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故郷へ【前編】



「やはり早かったな」

「あ、ああ」

「きゅうぃ」


 ジークを呼び出したのは、二日後だった。

 ショコラの回復は眼を見張るものがあり、大変に早かったのだ。

 そして、そんなショコラに肩を落とす自分がいる事にも忠直は気付いていた。

 早い、本当に早すぎる、と。

 情が移っては別れが辛くなると自分で分かっていたのに、一昨日、そして昨日、部屋に帰ると玄関まで出迎えてくるショコラが可愛くて可愛くて。

 忠直が食事する時でないと餌を食べないショコラが、これがまた可愛くて可愛くて。

 お風呂やトイレに行くと『きゅう〜』と鳴きながらついてくるショコラが可愛くて可愛くて。

 ベッドに潜ると、自分も一緒に寝たい、とベッドの縁にぶら下がるショコラが以下略。


「まあ亜種とはいえドラゴンだ。……想像以上に懐いてるのが気になるが……」

「…………やっぱりこいつも親がいるんだろうしな」

「あ?」

「あ、いや、なんでもない」


 すっかり元気になったショコラは、忠直の腕に抱かれてその腕をよじ登っている。

 フリフリと揺れる尻尾がまた可愛……以下略。

 しかし、それもこの子の本当の親の気持ちを思うと身を引き裂かれるより辛い。

 こんなに可愛い娘さんがいなくなったとなれば……さぞや……。


「うっ!」

「なんで急に泣きそうになってんだテメェ」

「ショコラの親の気持ちを気持ちを考えたら……!」

「キッモ」


 ガチでドン引きされた。


「大体知性や感情のあるドラゴンなんて、よほどの大物だぞ。亜種のドラゴンの親がそんな大層なモンな訳ねーだろアホか」

「いや、でもなぁ!」

「テメェのその人格……思考、心情には実に興味がある。が、こんな夢物語は今日で終わらせな。関わりすぎるとろくな目に遭わねーぜ」

「……あ、ああ……」

「ゲートに特に変化はねーな?」

「ゲート?」


 店内に入り、ジークは真っ先に従業員控え室に入る。

 勝手知ったるが過ぎるのではなかろうか。

 そして、固定されたあの穴……ゲートを指差した。


「裂け目を固定したものは一応そう呼ぶんだ。ゲームでもそう呼ぶだろ、大体」

「ゲームあんまやらねーもん俺」

「ふーん。……そういえばココ、店でも出すのか?」

「?」


 突然話題がシフトした。

 女との会話のような感覚に、不思議に思いながら「ああ、居酒屋をな」と素直に話すとニヤリ、とほくそ笑まれる。


(ヤバイもの見た……)


 本能的にそう感じるレベルの微笑。

 美しい顔立ちの青年だからこそ、背筋がぞわりとしたのだろう。

 忠直のその感覚を感じ取ったショコラがぐるりとジークの方を見て、そして同じく本能的に「あ、こいつに喧嘩売ったらダメだ」と感じたのか忠直の首に顔を埋めてグリグリ擦りつく。

 それがまた可愛くて可愛くて。

 ではなく。


「よし、商売の話をしよう」

「突然なんだ⁉︎」

「まあ、聞きな。当たり前だが異世界の情報は俺みたいな商売やってるとそれなりに価値がある。そしてお前は今から偶然開いた裂け目にそのドラゴンを返しに行かなければならない。つまりこれからお前は異世界に行くわけだ」

「お、おお……」


 改めて言われると緊張してきた。

 しかし、得意げに話し始めたジークは腕を組んでドヤ顔で続ける。


「で、だ。ドラゴンと契約している間は、お前もまたあちらの世界で存在が容認されている状態。歩き回っても存在拒否から存在が消える事はない。その間にあっちの情報を送って寄越せ。なに、軽い小遣い稼ぎだと思えばいい。情報量に応じて『情報料』を支払おう」

「情報料?」

「そうだ。機械とか科学とか……そういうのがいいな。あとは地形や建物。植物、生態系はまあ、そいつを見る限り俺の趣味じゃなさそうだ」

「…………?」


 どんな趣味なのやら。

 怪訝な顔になるが、ドラゴンのいる世界に機械や科学があるとも思えない。

 ショコラを抱え直すと、ふんす、と息を吐き出している。


「えーと、その世界の人間とかは……」

「それは生態系に入る。接触はしない方がいいだろう。基本人間っつーのは野蛮なのが多い。この世界だって似たようなもんだろう。例えばそのドラゴンが、ネット動画で稼ぐ馬鹿に見付かっていたらどうなっていたと思う?」

