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ドン



 ぐちゃぐちゃとした気分だった。

 シロの案内で島の中央に向かって歩き続け、一時間程度だろうか?

 そこには岩が積み重なり、洞窟のようになっている。

 ただ、あまりにもその穴が巨大すぎて……。


「いかん、見上げていると首が痛くなるな」

『あ、その岩と同じ石とか落ちてたら拾って来てくれ』

「は? なんでだ?」

『何かに使えるかもしれないだろう? 成分的なものが』

「……。いくらで?」

『地質や鉱物系は最大で五十万。まあ、物によるな。こっちの世界と同じ成分なら価値なし。ほれ、隕石とかあるだろう? それと同じで未知の成分とかが含まれていればそのぐらいか……物によってはそれ以上払ってもいい』

「お、おお……」


 納得の理由。

 ここの鉱物が宇宙から飛来する、未知の成分が入っているのなら確かにそのぐらいするのだろう。

 ちなみに量は、と聞くとやはり成分による、そうだ。


「じゃあいくつか持って帰るか」

『そんな事しなくても『転送』を使えばいい』

「転送?」

『ああ、そういえば使い方をまだ教えていなかったな。じゃあとりあえずそこに転がっている石に腕時計を向けて『転送』と言ってみな』

「ん? お、おお、これ、か?」


 ジークが指差したのは手のひらサイズの石だ。

 それに腕時計を向けて「転送」と言われた通りに口にする。

 すると、腕時計から懐中電灯のように光が石に向かって伸びて……。


「消え⁉︎」


 光が石を包むと、何か魔法陣のようなものが浮かび上がりーー消えた。

 驚いて声を出すと、ジークは冷静に『ただの転送機能だ』と告げる。

 ただの?


