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愛してくれたのは魔族の王子でした。流星姫と魔王子

作者: 柊遊馬


「――単刀直入に言おう。カエルム侯爵家の娘、ティアーラよ。お前と我が息子ゴルシュ王子との婚約を破棄する!」


 国王から宣告される三日前――

 イーリス王国、カエルム侯爵家の娘――私、ティアーラは、人類軍の一員として最前線にいた。


 人類と魔族の戦いは古く、歴史を紐解いてもその長さにはうんざりする。


 荒々しい風が私の髪をなぶる。薄暗き雲立ち込める空。


 バトルドレスをまとう私は『天使の翼』と呼ばれる魔法の翼を操って、地上へとダイブする。

 太ももに固定された飛行用の魔法道具は、遠くから淑女のスカートにも見えるから『スカートアーマー』などと揶揄されることもあるが、私は気にいっている。やはり戦場でも女は美しくあるべきだ。


 地上では人類軍の『ドール』と呼ばれる魔法の鎧をまとった騎士たちが、魔族の軍勢と戦っている。

 これに対して魔族ら魔王軍も『ドローン』と呼ぶゴーレムもどきを前線に繰り出して、双方激しくぶつかり合う。


 生身を晒しているのは私だけね。風を切り、流星のごとく私は地上を目指す。右手に携えた魔法の杖にして槍、クルセットを構える。


「天に召せ、デア・フレーレ!」


 光が弾ける。私の持つクルセットから光の雨が地上の魔王軍の一角をまとめて撃ち抜き、粉砕した。数十のドローンが消え去り、前線にしばしの空白が現れる。


『さすがです、ティアーラ様!』


 味方のドールたちが、すぐに駆けつける。私が開けた穴に、人類軍の騎士たちは殺到する。


『後は、我らにお任せを!』

『人類軍、万歳! 流星姫万歳!』


 本当、調子がいいんだから。少々こそばゆいものを感じつつ、私は天使の翼を噴かして、浮遊し始めた――まさにその時。


「りゅううせぇえいひぃめぇぇぇ!」


 魔王軍の方から響いたその声。ああ、そこにいた――私はクルセットを構えた。


「遅刻ですわよ、王子様!」


 前方から津波のごとく壁が押し寄せ、突撃していた味方の騎士たちが跳ね返され、押し流された。


 私はフワリと浮き上がり、マッドウェーブの魔法を躱すと、一人の男――背中に黒き翼を羽ばたかせて魔族の戦士が一直線に向かってくるのが見えた。


 この戦場で、私以外に生身を晒している人、いや魔族。ステファノス・ウリコラカス――魔王軍の将軍にして、かの魔王の息子、つまり王子だ。

 黒髪に清き青玉のような瞳。整った顔立ちの、人間ならば美男子と持てはやされる外見。精悍で、果敢で、そして強い!


