第一節
白い石造りの国、フェルゼン。そこには五万人を超える国民が生活を営んでおり、朝から晩まで体を使って働く者も居れば、頭を使って金勘定をする者、あるいは顎で人を使う者も居る。
ヴァイス・ハイト。彼の場合は朝から晩まで体を使って働いていた。昔から彼を雇ってくれている雑貨屋の店長から遣いを頼まれれば国を囲っている外壁の内側ならばどこにだって荷物を運ぶ。ただし、ただ運ぶだけではない。常人ならば道とは思えない場所でも彼は軽い身のこなしで道にしてしまう。例えば、壁や角、手が掛けられる凸凹、手や足が掛けられれば彼にとってそこは道だった。
彼が宅配をするだけで人の目を集め、それは次第にちょっとしたパフォーマンスになり、そんな彼の宅配姿を見たいがためにわざわざ雑貨屋に注文をする物珍しい客も居る程だ。
今日も遣いを終え、代金を雑貨屋の店長に渡すとその金銭の一部をハイトに手渡す。
「ハイト、今日もお疲れさん。今日の報酬はこれだ」
「おお! こんなにいいのか!?」
ハイトは店長から受け取った駄賃を受け取り、嬉々とした声を上げる。その金額は定職に就かない身としては少なくない金額だった。
「お前さん見たさに注文する客も居るからな。また明日からも頼むぞ」
世の中には雑貨屋のように親切に接する者も居れば、汚い奴も居る。
ハイトが報酬を受け取ってニコニコ顔で店を出て少し歩くと見慣れた三人組が行く手を阻んだ。
「ハイト、今日も稼いだみたいだな」
「そんなに金を持ってたって使い道がないだろ?」
「俺達が代わりに使ってやるよ」
ハイトに絡んでくる三バカだ。ハイトと同じで身寄りが無く、教会で庇護を受けず、その日暮らしのチンピラで縁あってハイトに絡んでくる。まともにやり合えば人数差もあってハイトに勝ち目はない。しかし、ハイトがこの三バカに金を奪われたことは無い。
「また今日もかよ。いい加減諦めろよな」
ハイトはそう言って踵を返して一番手前の角を曲がった。
「この野郎! 待ちやがれ!!」
三バカは口汚い罵声を浴びせながらハイトを追って角を曲がるが、そこにハイトは居ない。
「おい! どこに隠れやがった!! 出てこいや!!」
通りには隠れられるような場所は無い。突き当りに曲がり角はあるが、さすがのハイトでもそこまでたどり着かないだろう。ではどこへ?
「別に隠れてないだろ」
三バカの頭上から声がする。見上げると窓縁に手を掛けて三バカを見下ろすハイトの姿があった。
「このバッタ野郎が!! ピョンピョン跳ねやがって!!」
三バカのリーダー格が足元の石を拾って投げるが、ハイトは軽い身のこなしで隣へ、また隣へと移り、石が当たる様子は全くない。三バカが投げられる物を必死に探している間にハイトはさっさと屋上へ上ってしまった。