第四節
数日後。
「ハイト、今日もお疲れさん。今日の報酬はこれだな」
一枚で鉄貨十枚の価値に相当する大鉄貨を二枚受け取るハイト。自身の手が震え、受け取った貨幣が手の中でカチカチと鳴った。
「お、おい! 大丈夫か? ハイト」
雑貨屋の店長のおじさんは様子がおかしいハイトに声を掛ける。
「す、すんません。俺……」
声が裏返り、何と言えばいいか分からなかった。
目標を立てて数年。地道に仕事をこなして報酬を貰い銀貨二枚を貯める。貧民街で暮らす者にとって銀貨二枚というのは非常に重い。手に職を持つ者ならば二か月分の稼ぎに相当するが、貧民街で暮らす者にとっては大銅貨一枚で殺し合いの理由になる程に重い価値がある。
「俺、ずっと、金貯めてたんです。冒険者に、なりたくって」
声は裏返り、しゃくり上げ、流暢に声が出ない。
「……そういうことか」
おじさんは何か納得したように腰を下ろした。
「たまに来る冒険者の客にお前が何か聞いてるのを何度か見たことがあったからな」
確かにハイトは通行証の代わりとして冒険者の証は欲してはいたが、冒険者がどういう存在なのかを知るために来店する冒険者に何度か質問をしたことがあった。
「……ってことはハイト、もううちには来ないのか?」
「……すんません」
「いや、構わんよ。お前が一生懸命働いてるのは何か理由があるからだとは思っていたからな」
おじさんは店内を見渡すと立ち上がって何かを手に取った。
「冒険者になるならこれを持って行くといい」
そう言って店長が手渡したのは鞘に収まった一本のナイフと小さな砥石だった。
「駆け出しの冒険者ならナイフは必需品になる。攻撃するにも獲物を捌くにも採取するにも役に立つ。選別だ。持って行け」
それらがどれぐらいの価値を持っているのか、数年に亘って世話になったハイトには分かった。銅貨五枚、ハイトの今までの稼ぎから考えれば一ヵ月に相当する。
「遠慮しなくていい。お前がいつか辞めることは分かっていたし、その時は何か選別をしてやろうと思っていたんだ」
おじさんの言葉にハイトは更に感極まり、とうとう涙が溢れた。
その日、泣きじゃくった顔でマイネには会えなかった。