表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

家族との出会い



施設では、一番静かでいつも端の方に一人でいた。

元気な子どもは、すぐに引き取られていた。

私は、引き取られたいとも思っていなかった。

この場所で一生を過ごすのだと、そう思っていた。

生まれた時から両親がいない私には

両親がどういう存在なのかもわからなかった。


ある日、初めて施設の人ではない人に声をかけられた。

それが、今の母親だった。


「こんにちは」


私は、返事をしなかった。

それでもその人は、私に話しかけ続けた。


「一緒に遊ぼうよ。何する?歌でも歌う?あ、絵本でもいいね〜」


私がずっと無視をしているのにも関わらず、その人は構わず遊びをし続けた。


それが毎日のように続いた。

その人は、毎日施設に来ては隅っこにいる私に声をかけた。

それでも私は、負けじと無視をし続けた。

お互い意地になっていたのか、なりふり構わずそれが毎日続いた。

それが続いて、半年が過ぎようとしていた。


ある日、今日も厄介なおばさんが来るのかと思うと、嫌気が差していた。

でもその日、その人は現れなかった。

嫌いだった。嫌いなはずなのに、なぜだか心にすっぽり穴が空いた

かのような気持ちになった。初めての感覚だった。


「ひなちゃん、今日来られなくなっちゃったって。寂しいね・・」


寂しくない。寂しくなんかない。

ただ、以前に一人で遊んでいた時の気持ちがわからなくなった。

どうやって過ごしていたんだっけ。一人なんて寂しくなかったはずなのに。

あの人のせいだ。あの人さえ来なければ、こんな気持ちにはならなかった。

気が付いたら私は、涙が溢れ出ていた。


それから一週間が経ち、またいつものようにその人は現れた。


「ずっと寂しかったよね。ごめんね?」

いきなり抱きついてきた。


「全然寂しくなんかない。痛いから離して」

そう言うと、その人は驚いた顔で固まっていた。


「なに?」

「声、初めて聞いた〜嬉しい!」

その人は、泣き出してしまった。

確かに、これが私と母親の初めての会話だった。


「もっと〜もっと声聞かせて!ねえねえ!」

「うるさい。きゃんきゃん、犬みたいに」

「可愛い〜」


とても鬱陶しかった。

でもこの出会いがなければ、私は”家族”というものを実感することはなかった。

親子というより友人のような関係だった私たちには

母親の家に引き取られるのに時間はかからなかった。

引き取りの手続きが終了し、私は施設をあとにした。


「ひなちゃん、元気でね」

「はい、ありがとうございました」


母親に引き取られて帰った家は、とても広かった。

帰ったら父親がいた。

父親も時折施設には来ていたので、もう顔見知りだった。


「おかえり。今日から須堂柊碧すどうひなただよ」

父親は、笑顔でそう言った。


これから始まる幸せな家族の物語。

私は、この世に生まれてきてよかったのだと思った。

これからはこの3人家族で暮らしていくのだと、そう思った。

5歳の私には、そんな単純な考え方しかできなかったのだ。

血が繋がっているとかいないとか、そんなこと私にはどうでもよかった。

ただ、幸せに暮らすことだけが望みだった。


小学校の送り迎えは、いつも父親がしてくれた。

父親と何気ない会話をしながら学校へ向かう。

それがとても幸せで、学校へ行くことさえ嫌になった。


「着いたよ。ひなちゃん、いってらっしゃい」

「うん、パパお仕事がんばってね」

「ありがとう。また帰り迎えに行くから、勉強がんばるんだよ」


そう言って、父親はお仕事へと向かった。

私は、言われた通り勉強を頑張り成績もとてもよかった。

勉強が好きなわけではない。成績がよいと、両親が褒めてくれる。

ただそれだけのことが、とても嬉しかったのだ。


私が9歳になった頃、いつも通り父親と家に帰ると

母親は泣きながら私たちに飛びついてきた。


「できたの!子どもが・・やっとできたの!」


私は一瞬、何のことだかよくわからなかった。


しかし父親は


「それは本当なのか?やった!やったぞ!

