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三日目の朝



 二日目もまた拠点作りに勤しみ、そのまま三日目の朝を異世界『結晶島』で迎えた。

 ショコラの体に引っ付いて……正確にはショコラが忠直に引っ付いて寝ていたのだが、シロに「マスター、来客です」と起こされる。

 待て、来客?

 おかしな事だと体を起こし、まだ屋根も出来ていない拠点から這い出た。

 そしてモンスターたちに囲まれて、忠直の存在に気が付いた少年はこちらへ近付いて来る。

 黒い髪、赤い瞳の、どこか冷たい印象の少年。


「真堂刃です。食糧をお持ちしました」

「あ! そうか、ジークが言ってた……」

「はい。それからこれも預かってます。翻訳機能搭載の小型端末。範囲型で、半径一キロの魔物……いえ、モンスターの鳴き声を翻訳可能にするとかなんとか……」

「! 翻訳! ありがたい!」


 そして、この少年もジークの作るものは難しいと思っているようだ。

 だよなぁ、と勝手に親近感を抱く。

 しかし見たところ十五、十六歳くらいだが、ロングコート風のジャケットにブーツ。

 洋風というより中世。

 剣とポシェト。

 そんな格好に首を傾げる。


「あんたもどこかの異世界に……」

「はい。俺は『カネス・ヴィナティキ』という世界の戦争に巻き込まれて……。今は落ち着いていて、戦後の復興にお力添えしているところです」

「……そ、うなのか……」


 戦争。

 人のいる世界なのか、と聞くと、こくりと頷かれる。

 つまり、人同士の戦争に巻き込まれたのか、と続けて聞くと目を伏せられた。


「そうか、すごいなあんた……」

「いや、別に。……多分あなたが考えているような戦争ではないから……」

「まあ、だとしても戦争だろう? ……ろくなもんじゃないだろう、戦争は」

「…………。……そう、ですね。それは……まあ、ろくなものではなかったですね」


 このぐらいの年齢の子どもが表情をほとんど変えないで話す。

 それは、それだけで十分な被害だろう。

 眉を寄せて不躾に眺めてしまうと、彼に少し困った顔をされる。


「ああ、すまん。ええと、それで……」

「目録はこちらに」


 今回持ってきてくれた食糧の目録……としてタブレット端末を手渡された。


(……いや、まあ、い、いいんだけど……)


 とても現代的だ。

 そして、そのタブレット端末もその辺りの家電量販店にあるものとは少し違う。

 驚いたのが軽さ、薄さ、画面の鮮明さ。

 思わず「これお前の世界の?」と聞いてしまう。

 するとさも当然のように「え? いえ、ジークフリート製ですね」と返される。


「……ジークフリート?」

「? ええ」

「……。あ! ジークフリートってもしかしてジークの事か!?」

「え……今知ったんですか?」


 偽名だとは思っていたが、それが本名なのか、と口にするとジト目で見上げられた。

 その目はどこか呆れ果てているようにも見える。


「まさか。あの人の本名なんて誰も知りませんよ」

「え!?」

「ジークフリートというのも会社の代表としての名義に過ぎない。現代でも……地球でも王苑寺柘榴おうえんじざくろなんて名前で生活しているらしいですが、どう考えてもこれ、本名とは思えないじゃないですか」

「…………」


 確かにちょっとキラキラネーム感のある名前だ。

 ごくり、と息を飲む。

 自分が知っているジークの名前はほんの一部。

 それもただの名義の一部とは。


「他にもいくつか偽名を持ってると思いますよ。僕の時は別な偽名で名乗っていましたから」

「そ、そうなのか……」

「嘘つきだし、偉そうだし、タチが悪いし、ほんと最低な人ですよね」

「…………そ、そりゃ、またなんか、苦労させられたんだ、な?」


 昨日ジークが彼の事を話していた時に、借りがどうとか言っていた。

 さぞやぼったくられて、更に借金まで背負わせられたとかなのでは……と心配していたら、くすりと微笑まれる。

 かれもまた整った顔立ちの少年。

 その笑顔は可愛らしい。


「いえ、でも……引きこもりだった俺が人と話せるようになったのはあの人みたいな人として最低な人のおかげかもしれないので」

「…………すげぇ褒めてねーな?」

「あの人の褒めるところなんて顔と声と頭だけじゃないですか」

「…………」


 本人聞いてないよな?

