09、 何の手掛かりも見つからない
とりあえず、今日の目標は昨日買ったアイテムの効果確認も兼ねて「Eランクの討伐クエストを1つか、Fランクの討伐クエストを2つクリア」と思っているので、早速掲示板を見に行く。
結構な人が掲示板を見ているが、貼られているのはそれぞれ番号が書かれている紙だ。それを見ると、各プレイヤーが受けることができる内容が浮かぶようになっており、受付で番号を伝えるとクエストの確認後に申込みができる形だ。
番号だけでなぜわかるのかというと、ギルドや教会は建物が特殊らしく、アバターに基本情報やランク、受けたクエストを登録していて受付に立つだけでスタッフ側のパソコンみたいな物に表示されるのだそうだ。そのデータで受けられるクエストがわかり、番号を伝えるだけで選んだものがわかるシステムである。
プレイヤー側も、掲示板から少し距離があっても問題なくクエストを確認できるし、誰かに先に取られるようなことにもならない。
今、俺が受けられるクエストは8個あるみたいで、15枚貼られた紙の中で8番まで読み取れた。その中で討伐クエストは4個あり、スライムの異常発生討伐があり、それだと多数の敵を倒せることや購入したアイテムの確認にはいいかなと思う。
一度に受けることができるクエストは2つまでだが、殆どのクエストに時間制限があるのもあり、それまでに完了報告をしないと未達成になってしまうので、短時間で終わるものか近場同士のクエスト以外は同時に受けないようにしている。
……ルコがいるとサクサク終わるが、そのまま完了報告していたらすぐに不審がられてしまう。特に今日は、ルコを探している人がいることもわかったし、更に慎重に行動しないといけない。
「ルコ、このFランクの『スライム異常発生による討伐依頼』のクエストを受けようと思うんだけど、どうかな?」
「私としては、Eランクの『アルミラージ討伐』の方がよろしいかと思います。海人様の選んだクエストは、昨日購入したアイテムの確認をするとしては問題ないかと思います。ですが、昨夜から依頼が出ており多くのFランクプレイヤーが受け、現在依頼当初の約半分となる1万ほどに数を減らしております。その減ってきているスライム相手に未だ多くのプレイヤーが討伐依頼を受けている状況なので、他のプレイヤーとの接触は避けられないかと思われます。なので、アルミラージは海人様には若干強い敵ではありますが、そちらの方がよろしいのではないかと思います」
「そうか。人の多いところはちょっとやめておきたいし、ルコの言うとおりにするよ」
そうと決まれば、番号を確認して申請しようと受付に向かおうとした時「今、入ってきます」とルコが耳打ちしてきた。
露骨な態度を見せてはいけないのはわかっているのだが、気になるのでギルドの入り口を見てしまう。
そこには、ネットの情報通りの銀色っぽい長い髪に緑の瞳の小柄な女性がいた。室内だからか銀色というよりは淡い水色に見えるが、圧というかオーラが他の人と違う気がした。
今思うと、俺はAランクプレイヤーに会うのは初めてだ。ここは、はじまりの街というだけあって初心者や低ランクプレイヤーばかりで、しかもFランクだと他の街への移動ができないからかなりの人数がここに集まっている。だからEランクに上がると、ほとんどこの街に戻らない人の方が多いそうなのだ。
プレイヤーの中には、なぜFランクも2つの街への行き来ができるようにしなかったのだろうと疑問に思う人もいたようだ。勿論、ネットでも同様の意見があったが「もし【はじまりの街】以外の他の街にも行けるようになっていたら【はじまりの街】って名前の意味がなくなる」という意見や「最初から2つの街に行けると、ランクを上げなくても満足するから結局その2つの街に今以上の人が居座る」など、いろんなことが書かれていたので恐らくそこらへんの理由は間違いではないのだろうと思う。
話を戻すが、入ってきたあの女性が「いくら」というプレイヤーで間違いなさそうだ。あのオーラで違うとしたら、逆に何者なのか知りたい。でも、まさかこんなすぐに会うとは思わなかった。
俺以外にもオーラを感じてたのか、単に可愛らしい外見に見惚れているのかわからないが、多数の人が彼女を見ているから本人はこちらには全く気づいていない。
彼女は真っ直ぐカフェスペースへ向かっていき、すでに一人座っているテーブル席についた。その人と待ち合わせをしていたのか、その人物とそのまますぐに会話をしているようだったので、今のうちにクエストを受けて外に出ようと少し急いだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「情報は掴めた?」
「いや〜、今までいっちゃんが見つけらなかったものを俺がこんなすぐ見つけられたらヤバくない?」
「そうかもしれないけど。私よりフレンドが多いし、その中の誰かが何かしらの情報を持ってるかもしれないでしょ?」
ここ2週間位で【8番目の街―山葵】から【はじまりの街―蜂蜜】まで色々調べながら戻ってきたが、まだなんの情報も掴めていない。依頼があったときは、まさかこんなに何の手掛かりも見つからないとは思わなかったから、もしかしたら誰かの魔術かアイテム何かで誤情報を信じ込まされているのではないかと思い始めてきている。
「強い何かが召喚された」という情報。
その情報は約2ヶ月前、大和で最強パーティーと言われている「リスタート」の中の一人であるカノンからの依頼だった。いつも堂々としている彼女は、その時珍しく焦っているような不安げな表情で「とある情報を渡す報酬に、その人物を特定してほしい」と言ってきたのだ。
