03、 アニマートはゲームじゃなくて異世界転移
「そういえば、海人がやってるアニマートでまた問題起こしたやついるんだってな。ニュースでみたけど、あれ大丈夫?」
川瀬先輩は自分の話題から逸らすためなのか、急に俺のバイト先の話を振ってきた。
先輩も言うように、実際『また』って言葉がつくくらいトラブルを起こす人は多い。でも殆どのトラブルが「お金を貸したのに返ってこない」とか「パーティーでクエストクリアをしたときの報酬の分け方で揉めた」みたいな金銭的なものか「モンスターを横取りされた」とか「パーティーへの強引な引き抜き」みたいなものばかりだ。
でも、今回のはなかなか大きな問題になっていて、今朝ニュースにもなってしまっていた。
「あの『クエストクリアするために2日間ずっとログインしてた』ってやつ?俺もそれ気になってたんすよね」
「あ、津田も気になってた?アニマートって世界中でやってる人多いけど、連続プレイ時間って制限ないの?トイレとか行きたくなるじゃん?どうなってんの?」
質問だらけの川瀬先輩だが、事実、他のVRゲームは自分の好きなときにやめれるから問題ないが、アニマートは違う。
全員個室に入ってプレイするってこともあるけど、その部屋にいる間はVRゴーグルを外すことができないのだ。外してみようとした人もいたようだが、ログイン中に付けている感覚も触ることもできるのに、なぜか外せないとのことだ。
だから、ネットの掲示板では「アニマートはゲームじゃなくて異世界転移している」と書かれているものもあるが、それを証明することはできない。それに、そうなると世界各国のお偉いさん達が国民を異世界転移させているということになる。突然始まったことではあったが、地球温暖化による対策で宇宙どころか異世界に移住させているとでも言うのだろうか。そんなファンタジーなことができるなら、異世界転移よりも地球を住み良くしてもらいたい。
それに、俺は職業を「召喚士」にしたからか、いまいちわからない感覚になるが「戦士」にした人からするとゲームで間違いないとのことだ。理由は簡単で「敵に攻撃したとき、何かに当たったような感触がほとんどない」そうだ。
剣、弓、槍、徒手、盾から選んでモンスターを倒す「戦士」は、部屋に入る前に武器の代わりになる得物を選ぶらしい。実際に置いてあるものを見たが、大きさの種類はたくさんあるものの、すべて緩衝材で作られているようなものだった。中になにか入っているのか重さは多少あったが、それでも500ミリリットルのペットボトル飲料くらいの重さだ。
だからそれを持ってプレイしている人たちからすると、敵に攻撃したときに普通なら感じるであろう重さや、なにかに触れた感触がほぼないからゲームで間違いないとのことだ。
死んだような感覚ががあるのに攻撃の感覚がないのはどういうことなのかと思うが、単に「自分が攻撃を受けた」という傷や衝撃を受けて、精神的にくるダメージだろうとのことだ。精神的に感じるものだから、攻撃時も「ほとんど」ないという表現になっているのかと思う。
結局、非現実的なことに夢見る誰かの妄想として、掲示板でもそのまま流れたのだが、定期的に「アニマートは異世界転移」というワードがネットを賑わせている。
「今回のはギルドからのクエストじゃなくて、NPCからのレアクエストだったって話ですね。それを受ける前から6時間位プレイしていたのに、一度切ることもせずにそのまま受けたって聞きました。それでもせいぜい20時間もかからないかなと思いますが。……長くてもクエストにかかる時間は10時間くらいだし」
「じゃあなんでその人は2日間もログインしてたん?海人と同じような初心者だったとか?」
「あれか。24時間で1日だから、25時間くらいのログインをマスコミが『2日間ずっとログインしてた』って書き方したとか?」
