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2/22

お世話



 まずはショコラの体をぬるま湯で濡らしたタオルで拭いてみた。

 思ったほど汚れていなかったが、次に頭を抱えたのは食事に関してだ。

 伝説の生き物は何を食べる?

 まさか生きた動物しか食べない……とかだったらどうしたものだろう。

 未だ目覚めぬショコラを座布団の上に寝かせて、折りたたんだブランケットをかけてやる。

 キッチンの冷蔵庫を開けると、中にはビールと牛乳、豚肉、ネギと納豆。


(米はある。鍋には味噌汁も)


 今日、掃除を終えたら買い物に行くつもりだった。

 食材はギリギリまで買いに行かない。

 料理の練習にもなるので、そこにあるもので作れるものを食べるようにしていた。

 なにしろ居酒屋でバイトしていたのは、二十代の前半まで。

 調理師や栄養士の資格は取得したものの、二十年近くサラリーマンをしていたのだ。

 腕は鈍っていた。

 それでは飲食店の店主など務まるはずもない。

 だから、日々練習。

 あの頃の実力を思い出す為に、三食自分で試行錯誤を繰り返し、店に出せるものを生み出そうとしていた。

 焼き鳥や唐揚げなど、調理に時間のかかるものは業者用の冷凍のものを仕入れるつもりだが、例えばだし巻き卵、焼き魚などは店内で料理して出せるはず。

 そのくらいは完璧にしたい。

 それから目玉となるその店だけのオリジナルメニュー。

 それがどうしても欲しい。

 そして、欲しいと思うが思い付かない。

 冷蔵庫から豚肉を取り出して、味噌汁を温める。

 そこに軽く炒めた豚肉を入れてネギを刻み、火を止めて投入。


「東北の豚汁風味噌汁完成!」


 ……東北というか宮城県豚汁風だろう。

 まあ、それはいいとして、ドラゴンはネギを食べてもいいのだろうか、と不安になる。

 確か犬や猫は中毒になるので玉ねぎやネギ類は絶対アカン食材だったはずだ。

 スマホで調べるとやはり『絶対ダメ』となっている。

 しかし相手はドラゴン。

 とりあえず無難に白米だけ食べさせてみるか、と適当な皿に米だけ盛って……ふと『一番無難な牛乳』という選択肢を忘れていた事に愕然とした。

 そう、ここは牛乳ではないか?

 相手はドラゴンとはいえ、赤ちゃんのはず。


「……なになに、犬や猫は人間の飲む牛乳は強すぎるから薄めて飲ませる……そういうものなのか……。ドラゴンも一応薄めた方がいいのかな?」


 うーん?

 悩んでみるが、さすがのグールル先生もドラゴンの食べる物は答えられない。

 そりゃそうだ、この世界にドラゴンは存在しない生き物。

 伝説上の生き物であり、空想上にしかいないのだから。

 ともかく衰弱しているらしいショコラを元気にするには、まず睡眠と食事だろう。

 自分の昼食を持って部屋に戻る。

 座布団の上では、いつの間にか丸くなって眠る小さなドラゴン。

 娘が猫アレルギーで、元妻は犬嫌い。

 動物は飼った事がなかったが、飼えばこんな感じなのだろうか?

 自分以外の存在が同じ空間にいるという、奇妙な感覚。

 外は雪で、時折聞こえる車や電車の音以外無音。

 いや、多少エアコンの風の音が聞こえる。

 箸でご飯をつまみ、口に運ぶ。

 スー、スー、という寝息が混ざって聞こえるようになり、目を細めた。

 自分以外の存在が同じ空間にいる。

 いつぶりだろうか。

 残業は多かったが、手当はちゃんと出してくれる会社で、妻も働いていたので子どもたち二人を大学まで送り出す事が出来た。

 どちらかといえば、女医である妻の方が圧倒的に稼ぎは良かっただろう。

 息子もそんな妻に憧れ、医学生になった。

 ただ、その格差が……妻に不満を抱かせ、不倫に走らせたのだとしたら……。

 箸を置く。

 ぐい、とお茶を飲む。

 考えるのは——後悔はやめよう。


「…………さて……」


 食べ終わり、食器も片付いた。

 片付いていないのはショコラ用の白米だけ。

 目覚める気配は未だなく、このままじっとしていても夕飯の食材は足りなくなる。

 ので、申し訳ないとは思うがショコラはこのままにして買い物に行く事にした。

 駅の近くではないが、大型のスーパーと100円ショップ、ホームセンターがセットになって建っている場所がある。

 買い物はいつもそこで済ませていた。

 店のオリジナルメニューの試作もしたいし、ショコラの頭を撫でて一応「行ってくるな」と声をかける。

 近くに皿で水を置いて、車の鍵を持ち玄関を出た。

 心配ですぐに戻りたくなるが、三十分以内に戻って来れればきっと大丈夫だと思いたい。


(お? ドッグフード……)


 店内を食材ついでに歩き回ると、ペットコーナーがあった。

 いや、あるのは知っていたがこんなに広かったとは。

 犬猫用の顆粒だけで十種類以上置いてある。

 それになに?

 シニア用だと?

