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5 蘇生の礼は案内と大立ち回りは死線で躍り去る



 痛いっ!。

 俺は激痛を感じて目を見開き、空を見上げる。

 空はまだ青く、昼辺りだと思う。

 この痛みは何だ?、と辺りを見渡す。

 周りには木々が生い茂り、俺を運び蜘蛛の糸のような布で押さえつける小型の四足キカイとあの少年がいた。

 少年は両手に何かの器具を持ち、俺の顔を覗き込むと傷に目を向けた。

『目が覚めたんですか?。じっとしててください、すぐに治します』

 小さな筒から噴き出る白い泡が俺の傷口に盛られていた。さっきの痛みはこれか!。

 身をよじるも小型の四足キカイが白い四足をしっかりと地面に着くため、蜘蛛の糸のような布が少し揺れる程度である。

「おい、離せ!。痛いって、何しやがるんだ。おいなんだ、その疑問顔は、不安を感じるからやめろ」

『大丈夫ですよ、えっと、こうでしたよね?。えーと、救護マニュアルその2で間違いないよね?。………任せてください』

「おい待て、何だその自信は無いけど頑張ります顔は、ぎぃいっ」

 少年は俺の傷口に、白い砂糖のような粉を振りかけて、蜂蜜のようなドロッとした赤い液体を白い綿の小枝に絡めて塗り込み、白い布地と重なる幾数の穴を空けた茶色の紙を貼り付ける。

 その過程で俺は、塩と砂利が擦り込み、熱されて溶けた鉄が塗り込められる、恐ろしく長い痛みに襲われた。

 少年は小さな水色の箱型の先の出っ張りを俺の傷口に貼り付けられた茶色の紙に押し当てて、引き金を引いた。

 金切り音が鳴り響き、針のような鋭い痛みが走る。

 俺の傷口に貼り付けられた茶色の紙が白い針に縫い留められていた。



 幸いなことに弾は急所から外れていた。貫通したおかげで、鉛の毒を味わう事にならずに済んだ。

 あの白い砂糖のような粉と蜂蜜のようなドロッとした赤い液体は、肉を生成し血を固める作用があるようだ。貼り付けられた茶色の紙は傷口の保護と圧縮による代替(だいたい)皮膚の役割を持ち、縫い留められた白い針は体内に吸収される成分の塊でできているため役割を終える頃には跡形もなく消えているだろう。

 俺達の治療魔法よりもニンゲンの治療技術が高いことが分かる。

「治療の礼でニンゲンの領域まで案内するのは今回だけだからな。勘違いするなよ」

『リザード、あのリザード種が目の前で歩いているよ!。ほうほう、尻尾は歩行時の重心の役割なのか!。おぉ、その黒い刀身は閉山された常磐炭田産石炭の炭素で構成された剣ですね?。あっ、傷はどうですか?。国連軍共通救護キットのでも治療できるんですね。これは良い発見だ!』

「絶対に通じてないな」


 出血は止まり、傷口は塞がった。

 そのままこの少年を置いて行けばいいのだが。命を助けられて、このまま逃げるのは夢見が悪い気がした。

 俺は少年を連れて、鬱蒼に茂る森を歩いていく。


 どうやら、あの小型の四足キカイの四足は足の形を変える事ができるようだ。

 あの少年が小型の四足キカイの腹を踏んだ時は驚き、俺にも踏ませるように引っ張る時は困惑したが、小型の四足キカイの四足が俺と少年の足に変化していく時は流石に引いた。

 小型の四足キカイにはニンゲンの追跡者に対する囮になってもらった。


 おそらく彼等は、トカゲモドキがニンゲンの少年を捕虜として連合部族同盟軍の領域に連行した、と勘違いしているだろう。

 この少年に何の価値があるか分からないが、少なくとも、まさかトカゲモドキがニンゲンの領域(たしか国際統合人何とかだったような)に向かっているとは思わないだろう。

  まぁできれば、このまま俺の追手と少年の追手が鉢合わせして共倒れしてくれれば、すんなりと解決するんだがな。あの神官はニンゲンを()れる、あのニンゲンはトカゲモドキを()れる、少年は安全にニンゲンの領域へ帰還できるし、俺は安心して連合部族同盟軍の領域に帰還できる。

