 色気と逞しさを兼ね備えた色男。


 ブルーシットの副ヘッドでもあり、金剛くんのラップユニットの〝金剛力士〟のバックDJを務める。さらにブレイクダンサーという側面を持つ。

 支離滅裂でコミュ症の金剛くんの通訳者でもある。


「今日は、呼んでくれて嬉しいぜ兄弟」


 ケンボーは力漢の拳に拳を軽くついて挨拶をした。


「こちらこそ、ブルーシットのみんな来てくれてあんがとなッ!」


 ブルーシットのメンバーは全員、夏は青のTシャツ、冬は青のスタジャンを羽織っている。

 メンバーの誰もが、どこかしら青のバンダナ身につけていて、街中で見かければ一目瞭然でメンバーだとわかる。


 ほとんどのメンバーの愛車がビッグスクーターだ。

 がっつりカスタムしていて、ギラギラ光るLEDライトやスピーカーを積んだギャングスタイルだ。

 チャリじゃない金剛くんは久しぶりに見る。


「んじゃぁ──! みんな行くぜぇぇ──!」


 そう叫んでゼファーを唸らせ力漢と鈴蘭が走り出した。

「いくぜ野郎どもぉぉ──!!」他のみんなも一斉に走り出す。

  

「行くぜぇぇ──ビッチーズ!!」


 金剛くんも叫び声を上げながら出発した。


「しっかり捕まっとけよ、千鶴ッ!」

「うん!」


 アクセルを入れ俺たちも走り出した。

 総勢百台近いバイクの集団が、エンジンをブンブン唸らせ夜空に響かせる。


 ふと空を見上げた──。

 いつもより赤い満月が浮かんでいる。

 

「満月か……」


 綺麗なはずの満月が、少し不気味に感じた。

 夜の風をきり──、

 暴霊の解散式が、幕を開けた。

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