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《連作短編集》世界中の恋が全部叶えばいいのに  作者: 西乃狐
第1話「あなたとわたし」
3/12

(2) 望/Nozomi

 まるで映画みたいだなぁって、海外の都市封鎖のニュースを見て感じてた。

 どこだったか。南の国で発生した新型肺炎ウイルスが瞬く間に広まって、地球を蝕んでいた。先進国も途上国もない。人種も民族も主義主張も国家体制も関係ない。日本だって例外じゃない。わたしたちは終わりの見えない自粛生活を強いられて久しい。


 これが傘のマークの怪しい会社から漏れたウイルスだったりしたら軽症も重症もなく、たちまちみんなゾンビなんだろうな。

 軽症のゾンビってあるのかな?

 人間とゾンビの中間みたいなのが登場する映画があったような気がする。

 軽症のゾンビというのは、今のわたしを表すのには最適な表現かもしれないな。


 ステイホーム?

 なんで英語なんだろう。在日外国人のためではなさそうだ。カタカナな方が従う日本人が多いのかな。だとしたら、かつて進駐軍とやらに植え付けられた遺伝子だろうか。


 芸能人が亡くなったときの、まるでほかの人たちとは命の重さに差があるかのような報道にも違和感を覚えた。

 でも――。

 その感想には時間が経つにつれて変化がある。

 もしもパパやママやおばあちゃんや……ほかにも大好きな人が死んじゃったとしたら――。

 その衝撃の大きさは、何処かの知らない誰かさんが亡くなったというニュースとは明らかに違う。それは比べものにならない。


 そんなことを美沙子に言ったら、そりゃ当たり前じゃんと一笑に付されてしまった。

 確かに当たり前だとは思う。

 だけど――。

 人の命の重さは等しいはずなのに、その重さと悲しみや衝撃の大きさとは必ずしも比例しないんだなって思ったんだ。


 十八歳で成人と言われるご時世に、何を中二みたいなこと言ってんだろうって自分でも思う。

 このウイルスのせいで、きっと地球上の至るところで、普段なら考えないようなマイナスの思考がたくさん湧き出して、どんよりとした雲みたいにこの星を覆っているような気がする。今の地球を外から見たら、土星や木星みたいだったりして。


 ああ、これこそが普段なら考えないような、あるいは考えたところでどうしようもない、どうでもいいことの代表例だ。

 見上げた空は、宇宙から見た地球は今も青いんだぞと言わんばかりに、こんなに清々《すがすが》しく晴れ渡っているというのに。


 ママから玉葱を買って来て欲しいと頼まれたおつかいの途中。商店街の八百屋さんに向かいながら、心は晴れない。

 新型肺炎ウイルス感染拡大のせいで流れてしまった高校の卒業式。大学の入学式。友達との約束。楽しみにしていたライブや映画。テレビだって新しい番組の収録が出来なくなって、再放送が溢れ始めた。


 電話の向こうの美沙子は、卒業式がなくなったことに対して延々と文句を並べ立ててた。

 そうだよねぇなんて相槌を打ってはいたものの、正直なところ、そりゃ多少淋しくはあったけれどそんなセレモニー自体はどうでも良かった。


――卒業までに告白しちゃいなよ。


 そう何度もけしかけられたりもしたけれど、結局は果たせなかった。そもそも、それができるくらいならバレンタインでやってたし。はじめからできるはずのないミッションインポッシブルだったんだ。


 昨年の秋には、彼が早々に推薦で東京の大学に合格したことを知った。

 卒業したら離れ離れだ。今さら告白なんかしたって仕方ない。今さらわざわざ振られにいくこともないじゃないか。

 そんなふうに自分で自分に様々な言い訳を繰り返しながら、本当はずうっと悩んでた。


 今さら告白したところで仕方ないのはその通りかもしれないけれど。

 あっさり振られちゃう可能性も高いけど。 

 それでも最後の最後に当たって砕けちゃった方が、すっきりしていいんじゃないかって。

 でも、悩んでるうちに高校は休校になり、彼に会うチャンスすら無くなって、卒業式もないまま卒業させられてしまった。


 そして、最も悲しいお知らせは、彼の携帯電話の番号もLINEも分からないということ。

 六年間も同じ学校に通っていたのに。

 わたしってば、いったい何をしていたんだろう。


 こう見えて、実はわたしは男子とも人見知りせずに喋れたりする。けれど、肝心の、好きになってしまった男子はそこから除かれてしまう。その他大勢の男子相手なら、当たり障りのない話がいくらでもできるし、自分から話しかけることだってできるのに。

 その点、美沙子はわたしには偉そうなことを言うくせに、男子の前では途端に引っ込み思案にキャラ変する。借りてきた猫だってもう少し活発じゃないかと思うほどに。

 高校三年間の間に男子と交わした会話なら、美沙子よりもわたしの方が断然多いはずだ。

 彼以外の男子からなら告白されたことも中高の六年間で三回あった。みんな同じクラスで気安く話していた男子だった。


――ノンは男子を誤解させるんだよ。


 なんて美沙子から怒られたことがある。

 そりゃ、わたしなんかに振られてしまった男子は気の毒だなあとは思うけど、魔性の女みたいに言わない欲しい。

 人生、本当にうまくいかないものだ。

 早く新しい生活が始まってくれればいいのに。

 申し訳程度に始まっているリモート講義だけでは高揚感も緊張感もあったものではない。バラ色のキャンパスライフはどこへ行ってしまったのか。


 まあ、これまでの人生を振り返れば、お洒落で華やかな女子大生になれるようなキャラではないと自覚してはいるけれど……。

 それでも、何かを変えるきっかけくらいにはできるかもしれないのに……。

 大学デビューの出端ではなは完全にくじかれてしまった。

 うじうじじめじめした大嫌いな自分でいる時間が長引いている。

 全部、新型肺炎ウイルスのせいだ。

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