(5/13)じんましんが出そうなほど気が利く
会社のお昼休憩だ。
「見てこれ〜っ」と宮野カオリがスマホの写真フォルダを見せた。
「えー! なになにー!?」
紗莉菜と太田美穂が顔を近づける。
「この間さー。誠也と伊豆まで行ったのよー!」
誠也というのは同期の上条誠也。宮野カオリの彼氏である。
「「えーっ! いいなー!」」
「恋人岬も行ったしさー! お魚も美味しくてもうサイコー!」
「「うらやましーっ!!」」
『本当に羨ましい』と紗莉菜は思った。こんなに堂々と写真とか出して。自分だってミツヒコと旅行に行ったことはある。
ただし紗莉菜が『なんでいつもそんなに用意ばかりするんだ! 今回の旅行ではとにかく何もするな道も調べるな宿もとるな名産も調べるな。スマホを見るんじゃない!!』と言ったために文字通り
ぐっっっっちゃぐちゃ
な旅行になったのであるが。あの時初めて2人で本気で喧嘩した。
そんなことも含めて話せることがたくさんあるのに何も言えない。カオリの自慢話を聞いてるだけだ。
笑顔で相づちを打ちながら紗莉菜はなんだか寂しくなってしまった。
@@@@
だからといって土日になればミツヒコはちゃんと甘えさせてくれるのだった。
驚いたのが紗莉菜の最初の誕生日だ。3月10日が誕生日である「お砂糖の日」だ。
ミツヒコは『ちょっといいレストラン』に連れて行ってくれた。ランチだ。
家庭的な、温かい店で前菜もパスタもドルチェも美味しかった。ドルチェのお皿には『Happy Birthday SARINA』と書いてあった。
ミツヒコがにっこりと拍手してくれる。
「気に入ってくれるといいんだけど」と渡してくれたのがさりげないデザインのネックレスだった。小さなアクアマリンが入っている。
「3月の誕生石はアクアマリンだからね」
誕生石! 中原紗莉菜はこの時生まれて初めて『誕生石』なるものを知った。
誕生日にいちいち石の種類があるんかい。もうほんと『うわあああああ!!』ってなるくらい気が利く。『地獄のように』気が利く。
ミツヒコの家に到着すると冷蔵庫に案内してくれた。
「これはね。ホワイトデーの分だよ。バレンタインのチョコ美味しかったよ〜。張り切っちゃった」と言ってタッパー入りのキムチを見せてくれた。
初見の方にお伝えすると『中原紗莉菜』という人はキムチが大好きなのだ。
それはもう電車に乗って『韓国胃袋共和国』という小さなコリアンタウンに通い詰めるほど好きだった。
「手作りキットをネットで見つけてさー。美味しいといいんだけど」
手作り!
彼女のためにわざわざキムチを!!
ああ〜。もう〜。じんましんが出そうになるくらい気が利く〜。
「ここに入れておくからいつでも食べにきてね」と言われて紗莉菜は嬉しかった。もちろんキムチも嬉しいけれど「いつでも来て」という気持ちが嬉しかったのだ。
まぁそんな感じで会社を離れればミツヒコは本当に優しく大事にしてくれた。だから会社で2人の関係がオープンにできなかろうと、そんなことは些末なことのように思えた。
【次回】『秘密のオフィスラブ』です。