(2/13)温厚で謹厳実直な上司と中原紗莉菜
さて、中原紗莉菜である。
紗莉菜の上司は小和田正蔵という。直属の上司ではない。『システム事業部』そのものの部長なので何階級か上である。
小和田は芹田課長と違い、温厚で謹厳実直。部下に対する思いやりもあり、皆に慕われていた。
小和田は喜んだ。なにせ『10年に1度の逸材』が入ってきたのである。まあ我が部が社の要なのだから当然といえば当然。
大事に、仕事に負けないように少しづつ教えるよう直属の上司に注意をした。
1ヶ月ほどたって課長にどんな感じか聞いてみるとあまりよくない。
「熱意はあるんですよー」課長の城田廉が答える。
「ただこう……。前しか見てないんですよね。例えば『A』という仕事が来たら『Aだ!』と走り出してしまう。『B』だったら『Bだ!』。思い込んで突っ走るから作業は早いんですよ。ただ仕事というのは『A』に見えてて実は『D』とかあるじゃないですか? もう少し左右見てくれてもとは思いますね」
「うーん」
まあそうは言っても『お勉強』はできるわけだ。イレギュラー対応を覚えていけば少しずつ問題も解決するだろうと小和田部長は思った。
こうして中原紗莉菜は小和田始めシステム事業部第1課の人間に大切に育てられ、メキメキと優秀な営業マンになっていった。
ところがである。
入社3年目に大変なことをやらかした。
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その日は大切な取引先の接待を目的とした飲み会だった。
御座敷の割といい値段の店。接待先の社長鰐淵平次に中原がビールをついでいた。
鰐淵は鬼瓦みたいな顔をしている。学生時代はラグビーで全国大会のかなりいいところまで行ったらしい。筋肉もすごい。仕事はトップダウンで決断が早く、その分気も短かかった。
その、鰐淵に中原が失言をしたのである。中原もこの時点でだいぶ酔っていた。
赤鬼みたいな鰐淵に中原はにらまれた。
「お前が男だったら殴ってるところだぞ!!」
子供だったら間違いなく泣く。大人も相当びびった。声にドスが効いている。
ところが中原はしらーっとした顔で言った。
「殴ればいいじゃないですか」
この時点で、端っこにいた中原の上司、城田課長が異変に気付いた。真っ青になる。大声をあげた。
「中原くん! 謝りなさい!!」
中原がその声を無視した。
「お言葉ですけど、鰐淵社長。男女雇用機会均等法が施行されて今年で36年ですよ? 今さら男とか女とかやめてくださいよ。アタシは女ですけど。仕事も平等にいただきますし、男が殴られるならアタシも殴られます。さーあ殴ってください!」
「何いぃ!!!」
城田が走ったが間に合わなかった。
「殴ってくださいって言ってんですよ!!!」
バシィッッ!!! と御座敷に音が響いた。大きくてゴツい鰐淵の平手が中原の後頭部を思い切りたたいた。中原がつんのめる。
「中原くん!!」城田の悲鳴が響いた響かないかのタイミングで中原が体勢を立て直しそのまま鰐淵の後頭部を叩いた。
バシイィィイ!!!!
「何すんのよ!!!」
よりにもよって! 鰐淵の! 見事に光る後頭部を!! 中原!!!!
城田が中原のうしろ襟を掴んだ。そのまま御座敷の畳に押し付ける。
「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!!」
2人で土下座の形になる。
もう城田の声は半泣きだった。
「こいつ昔から酒癖悪くて! 社長! 申し訳ありません!!!」
「アタシは酒癖悪くなんか……イテッ!」
ゴンっと音がして中原のおでこが再度畳に打ち付けられた。
「申し訳ありません!! 申し訳ありません!!」
城田の声が響くが、もう鰐淵はこちらを見てもくれなかった。
【次回】『中原のやらかしとその顛末』です。
用語解説 男女雇用機会均等法とは
『雇用の分野における男女の機会均等及び待遇の確保等における関する法律』の通称。
1985年制定。1986年施行。
企業の事業主が募集、採用、配置、昇進、福利厚生、定年退職、雇用にあたり性別を理由にした差別を禁止することを定めている。
中原と花沢は2019年4月入社
2020年4月に付き合い、今小説の時点で2年が経過しているため2022年が舞台。
なお、この世界にはコロナはない。面倒くさいから。
実は『異世界もの』だったんですよ。ウソでーす。