「い、いや、ただのって……」

『物質や液体を解析して、瞬時にこっちの研究所ラボに転送する。ただそれだけの機能だ。詳しく説明してもいいけど、分からねーだろう?』

「…………まあ、分からねーとは思うけど」


 そこは素直に分からないと思った。

 しかし、改めてこの腕時計……どうなってしまったのだろう。

 元々は安くて頑丈、そしてスマートに見えると購入した、それほど有名なブランドではない腕時計を見下ろしてしまった。


『心配しなくても腕時計は今日が無事に終われば元に戻してやるよ』

「え、あ、そ、そうか?」

『当たり前だろう。こんなオーバーテクノロジーが詰まったモン、一般人にいつまでも持たせておくかよ』


 やっぱり現代技術ではないらしい。

 改めてこの男……ジークは何者なのか。

 正直使い方がよく分からないので、持っていたところで……と、思わないでもない。


『それより、ギベイン』

『はいはーい。分析結果が出たよ。うん、普通の石!』

『手間賃で二千円振り込んでおくわ』

「…………ありがとよ」


 手間賃はもらえるらしい。

 しかし、なんだか子どものお駄賃のようなノリである。


「気を取り直して……シロ、その、ドンってやつはどこにいるんだ?」

「この穴の中に、いつもはいるんだが……見張りをしてるやつらがいないとなると出かけているんだと思う」

「見張り……」


 キョロキョロ、全員で辺りを見渡して確認するが、それらしい生き物はいない。

 となると、ここで待つのが最善か。

 そんな風に考えて、穴の奥を覗いた時だ。


「ききぃー!」

「キキィー!」

「な、なんだ⁉︎」

「見張りのショウジョウたちだ! 気を付けろ、マスター! あの黒いコブ……!」

「っ!」


 二匹の猿が、赤い目をして走ってくるのが見えた。

 凄まじいスピード。

 猿たちの腕には黒いコブが盛り上がっている。

 彼らも【界寄豆】の種を食べたのだ。


「まあ、確かに豆は食用じゃあるけれど!」

『…………』

「ジーク?」

『……いや、とりあえず接近してくる個体を敵と仮定。戦闘による制圧を推奨する』

「そ、そうだな……それしか、なさそうだな。……頼むぞみんな!」

「うん!」

「はぁい!」

「任せろ!」


 相手は二匹。

 初の集団戦となる。

 こちらを確実に狙っている二匹は、三メートルほど手前まで来ると左右に分かれて回り込んできた。


「速えぇ⁉︎」

『右側へシロの戦闘スキル、『アイスグラウンド』、左側へねぎまの『魅了のダンス』の使用を推奨する』

「アイスグラウンド? えっと……っ、迷ってる暇はねーな! シロ! 『アイスグラウンド』だ! ねぎまは『魅了のダンス』!」

「アイスグラウンド!」

「魅了のダンス〜!」


 あ、技名叫んでたんだ。

 ……と、かなりどうでもいいことを思った。

 シロが口から吹雪を放つと右側一帯の地面がツルツルの氷で覆われる。

 右に回り込んだショウジョウというモンスターは、その氷のせいで滑って転んでしまう。

 左側はねぎまの『魅了のダンス』で頭をクラクラとさせる。


「お、おお!」

『左側を先に仕留めるのを推奨』

「よっしゃ! ショコラ! コブにファイヤーブレス!」

「ファイヤーブレス!」


 ゴォ、とショコラの口から炎が吐き出され、左のショウジョウの左腕にあったコブを焼き払った。

 コブが焼かれたショウジョウは、その場にふらりと倒れ込む。


「やっ……!」

『まだだ、右が残ってんだろーが! シロのアイシクルで足止めを推奨する!』

「わ、分かった! シロ! アイシクルで足止めだ!」

「アイシクル!」


 正直、忠直はアイスグラウンドもアイシクルもどういう効果があるのかさっぱり分からない。

 ジークはそれも把握しているのだろうか。

 シロのアイシクルは氷柱が十本ほど現れ、矢のように空から敵を襲う技。

 ツルツルと滑って、なかなか態勢を立て直せずにいた右のショウジョウの足元に突き刺さると、そのまま凍りつかせてしまった。


「え! スゲェ!」

『関心してる場合か』

「そうだった。ショコラ、頼むぞ!」

「うん、パパ任せて! ファイヤーブレス!」

「ぎ、んぎきいいいぃーーー!」


 右側にコブが付いていた右のショウジョウも、ショコラのファイヤーブレスでそれを焼き払った。

 初の集団戦。

 苦戦するかと思いきや、ジークのサポートのおかげであっさりと終了してしまった。


「パパすごーい!」

「さすがご主人様だわ〜! 指示が的確! カッコいい〜!」

「素晴らしいご指示でした! マスター!」

「……え、い、いや……」


 三匹がとてもキラキラとした眼差しで見上げてくる。

 ほとんどジークのサポートのおかげだと思ったばかりだというのに。

 ものすごく複雑な気持ちになった。


「……えっと、どうするかな……。確か、ショコラが倒すと『敗者を従属化させる』んだったよな?」

『そうだな。これ以上増やしたくないなら、別に仲間になりたそうにされても【いいえ】を選択すればいいんじゃないのか?』

「そ、そうだな。なんか可哀想な気もするけど……」

「パパ! パパ! またレベルが上がったよ!」

「え……!」



【ショコラ】

 種族:ドラゴン(幼少期)

 レベル:15

 HP:2346/2346

 MP:800/800

 ちから:1243

 ぼうぎょ:1562

 すばやさ:666

 ヒット:54

 うん:160

[戦闘スキル]

『ファイヤーブレス』

『ドラゴンパンチ』

『ドラゴンキック』

『ドラゴンクロー』

『ドラゴンテイル』

『ファイヤーボール』

『ウォーターボール』

『ウインドショット』

 New『グランドボール』

 New『エナジードレイン』

 New『メタルパンチ』



 開いたウィンドウを見て、驚いた。

 この技の数々は……!


「こ、これは……」

『……す、凄まじい成長速度……。これが『竜王』か……』

「そ、それにこの技って、属性を選ぶ時に見た記憶があるんだが……なんでショコラが覚えられるんだ?」

『……下を見な。称号、『竜王の転生者』の効果③が開いてる』

「!」



[称号スキル]