「川瀬先輩の言ってることが結構有力っぽいです。話だと30時間は経ってないって。それこそ今回の人は日本人プレイヤーだからニュースになったけど、何年か前にアメリカの方でも3日間ログインしっぱなしみたいなニュースあったみたいで、その時は『ゲームの中で眠ってしまっていた』って落ちでした」
「3日!まぁ、それも70時間超えてるとかじゃなくて48時間以上ログインしていたって考えたら、ありえないことではない…のか?」
「アメリカのプレイヤーは、過眠症の人だったみたいですね。だから、確かログインしているうちの半分近くは眠っていたって書かれていたはずです」
昌大が「そんな落ちかぁ〜」と言って残っていたタコザンギを食べる。俺も一つもらおうと箸を伸ばしたところで、川瀬先輩からの視線に気づいた。
「何ですか?」
「……トイレ問題は?」
「…………俺はログイン中は行きたいと思ったことはないです。恐らくみんなログイン前に済ませてるだろうし、今回の人も飲まず食わずだったから大丈夫なんじゃないですかね」
「ふ〜ん。まあ、そんなもんか。食べようとしたところで話振ってゴメンな〜」
そんな話をしていると、店員さんが飲み放題のラストオーダーを聞きに来た。俺たちの飲み会は、いつもの流れだと2軒目とかには行かないで解散だ。理由はいつでも集まれるから、1回に会う時間は長くなくてもいいって考えているのが大きいと思う。
案の定、それぞれ飲み物を注文したあとに次いつ会うかの話になった。
「俺、連休前にレポートや家のこと終わらせないといけないから忙しくなるんだよな。飲むなら21時以降か、普通に誰かん家なら行けそう」
「そうか、世間はゴールデンウィークかぁ。俺には祝日とか関係ないから二人に合わせるよ」
「俺も予定は無いから合わせられるし、昌大の出れるときでいいよ」
「なら、また俺から連絡するかな。とりあえず明後日に1回連絡入れるわ」
最後の飲み物が届いてからは、残っていたつまみを食べ切るまで近況報告をして、いつも通りその日は解散した。
◆ ◇ ◆ ◇
翌日、先に面倒なことを終わらせようと、連休明けが期限となっているレポートを完成させて送信した。
途中まで作っていたとはいえ、2時間近くパソコンに向かっていたのもあり、一息つこうとリビングへ向かう。飲み物だけ取って部屋に戻ろうかと思っていたら、姉がお昼ごはんを作っていた。
「あれ、海人まだいたんだ。お昼食べるならまとめて作るけど、食べる?」
「作ってくれるなら食べる。なに?」
「ボロネーゼ。麺はまだ茹でる前だったからタイミング良かったわ」
時計を見ると11時30分を過ぎたくらいで、朝食も軽くコーヒーを飲んだだけだったからか、確かにお腹が空いた気もする。冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、コップに注ぐ。横にいる姉にも飲むか聞くと「飲む」との返答だったので、同じくコップに注いだ。
「姉ちゃん、今日休みだったの?」
「そ。きちんと週休二日制ですからね〜。海人は今日もアニマートに行くんでしょ?何時に家出るの?」
「レポート作ってたから、お茶飲んで少し休んだら行こうかなって思ってた。でも、お昼食べるから出るのは13時過ぎくらいかな。今ご飯食べるし、20時位までやってくる。昨日はあんまできなくて…」
「無理はするんじゃないよ〜。昨日ニュースになってたって聞いたし、トラブルに巻き込まれないようにね」
「昨日のニュースは、巻き込まれるような内容じゃないよ。でもトラブルはごめんだから慎重にプレイして稼いでくる」
会話をしていても姉の手元は動いたままで、麺を茹でながら何かしている。
俺は飲み物を持って椅子に座り、ご飯ができるのを待っている間、姉との会話を続けた。
「姉ちゃんは休みなのに出かけないの?最近、外出多かったよね?」
「新社会人は色々必要なものがあったのよ。ある程度揃ったから、今日は完全オフなの。……だから、もし海人に時間があるなら髪の毛切ってもいいか聞きたかったんだ。私が忙しくて放っておいたとはいえ、結べるくらいの長さになってるし」