やっと俺たちにも子どもができたんだ」


両親は、抱き合いながら喜び合っていた。


「柊碧、妹ができたぞ。よかったな」


どうやら両親に子どもができたらしく、私は姉になった。

でも、なぜだか私は素直に喜ぶことができなかった。

もしかしたら、この時から小さいながらにも両親を取られてしまう

ということに気が付いていたのかもしれない。


そして、”妹”は生まれた。

しかし、生まれてきたその子は身体がとても弱かった。

母親は泣き崩れた。


「どうして・・やっとできた私たちの子どもなのに・・」

「大丈夫。しっかり育てていけば、普通の元気な子どもになるよ」

「そんなこと・・」

「うちの子は強い!ほら、柊碧だってあんなに元気じゃないか」

「あの子は・・うちの子じゃない」

「おい!」


医師は、命に別状はないと言った。

その子は、動くと少し息が苦しくなってしまうらしい。

だから、まずは家で安静にするようにと言われた。

その頃からだっただろうか。両親は、その子にほぼ付きっきりになった。


「ねえ、お母さん。今日ね、学校のテストで・・」

「しーちゃん調子悪いからあとにして」

「わかった・・」


この頃は、両親に話しかけてもそんな返答ばかりで

私は相手にされなかった。

せめて父親は相手にしてくれるだろうと話しかけても


「あとで」


その一言だけだった。


でも、唯一私が両親を独り占めできる時間があった。

それが、夕食の時間。

私にとってとても楽しくて幸せな時間。

両親も、彼女を忘れたかのように私と楽しく話をしてくれた。

この時間がずっと続けばいいのにと、そう思った。


しかし、夕食が終われば魔法が解けてしまったかのように

両親の話題は彼女で持ちきりだった。


そんな毎日が続くと、私もさすがに諦めかけていた。


中学生になった私は、友人もたくさんできた。

今度、授業参観があるらしい。

”妹”のこともあり、私は両親が来ることはないと思っていた。


でも、だめもとで


「お母さん、今度授業参観があるんだ」


と言ってみた。


「そうなの?行くよ」

母からは、予想外の返答だった。


「え・・嘘でしょ?」

「行くわよ。娘の授業参観なんだから」


私は、とても嬉しかった。

また母親を独り占めできる。


授業参観当日、私はいつもよりテンションが高かった。


「ひな、何か嬉しいことあった?」

「ん?別にー!何もないよ!」


そして、授業が始まる10分前くらいから

みんなの母親や父親が教室に入ってきた。

心臓の鼓動が高鳴った。


早く来て・・早く来て・・


しかし、授業が始まっても母親が来ることはなかった。

結局、母親の姿が見えないまま授業は終わりを告げた。

期待をしていた分、とても気持ちが落ちた。


家に帰ると、母親はいた。


「今日、授業参観来なかったね」

「あ、今日だったっけ?ほら、しーちゃんの診察の日だったから」

「そっか。それは仕方ないね」


私は、自分の部屋でこっそり泣いた。


高校生になって、すぐに転校が決まった。

友人もたくさんできたけれど、知らされて次の日には引っ越しだった。

あまりの急なことに、友人とのお別れを悲しむ暇さえもなかった。

新しい街で新しい暮らし。

しかし、私にとっては何の変わりもない暮らし。


空気が美味しい。彼女の体調は落ち着いた。

学校にいる時間は唯一、辛いことを忘れられた。

しかし、手続きが済んでいないから通えないと両親に告げられた。


私は、部屋にこもる毎日だった。

早く学校に行きたい。辛い。


辛い?どうして?両親が下の子ばかりで相手にしてくれないから?

そんなこと、両親の辛さに比べたらどうってことないはず。

両親が彼女を大切にするのは当たり前。

だって、血が繋がっているのだから。


私は?あなた?あなたは血が繋がっていない。

だから、家族じゃないの。


家族じゃない?そうだよ。


嘘だ。今までだってちゃんと育ててくれたし、ご飯だって作ってくれた。

今は、”妹”の体調が悪いから両親は付きっきりになっているだけで

落ち着いたらまた前みたいに可愛がってくれる。


そうかな?彼女はもう落ち着いているよ?

でも、両親はあなたに見向きもしない。それってどういう意味だかわかる?


わからない。うるさい。

待っていれば、またいつか相手にしてくれる時がくる。


本当にそう思う?


うん。


嘘だね。


嘘じゃない。


あなたは、もうわかっているはずだよ。

もう両親があなたに振り向くことはないって。

だって、血が繋がっていないのだから。


血なんて関係ない。お母さんもお父さんも言っていた。


「今日から、須堂柊碧だよ」

「ひなちゃん、今日もお勉強がんばってね」

「今日は、ひなちゃんの大好きなオムライスだよ〜」


ほら、私の両親だよ。幸せな家族だよ。

今日のご飯は何かな。私の大好きなオムライスかな。

早く帰らないと、お母さんとお父さんが心配する。


もう帰っちゃだめだよ。あなたの居場所なんかない。

彼女が生まれてからあなたは、あの家に必要なくなった。

もう3人の、3人だけの家族なの。


どうして?お母さんもお父さんも私の帰りを待っている。

早くただいまって言わなくちゃ。


じゃあ、両親に聞いてごらん?

私は家族ですかって。これからも娘でいいですかって。


どうしてそんなことを聞かなくちゃいけないの?


いいから早く!


わかったよ・・


お母さん、お父さん、これからも私は家族だよね?

4人で幸せに暮らしていいんだよね?