 いや、そんな簡単に思い通りにいくわけない。

 


 ところであのニンゲン共は何故に少年を追っているのか?。

 おそらく捕らえるためではないな、捕らえるにしては殺気を込めて捜索はしない。

 それと、少年を守るニンゲン共もいた。何かそれ相応の立場にいるのか?、この少年しかできない能力でもあるのか?。

 いや、俺がそんな考えをしても意味は無いだろう。

 この少年を無事にニンゲンの領域へ帰還させるだけでいい。

 それ以上は必要がない。



 俺は少年を連れて歩く。

 あともう少し先にある平地を超えて森を抜ければ、地図に描かれているニンゲンの領域だ。そこまで行けばニンゲンの町がある、人目は多いから少年の追手共は手出ししにくいだろう。

 俺が連れて行けるのはそこまでだ。


 森を抜けて平地に進み二、三歩で足を止めた。俺の後ろで歩いていた少年が、突然止まった俺の背中に衝突して尻もちをつく。

『いたっ、どうしたんですか?』

「黙ってろ」

 平地には俺と少年以外に俺目当ての先客がいた。


「ここまで追ってくるとはな。神官さんよ」

「裏切り者には死だからな。デモンド十人隊長」

 そこにはリザード族の神官とその部下たちが待ち構えていた。


「俺の記憶に間違いなければ、来る途中にはニンゲン共がいたはずなんだがね」

「川を下る我らと違い、やつらは森の奥深くまで行っていた。さすがに数の不利で撤退を考えたが、何故かやつらは連合部族同盟軍の領域へ向かったよ。おかげでお前が通るであろう道に待ち伏せする事ができた、まさに神の導きだな」