「見つけたぞっ、流星姫!」


 ステファノスが向けてきた手から、黒い柱が伸びる。


「当たってたまるものですか、そのような触手など!」

「酷いな、これは俺の正真正銘の手なんだが、な!」


 ファイアランス!――私は火の槍を無数に放つ。しかしステファノス王子は、スピンするような横転を決めて、私の攻撃をすべて避けてみせた。


 だがその隙に私は肉薄。クルセット、その槍にもなる矛先を向けて王子の心臓に――


 ガキン、と金属同士がぶつかった。王子の手には波打つような魔法金属の魔剣があって、私の突きを防いだのだ。


「君はいつも俺の胸をかき乱す!」

「でしたら、その剣をどけなさい。私がその心臓を貫いて差し上げますわ!」

「もうすでに射抜かれている! 初めて君を見た時から!」


 ステファノス――美形の王子。ここが戦場でなければ、敵同士でなければ、思わずときめいたかもしれないその言葉。


「俺はお前を抱きしめたい!」


 あなたはどうして魔族なのかしら? 人間だったなら、あなたほどの勇ましく美しい王子の虜になっていただろうに。


 お互いに距離を取る。緩やかに旋回しながら次の出方を覗う。


「組み敷きたい! 泣かせたい! 俺だけのものにしたい!」


 つまりは、ベッドで私を鳴かせたい。肉体を、肌を合わせて、力で私を屈服したいのだろう。

 力で! この私を! 何という魔族らしい考え。私の体を隅々まで嬲り、堪能するというのだ。ざわざわと背中を駆け抜けるこの感覚は何だろう。嫌悪感? それとも……。


「私、優しい殿方がいいわ」


 かすかに声が震える。ああ、違う。私は、この人に蹂躙されたいと思ってる。


「それならば、俺以上の男はいない――!」


 加速した。またばきの間に踏み込んでくる! クルセットで迎撃。


「この世界で誰よりも君を愛している! だから俺は君を手に入れるっ! 俺がいつも、君を愛するために! 君の身も心も、全てを手に入れ、そして君にも俺を愛してもらえるように!」

「なんて、独占欲の強さなのかしら!」


 クルセットではたく。しかし王子も剣で防いでなおも離れない。


「君の愛が欲しい!」

「まあ情熱的なこと! でも残念ね、王子様。私はすでに将来を決められた相手がいるのよ!」


 イーリス王国の王子様という婚約者がいるのよ、私には。


「フン、そんなもの俺には関係ない。君をその相手とやらから奪うだけのこと!」


 空中で剣と槍杖がぶつかる。お互いに一歩も引かない。


 しかし戦場は個々の戦いだけで決まるものではない。


『姫様、潮時です! 炸裂魔法が来ます! お早く!』

『殿下! 人類軍の大魔法です! お引きください!』


 双方の家臣が呼びかける。それが終わりの合図だった。私も、ステファノス王子も武器を収めた。


「今宵のパーティーはここまでのようだな」

「名残惜しいですわ。今日こそ仕留めてやろうと思っていましたのに」

「まったくだ。君を連れ帰ると父上に約束してしまったんだがな」


 もし私が負ければ魔王の前に引き出されるところだったの?


「それは残念。魔王様にはよろしくお伝えくださいまし」


 私は天使の翼を動かして、後退する。


「ごきげんよう、王子様。……悔しかったら、私をさらってみなさいな」


 挑発を残して魔力全開で急速離脱。ちらと振り返れば、瞬く間に飛び去る王子と、直後に間に割って入るように炸裂した大魔法が見えた。


 戦場すべてを吹き飛ばす紅蓮の業火。今日の戦いは終わりだ。

 次に会う時も戦場で。

 私は人類軍に合流すべく、空を駆け抜けた。



  ・  ・  ・



 イーリス王国王都シュトライト城。戦場を遠く離れた王都に、まさか呼び出されるとは思っていなかった。


 しかし国王陛下からの召喚とあらば応えないわけにもいかない。


 報せを受けて私は前線を離れて王城へと向かった。……ゴルシュ王子は元気かしら?


 イーリス王国第一王子のゴルシュ。金色の髪に青き瞳。凜として超絶美形と王都の乙女たちから絶大に人気のあるお方。……私の婚約者だ。


 ああ、そんな素敵な王子様と結婚が決まっているなんて、なんて幸運なのでしょう。侯爵令嬢であるからには、相手は選べない。


 王族も貴族も、親が子の相手を選ぶもの。子には選択権などない。どこの誰とも知らない相手と結婚するのが当たり前。


 それを考えたら、次の王様候補であり、美形の殿方が相手とは運がいいのだろう。……本音を言ってしまうと、他の乙女たちと違い、全てを委ねてもいいなんて思えないのだけれど。


 城に行く前に、王都にある実家により、きちんとおめかしをする。王様の前ですもの、あなた様の息子と結ばれる女として、みっともない姿を晒すことはできないわ。


 そしてやってきたシュトライト城。兵たちの尊敬に満ちた眼差しの一方、すれ違う貴族娘たちの視線は冷ややかだった。


『まあ、蛮姫よ』

『流星姫ですって。どうせ戦場に少し出たくらいでしょうに、チヤホヤされて――』


 嫉妬は見苦しい。私の足を引っ張る女たち。安全な場所で色恋沙汰にウツツを抜かしていられるとは、実によいご身分である。それがわからない者とは、友人になる気も起きない。