 と、辺りを腕時計を見てしまう。

 するとジンは人差し指を唇に当てていたずらっぽく微笑むと「寝てましたよ」と告げる。

 確信犯だったらしい。


「なんにしても、その小型端末はそちらの簡易改造された腕時計よりよほど多くの事が可能になっています。さっきの目録も、そちらで見られるので確認してみてください。腕時計に比べると持ち運びが大変かもしれないですが、なくさないでくださいね」

「ああ、ありがとう。小型端末なんて大層な言い方だがスマホだよな? これ」

「スマホに見える、が正しいです。あの人の科学力は時代がおかしい」

「…………」


 それはとても説得力がある。

 腕時計を一瞬で改造したり、立体のモニターが現れたり、地面に置くだけで地図が出来たり……etc。


「あいつ本当に何者なんだろうな?」

「深く考えない方がいいんじゃないでしょうか。関わって行方不明になった人、本当にいるみたいですし」

「……そ、そうなのか」


 考えるのは積極的にやめるべきだと改めて思った。


「では、俺、この世界に『許可』があるわけではないので失礼します」

「え? もう行くのか?」

「はい。『カネス・ヴィナティキ』も抜けてきているので。……まあ、俺がいなくてもいいとは思うんですが……見届けたいんですよね」

「若いのにセリフがジジくさいなぁ?」

「そうでしょうか。でも、知り合いの結婚式が終われば地球でもう一度……やり直してみようかなとは思ってるんですよ。では」

「……ああ、ありがとうな」


 最後の方は少し笑顔が見えたジン。

 彼を見送って改めてスマホを覗き込む。

 ジンを囲んでいたモンスターたちも、忠直の側に寄ってくる。


「えーと、どういじればいいんだ? スマホは苦手なんだよなぁ」


 画面を点けるくらいならさすがに出来るのだが、そこからどういじればいいのか、と悩む。

 いくつかのアイコンがあるものの、どれも見た事のないものばかりで迂闊に起動させたいと思えない。

 なぜなら『爆弾マーク』と『死神と鎌』、『六母星』に『血の付いた包丁』、『袋で殴られるハゲ』……見るからに気味が悪いのだ。

 腕時計に呼びかけてみるも相変わらず反応はなく、仕方なく唯一危なくなさそうな『メモ』と書かれたアイコンに触れてみる。


「目録だな! おお〜、色々ある!」


 まずは昨日ジークが言っていた通り5トンにもなる干草、百キロの冷凍肉。

 キャベツが十キロ、人参、ジャガイモが二十キロ……などなど。

 これならば畑が軌道に乗るまで保ちそうだ、と安堵するが……そもそもこれらはどこにあるのだろう?

