05、 心惹かれるものばかり
スタッフと一緒に最初の受付まで戻る。途中、何を召喚したのか質問されたので「犬に羽が生えた生き物でした」と答えたところ、よく初回に召喚される幻獣だと教えてもらった。
話によると、この初回にもらえるものは大体EかDランクのものが出るそうで、極稀にCランクのものが出るときもあるそうだが日本で1年に1〜2回くらいの確率だという。ちなみに召喚獣もそうだが、武器や魔法すべて含めたアイテムや呪文のランクは、プレイヤーとは違ってFからSSランクまで既に存在している。
自分のランクが上がれば、新しく買い直したり人や本から覚えたり、改めて召喚することもできるから、最初から強いものでなくても問題がないとも話していた。
「召喚士だと初回で出ることはないですが、実際に聞いたことがあるような天使や幻獣を召喚する人も、極稀にいるみたいですよ。誰かが召喚しているとその人が解放するまでは、同一の個体を召喚することはできませんがね」
「じゃあ、いつかは有名なものを召喚できるかもしれないんですね。ちなみに、今確認されてるもので有名なのとかありますか?」
「確か日本に『ユニコーン』を召喚した人がいるそうです。ユニコーンは数体確認されていて、主人以外には獰猛なようですが、攻撃力だけを見ると無名の幻獣の方が強いという意見もありましたね。海外だと『守護天使ダニエル』を召喚した人もいるそうです。現実にも知られている『慈悲の天使ダニエル』であるとわかったその時は、日本でもニュースになったはずです」
「よく聞く『ルシファー』とか『サタン』とかはいないんですか?」
「そこまで強いと、恐らくパワーバランス的にまだ召喚されないのかもしれません。または、アニマートに存在しない設定の可能性もあります。強さで有名すぎると、召喚した人を誰もが恐れるようになってしまいますからね。ダニエルの力は『和解』だそうで、攻撃力はそう強くありません。そもそも、偏ったパワーバランスになってしまってはゲームとして意味がないですからね。でも、無名の天使や悪魔を召喚している人は結構いますよ」
そんな話をしながら受付まで戻ってきたので、早速召喚した羽犬?の能力を知りたいのもあり、プレイしようと部屋が空いているか確認をした。
空いているとのことで、早速ログインしたいと話したところ「プレイヤーネームが登録されていないですが、本名のままでいいですか?」と言われて、設定していなかったことを思い出した。
一度本名のままでプレイしてしまうと、その後プレイヤーネームを登録しても1回分減ると言われたので急いで考えることにした。
今までやってきたゲームだと考えるのが面倒で、本名をそのまま使っていたのだが、変更回数が決まっていると言われると、なんとなく変えておきたい気持ちになった。
友人からも、そのまま「海人」と呼ばれることが多く、過去についたあだ名は、読み方を沖縄語にした「うみんちゅ」から「みんちゅ」という変なのか可愛いのかよくわからないものくらいである。でも、その名前でプレイしたいとは思わない。自分に関係ない名前をとっさに思いつけるほどボキャブラリーのなかった俺は、結局変えることを諦めた。
「プレイヤーネームは『海人』のままでお願いします」
「かしこまりました。あと、初回プレイの前にすべてのプレイヤーに最終意思確認と簡単な説明、保険料をいただいていますので、10分ほどお時間いただいてよろしいですか?」
「はい。でもなんでこのタイミングで意思確認なんですか?」
「アバターを作るあたりまでは、ほとんどの方がプレイする意思があります。でも、動作確認のときに向いていないかも思う方が多くいるんですよね。それでも、取得したアイテムや属性でやる気が戻る方もいるんですが……やはりそのまま辞めようかなという方がいないわけではないので、登録だけして一度もプレイしない方もいるんです。そういう人がいる以上、登録時に保険料を支払っていただくのもどうなのかと言うことで、日本では初回プレイのときに最終意思確認と保険料の支払いをしていただいているんです」
「あ〜、確かに感覚がつかめなくてどうしようかと思いました。保険料を払ったあとに辞めるのは、ちょっともやもやします」
俺自身も感覚が上手くつかめなかったから、その気持ちはよくわかる。仕事はアニマートしかないわけでもないし、上手くいかないと思ったらそのままプレイしなくなるのもゲームではよくあることだ。
最終意思確認と言われたから緊張したが、契約書に署名して終わった。
説明の方も基本的な話だったので、とりあえず簡単にまとめてみた。
・アニマートの国と現実の国はある程度リンクしていて、それぞれの国が管理をしている。(アニマートのほうが国の数が少ないため、人口や宗教で一纏めになっている地域もある、とのこと)
・ログインは最後にいた町の宿屋か、自宅を借りていればそこでも可能。初回のみ【はじまりの街にあるギルド前の広場】に出る。
・ログアウトはギルドか教会で行う。
・ゲーム内のお金は国によってレートが変わり、現実のお金にするときも1週間毎に変動がある。
・ギルドと教会には必ずスタッフがいるので、トラブルがあったらそこに報告をする。
・犯罪を犯してしまった場合、アニマートの騎士団に捕まってアニマートの法で裁かれる。
・NPC含めプレイヤーキルを行った場合、名前の公表とともに永久追放となる。しかし、自己防衛と判断された場合は無効となる。
……とのことだ。
