(9/13)お前は馬鹿だ、賢すぎて馬鹿だ
さて。このように『異様に気が回る男』がそれがために決定的なミスをした話をしたい。『お前は馬鹿だ』という話だ。『賢すぎて馬鹿だ』という話である。
それは社食でのできごとだった。
例によって宮野、太田、中原、上条、大倉、花沢で同席したときだ。上条と宮野が途中で席を外した。どうせ2人で『うふふ』な相談である。
宮野のいた席に同期の原千里が滑り込んできた。
「花沢くーん! ちょっと相談なんだけどー!」
原の席と花沢の席が対面の位置になる。
「え……なに……」とミツヒコが言った。彼は食後のコーヒーを飲んでいるところだった。
「今度パーティーに行くんだけどさー。ドレスどっちがいいかなぁ?」甘えた声。
ミツヒコが戸惑う「どっちって言われても……。男のオレじゃドレスの良し悪しなんてわからないよ」「いいのー。男子の率直な意見が聞きたいのー」とスマホの画面をミツヒコに向かって『えいっ』という感じで突き出した。
「こっちとー。こっちなんだけどー」画面をスワイプする。
「うーん」ミツヒコが右手を口に当てて考えた「原さんの携帯貸してくれる?」
「どうぞー」と渡されたのでしばらく右、左にスワイプを繰り返した。
「こっちかなー」とストンとした形のピンクと白の膝丈ワンピースを見せる。
「原さんは……スレンダーでしょ? このふんわりしたツーピースも可愛いけど……やっぱりこっちじゃない? 原さんの褐色の肌にも似合うんじゃないかな?」
うわぁ〜。『ツーピース』なんて単語知ってんのかって感じだが、あとこうお前原に対していろいろ思うところあるだろうがって感じだが原はとても喜んだ。
「ありがとう花沢くん! やっぱり花沢くんは頼りになるよ! あっそうだ! お礼ついでに今度パンケーキでも食べに行かない!? おごるよ!」と言ったのだ。
『うわぁ〜』である。『お前のホントーの目的そっちかー』である。『原ぶっ込んできたなー』ということである。
2人きりで、いくら誘っても『のらりくらり』と花沢にかわされるわけだから同期の目がある中で『ぶっ込んで』きたわけだ。原、お前は結構度胸がある。
ミツヒコは「ああ……」というと視線を一瞬右下の方にすうっと移した。次に原に視線を戻したときにはもう笑顔だった。
「ごめんね! 原さん! せっかく誘ってくれたんだけど、オレの彼女めちゃくちゃ嫉妬深くてね!」
全員が一瞬ギョッとして花沢を見た。特にギョッとしてるのが中原だ。
「女の子と2人で歩いてるのなんか見られたら殺されちゃうよ!(ミツヒコは両手の平を胸の前で合わせた)ごめんね!!」
「ええ〜っ花沢くん彼女いたんだーっ。社内の子!?」原がことさら明るい声を出した。場を取り繕ったのである。
『いやいや〜』という風情でミツヒコが右手を振った。原がさらに言う「写真みせてよ〜」
「そんなっぜんっぜん見せられる感じじゃないよ。もう『ゴリラ』みたいな女でさーっ。原さんくらい素敵だったらよかったよーっ」
「やっだぁ! ゴリラだってぇ!」と原が高笑いをしたが、原! その『ゴリラ』が今お前の真隣で空のテトラパックをグシャッと握り潰したぞ!
逃げろ原! 殺されるぞ!!!
1人をのぞき和気あいあいとした感じでランチタイムは終わった。
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この『彼女がゴリラみたいな女』は会社中の爆笑を誘った。なにせ花沢が花沢なのであっという間に『花沢飼育員とゴリラ』と面白おかしい話になった。
その喧騒の中で何人もの女子が花沢への密かな恋心を殺した。誰も花沢を誘わなくなった。
花沢はたった一言で彼への誘いを殲滅したのである。
収まらなかったのが当のゴリラ……じゃなくて中原紗莉菜だ。ミツヒコの家で怒りをぶちまける。
「ゴリラとはなんなのよー!」と言ってむいてもらったカットリンゴを握りつぶした。
グシャッと音がして本当に粉々になった。
「うわぁ!」とのけぞる。『これじゃあほんとにゴリラじゃん!!』
いや、まぁ『ほとんどゴリラ』みたいな女なのだが。
「ごめ〜ん。だってもう面倒くさくてさー」とミツヒコがクッションを抱えてゴロゴロした。
「お茶とかランチとか飲みにとかライブとかもう『うっざいわ!』って感じでさー。これで誰もオレんとこ来なくなったじゃんー。スッキリしたわー」
「アンタのその『異様な愛想の良さ』が全ての元凶なんだよ!!! 女と見れば誰にでも優しくしやがって! そーゆーところがこう女に勘違いさせるんだよ!!!」
「だって紗莉菜だってオレの『親切』でオレを好きになったんでしょ? じゃあ結果オーライじゃんー」
グッとつまる。ほんとコイツの正論ムカつく。
「今度アタシのこと『ゴリラ』って言ったら絞め殺すからねーーっ!!!」と何度もミツヒコを叩いた。
中原紗莉菜が言うと本当に『絞め殺され』そうでコワイ。こうグッときてキュッとされてグタッとなりそうだ。ああコワイ。
ミツヒコはただ謝ったのであった。
【次回】『中原さん、何なのこれ?』です。