 やがて、私は王の間に通された。国王陛下と、ゴルシュ王子が待っていた。


「よく来た、流星姫よ」

「お久しぶりです、陛下。ご機嫌うるわしゅうございます」


 ゴルシュ殿下も。相変わらずの美形の王子様である。それぞれに挨拶をした後、私は不躾ながら問うた。

「此度は、どのようなご用件でございましょうか?」

「うむ、単刀直入に言おう。カエルム侯爵家の娘、ティアーラよ。お前と我が息子ゴルシュとの婚約を破棄する!」

「……はい?」


 私は耳を疑った。陛下は何と言ったのか。王子との婚約を破棄する? 寝耳に水である。私が酷く取り乱してしまったのも無理はない。


「ど、どういうことでございますか!?」

「どうもこうも、お前はゴルシュとの相手に相応しくない」


 相応しくない? 理解が追いつかなかった。私と王子との関係は悪いものではなかった。何度も直接話したし、お食事を共にした。嫌われる要素はなかったし、王子を怒らせたこともない。


 心当たりはまるでなかった。王都でも、私とゴルシュ王子はお似合いの婚約と言われていた。

 だからこそ、信じられなかった。私は王子と婚約するものと思っていた。


「殿下も……そうなのですか?」


 突然突き放されて、氷の上にいる気分だった。すがるように見上げた王子はしかし、その眼差しは鉄のように冷たかった。


「ティアーラ、君は強く、勇ましい」


 歌うように王子は言った。


「だが、僕は気づいてしまったのだ。真実の愛に!」

「真実の愛?」


 何を言っているのだろう? 私の中の困惑と疑念が大きくなっていく。


「僕は、アルメダと結婚する!」


 アルメダとは、アルメダ・パーシュメイルか! 私はその名に愕然とした。パーシュメイル伯爵家の令嬢アルメダ。私より二つ年下の少女。

 豪奢な金色の髪をなびかせ、ケバケバしささえ感じさせる宝飾過多な女。いかにも世間知らずな傲慢さがその顔に現れていて、私は好きになれなかった。


「正気ですか?」


 つい、出てしまったその言葉。あまりにあまりだったので、遠慮もなかった。しかし王子は意に介さず言った。


「もちろん、正気だとも! 彼女こそ、美の化身だ。……君と違って優しいし」


 はい? 私より優しい? あの女が!? 訳が分からない。そもそも、私は王子殿下に厳しいことを言った覚えはないし、不満も口にしたことはない。


「それに、僕は知っているんだよ? 君は僕のことを役に立たない臆病者だと吹聴しているそうじゃないか」

「は?」


 そんな話、初めて聞いた。私は王子のことを役に立たないとか臆病者など思ったこともない。どうしてそんな流言が出てくるのか、まるで心当たりがない。


「わたくし、兵がそう申しているのを聞いたのですわ!」


 高圧的な声が響いた。この無遠慮で、高慢さの滲み出た声は、アルメダ・パーシュメイルだ!


「ティアーラ様は、兵たちに常々、自分がいなければ魔族との戦争で勝てないと大言を吐いていた……」


 つかつかと私たちのもとに歩み寄るアルメダ。……あなたはいったい何を言っているの?


「その割にはちっとも我々は魔族を倒せない。この女が! 戦場をかきまわし、徒に戦争を長引かせているのですわ! しかも、その己の無能、失態を、王子のせいなどと……」


 悲しげに目元を拭うアルメダ。小芝居だ。私は察したが、王子は気づいていないのか、アルメダをそっと抱きしめた。


「ティアーラ様、いえ、ティアーラは戦好きの血に飢えた獣のような野蛮女! これが貴族などとはとても思えませんわ!」


 何故、この娘は私に面と向かって罵声を浴びせるのか。想定外が続き過ぎてついていけない。


「ティアーラ・カエルム」


 国王陛下の声が降りかかった。


「貴様は、我がイーリス王国の敵、魔族との戦いに参加し、戦果を上げてきた。いや、そう我々は信じ込んでいた。だが実際、この戦いに終わりは見えず、国は疲弊していくばかりだ」

