第五節
翌日、銀貨二枚分の貨幣を入れた箱を手に冒険者ギルドに向かった。
「よぉ。フォーレン(仔馬)、今日も御使いか?」
ハイトは顔馴染みの冒険者に声を掛けられた。
フォーレン(仔馬)とは冒険者特有の文化の一つに二つ名を付けるという物があり、子供の頃から荷物を運ぶ姿を見たある冒険者が言い出したものだ。
「いや、今日は冒険者の登録に来たんだ」
ハイトの答えに冒険者は言葉を飲んだ。そして――
「……マジか!? おい! みんな聞いてくれ!! フォーレンが冒険者になりに来たってよ!!」
冒険者のその声に見知った冒険者がまたこちらに興味を持って集まってきた。
「へぇ。あのフォーレンが冒険者に?」
「なんでまた冒険者なんかに? 雑貨屋になるんじゃないのか?」
「いや、でもあの身のこなしは冒険者としてはいいんじゃないか?」
「その前に金はあるのか? いくら雑貨屋で働いてるったって銀貨二枚は無理だろ」
「なんなら俺が貸してやろうか?」
「バーカ、自分で銀貨二枚も貯められない奴が冒険者になったってすぐ死ぬだけだろ」
「……それに、ギルド長が許さないと思います……」
集まった冒険者達が口々にフォーレン、もといハイトについて意見を述べていく。
店内が騒然となる中、パンパンと手を鳴らす音が聞こえた。
「皆さん、あまりからかってはいけませんよ。ハイト君、本当に冒険者になりに来たのですか?」
冒険者ギルドの受付嬢が場を鎮めてハイトに声を掛けた。
「はい。ちゃんとお金もここに」
ジャラジャラと音がする箱をハイトは取り出して受付嬢に見せた。
「では、こちらへ」
受付嬢はにっこりと笑って受付の席へと案内した。
「えーっと、ハイト君は字の読み書きはできましたよね?」
「はい」
ハイトが雑貨屋で働けていた理由の一つに文字の読み書きができることにあった。これはハイトの育ての親のヴァイザーが教えてくれたことに起因する。
「ではこちらの方に契約内容がありますので確認ください。その間に私はお金の方を確認しますので」
鉄貨と銅貨だらけなので数えるのもちょっとしたものだろう。その間にハイトは契約内容を確認して、分からない所は受付嬢に聞きながらサインをした。
「確かに銀貨二枚分を頂きました。箱の方はお返しします」
ハイトが受け取った箱はあれだけお金が詰まっていたのに今では空っぽで軽くなっていた。
「では、冒険者の証を発行する間でしばらくお待ちください」
受付嬢が立ち奥へと向かう。
大金をやっと手放せた解放感で大きく息を吸って大きく吐く。
「君って結構有名なんだね」
気を緩めていた所に突然声を掛けられ肩をビクッと揺らす。
「ああ、突然ごめんね。私、シャマーネって言うの」
声を掛けてきたのは細身の女の子だった。見た目はウェイターや受付嬢といった風体に見えない薄着のため装備を解いた冒険者だろうと思った。
「えーっと、俺はハイト。何か用?」
急に話しかけてきた少女を不審に思いながらも、名乗られたからには名乗らねばと思った。
「あのさ、ハイトってこれから冒険者になるんだよね? 良かったら私とチームを組まない?」
チームとは冒険者がある目的のため、例えば遺跡の探索や依頼人の護衛といったクエスト等を成功させるために複数人からなるグループのこと。
「チーム? 俺と?」
「うん。私ってネクロマンサー(死霊術師)なんだけど、そのせいかチームを組んでくれる人が居なくて困ってるの」
「ネクロマンサーってことはシャマーネは動物霊を使役するのか?」
ハイトは冒険者から冒険者稼業について訊く時にどういう人達がいるのかと尋ねると珍しい能力の一つに死霊術があり、それを使うネクロマンサーについて答えてくれたことがあった。更に詳しい事はヴァイザーが教えてくれた。
「あれ? ハイトってネクロマンサーがどんなことができるのか知ってるの?」
「まぁ良いネクロマンサーはフェアリーテイマーと似ている部分があるって聞いたことがあるから」
かなり噛み砕いた言い方だが、使役するのが動物霊か精霊かの違いというぐらいだ。
「私が使役しているのは狐のリサに鷹のソーカルよ」