『竜王の転生者』

 効果①経験値取得量を増やす。

 効果②敗者を従属化させる。

 効果③幼少期レベル15以上で全属性の技が取得可能。

 効果④————

 効果⑤————

 効果⑥————



「……ぜ、全属性……」

『その上見ろよ、効果⑥なんて表示まで出たぜ? ……こりゃヤッベーな……。どんだけ強くなるんだ? ……これが、ドラゴン……か……』

「っ……」


 増えた表示に息を飲む。

 ねぎまとシロはレベルが上がっていないようだが、ショコラはレベルが三つも上がっている。

 これが、ドラゴン。

 これが、最強の生物。


「パパ」

「あ、ああ、すごいすごい。……やっぱりショコラはドラゴンなんだな〜。すげーな!」

「えへへへへへへ!」


 しゃがんで頭を撫でてやる。

 嬉しそうなショコラに、頬が緩んだ。

 ドラゴンという種の成長速度に恐怖を覚えた。

 しかし、この姿はただのショコラ……忠直が世話をした、小さなトカゲに似た生き物。

 そしてなにより、忠直を「パパ」と呼んで慕ってくれる娘だ。

 何を怖がっていたのだろうと、軽い自己嫌悪に陥りつつも、愛おしい気持ちに素直に笑みを浮かべた。


「ん?」

『どうした? ……ん? なんだこの高エネルギー反応は? おい、そっちから東側、何か見えるか?』

「あ、ああ、地面が少し揺れて……東側?」


 立ち上がる前に地面がわずかに揺れる。

 しかし、ジークの言うことも気になり、ゆっくり振り返った。


「……え? え? お、おい、嘘だろ……」

『どうした?』

「っ……」


 立ち上がり、ジークがモニターで確認できるようウィンドウをそちらに向けた。

 地鳴りが近付いて来る。

 一定間隔で、地面の揺れがテンポよく、よりはっきりと分かるようになり、視認出来る『影』もよりくっきりとしてきた。

 だからこそ『バカな』と目を剥く。

 ズシン、ズシンと巨大な……それはもう、目の前にある岩の洞窟並みの巨体が一歩一歩こちらへ向けて進んでくる。


「象⁉︎」

「ドンだ!」

「あれが⁉︎」


 ドンの名に相応しい、と納得すると同時に——。


「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!!!」


 目が、合ってしまった気がした。

 そして、その瞬間歩いていた象……ドンが牙を擡げ、鼻を大きく空へ掲げ、歩調を早めてきた。

 空気がビリビリと感じるような雄叫びを上げ、もはや、走っているような速度で近付いてくる。

 あの巨体が、走っているのだ。


「ちょちょちょちょ! なんか様子おかしくないか⁉︎」

『落ち着け! これまでの流れを考えろ!』

「こ、これまでの流れ?」

『この世界に来て、一度でも正気を保ったままのモンスターに出会したか?』

「…………。…………まさか……」


 思い返せば落下した直後にねぎまが襲ってきた。

 そして、ねぎまを仲間にした後はシロに襲われ、シロの案内で島の中心……現在地に来たら猿二匹が襲ってきたわけである。

 そう、ジークの言う通り、現段階で【界寄豆】の豆を食べていないモンスターには一匹たりとてお目にかかっていないという……。


「あ、あんなのと戦えるかよ⁉︎ 無理だろ⁉︎」

『戦いようだ! 【界寄豆】の豆を食っているモンスターは今後『コブ持ち』と呼称する! 気を付けろ! どう見ても正気の接近の仕方じゃねぇ!』

「って事は……!」

『まずシロのアイスグラウンドで地面を凍らせてあの速度を封じる! その間にコブの位置を確認!』

「! わ、分かったちくしょう! やるしかねぇな! みんな、頼む! 気を付けろ⁉︎ 相手はこれまでのと違うぜ!」

「分かった! パパ!」

「む、無理よご主人様! 相手はドンよ⁉︎ この島で一番強いのよ⁉︎」


 ねぎまが驚いて飛び跳ねる。

 しかし、相手はもう目の前。

 目測だが時速は恐らく4、50キロ近い。


「ぶるおおおおおおおぉおおぉぉぉぉぉ!」

『高エネルギー反応! 何かしてくる!』

「え⁉︎ な、っ、ど、どうし——っ」

『ショコラのメタルパンチで迎え撃て! 『金属性』は『硬さ』が特徴だ!』

「っ! ショコラ! メタルパンチで迎え撃て!」

「うん! メタル……」

「ダメだマスター! ドンは『雷属性』だ!」

『⁉︎』


 牙の先端に電気の球が二つ、生まれた。

 それを長い鼻が、ボールでも打つかのように振る。

 凄まじい大きさ電気球が、一人と三匹の元へと襲いかかってきた。


「っ!」

『バッカ! それならシロの出番だろう! 『雷属性』は『氷属性』に弱い!』

「え! そ、そうなのか⁉︎」

『説明しただろうが!』

「シ、シロ! なんとか出来るか⁉︎」

「任せろとは言い難いが出来るだけの事はする! アイシクル!」


 飛んでくる巨大な雷球を氷の矢が貫く。

 途端に破裂したそれが、周囲に放電をまき散らした。


「あっぶねぇ⁉︎」

『! 吹雪だ!』

「へ⁉︎」

『シロの技にあっだろう! あれは、特殊スキルとか……』

「吹雪? シ、シロ! 吹雪って使えるのか?」

「吹雪? なるほど! さすがはマスター!」

「?」


 なにやら納得され、その上褒められた。

 しかし、その『吹雪』を使おうとしたシロがギョッと前を見る。

 ハッとして忠直も恐る恐る、その方向を……向く。

 放電がある程度治る頃には、巨大な象が目の前に聳えていた。


「……で、でけぇや……こりゃ……」

『す、推定十五メートル。推定体重は、八十トン……これは……この体重だと、は、はは……アイスグラウンドは、効かなそうだな……』


 確かに。

 アイスグラウンドで地面を凍らせたところで、砕かれて終わりだろう。

 赤い目が忠直たちを見下ろす。

 その、あまりの威圧感。

 あまりの圧迫感。

 呼吸さえ支配されるようで息苦しさを感じた。

 前に出る事はおろか、後ろに下がる事さえ……いや、そもそも、身動きの一つですら許してもらえないような空気感。

 喉が張り付くように熱を持ち、生唾を飲み込むと痛みを感じた。

 毛穴という毛穴から毛が逆立つ。

 歯の奥が、カタカタと鳴り出した。


 これは、死だ。




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