 いや、それたぶん小型の四足キカイの導きだと思う。そもそも殺されているのに、導きはできるのか?。

 どちらにせよ、厄介なのが現れた。

 リザード族の神官は目を少し大きく見開く。

「そのニンゲンの幼子はなんだ?」

 俺の背中に隠れていた少年が気付かれた。少年はリザード族の神官の姿を見て何かを感じ取ったのか、静かになる。


 リザード族の神官は少年を見て、何かを考え込み、そして俺の目を見て言った。

「デモンド十人隊長、チャンスをやろう。そいつを渡せ」

 何だと、お前もか神官。

 お前もあのニンゲン共と同じなのか?。

「何故ですかな?。こんなニンゲンの幼子には価値もありそうには見えんでしょうな」

「貴様にはな。何も知らんだろうが、ただ黙って何も訳を聞かずに、そいつを引き渡せば、貴様の罪を免除しよう。どうする?」

 黙って訳を聞くな、か。しかも罪の免除もきた。

 俺は後ろにいる少年をちらりと見た。

 少年は震えている、リザード族の神官が醸し出す殺気に怯えている。




「下がってろ」

 少年は俺の言葉の意味が分かるのか、震えを止めて一歩下がる。

 俺はリザード族の神官の前へ歩み出した。

 リザード族の神官の部下二人がこちらに歩み、(そば)を通り過ぎる。

「よくやったデモンド十人隊長、正しき行いだ。今ここにお前の罪は免除された」

 今そう思うのは早急すぎないか?。


 さて、俺は無茶をやる。

 何故なのか分からない。せいぜい幸いなのはここは連合部族同盟軍の領域からは遠い事だ。つまり()()()()()()、今ここで起きた事も。

「おい」

 俺の(そば)を通り過ぎようとしたリザード族の神官の部下二人が、俺の呼び声に振り向く。

 そして俺の黒い長剣が光と鮮血を生み出し、二人を背後から切り捨てた。


「………何をしているのかね、デモンド十人隊長。何故に愚かな事をした?」

 リザード族の神官の目が、血を浴びた黒い長剣を構える俺に突き刺さる。

 さぁ?、俺もわからない。

 適当な理由を上げれば、幾らかは出てくるだろう。

「とりあえず、崖から突き落とされた恨み、という事でいいかな?」

「……どうやら、こいつは頭を打って狂ったようだな。構わん、()れ。この異端者を裁け」

 リザード族の神官は木製の杖の先を俺に向けると、数十人の部下達が一斉に刃を向けて走り出し俺を取り囲んだ。


 本当にそんな恨みなのか、このニンゲンの少年に同情が湧いたのか、分からない。

 大立ち回りだったかな、よもや、俺がやる羽目になるとはな。

 無駄だろうが一応は警告はしておこう、後でもしもの報告での言い訳だ。

「俺は連合部族同盟軍の十人隊長デモンドだ。仲間殺しは重罪、理解しての行動だよな?」

 俺の背後にいたリザード族の手下の一人が、こちらへ向けて長剣を高く上げて力強く振り下ろそうとした。

 しかし、腹を横に斬っさられて地面に倒れる。

 黒い長剣が、よく見たら俺を崖に蹴落とした者だった、血を吸う。

「よし、先に手を出したのはお前達だからな。だから殺されても文句も呪詛(じゅそ)も言うなよ」



  よく考えたら、背後から二人を切り捨てた時点で、先に手を出したのは俺の気がするがそれは後にしておこう。

 まずは、目の前で剣を構える一人を、剣を絡めるように弾き突き刺す。

 次に左から振り下ろされた剣に、剣を軽く乗せて滑らせ近づき、柄頭を頭部に叩きつける。

 右前から出る剣先の突進を、その下に潜り込み下から剣を振り上げて、真っ二つにした。

 振り返れば四つの死体が地面に晒され、十数の手下共が剣を握り殺意むき出しで突っ込んで来る。流石はリザード族の神官の手下だ、まさに蜂の巣に一突きしたような殺意だ。

 俺は狂信者共の群れに向かって走り出し、突っ込む。


 先頭者の剣の一突きを(かわ)して、顔を掴みながら持って行き、次の者の顔を叩きつけ。

 横払いの一閃を振り下ろしの剣で防ぎ地面に逸らして、剥き出し胴体に一蹴り入れて後列二人を巻き込ませ、それごと一突き刺し。

 刺したまま押し込み斬りかかる左右の斬撃に、左に抜くように穴が空いた骸を右に押し込み、左の者を横腹に斬り、仲間ごと斬った右の者を斬り捨てる。

 背後の強い殺意の影が近づくのを感づき後ろに大きく下がり、剣を降りかぶる者の正面に背中を押し付け、足を大きく踏みつけて右手に取り出した短剣を逆手に握り、背にいる者の腹に突き刺す。

 そのまま押し出し右に回して、背後の突きを出来立ての肉盾で防ぎ、足を押さえながら短剣を抜いて背後に飛び掛かり首を軽く斬り撫でる。


 周囲が死屍累々(ししるいるい)になり、残り三人になってもリザード族の神官の手下共はまだ()る気のようだ。狂信者並みに恐れずに向かって来やがる。

 そうなると分かっていたが、逃げない事に安心した。


 そもそもだが、幼子とはいえニンゲンだ。

 ニンゲンなのだ、我々(連合部族同盟軍)()()()()()()()()()()だ。

 つまり、もし一人が怖気(おじけ)づき逃げて、連合部族同盟軍に俺がニンゲンを(かば)ったと報告したら。

 間違いなく、連合部族同盟軍正式命令の処断許可が下りるだろう。そうなれば、俺は連合部族同盟軍の領域に帰還できない。下手をすれば、ニンゲンと連合部族同盟軍両方に命の心配をしなければならない。