「あ〜、確かに結構伸びたかも。すぐ出来るなら食べたあとに切ってもらおうかな。その後に出かけても問題ないし」
「やった!仕事終わってからだとなかなか練習できないし、ホント助かる!」
そんな話をしている間にご飯ができたようで、二人分をテーブルに並べていく。麺を茹でている間に作っていたのはサラダだったようなので、トングと取り皿をだしてそのまま取り分けていく。サラダは残ったら夜食べるそうだ。
姉は去年まで専門学校に通っていて、今年の4月から美容師のアシスタントとして働いている。俺の2個上で名前は理玖。美容師なだけあって、人に見られるというのを意識しているのかおしゃれだと思う。髪型は今はショートで赤茶っぽい色に染めている。顔は父親に似てキリッとしているから、きつそうだと思われることが多いと悩んでいた時もあったが、弟の俺からすると素直に頼れる姉だ。
俺だけでなく、家族の髪の毛を使って練習するのは、専門学校の頃からだから慣れたものだ。俺はいまいちわからないが、髪質が違うとカットの仕方も変わるとのことで、定期的に家族みんなの髪を切ってくれる。
母親と俺は毎回姉に任せてしまうのだが、父親と弟はどんな髪型がいいかリクエストをして、出来栄えまで評価する時もある。性格も見た目も、俺は母親似で姉と弟は父親似だと言われることが多い。
ちなみに、父親は医者で母親は弁当屋で働いていて、弟は俺の4つ下で高校1年生。特に不自由さを感じることのない我が家だから、姉も俺も実家ぐらしのままだ。
そんな家族に高校を卒業してからの進路の話をした時、姉の中で俺は都合のいい練習台となると思ったのか、髪を伸ばすよう言ってきた。リクエストをしてまで髪をカットする男が2人いるから、長髪のカット練習をしたいんだろうということはすぐにわかる。
しかし、それから約半年。姉の方が忙しくなってしまい、父親と弟は定期的にカットしてもらいたいとの希望で、俺は後回しになっていた。俺自身、特に髪型にこだわりがないのもあって、自分から切ってほしいと言い出さなかったのもあるが。
だから、姉から話をしてくれたタイミングで切ってもらえるなら、俺としても都合がよかった。
「そういえば先輩アシスタントの中に、アニマートと掛け持ちしてる人がいたわ。24時間いつでもできるから副業にちょうどいいって」
「確かにそういう人いるな。結構稼げるようになったら本職に変える人もいるし。その人もランクが上がったら美容師やめて本職にしちゃうかもね」
「上のランクの人だと月500万だっけ?そこまでいかなくても月50万でも十分だわ。ほんと夢があるよね〜」
「でも、アニマートでの防具やアイテムを買うのにも使うから、丸々こっちの世界には返金できないけどね。医者とか弁護士だって給料は高いし、そういう資格のない人の中でも『ネット配信の方が稼げるからそっちの方が夢がある』って言ってる人もいるよ。まあ、なんにせよ一先ず俺は、仕事として成り立つようにってのが今の目標かな」
「私も!とにかく経験積んで、まずはスタイリストにならないと」
お互い、今年の春から今の仕事を始めたのもあって、経験のなさやベテランに比べての知識不足の悩みは尽きない。
それこそ俺なんかは、今までゲームを進めるにあたって、最初は攻略法を見ないでプレイする派だった。しかし、アニマートはきちんと情報を集めておかないといけないってことに気付かされ、日々ネットで情報を集めるようになった。
俺は何も知らないで始めてしまったことを、少しだけ後悔している。
最初にある程度、どんなゲームなのかわかっていたら対応も違ったと思うし、もしかしたらパーティーを組んだりすることもしていたかもしれない。
……いや、知っていてもあんなことが起こるなんて思わないだろうから、知識があってもどうしようもなかったかもしれないが。