そう言ってシャマーネが力を使うと足元に狐、肩に鷹が現れた。
「へぇ。初めて見た」
ヴァイザーが言うには動物霊として使役するためには生前から世話をして信頼関係を築くか、強い思念を持った動物霊と契約関係を結ぶといった少し複雑な道則があるらしい。シャマーネとその動物霊達の様子から見るに前者の関係だろうと察した。
「どうかしら?」
「悪いけど、俺は冒険者の証を手に入れたらすぐにしなきゃいけないことがあるから、シャマーネとは組めない」
ハイトの目的はあくまで北の森にある遺跡へ宝物を取りに行くことだ。
「しなきゃいけないことって何かしら? それって私が手伝う事が出来る事かしら?」
一度断ったのに食い下がるシャマーネ。
もちろん人手があれば楽になるかもしれない。しかし、ヴァイザーが隠し残した宝物を他人と山分けをすることを考えると少し難しい話だ。これが単なる宝物ならば山分けをする事に何の支障もない。ヴァイザーが残した宝物だから分けることが難しいのだ。
「これは俺一人でやらなきゃいけないことだからさ。気持ちは嬉しいけど、遠慮するよ」
「ならさならさ、それが終わったら私と組んでくれる?」
こうまで食い下がれると断ることが悪い事のように思えてくる。
「……そうだな。終わったら真面目に考えてみるよ」
ヴァイザーが残した宝物が単なる換金物ならば売り払って冒険者稼業を真面目に取り組むも良しだ。
「本当に!?」
「あ、ああ」
考えると答えただけでこんなに喜ばれるとは思わなかった。
シャマーネはハイトの手を掴んでブンブンと振るとスキップして去っていった。
「能力はあると思うんだけど……運が無いのかな」
動物霊を二体同時に使役できるネクロマンサーは経験を積んだネクロマンサーだとヴァイザーは言っていた。シャマーネはぱっと見ると経験を積んでいる年齢には見えない。それは幼い頃からネクロマンサーとして学んでいたか才能に恵まれているかのどちらかだろう。少なくとも駆け出し冒険者としては破格だ。
「冒険者のチームか……」
冒険者になることばかり考えていたハイトはこの時初めて誰かとチームを組むことを意識することになった。
「ハイト君、お待たせしました。こちらが冒険者の証となります」
受付嬢が戻ってきて手の平大の銅板をハイトに手渡した。銅板には名前は所属等が刻まれていたのでそれが証だと分かった。
「こちらを紛失した場合、再発行に銀貨二枚が掛かりますのでお気を付けください」
「銀貨二枚ですか……」
「ええ。ですから、十分注意して取り扱ってください。この証が無ければ依頼を受けることもできませんから」
「わ、分かりました……」
再び銀貨二枚を集めなければならない事を考えると背筋が凍る思いだった。
「では、契約書にも記載しておりましたが実際の依頼の受け方を説明しますね」
受付嬢は立ち上がったのでハイトも立ち上がり、受付嬢に付いていく。
「こちらがクエストボードです。依頼内容な色々とありますが、大きく四つに分けると採取、調査、討伐、護衛といった物が多いですね。冒険者に成り立ての方なら採取の依頼が比較的簡単なのでオススメですよ」
「そうなんですね」
その辺りは実際に冒険者に聞いているのでハイトにとっては既知だった。しかし、実際にクエストボードに貼られてある依頼書は多岐にわたっており、採取と一言で言っても多い。
「この中で北の森に行くような採取の依頼ってありますか?」
「えーっと、北というとノルドの森ですか? そうですね……距離としては駆け出し冒険者にはちょうどいいかもしれませんね。少し待ってくださいね」
受付嬢は依頼書を眺めて二枚の依頼書を手に取った。
「こちらがムーの実の採取。こちらがプティの実の採取ですね。駆け出し冒険者で実績が無いためハイト君はまだ一枚しか依頼を受けることができません」
ムーの実は柔らかい木の実、プティは小さい実が鈴生りになった果物だ。
「それじゃあムーの実の採取で」
「分かりました。それでは説明を終えた後に依頼書はお渡ししますね」
その後、受付嬢が冒険者ギルドの施設を一通り説明した後に依頼書を受け取った。