 ならば、俺が生き残るためにはやつらを一人も逃さず()るしかない。

 残りの相手は三人、いずれも見ればわかる手練れの雰囲気を醸し出している。

 では、向かうとするか。


 最初の者は、槍を俺へ向けて突き出した。

 (かわ)そうと身をよじると、最初の者は突き出した槍を振り上げて横に払う。

 槍の柄を叩きつけられ横に飛ばされた先には、雄牛の角先のように剣を構える次の者が突き刺すのをまだかまだかと待ち構えていた。

 俺は地面に深く足を押し付けて動きを止めて突き刺しを回避するが、もう一人の者が現れ動きを止めた俺に剣を振り下ろす。


 俺は寸前のところで剣を横に払い退けて、後ろに下がる。

 すると最初の者が回り込み槍を俺の背中に向けて突いた、俺は足を地面深くに差し込み後ろに蹴り上げる。

 土塊(つちくれ)をもろに浴びて視界を削がれた最初の者はそれでもなお、槍を押し突いて俺の横腹を掠めながらも肉を抉り取る。

 痛みを感じながら片手に握る短剣を最初の者が通り過ぎ際に首に押し当てて落とした。まずは、一人目を排除。


 目の前に襲い掛かるもう一人の者が剣を振り下ろし、俺はナイフを取り出し剣とナイフを交互に重ねて振り下ろされた剣を受け止める。

 炭の剣の交わし合いに耐え切れなかったのかナイフが砕けて火花と散り、飛び散った破片に目を閉じたもう一人の者の隙が生まれた。

 破片に傷つきながらもナイフを放り捨てて、両手で雄牛の角先のように剣を構え、隙を突くようにもう一人の者の腹を刺した。次に、二人目は消えた。


 抜いて血濡れの剣を地面に(したた)り落とし、目を上げる。

 次の者が農民の(くわ)みたいに後ろ腰に剣を構え、切先を俺へ向けていた。

 俺は剣に付く血を振り落とし、切先を地面に向けて構える。

 一瞬の間ができ、俺と次の者が同時に動く。

 次の者が俺の腕へ突くのを、俺は剣を突き上げて次の者の腕へ動かす。

 同時に起きた突きが互いの黒い刀身を擦りつけて、弾き()れる。

 互いに逸れた剣を元の手元に戻し、次の者が右肩に剣を構えて振り下ろし、俺が雄牛の角先のように剣を構え右へ少し高く水平に斬りつける。

 次の者の首を落とすか、振り下ろしを防ぐか。


 しかし次の者の振り下ろしが横に動きを変え、大きくしゃがみ込み頭上に空を斬りつける俺の剣を掻い潜り、左へ横切るついでに俺の横腹へ斬りつけた。

 苦し紛れの悪足掻(わるあが)きで、俺は(つか)を離して刀身を強く握り血を出しながらも左の地面へ強く着けて、危なげに斬りつけを防ぐ。

 次の者は防がれたとみるや、すぐに剣を振り落とし斬りかかる。

 俺は血だらけの刀身を握りながら振り上げて防ぐ。

 火花と血が舞い、黒い刀身同士が押し付けられ軋む。押し付けられる度に黒き刃が両手の肉に食い込み、血を溢れさせる。

 痛い痛いと両手が悲痛の叫びをあげるが、離せば押し切られて死ぬ。

 かと言ってこのまま無視続けば、両手は四散して死ぬ。

 手詰まり、その考えが頭に浮かびそうになるのを沈めて、必死に考える。


 無くはない、手段を選ぶ余裕は無い。

 徐々に沈む肉の食い込みがついに骨に達して、黒き刃を止める。

 骨の硬さに次の者の押し込む力に間ができた。やるしかない。

 俺は顔を大きくのけぞらせて、黒い刀身同士の間に顔を覗かせて入り、そのまま次の者の首元に勢い良く噛みついた。

 (ワニ)蜥蜴(トカゲ)の真似事だ。厚い鱗と皮を本当に噛みちぎれるとは思わない。

 だが次の者は驚き、ほんの僅かな隙を見せた、それだけあれば十分だ。

 黒い刀身を引っ込め、血を流す右手を払って血を飛ばした。次の者の目に血が入り込む。