「へ、陛下……!?」

「戦いを終わらせたくないと思うて、戦を無意味に引き伸ばしておるのだろう! この戦争狂いめ!」


 そんな! 私は、国のため、民のため、戦ってきたのに……! 戦いを引き伸ばすとか、そんなこと微塵も考えていない。


 魔王軍は強い。それを最小の犠牲でしのぎ、支えてきたという自負がある。私がいなければ、魔王の息子たる王子に、一日ともたず前線を食い破られ、国は傾いていただろう。


「……つまり、私は不要ということですか」

「そうだ」


 国王陛下の声はどこまでも冷たかった。ゴルシュ王子もアルメダも、まるで異物を見るような目を向けてくる。


 そうだ。ここに私の居場所はないのだ。


「ティアーラ、国家反逆の罪で、貴様を逮捕、投獄する!」


 武装した騎士たちが私の周りにきた。


 信じられない。国家反逆? 投獄? どうして? 何故、こんなことになったの!?

 理解が追いつかない。婚約取り消しについては、本人の絡めない部分での話もあるだろう。しかし反逆罪が分からない。さらに捕まるなど、私は何も悪いことはしていないのに!


 アルメダぁー!


 この場で、一人ほくそ笑んでいる女がいる。先ほど陛下の前で嘘を吐いた女がいる。

 彼女が全て裏で繋がっているに違いない! 私を蹴落として、王子との婚約を奪い取るために!


「なんて、醜い女!」

「まあ! 聞きましたか、王子様! ティアーラは、わたくしを、わたくしを……ううっ!」

「ああ、愛しのアルメダ」


 ゴーシュ王子がアルメダを抱きしめる。


「僕の妃を罵倒した卑劣な女め! その者を牢に放り込め!」


 違う、あなたは騙されているのよ!


 悔しかった。全てが音を立てて崩れていく。私は何のために戦ってきた? 命を賭けて戦場に立ち、国を思い、民を思い……あ――


 気づいてしまった。


 私は、ゴーシュ王子のことなど考えていなかった。国王陛下に忠誠を誓い戦ってきたけれど、王子のことを考えて戦ってはいなかった。

 それが隙を生んだというのか。でもいいわ。ゴーシュに未練はないもの。ただ、裏切り者の汚名を着せられて罰せられるのだけは我慢ならない。


 国が私を捨てるなら、もう、こんな国、滅びてしまえばいいんだわ……!