 七歳以上、十歳以上……。

 ああ、いや、よく見ると生後一ヶ月以内の子犬、子猫用粉ミルクまであった。

 国産厳選、アレルギー用、歯磨き効果ありの物……昨今のペットはすごいものを食べているんだな、と思わず感嘆の息を漏らす。


「…………とりあえずこれでいいか」


 噛みごたえがありそうな、大きめの犬用顆粒。

 2.5キロ、小袋分け。

 こだわり素材で、チキンと野菜と魚味。

 果たしてドラゴンに味が分かるのか。

 それはそれとして、野菜と魚は体に良さそうだ。


(おお、さつまいもスティックなんてあるのか。これも体に良さそうだな。ああ、でも肉も食った方がいいのか? ドラゴンだもんな? お、こっちのレバースライスや砂肝も良さそうだな。買っていこう。……おもちゃとかもあった方がいいのか? い、いやいや、元気になるまでだから……)


 気付けばペットコーナーで三十分費やしていた。





 ***




「ただいま!」


 玄関の鍵を開けて、自宅へと入る。買い物袋は三袋にもなってしまった。

 靴を揃える事もなく、蹴とばすように脱いで廊下を進んだ。

 突き当たり右にあるキッチンへ袋を置いて、カウンター越しにダイニングのテーブルの横にいるはずのショコラを見る。

 スヤスヤと今の今まで寝ていたであろうショコラが寝ぼけ眼で忠直を見上げた。

 起きたのだ。


「あ、ええと、だ、大丈夫か? 飯食うか? ドッグフードなんだけど、食えるかな……」


 なにを緊張しているのか。

 固まった白米の載る皿とは違う皿に、慌ててドッグフードを開封し、注ぐ。

 カラカラと小気味良い音が、盛られていくとさらさらとした音になる。

 どのくらい食べるのかも分からない。

 忠直から見ても山盛りの顆粒が入った皿。

 それをショコラのところまで持っていき、手前に置いてみる。

 ジッと見つめ合うショコラと忠直と顆粒の皿……。


「…………」

「!」


 ショコラが首を伸ばしてクンクン、顆粒の匂いを嗅ぐ。

 そして、食べ物らしいと判断したのか長い舌で一粒巻き込み口に運んだ。

 カリ、と音がして、ショコラが飛び上がる。

 音に驚いたのかと思ったが、瞳が輝く。

 これは、多分……美味しかったのだろう。

 のろのろと起き上がり、最初はこちらを伺いながら控えめに。

 しかしすぐに遠慮なくガブガブと食べ始めた。


「美味いか? はは、良かったなぁ。ああ、ほれ、ゆっくり食え。たくさんこぼしてるぞ」


 大きめの顆粒を買ってきたのだが、皿が悪いのか食べる勢いがすごいからなのか……ポロポロ皿から逃げ出す顆粒たち。

 それを拾って皿に戻すが、そろそろ落ちている量の方がすごい。

 皿が空になってもふんふんと鼻を鳴らして顆粒を探している。

 これはよほどお気に召したと見える。

 ニマニマ眺めて、ハッとした。

 顆粒ばかりでは喉が渇くんではなかろうか。

 用意していた水を差し出すと、やはり一度鼻で匂いの確認をして、長い舌でペロンと舐めた。

 それから、犬猫のように舌を濡らして飲み始める。

 それをやっぱり、無自覚にニマニマと眺めるおっさんが一人。

 彼女の食事がひと段落つくと、忠直はハッとした。


「ああ、ええと、俺は……えーとそーだな。おとーさんだ」

「きゅう?」

「お前はショコラ……ってやっぱなんか恥ずかしいな……」

「きゅうぃ」

「ん、言ってる事分かるか?」

「きゅうぃ?」

「やっぱり分かんねーよな」


 恐る恐る、首を伸ばして匂いを嗅ごうとしたり距離を取りつつ……しかしやはり忠直が気になるといった様子のショコラ。

 まるで映画のCGを見ているような気分。

 しかし、温かいのを知っている。

 手を差し出すと驚かれた。

 だが、そのままにするとおずおずと鼻を近付けてくんくん嗅いでくる。

 やはり、まずは匂いで確認を行うらしい。

 敵意はないと分かってもらえるだろうか。

 ドキドキとその様子を見守っていると、一度離れ、ショコラは目をパチクリさせる。

 首を傾げて笑って見せると、同じように首を傾げた。

 可愛い。


「おとーさんだぞ。ショコラ」

「きゅういぃ? きゅう、きゅう」


 ととと。

 近付いてくるショコラ。

 ますます体をあちこち嗅いでくる。

 胡座をかいていた脚の上に、ショコラが乗っかってきた。

 腕、胸、首、口元……。

 くんくん、と息がかかる。


「きゅあ〜」

「ん? 元気になったか?」

「きゅうあ〜」

「まだ眠いのか。よしよし、もう少し寝てていいぞ」

「きゅう」


 頭を撫でられる……だろうか?

 と、ゆっくり左手を頭に載せてみる。

 つるりとしたおでこ。

 眼を瞑って大人しく撫でさせてくれた。


「良い子だな」

「くるるるるるるる……」


 猫のように喉を鳴らす。

 一応、飼い主(?)として認めてくれたのだろうか?

 大きくあくびをして、自分が眠っていた座布団をクンクンと嗅ぐ。

 畳んだブランケットを持ち上げて、ここで寝て良いぞ、と声をかけるとそれをちゃんと理解しているように座布団の上に横たわる。

 ブランケットをかけてやると、すぐにうとうとし始まった。


(可愛い)


 そして警戒心がだいぶ薄い。

 食欲もあるし、たっぷり寝ているようなので、すぐに元気になる事だろう。

 情が移る前に、故郷に返してやらねばならない。

 そう思いながらハッとした。


「やべ、買ってきたもん冷蔵庫にしまわねぇと」


 玄関に置きっぱなしだった。

 慌てて廊下を戻って、二つの買い物袋を持ってくる。

 袋の中身を冷蔵庫にしまいながら、溜息をついた。




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