私は山葵に情報屋としての拠点があるが、誰でも入れるわけではない。まず、山葵に構えた時点でわかるかもしれないが、高レベルプレイヤーを相手に情報を売っている。
理由は対価がきちんと支払われるから。私は損するのが嫌なので「正確な情報」に対する対価はそれなりのものがほしいわけだ。でも、今までそれでトラブルになったことがないので正当な取引を行えていると思っている。
私は現実でも普通に仕事をしているから、あまりこっちに来れない時期もある。そうすると、こっちにログインしていない時にも情報の取引をしたいというお客もいたが、そこは私のペースでさせてもらうためにログイン時にしか取引をしていない。
とある錬金術師の作ったアイテムの中には、自分のコピーを作ることができるものもあるけど、そこまでしたいと思わないし、そのアイテムはかなり高額なのに攻撃を受けた時点で壊れてしまうので割に合わない。
話を戻す。今回の依頼を受けたときカノンは一人ではなく彼女と同じパーティーメンバーのアーサーと一緒に来ていた。二人は同じパーティーというだけでなく、現実でも幼馴染で長い付き合いだという。だから一緒に来たことは特に気にしていなかったけど、カノンだけでなくアーサーも深刻そうな顔をしていたのでただ事ではないのかもと感じた。
しかし、そんな顔をしていながらの依頼内容は、簡単にまとめると人探しだ。その人の情報だけがあるがどこにいるかわからない…ということだろう。そんなに深刻になるようなこと?しかも報酬がその情報で、依頼が人探しというなんともおかしな依頼。
知らない人からのものだったら絶対に受けない。でも、素直に考えるとその人物も情報もかなりヤバいのかもしれないなと思う。カノンと知り合ったのは情報屋になる前で、かれこれ3年ほど経つ。今までお互いに持ちつ持たれつで来ているから、その彼女がわざわざ不安そうな小芝居を打ってまで私を騙すとは思えない。
「カノン。あなたからの依頼は今までもきちんと対価をもらっていたから信じるけど、探す人物の情報って本来当たり前に貰うもので報酬じゃないからね」
「わかってる。けど、ほんとなのか私も疑うようなものなのよ。だから誰なのかわかれば少し安心するというか、それまで信じられないことというか……なんて説明すればいいかしら。これでも、私達でも少し調べてからここに来てるんだけど、ほんとにわかんなくて……」
「カノンの説明じゃわかりづらいよな?簡単に言うとカノンの『白日の正夢』で視たものが、ちょっと信じられないものでさ。その姿も何もわからないけど、影というか靄みたいなのが視えたくらいで、ほんとになんて説明すればいいのかわからないものなんだ。ただ、現状ありえない存在というのだけはわかってる」
「ふ〜ん、なるほどね。『白日の正夢』って、白昼夢で視たものが本当に起こるカノンの予知能力よね?それでも影のようにしか視えないってなると、確かになんか引っかかる」
そういうことなら確かに不安にもなるか。カノンは魔術師の中では大和のトップレベルと言っていい。そう言われているのは今、話に出ていた「白日の正夢」という能力を持っているからだ。その能力で視た内容は、3時間以内に実際に起こること。だから、悪いことならそれを避けるようにできるし、いいことならその通りにするといい。
何もしなければ確実に起こることだけど、似た能力や高ランクプレイヤーによる妨害で若干変わることはある。未来は絶対ではないということなんだろうけど、他国にいるプレイヤーがわざわざ妨害をしてこない以上、大和でカノンの「白日の正夢」を阻止できる人はほぼいない。なんたって彼女は大和で最強パーティーの一人で、Sランクに一番近い魔術師だから。
現在、大和にいるSランクは勇者が二人と錬金術師が一人の三人で、全員同じパーティーにいる。つまり「リスタート」のパーティーメンバーはカノン以外全員Sランクだ。勇者二人のうちの一人はほんの数日前にSランクに上がったばかりだけど、彼女も恐らく2〜3ヶ月以内には上がると言われる程の実力を持っている。だから、リスタートは大和最強パーティーと言われているのだ。
そんな人を抑えられる程のプレイヤーが大和にいるとは思えない。だから彼女の能力で視たものは実際に起こっていると思われるが、目の前の二人はそれを信じられないということだろう。
「なんとなくわかった。でも、やっぱりきちんと別に報酬がないと動けないかな。二人が信じられない情報を報酬とするのは、私の中では対等な対価とは言えないから」
「まあ、そうなるよな。俺もそう思ってたから情報とは別に報酬は払うよ」
「それなら、調べるときに情報はあまり広めないでほしいわ。せめて1ヶ月はいくらちゃん一人で探してほしい。それでだめだったら、私も他国のフレンドに広げて調査してみる」
「……え?そんな他国まで広げる程の人探しなの?それならはじめから大々的に調べてもいいんじゃない?」
「いや、ほんと信じられない内容なんだよ。もし本当だったら、隠れたもの凄いプレイヤーがいたか、アニマートの世界の常識が変わるレベルだと俺は思う」
「そんなレベル?……待って、一体カノンは何を視たの?」
「それは、この話を受けてくれるってことでいいのよね?それなら話をするわ」
「ここまで聞かされたら断るなんてしない。情報屋としてもかなり気になるし、依頼を受けるよ」
私がそう言うとカノンは頷いてから、その情報を教えてくれた。
「10日前、アニマートに強い何かが召喚されているわ。Aランク…いえ、恐らくSランク以上の攻撃力を持つ何かが」