「っ……」

「そういう事だ。人間の住む村や町があったとしても無視して構わねーよ」


 実に分かりやすい例えだ。

 ショコラを抱える手に、無意識に力が入る。


「……まあ、構わねーが……関わるなと言ったり調べて来いと言ったり、変な奴だな、お前」

「無論口止め料込みだ。言っておくが今言ったような『余計な事』は考えるなよ。……この間も言ったが、俺は穴もそのドラゴンもテメェも、全部まとめて始末したって困らない」

「…………」

「これをネタに俺が脅せるとは思うな。証拠ごと消すのは容易い。テメェが思っている以上に、俺は怖〜い人間なんでな」

「……わ、分かったよ」


 つまり、今のところ消すつもりはない。

 こちらが『余計な事』さえしなければ。

 ……この男の脅しは恐らく本当だろう。

 あまりに綺麗に微笑むので、普通の若者ならば『冗談』と受け取る奴もいるかもしれない。

 だが本気だ。

 こちらが『恐怖を感じない』程、それは彼にとって『容易く当たり前に出来る』のだ。

 朝飯の時に「醤油を取って」と声をかける程度の事。

 それ程に『自然に出来る』のだろう。


「ふふふ。物分かりが良いな。長生き出来るぜアンタ。さて、で、具体的な値段だが……これが値段表」

「値段表とかあるのか⁉︎」

「たまにテメェみたいなのには出会すからな。そういう時はこうやって買収している」

「な、なるほど⁉︎」

「特にテメェみてぇなこれから商売したいと思ってる奴は入り用だろう? 商売するならこっちも商売……ウィンウィンでいこーや……」

「な、なるほど……」


 納得のいく理屈……か?

 しかし値段表を見て目玉が飛び出た。


「く、口止め料一千万円⁉︎」

「とりあえずその金額は確実にテメェの懐に入ると思いな。異世界の情報料に関してはその下だ」

「っ!」


 機械・化学・科学系は最大百万。

 地形・環境・建設物・芸術系は最大五十万。

 それ以外は最大十万円。

 あまりの値段に五回ぐらい見直した。


「ざっくりとだが、ドラゴンのいる世界は大体科学が発展してねー場合が多い。大して期待はしてねーから、テメェも欲はかくなよ。下手したら死ぬぜ」

「う……、ま、まあ、口止め料だけでここの土地代が返ってくるし……それはまあ、うん」

「で、どーする? やるか?」

「やるな」


 これはやるだろう。

 即答するとやはりニヤリ、とジークに笑われる。

 金に目が眩んだ、と思われたか。

 いや、だがこれはやるだろう、誰でも。

 口止め料で満足するのはよほど欲のない奴だけだ。

 あいにく忠直はこれから商売をする。

 資金はいくらあっても困らない。

 むしろ、これだけの資金があれば内装をもう少し凝ったものに出来たり、諦めていた店舗オリジナルの制服やちょっと良い食器や調理器具が買えたりなんかりしたり……。


「夢が広がるなぁ」

「夢を見過ぎて本来の目的忘れるなよ」

「ハッ!」


 そうだった。

 これからショコラを故郷に帰す。

 本来の目的はそちらである。

 まさにジークの指摘通り。

 咳払いでごまかす。


「じゃ、じゃあ早速」

「待て、一応契約書に目を通せ」

「……シッカリシテルナー……」

「金が絡むからな。じゃあ簡単に説明するぜ。乙は……」



 〜中略〜



「以上を了承した場合はここにサインと指紋を」

「指紋」

「載せるだけで読み取るから、それで契約成立だ」

「ん、分かった」


 思いの外ちゃんとした説明だった。

 こちらのデメリット——怪我や死んだ場合の保障はなし……もしもその保障が欲しい場合は、別契約——もしっかり説明に入っていたし、右手の人差し指をその紙の丸く円が書かれた上に載せる。

 ジジジ……と電気のような光が紙に走り、『成立』と紙の真ん中に文字が浮き出た。

 思わず「おお……」と声が漏れる。


「で、死んだ場合と怪我の保障ってのは?」

「こっちは専門職みてーな奴等向け。普通の保険みてぇに、月々の積立からもしもの時に引き落としになる」

「…………。け、結構オタクの業界も福利厚生がちゃんとしてるんだな……?」

「商売だからな。届けがなければ異世界への長期滞在は許されないし、勝手にその世界に住み着くとかも許されない。そういうのは強制送還になる」

「わあ……」

「とは言えやばい場所である方が多い。この国は平和ボケしまくってるから、気軽に行ってそこへ住むのが簡単だと思ってる馬鹿が多過ぎる。特に最近、小説やら漫画やらアニメやらの影響で異世界に行ったら俺最強になれるぜイェーイみてぇな事が当たり前に思ってる馬鹿が多いらしいが、断じてそんな事はない! 死んで異世界に転生っつーのも稀だ馬鹿め。死んだら死ぬに決まってんだろっつーの」

「……あ、ああ……」


 たまにテレビのCMでやってるああいうやつのことだろうか?