とりあえずアニマートの法律について聞いてみたが「基本的にはそれぞれの国ごとに、現実の国とほぼ同じ」だそうだが、結構緩いところもあるとのこと。基本ゲームだからリアルと同じだと成り立たないのかもしれない。
それぞれの国が10個の街に分かれていて、レベルがある一定以上になると、他の国のクエストを受けることも可能になるとの話をされたので、やりこみ要素はかなりありそうだ。
保険料を払って、ようやく部屋への移動をさせてもらえることになった。スタッフの言うとおり10分くらいで終わったのだが、その間に1人プレイしに来ていたので満室にならないか不安だったのだが問題なかった。
「それでは美濃さん。先程の動作確認のときと同じように廊下にロッカーとゴーグルが置いてありますので、ゴーグルをつけてから入室してください。途中で外そうとしてしまうと、ログインがうまく行かないこともあるので注意してください」
「わかりました。ありがとうございます」
「こちらがログインする部屋とロッカー、両方に使えるカードキーです。帰る時は必ず受付に戻してくださいね。部屋の入り口に読み込む機械がついていますが、必ず準備ができてから読み込ませてください。カードを読み取ってから10秒後に、開けた部屋にいる人をログインさせるようになっていますので気をつけてください。もし読み込ませてから10秒以内に扉が開かない場合はエラーになりますが、再度読み込ませるともう一度ログインできるようになります。それでは、楽しんでくださいね」
そう言って見送られ、部屋に向かう。とうとう始まるのだと思うと緊張してきた。
家から近い支店に来たが、建物の大きさ的には2階建てのアパートといったところだ。1階には受付や登録のための部屋もあるので、通路を挟んで両側に部屋が6個ずつ並んでいる。2階はすべてプレイするための部屋だとすると、恐らくここの支店には24部屋は最低でもあるのではないかと思う。それなら満室になることはあまりないかもしれない。
「ここだ」
思わず声に出してしまったが無意識だ。カードキーと部屋の番号を見合わせて、間違いないことを確認し、荷物をロッカーに入れてゴーグルを付ける。部屋の前に立って、一度深呼吸をした。
そういえば、このカードキーはどこに置いておけば邪魔にならないだろうと思ったときに、ゴーグルのこめかみ部分にポケットがついているのがわかった。大きさ的にカードキーを入れておくためのものだろう。よく出来ている。
入り口の機械に読み込ませてからゴーグルにカードキーをしまい、部屋に入って真ん中あたりに立って目を瞑る。
部屋のどこかで「ブゥン……」という小さな音がなっていたのだが、数秒で音がしなくなったと思うと周りが明るくなったような気配がした。
目を開けると、今度こそファンタジーな世界が目の前に広がっていた。
「これは、すごい」
俺は思わずそのまま立ち尽くしていた。VRのゲームは今までにもプレイしたことがあった。でも、見えるものだけでなく、音も匂いも感じるとほぼ現実のようだと実感した。
説明されたとおり、ログインした先は目の前にギルドがある広場だ。石造りで造られたであろう街並みは、中世ヨーロッパとでも言うのかゲームでよくみる世界だ。
でもそれだけではなく広場にある噴水の音や、人々の話し声。近くに市場でもあるのだろう、美味しそうな匂いもするし、近くを歩く人の手に持っている飲み物からはコーヒーの匂いがする。
ここまで手が込んでいるとは思わなかった。これはかなり期待してしまう。
ギルドへまっすぐ行くのもいいが、少し近場を散策してみるのもいいかと思い、市場がありそうな方へ向かう。そこは店として構えている人だけでなく、露天もたくさん出ていて活気に満ちていた。店員もお客もあちらこちらで声を出している。
俺はまだアニマートのお金を持っていないので見て回るだけだったが、そんなの知らない店員さんは「どうだい、今の時期のいちごは美味しいよ!」とか「甘酒は今月で販売終了だよ〜」と声をかけてくる。
アニマートの食べ物は、食べたり飲んだりできるが満腹感は得られないと言うのは知っている。でもここは心惹かれるものばかりなので、早めにギルドに行ってクエストを受けようと決めた。
……いや、クエストを受ける前に召喚した羽犬の能力を調べないとだめだ。そうは思うがどこで確認できるのかがわからない。そこで思い出したのは「困ったときはギルドか教会」ということだ。実際は、困ったときではなくトラブルがあったらだったはずだが、気にせずにギルドへ戻るために振り返った。
「ギルドへ向かわなくとも、私の能力を知りたいのでしたら何処でもお答えいたしますよ。我が主」
目の前に突然現れたのは執事のような格好をした、俺より少し歳上であろう長身のイケメンだった。
髪は全体的に黒く、ところどころ白が混ざっているが年齢によるものというよりは、故意に染めているように見える。後ろは結んでいるようで長さまではわからないが、前髪を上げて額を出しているからか知的に見える。目は青味がかっていて、肌はどちらかというと白っぽいからか日本人には見えない。
市場はずっと活気づいていたから、いつからこの男性がいたのかわからないが、確実に俺に話しかけていた。周りからも俺とこの男性が立ち話しているようにしか見えていないだろう。初対面であるが、話しかけられた内容を考えると、なんとなく誰なのか予想がつく。
「……えっと。もしかして俺の召喚獣?」
「はい。我が主と、こうして言葉をかわすことができて大変嬉しく思います」