表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

04、 高校3年生の2月。


 昼食が終わり、姉に髪を切ってもらっている状況で悪いが、話を聞いてもらいたい。

 俺がアニマートをはじめて、少しだけ自分自身に後悔していることを。




  ◆ ◇ ◆ ◇




 高校3年の2月。ちょうど自由登校になった日に俺はアニマートへ履歴書を持っていった。社会人として、アウターは会社に入る前に脱ぐと母親に聞いていたので左腕にかけて入る。

 受付で「アニマートの登録に来ました」というと、そのまま登録が始まった。面接とかはなく、履歴書もきちんとした様式があるわけではないようで、登録に必要な情報や何かあったときの連絡先の確認のためとのことだった。そのため、写真付きの本人を確認できるものと、住所か電話番号のどちらかだけでもあればいいと聞いていた。もし間違っていたり、引っ越しとかで住所が違う場合はそちらの訂正からしないといけない。なんたって国の機関だ、不正はできない。

 俺は、なんとなく履歴書も持っていったが、人によっては免許証だけを出す人もいるというのは後から知った。

 履歴書自体は渡したあと、内容をパソコンに入力していたようだが、問題なかったのかそのままバインダーに挟めていた。



「美濃さん、プレイヤーネームはどうされますか?本名の方もいないわけではないですが、ほとんどの方が変更されてます。すでに考えているのであれば、今の段階でも登録できます」

「あとからでもいいんですか?」

「はい、受付でいつでも変更ができます。規則で名前の変更は最大3回までとなっているのですが、名前とアバターを同時に変えることはできません。ストーカーや嫌がらせなど、何かしらのトラブルに巻き込まれた場合は、受付か問い合わせから相談できます。事実が認められた場合のみ、名前とアバターの同時変更ができますが、同様のトラブルが2回以上ある場合は間隔を開けたほうがいいだろうと言う判断で、被害者も3ヶ月プレイできなくなりますのでご注意ください」

「被害者もとなると、やってる側は事実が認められたらプレイできなくなるんですか?」

「そうですね、大体1ヶ月から半年はプレイできなくなります。ただ被害者を装った『トラブルを起こしたいだけ』というアンチプレイヤーもいるので、報告のあった事に対しての事実確認はかなり厳しいですよ。アンチプレイヤーと判断されたり嘘の報告をした場合は、そのプレイヤーがペナルティを受けることになりますからね。……話が逸れましたが、名前の変更はどうしますか?」

「あ、すみません。あとから変更します」



 とりあえず、座ったままの登録はこれで終わったようで、移動することになった。このあとは何部屋か移動してアバターを作ったり、動かし方の確認をしていくのだという。個人差があるとのことだが、大体1時間前後だと言っていた。早い人だと30分くらいで終わるそうなので、サクサク進めていきたい。

 スタッフに連れられて近くの個室に入る。そこには、俺の他にも登録に来ているのであろう人が一人、スタッフと一緒にいた。



「それでは美濃さん。最初にアニマートでのアバターを作っていきます。体型はできるだけご自身に近いもののほうがいいと思いますが、決まりではありません。性別や顔、肌の色も好きに選ぶことができますが、どうしますか?」

「体型も、顔や色もこのままでいいです。それでもいいですか?」

「問題ありません。と言いますか、半数近くの方がそのままで始められます。変更する方もせいぜい色を変更するくらいですかね。作ったあとに気になるようでしたら、課金するとあとから変更することもできますよ。名前と違って見た目の変更は、成長期に登録した人のことも考えて回数制限がありませんので。……それではそちらの台の上に立っていただいてよろしいですか?」



 そう言われたので、手に持っていたアウターとカバンを置いて、大人が一人乗れるくらいの丸い台の上に立つ。上の方には、今乗っている台より一回りほど大きな丸いカーテンレールのようなものがある。

 スタッフの人が横についているタブレットで何か入力し「1分位で終わるので、それまで動かないでください」と言うので了承した。

 すると、カーテンレールから文字のような模様のような…なんとも言えない光が出て頭から足元まで包んだ。

 なんとなく、アニメとかの変身シーンとかで使われそうな演出だ。あまりキラキラはしていないが、イメージとしては間違っていない。

 これでアバターが作れるなんて、こんな技術いつの間にできたんだろうと思ったが、アニマートが10年経つのだからその頃だろうと自問自答する。

 そんなことを一人考えていると「終わりましたよ」と言われたので、台から降りる。

 顔や体型、色を変えるならこの場所で変更すると話していた。奥の方で登録している人は、恐らくそれをしているのだろう。ずっとモニターを見ながらスタッフと話をしている。



「美濃さんは変更しないので、次は実際にアバターを動かしてみましょう。動かすと言っても、ゴーグルを付けて実際に動くだけなのですが…イメージとしてはモーションキャプチャに近いと思ってもらえばいいかなと思います」