 轟音が鳴った。私の悲しみと怒りに呼応したように、王の間の壁が激しく吹き飛び、瓦礫が飛び散った。


「うおっ!?」

「ああっ!?」


 王が叫び、アルメダが悲鳴を上げた。騎士たちが慌てふためく。


「こんなところにいたか、流星姫!」


 その声が、王の間に響いた。ああ、この勇ましくも、忌々しい声。毎日のように聞いてきた美しき魔族の王子。


「まったく、出てこないから迎えにきたぞ! 俺に足を運ばせるとは、何と傲慢な女よ!」

「ステファノス……!」


 ひぇぇっ――ゴーシュ王子が情けない声を上げて床に尻もちをついた。アルメダが耳障りな悲鳴を上げ、国王も目を見開いた。


「ま、魔族の王子だと!? 悪鬼ステファノス!」


 驚くのも無理はない。前線は遥か彼方。後方にあって安全のはずの王都に、魔王軍の王子が現れるなどあり得ないのだ。


「何故……何故なのです!?」


 私は問うた。ステファノス王子は口元に笑みを浮かべる。


「決まっている。君を探してここまで来たのだ、流星姫」

「でも、ここに来るまでに無数の防衛線があったはず……!」

「そんなもので、この俺を止められるわけがないだろう? 君のいない人類軍など、ナメクジも同じだ。人形もろとも踏み潰してやったわ!」


 ひとりで、王都にまで攻め上がったというのか。私は愕然とした。さすが魔王の息子と言わざるを得ない。


「えい、騎士たちよ! 魔族を討ちとれぃ!」


 国王が叫んだ。動揺していた騎士たちは、顔を見合わせる。


「どうした!? 何故、命令に従わない? 戦えぇ!」


 騎士たちは動かなかった。いや、動けなかった。私には分かる。ドールという魔法の鎧に頼り、生身で戦うことに恐怖を覚えているのだ。ドールがやられても、騎士は死なない。しかし生身では、やられれば死ぬのだ。


「うるさい!」


 ステファノスが腕を払った。衝撃波が吹き荒れ、私はとっさに防御魔法で自らを守った。だが騎士たちは吹き飛び、国王も玉座から滑り落ちた。


「ほう、バトルドレスではないが、今宵は一段と美しいな流星姫」


 ステファノスは瞬時に私に迫った。クルセットを召喚。肉薄を阻止!


「ああ、ちゃんと戦えるではないか。さすがだ」

「そ、そうだ、ティアーラ嬢……!」


 国王が後ろで叫んだ。


「魔族の王子を殺せ! そ、そうすれば、反逆の罪は取り消そう!」

「反逆……?」


 ステファノスは私を見た。


「反逆とは何だ?」

「わかりません。私はここに呼び出され、ありもしない反逆罪で捕らえられるところでした」

「なるほど」


 ステファノスは室内をグルリと見渡した。震える国王。青ざめているアルメダ。腰を抜かして立てないゴーシュ王子――


「ああ、なるほど、嘘つきはその女か。ドブの臭いのする下劣さ。俺の女を貶めたのはお前だな!」


 カッと目を見開く。その瞬間、アルメダが泡をふいて気絶した。ビクビクと打ち上げられた魚のようだった。無様過ぎる。大言を吐いていざという時は役に立たたないクズであることを証明してしまったようね。ゴーシュ王子もその場で倒れた。情けない!


 ステファノスは鼻をならした。


「俺が見ただけで意識を失うとは、虫以下だな。……さあ、流星姫、続きをしよう」

「続き?」


 この人はまだ私と戦うつもりなのかしら? 残念だけれど、私にはもう、戦うつもりなんてないわ。


「もう、国に尽くす義理はありませんわ。裏切られてしまったのですもの。どうぞ、あなたの好きなようになさいませ」

「……」


 ステファノスは押し黙っている。好きにすればいい、と私は言ったのよ? 喜びなさい。ここで殺すも、私を連れ去るも、蹂躙するも、あなたの望み通り――


「では装具を持て。俺は上で待っている」


 ステファノスは翼を広げると、チラと私を見た。


「自分のために戦え。……そして俺のために戦え」


 バサッと翼の羽ばたきで、天井を突き破って外へと飛び上がった。私はそれを呆然と見送った。


 彼は何がしたいの? 装具を持て? つまり戦装束に着替えてこいと言うのね。まったく、私を連れ帰るつもりかしら。自分で飛べ、と。それともあくまで決着をお望みかしら?


「本当、勝手な人」


 私は踵を返す。混沌とする城内。しかし王の間を去る前に、侯爵家の騎士たちが駆けてきた。


「ご無事でしたか、ティアーラ様。『ドレス』をお持ちしました!」


 わざわざバトルドレスを持ってきてくれたのだ。魔王軍の襲来と聞いて、すぐに戦えるように。……まったく。


 私は騎士の助けを借りて、パーティー用ドレスを捨てると、バトルドレスへと着替えた。スカートアーマー、天使の翼は今日も快調だ。


「今までよく私に尽くしてくれたわ。ありがとう。お逃げなさい。二度と会うことはないでしょう」

「ティアーラ様……!」


 私は振り返らなかった。ステファノスが開けた穴から一気に城の外へ飛び出した。


「ようやく来たか」


 魔族の王子は、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべた。


「待ちくたびれたぞ」

「殿方がレディーを待つのは当たり前でしょう?」


 私は、宙に浮いたまま、王子を正面から見据えた。


「これでも大急ぎできたのですわ。レディーの着替えは時間が掛かるものなのです」

「ふん、化粧に時間を掛ける女の気がしれんな」


 ステファノスは皮肉げに言う。あら、それを言ってしまうの?