 ジンにその辺り、一切聞いていなかった。

 ただ、このスマホを手渡されただけ。


「マスター……」

「ご主人様! ご飯が来たの?」

「きぃきぃ!」

「きぃ、ききい?」

「う! っちょ、ちょっと待っててくれ! ジーク! おいジーク! 使い方! 使い方教えてくれ!」




 ***



「おお〜」


 数十分ほど呼び続けて、ようやく反応してくれたのはギベインだった。

 ギベインに色々指南を受けて、取り出したのは百キロ近い干草と十キロのお肉。

 取り出し方は『袋で殴られるハゲ』のアイコンをタップすると、目録で貰ったリストが出てくる。

 そのリストから必要な個数や量を入力し、付属のカメラ機能で出したい場所をタップするとそこに物が現れる……というものだった。


『出たかい?』

「ああ、サンキューな! えっと、他のやつも教えてくれるか? ……どれもこれも不気味なんだが……」

『ああ、アイコンのデザインの事? すまないね、ボク、絵心がなくて』

「お前が描いたのか!?」

『まさか。AIに面白い感じで自動作成してもらったんだよ』

「…………」


 これらは面白いとは思えないのだが。


「マスター、頂いてもよろしいのですか?」

「ああ、みんなたらふく食えよ。ドンやショコラはまだ起きてこないのか? 誰か起こしに行ってくれ」

「きぃきぃ!」

「ききーぃ! きいきいー!」


 ショウジョウたちが左右に分かれてそんは岩の穴に、悟空は作りかけの拠点へと走っていった。

 孫は二匹いたショウジョウの片割れ。

 片方だけ悟空と名付けてしまったので、もう一匹にもそう名前を付けたのだ。

 正直見分けは全く付かないのだが、名前を呼べば手をあげたりしてくれるので区別は付けられるようになった。


「えーと、なんの話だったっけか……あ、ああ、そうだ。他のアイコンについても教えてくれるか」

『ボクが知ってるのは『六母星』は結界機能って事くらいかな。えーと、君たち拠点作りとビニールハウスを作ってるんだろう? 進捗は?』

「拠点は屋根を取り付ければ形は完成って感じだな。ビニールハウスの方は、昨日水が確保出来て井戸も完成間近……ってところか」

『そう、まだまだだね。とりあえず先に拠点を完成させなよ。ビニールハウスは作るところ決まってる? そこに【界寄豆】の根避けの結界を繋げて張る……って書いてあるね?』