「VRゴーグル以外は、何もつけないんですか?」

「そうですね。部屋自体が特殊なのでそのままで大丈夫です。ただ、アウターがあまりにも厚すぎて動きに支障が出るようであれば、入口にあるロッカーに入れてもらったほうがプレイしやすいと思います。とりあえず、移動しますか」



 スタッフからそう言われたので、荷物を持ってそのまま一度廊下へ出る。そして移動した場所は、病院のレントゲン室やレコーディングスタジオに近い部屋だった。説明が下手で申し訳ないが、大きな窓のついた操作室と、その部屋と扉で繋がった部屋がさらにある感じだ。

 勿論、俺が通されるのは奥の部屋だ。そこは天井から床まで白っぽいが、眩しすぎない6畳ほどの部屋だった。

 その入口付近にロッカーと小さなテーブルがあり、テーブルの上にはゴーグルがあるだけだった。プレイするときは一人一部屋とのことで、これだけ広ければ体を動かしてもぶつかる心配はない。床を見ても普通の床と変わらない気がするので、歩く時どうなるのかはわからないが。

 ゴーグル自体も一目ではゴーグルとはわからなかった。俺の中で「VRゴーグル」と思って予想していたものとは違い、目だけではなく耳や鼻まで覆うような、形だけならネックウォーマーのようにも見えるものだった。

 真っ黒で、手に持つと後頭部の部分で調整できるようになっているのがわかる。顔の部分は機械だから硬めだが、目の部分も黒い割にはクリアに見え、耳や鼻に触れるところの素材は柔らかく、負担がかかりにくい作りになっているようだった。

 ……思ったよりも軽く、長時間のプレイでも頭が重くなることはないかなと思う。



「ゴーグルをつけたら部屋の中央まで移動してください。移動が終わったら起動させるので、目を閉じた状態で少し待っていてください。目を開けたままだと酔う可能性が高いので、目を閉じたと確認できてから起動します」



 俺の後ろにいたスタッフが、部屋の中へ促すように右手を動かしたので荷物をロッカーに入れてゴーグルをつける。

 実際につけてみると、やはり着け心地は悪くない。手で持ったときよりは重たく感じるが、動いているうちに違和感もなくなるだろう。そのまま部屋に入ると扉を閉められた。

 未体験なことに少しの不安はあるが、窓からスタッフが見えるし危ないことはないだろうと指示に従って中央に立つ。

 目を閉じて深呼吸をする。無意識に体が強張っていたのかもしれない。そう思った次の瞬間には、浮遊感と共に瞼の向こうが明るくなったことに気づいた。



「……美濃さん。目を開けても大丈夫ですよ」



 スタッフのその言葉でゆっくり目を開ける。そこはもう、誰もが思い描くようなファンタジーな世界……ではなく、道場のような場所だった。拍子抜けである。



「美濃さんは慎重派ですね。明るくなったと思った瞬間に目を開ける人がほとんどなので、声をかけるまで閉じてた人はなかなかいません。それに、目を開けてから、動くことも声を出すこともしない人はほとんどいませんよ」

「……すみません。予想とのギャップがありすぎて固まってしまいました」

「結構ネットとかには書かれているんですが、動作確認は訓練場で行うんです。美濃さんはアニマートのことをあまり調べずに登録にいらしたんですか?」

「多分、基本的なことはわかっていると思うんです。でも、ゲームするときは最初から攻略を見るのが嫌なので、詳しく調べずに来てしまいました」

「そうなんですね。それならこれから行うのは一般的にチュートリアルと言われるようなものになりますが、出来るだけ細かく説明させていただきます」



 そう言って始まった動作確認は、手足の曲げ伸ばしや歩くことから始まった。走ったりジャンプしたり、体をひねったりする動作も全く問題なかった。まぁ、現実とほぼ変わらないので当たり前なのかもしれないが。

 しかし、物を掴むとか投げるなどの「仮想の物体」に触れて行う動作はなかなか感覚がつかめなくて苦戦した。実際に掴んでいない物を掴んだと思うことが俺には難しかった。

 なんとか40分ほどで感覚をつかめるようになり、ようやく次の段階に進めることができた。



「では、アバターで動けるようになってきたのでアニマートでの職業を選びましょうか。戦士、魔術師、召喚士、職人の4種類になります。あとから変更することもできますが、基本的に一人につき1種類の職業となるので注意してください。転職を繰り返してしまうと、それぞれの職業が上げたところでストップしてしまうので、一つを極めている人よりもランクは上がりにくくなります」

「戦士は確か武器を選べるんですよね?」

「はい。剣・弓・槍・徒手・盾の中から選択する形ですね。戦士は身体能力が物を言う職業です。なので殆どが武道に経験のある人がなることが多いです。魔術師は攻撃の属性のみ、その人の潜在能力を見極めて四大元素と言われる火・水・風・土に光と闇の6種類から選択されます。同時に回復魔法も練習次第で使えるようになりますよ。召喚士はアニマートに存在する天使・悪魔・幻獣を呼び出して使役できます。天使には召喚ではなく降臨という言葉を使うと思われる人もいるのですが、呼び出しに答えたものを使役するので召喚士が呼び出すことができる中に含まれます。レベルや相性によるものが大きく、レベルが上がれば複数体使役することもできます。職人だけは戦闘職ではありません。素材や武器などを研究し、新しいものを開発していくことができます。指定のものを作ることもありますが、強力なものが作れた場合は自分の作ったものが商店で販売されます。どれも選択した職業にあったクエストを選ぶことができるので、ゲームとしてではなく稼ぎたい場合でも好きなものを選択していただけると思いますよ」