「知りませんこと、王子様? 女が着飾るのは、男のプライドを守るためなのですよ。あなたが好きだ! 私はあなたに相応しい女なのよ! それを証明するための戦装束ですわ」


 好きでもない男のために時間など掛けるものですか。


「俺のことが、好き……?」


 ポカンとするステファノス。私はニヤリと笑んでみせる。


「あら、お気づきになりませんでした? あなたを矛を交える時、こちらはきちんと正装し、あなたに恥ずかしくないように整えてましたのに」

「気づかなかった……」

「あらあら、あなたなら思い切り自惚れると思ったのに」

「すまない。……俺は、他人の気持ちをどうにも鈍い」


 王子様の表情が僅かに揺らいだ。こんな顔もするんですのね。ずっと強気一辺倒、オレ様至上主義だと思っていたのに。


「だから、力づくで欲しいものは手に入れてきた」

「でしょうね」


 これまでのストレートな告白じみた敵意だか好意だかを思い出すと、納得してしまう。戦いに勝って、私を手に入れる――そういうやり方しか知らなかったのだろう。


「君の俺への好意に、俺はどう返したらいいだろうか?」

「ただ一言。私を褒めてくださればよいのです。『綺麗だね』と。それに勝る喜びはありませんわ」


 たっぷり時間を掛けたの! あなたに恥をかかせないために! ただ一言、それで全て報われるのだ。

 だからこそ、褒められないこと、触れられないことに拗ねる。それだけ重いのだ。


「それだけで、いいのか? 君はいつも綺麗だ」

「ええ、いつも準備していたのですから、当たり前です!」


 キッパリと言い放つ。ねえ、王子様――


「女は言葉が欲しいのです」

「俺にはよくわからない。言葉よりも態度で示す」

「わかっていますとも。それが男という生き物です」


 黙って俺の背中を見ろ、とか、ついてこいというやつ。恥ずかしいのよね、言葉に出すのが。そういうところ、可愛いと思うわ。男の人って。


 でもやっぱり言葉がほしい。それが女だ。


 私はクルセットを構えた。ステファノスも手に剣を握った。


「だから、俺は君を倒して証明する。俺が君に相応しい男であることを!」

「何という傲慢。本当、男の人は不器用ですわね」


 仕方ありません。付き合ってさしあげますわ。


「私が、そこらの女が違うということを、あなたに知ってもらわないといけないから!」


 加速する。合図もなく、互いに接近した。……まったく、こういうところまで阿吽の呼吸かしら。


「簡単には落とせるとは思わないことね、王子様。私、安い女じゃありませんの」

「俺は君を愛している!」


 激しい金属音。ぶつかった衝撃が鼓膜を揺さぶる。神経が逆立ち、血が踊る。ああ、快楽物質が溢れ出ているわ。抑えられない、止まらない!

「……知っていますわ、ステファノス」



  ・   ・   ・



 イーリス王国は滅びた。生き残った民は、魔王軍の本隊がやってくる前に近隣国へと避難した。

 これまで戦線を支えてきた王国の守護者を蔑ろにしたイーリスの王族は報いを受けたことになる。難民となった民の恨みは深く、イーリス王族とアルメダは未来永劫その罪が歴史に刻まれることとなる。


 さて、魔族の王子ステファノスは、人間の姫を妃に迎えた。強き者が尊ぶ魔族社会において、人間が迎え入れられる例は極めて異例だ。


 強く、美しいその妃の名は、流星姫ティアーラ。

初短編です。楽しんでいただけましたら幸いです。


2022/02/04追記:新作投稿しました。

『男装令嬢と呪われ王子 婚約者の王子は女嫌い? 真相を確かめるため私は男装した』

こちらもよろしければどうぞ。

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