「何を言っているの。もちろんよ」

「当たり前じゃないか」


ほら、2人ともこう言っているよ。


違う。それはあなたの想像でしょ?

もっとしっかり聞いてよ。


何度聞いたって同じだよ。


「あの子を・・引き取るんじゃなかった」


え?


「諦めようとしたから、罰が当たったの」

「だから、俺は初めから施設なんて反対だったんだ」

「どうしても子どもがほしかったのよ」


嫌・・嘘だよね?嘘だって言って?


「でも、施設から引き取ったって俺らの子どもにはならないだろ」

「それでも・・」

「しかも、あんなぶっきらぼうな子。もっと可愛らしい子がいたはずだ」

「だって、隅っこに一人でいて可哀想で見てられなかったんだもの」


私は変われたよ?

2人のおかげで、笑顔が絶えない毎日になった。


「これからどうするんだよ」

「施設に返すわけにもいかないわ」

「じゃあ、このまま面倒をみるって言うのか?独り立ちするまで。

そんなお金どこにあるんだよ。しずくの治療費でうちは手一杯だ」


やめて・・もうやめて・・


「わかってるわよ。どうにか・・」


やめて・・私が悪かった。ずっと施設にいればよかったの。


ごめんなさい・・ごめんなさい・・ごめんなさい!!


「ごめんなさい!!!」

「ひなた?大丈夫?」


気が付いたら、私は祥平くんの家にいた。

そして、大量の汗と涙が溢れ出ていた。

どうやら、長い夢を見ていたみたい。とても嫌な夢。

でもきっと、それが現実なのだと思った。


私は、祥平くんに思い切り抱きついた。

抱きついて、思い切り泣いた。


「大丈夫。大丈夫だよ」

そう言って、祥平くんはまた頭を優しく撫でてくれた。

不思議とすぐに落ち着いた。


「あの後、ひなたが心配だった。帰ってたら、後ろからひなたの声

が聞こえてきて、振り返ったらひなたが泣きながら走ってきて。

そしたら急に倒れるし、急いで俺の家に連れて帰ってきた。」


「ありがとう」

「落ち着いたらでいい。話聞くから」

「うん」


祥平くんが淹れてくれた温かいココアを飲んだ。

ほっとした。祥平くんといると、辛い気持ちがすっと消えていく。

まだ会って間もないはずなのに、なぜなのだろうか。


それから私は、自分の気持ちとあったことを全て話した。


祥平くんは、明日も朝早くから仕事のはずなのにずっと付き合ってくれた。


私は、気が付いたらいつの間にか寝ていた。


「ひなお姉ちゃん、おはよう」

「お、ひなた起きた?」

「おはよう・・」


目が覚めると、目の前には祥平くんと遼汰くんがいた。

おはようという言葉を久しぶりに聞いた。


「俺、今から仕事。りょーちゃんを学校に送ってから行ってくる。

朝ご飯できてるから食べてね」

「ありがとう。あ、遼汰くんは私が送ってもいい?」

「え、いいの?じゃあ、お願いしようかな」

「やったあ!ひなお姉ちゃんがいい!」


私は、遼汰くんとももっと話してみたかった。


「ひなお姉ちゃん、僕のことはりょーちゃんて呼んでね。

で、祥平お兄ちゃんのことはしょーちゃんて呼んでね」

「りょーちゃんとしょー・・ちゃん?」


私は、祥平くんのことを”しょーちゃん”と呼ぶことに恥ずかしさを感じた。


「りょーちゃんは、しょー・・ちゃんのこと好き?」

「もちろんだよ。僕の家族は、しょーちゃんだけだから。

あ、でもひなお姉ちゃんももう家族だね!」

「え・・?あ、うん、そうだね・・」

「僕も、ひなお姉ちゃんみたいにしょーちゃんと出会って

しょーちゃんに助けられたんだよ?

しょーちゃんがいなかったら、僕はずっと独りぼっちだったんだ」

「そうだったんだ。じゃあ、とっても大切なお兄ちゃんだね」

「あ、でもしょーちゃん弱点あるよ。教えてあげよっか?」


遼汰くんは、私に耳を貸してと言った。


「くすぐりに弱いよ。へへ」


2人は、立派な家族だった。2人を見ていたら、血なんて関係ないと思えた。

しかし、私の”家族”はそうはいかなかった。夢で見た、両親の私への思い。

きっと”妹”が生まれてから、両親は私が重荷になった。

どうしたら離れてくれるかな。どうにか施設に返すことはできないのか。

そう思っていたに違いない。もう、迷惑はかけたくない。


私は、遼汰くんを学校へ送った後、自分の家に帰った。








第2話も読んでいただき、本当にありがとうございます。

家族との出会い、ひなたは小さいながらにも辛い思いをたくさんしました。

そんなひなたに新しい家族ができた。今度こそ、幸せになってほしい。


第3話からもどうぞお付き合いください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