 …詳しく調べて来なかったがために、一瞬俺は固まってしまった。ゲームが好きだから、それで稼げるなら自分でもできると思って登録に来たのだ。

 リアルに近いと聞いていたから、戦士と職人は説明からも自分の力でクエストをクリアしていくというのがなんとなくわかる。職種によってクエストが変わるのはゲームにはよくあることだしそれもわかる。しかし、魔術師と召喚士は属性や使役できるキャラがほぼ運で、自分の力ではどうにもならないのではないかと思ってしまった。

 恐らく不安が顔に出たのだろう。スタッフから「あとから変更もできるので、とりあえずどれかで登録しましょうか?」と言われてしまった。

 登録すると、最初の一度だけ選んだ職種に合うアイテムが手に入るというのだ。つまり戦士だと選んだ武器が貰えて、魔術師だと属性と魔法の呪文を1つ。召喚士は召喚獣が1体、職人だと工具が手に入るとのこと。いわゆるリセマラのできない初回特典のガチャということだろう。

 そして、それを行ってようやくチュートリアルが終わるのだ。登録を始めてなんだかんだで1時間以上経っている。アバター作りは時間がかからなかったが、動作確認が思ったよりも時間がかかってしまったので俺としてもこれ以上は時間をかけたくない。

 理由は一つ。登録が終わったあとにきちんとプレイをしてから帰りたいと思っていたのだ。それこそ、こんなファンタジー要素のない訓練場だけ見て帰るのは不完全燃焼である。



「特に戦士として有利になるような武道を習ったわけではないし、職人のような技術や知識があるわけではないので、魔術師か召喚士がいいかなと思ったんですが……どっちの方が人気がありますか?」

「うーん。途中で変更している人もいるのでなんとも言えませんが、最初の登録時だと魔術師のほうが多いですね。攻撃と回復がほぼ必ずできるというのは初心者には使いやすいのだと思います。召喚士は召喚獣次第なので攻撃だけだったり、回復がメインだったりすることもあって魔術師よりもさらに運要素が強いんです。なので他の職業の人が、途中から試しにやってみようってなる方が多いです」



 俺は少し悩んだ。でも、今の説明を聞いたらほぼ選ぶ方を決めることができた。折角なんだから、安定ではなく予想外のことがあるかもしれない方がゲームを楽しめるかなと思ったのだ。



「それなら召喚士にしてみます。攻略法を自分で探していけそうな方が楽しめそうなので」

「わかりました。それでは少々お待ち下さい」



 そう言われて少し待つと、目の前に透明なひし形の箱のようなものが出てきた。ひし形というか八面体と言った方が正しいのだが、宙に浮いていて横にゆっくり回っており、中身があるのかわからない作りになっている。

 スタッフから「その立体の好きなところを触って、お願いをしてみてください」と言われたので、俺は右手を伸ばして回っている下の方を触りながら『思いもよらない体験ができる相棒がいてくれると嬉しい』と願った。

 その瞬間、その立体からパッと光が出たと思ったら、全体的に明るい灰色…というよりは白銀色と言ったほうがしっくりくる、犬のような羽の生えた獣が出てきた。大きさは抱えられるくらいだったので、浮いた状態からそのまま受け止めた。瞳は晴れた空のような青色がベースで、濃い青色と赤色もポツポツと混ざっている。羽はところどころ黒く、尻尾も普通の犬とは違ってツルツルしている気がする変わった生き物だ。



「無事、召喚獣が出てきましたね。ご自身で召喚した召喚獣に関しては自動的に使役されています。能力などは主従となっている間は意思疎通ができるので直接聞いてみてください。個体差があるので意地悪だったりするのもいるみたいですが、使役されたものが召喚士を裏切ることはありません。これで登録は終わりになるのですが、質問などはありませんか?」

「あ、このまますぐに始めても大丈夫なんですか?」

「ここは登録する部屋になるので、受付から空いている部屋でログインしていただければプレイできます。ログアウトは必ずスタッフが安全確認をしてからでないとできないので、体調が悪いときなどは早めにギルドや教会でログアウトの手続きをしてくださいね」

「わかりました。ありがとうございます」

「あと、その部屋の中ではゴーグルは外せないので部屋から出てから外してくださいね」



 これで登録が全て終わったようなので、さきほど話にあったログアウトの準備が終わるのを待つ。

 10秒もしないで視界が訓練場から、元いた白っぽい部屋になったのでそのまま部屋の外に出た。ゴーグルを外すと解放感と若干の疲れを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