「あ、ああ、そう話してた」

『あとこっちは契約書の類が山のように……』

「お、おう……その辺も色々……話さなきゃいけないんだが……」


 契約書関係はあれやこれやと結界を張ったり拠点作りしつつ、ちまちまと進めていた。

 だが、こちらに泊まってしまった事でまだ完璧ではない。

 ギベインに『一度戻ってきてきちんと諸々の契約を交わした方が今後動きやすくなるんじゃない?』とかなりごもっともな事を言われてしまった。

 実にその通りで、肩が落ちる。


「そうだな……結界を張れば……あとはみんなで出来るかな?」

『仕方ないから今日はボクがサポートしてあげるよ。一度帰ってきて、ジークと契約について話したら?』

「うーん、そうだな……」


 腹も減ってきたし、と自分のお腹をさすっていると、ショコラが起きてきて近付いてきた。

 まだどこか寝ぼけ眼の娘に「おはよう」と声をかけると、ショコラもあくびをしながら「おはよう」と返してくれる。


「ショコラ、俺は一度契約書を書いたりしに地球に戻るが……一緒に来るか? それともみんなと飯食うか?」

「みんなご飯食べてるの? ……うーん……うん、みんなとご飯食べる。お腹すいた」

「そうか。じゃあ行ってくる。飯を食ったら拠点作りとビニールハウスの建設を始めるようにしてくれ。えーと……」

『腕時計を置いてってくれる? それで指示を出すから』

「分かった。拠点作りやビニールハウスの作り方はギベインが教えてくれるから、分からない事があったら聞いてくれ」

「分かった。いってらっしゃい、パパ!」


 ショコラの頭を撫でる。

 大丈夫だ。

 ショコラは恐らく、見た目通りの身長の子どもなのだろう。

 中学生ぐらいならば留守番は任せて問題ない。

 だから微笑んで、一言「頼んだぞ」と言う。

 ショコラはその言葉に瞳を輝かせる。

 ほら、思った通りだ、と忠直は拠点の中の転移門から地球へと戻った。

 相変わらず一瞬の浮遊感の後、気付けば従業員控え室にいるのだから不思議だ。

 電気の付いていない従業員控え室を出ると、テーブルに突っ伏したまま寝ているジークを発見する。

 ギベインはやはり一緒にはいないようだ。

 一体どこから話していたのか、気にならないと言ったら嘘になる。

 しかし、今はジークを揺り起こす。


「おい、ジーク。朝だぞ。起きろ」

「……んうぅ……うるせぇ、眠い……」

「ったく、仕方ねーな」


 一度店を出て、二階の自室に戻る。

 そこから食材を持ってきて、店の厨房で調理を始めた。

 朝食は味噌汁と白米、ほうれん草の胡麻和え、たくあん、納豆。

 簡単だが、十分だろう。

 少し気掛かりなのは白米が昨日のものだという事。

 電子レンジで温めた後、鍋に水を入れて米を研いだ。

 業務用の炊飯器に仕掛けて、次にホットケーキミックスを取り出す。

 昨日のホームセンターでの買い物の時に新たに買っておいたものだ。

 凝ったものを作る時間が惜しいので、シンプルにホットケーキを作る。

 ホットケーキミックスに、卵、牛乳を混ぜ入れ、玉が消えるまでしっかりとかき混ぜる。

 玉は潰して、切るように混ぜ、少し考えてから砂糖を二匙足した。

 ジークは甘いものが好きなようなのでサービスだ。


(さて、結構なタネが作れたから……)


 まず一割ほどを油を敷いて熱したフライパンの上に流す。

 中火にして、気泡が出来るのを待つ。

 その間に揚げ物の鍋に油を入れて、火にかける。

 フライパンを見ればいい具合に気泡が割れ始めた。

 一度焼けたそのホットケーキを皿に載せ、油をほんの少し足してもう一度同じ分量のタネでホットケーキを焼く。

 それが終わってからタネを今度は丸く小さな塊になるよう、揚げ物用の鍋の中に入れる。


(本当はホットケーキミックスを増やしてきちんとタネ作りした方がいいんだが……朝からこれはちょっと重いよなぁ)


 と思いつつも、十個ほどを揚げて、ひっくり返す。

 ひっくり返しながら隣のフライパンを見れば気泡が弾け始めていた。

 おっと危ない、と皿に載せていた最初のホットケーキを、その上に載せて弱火でじっくりと火を通す。

 鍋の火を止め、中の塊がきつね色になったらキッチンペーパーを敷いた皿へ、油を切ったそれを載せた。

 粉砂糖を振りかけて……。


「よし、ドーナツ完成。不恰好だが、まあ、味は大丈夫だろう」


 フライパンも火を止める。

 こちらも皿に載せ、皿にバターとハチミツをかければ……。


「ホットケーキも完成。仕方ないから苺ジャムと生クリームもサービスだ」

「……ほほう?」

「起きたか? 飯出来てるぜ。テーブルの上片付けな」

「…………」


 一瞬不満げにされ、そこは素直に別なテーブルへ持ってけば良いだろう、と言われて肩を落とした。

 まあ、その通りではある。

 なので盆に載せた朝食を、隣のテーブルに載せて手を合わせた。

 意外だがジークはきちんと手を合わせて「いただきます」を言う。


「なんだ?」

「いやぁ、ちゃんと『いただきます』が言えて偉いなぁ?」

「パートナーがそういうのうるさかったんだよ」

「……パ………………」

「ああ? いないように見えるのか?」

「………………い、いや……」


 恋人は、そりゃいそうだ。

 チャラそうというわけではないが、これほど整った顔の男なら引く手数多だろう。

 ただ、少し驚いた。


「へぇ、どんな子なんだ?」

「なんでそんな事テメェに教えなきゃならねーんだよ」

「いや、だってちゃんと『いただきます』と『ごちそうさま』を言うように言うって事はさぞ

 育ちの良いお嬢さんなんだろうな、と」

「…………」


 無視。

 話す気はゼロのようだ。

 無理に聞き出すつもりはないので、肩を竦めて食事を進めた。


「そうだ、飯の後契約について詰めたいんだが」

「ああ、そうだな」

「酒は飲めんのか?」

「あ? なんだ急に」

「いや、仕事相手とは一度飲んでおいた方が良いかと思……」

「くっだらね。酒の力で本音が出るのは素人だろうが」

「っておい! それは食後だぞ」


 出しておいたホットケーキとプチドーナツをひょいひょい食べ始めるジーク。

 食べ終わるまで待てないとか、子どもか。


「! ……柔らかいな?」

「まあ、プチドーナツは生地が柔らかいままのやつだからな」

「へぇ。うん、悪くねーな。まあ、もっと甘くても良いが」

「あ、甘党がすぎねぇか?」

「テメェも今のうちに糖分摂取しとけ。この後契約の話なんだ、地獄を味わう事になるぞ」

「…………そうだな」



 この後むちゃくちゃ難しい話しした。



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