 そういったものにあまり興味がないので分からないが。


「死んだらそれまでで穴はこっちで閉じさせてもらう。怪我して動けなくなった場合の救助、その後の治療費、通院費、後遺症等の保障が欲しいなら、口止め料から三割……三百万だ。どうする?」

「うっ……うーん……いや、うん、付ける」

「じゃあこっちにもサインと指紋」


 これから行くのがどんな場所かは未知数なのだ。

 それらの保障が三百万。

 海外に行く時の保障積立金よりは高額だが、行くのが自分一人なのだから仕方もないだろう。

 それに、異世界に行ってそれらの保障が付く方がレアのはず。

 ありがたいと思わなければ。


「ち、ちなみに死体の回収とかはしてくれるのか?」

「はあ? しねーよ、するわけねーだろ。向こうで死んだらそれは契約獣のこいつの責任だからな」

「きゅう?」

「……!」


 契約獣。

 そういえば、忠直はこのドラゴン、ショコラと契約をしていた。

 しかし、それは仮契約だったのでは?

 それを聞いてみると「あれは一方的だったからな」……との事。

 今はショコラが忠直を『契約者』として認識している、らしい。

 つまり、正式な『契約』が成立している、と。


「ああ、契約の解除は向こうでそのドラゴンと同意の上で行わねーとならねーぞ。ちゃんと説得しておけよ」

「え、ええ?」

「まあ、そこまで低知能な生き物じゃねーから話せば分かるんじゃねぇの。それとも、こっちにいるうちに説得しておくか?」

「……そ、そうだな……」


 ぎゅー、と肩にしがみついたままのショコラ。

 力は強いが、スースーと、これは完全に寝息だ。

 きっと人間同士が長話していてつまらなくなったのだろう。

 その姿が微笑ましくて、起こすのも忍びないが……背中の翼の間をトントンと軽くたたく。

 ピィ、と鳥の鳴くような鳴き声。

 あくびをする音。

 頰にゴリゴリと擦り付けられる角。


「ショコラ、これからお前はお前の世界に帰るんだ」

「きゅぴぃ?」

「ああ、俺も一緒に行くよ。……でも、俺はここの世界の人間だ。お前を親のところまで連れて行ったら、俺はこっちに帰って来なきゃならねぇ。ショコラ、俺も寂しいが、お前は親と一緒に暮らした方がきっと幸せだ。だから、あっちに帰って、お前の親に会えたらさよならだ。分かるか?」

「きゅ……きゅう、きゅうぃぃぃぃ……」


 やはり賢い生き物だ。

 忠直の言っている事をほぼほぼ理解しているらしい。

 明らかに悲しそうに声を出して、首を振る。

 そして、忠直の首にしがみ付いて……。


「いだだだだっ! 爪! 爪食い込んでる!」

「きゅぴゃう!」


 爪が食い込んでいると叫べは、両手を広げて放してくれる。

 賢いというか、ほぼほぼというか……完全に理解しているだろ、これ。

 思わず笑って頭を撫でた。


「ありがとう。……でも、これがお互いの為だ。お前はお前の親と一緒に暮らす方がいいに決まってる」

「きゅう、きゅううぅ……」

「…………」


 ジークが鳴くショコラを、唇に指をあてがって眺めた。

 彼は彼なりに思う事があるのだろう。

 それでも、忠直はショコラの頭を撫でて改めて「な?」と語りかける。

 目に涙まで浮かべたショコラに「やっぱり一緒に暮らすか」と、喉まで出かかった。

 いくら可愛くてもドラゴンは飼えない。

 この世界のドラゴンは空想の生き物なのだから。


「ショコラ」

「きゅううぅ……」


 胸にトン、と鼻っ柱が突きつけられる。

 トン、トンと、何度も。

 責めるように。

 頭を撫でて落ち着かせるが、一時間近くかかった。

 どんどん辛くなる。

 こんなに頼られて、こんなに懐かれて……。


「俺だって辛いんだよおおぉ!」

「きゅいうぃぃ〜!」

「でもお前の幸せを考えると、お前の親の気持ちを考えるとおおぉ!」

「きゅうううぅ〜!」

「うぁああああぁぁぁ!」

「きゅういいいぃい〜〜!」


 なので最終的に二人で抱き合って更に一時間号泣した。



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