 俺はすぐに(つか)を握り剣の切先を地面に向けて構えた。次の者は視界が血に染まりながらも後ろ腰に剣を構え、切先を俺へ向ける。

 そして互いに突きへ動いた。


 次の者の切先は俺の右肩を貫いていた。

 俺の切先は次の者の心臓を突き刺していた。俺は力を入れて捻る。

 何かを呟こうと口を開き、血を噴き上げて次の者はうなだれる。俺が剣を引けば、ゆっくりと倒れた。



「貴様は、地獄へ落ちる。間違いはない」

「………そうだな」

 俺は血だらけのまま、目の前で呆然として佇むリザード族の神官の前まで歩いた。

 リザード族の神官は俺が目の前まで来ると、手に持つ木製の杖を地面に突き刺し、両手を広げた。

「斬れ、異端者よ。神を信じる者として死ぬ覚悟は出来ている。だが貴様は必ず地獄に、ぐぼぁあ」

 俺はリザード族の神官が言い切る前に斬り捨てた。

「そりゃあここまでやって、天国や楽園に行けるとも思わんよ。地獄とか天国があればの話だがな」

 魂無き骸に俺は言葉を零し、血跡を地面に残して捨て去った。



 俺は傷ついた体の悲鳴を無視して、少年を連れて歩く。

 少年は何かを言いたげそうな顔をしていたが、言葉が通じないのか、血に染まった俺の体に恐れているのか、黙って俺の背中に着いて来ている。

 先ほどまでの一方的な会話が無かったように静かだ。

 寂しくは思う。だがこれでいい、そうでなくては困る。俺達とニンゲンは、お互いに離れるべきだろう。荒々しい殺し合い、多くの姿形外見の違い、文化的相違(そうい)、言語不理解、理由は十分だ。


 森の終わりが見えてきた、沈みゆく夕暮れが零す光が辺りを紅く照らす。

 ニンゲンの領域である何もない平原に足を踏み入れ、目を細めて向こう側見える町を視認した。ここからはさきは先は少年が歩いても問題はないだろう。

 最後に、ニンゲンを殺し合い以外で共に歩く少年の姿を記憶に留める為に、俺は後ろに振り返る。

 俺の黒い影を踏み、赤い光が少年を照らしていた。






 両足に痛みを覚え、膝が地面に着く。破裂音を聞いた。

 血を吹き出す足と僅かな血潮を浴びて驚く少年を見てから、背後を覗く。


 何もない平原の遠くから光の歪みが生まれ、数人のニンゲンが伏せた状態でライフルという銃を構えていた。銃口は俺に向いていた、俺の足を潰したのは彼等だ。

 それから次々と何もない()()()()()平原の地面が複数も浮き出て、幾人のニンゲンと白い無人キカイが現れる。もちろん、銃口は俺に向けている。

 丘の向こうから鉄の馬車特有の空気を震わせる音を鳴らすのが聞こえる。

 待ち伏せられていたか。


 少しずつ近づく幾人のニンゲンと白い無人キカイ達は、俺から少し離れた距離で止まり、十字に撃てるように包囲した。俺の剣が届かず、なお動いたら撃てる距離を保っているな。

 少しして、鉄の馬車五台が到着した。四台は砲台をこちらに向けて、もう一台の輸送用の細長い鉄の馬車からニンゲンが出て来た。

 ニンゲンの兵士数人が前へ出て俺へ銃口を向ける。

 その後ろには、二人のニンゲンがいた。

 一人は、老いたニンゲンの雄で黒い肌に無数の傷跡があり目に眼光が見える、おそらくだが将官だと思う。

 もう一人は、年若いニンゲンの雌で白い肌に髪は赤茶色で瞳は青い、場違いな白い服を着ているから兵士ではないな。


『姉さん!』

 俺の後ろにいた少年が声を上げて、俺から走り出して、ニンゲンの兵士の後ろにいる年若いニンゲンの雌に抱きついた。

 年若いニンゲンの雌は少年を離さないように抱き抱えて泣き出していた。

 たぶん、この少年の親族かもしれない。同じ、白い肌に髪は赤茶色で瞳は青い、おまけに場違いな白い服を着ている。よく見れば少年と似ている所も少なくない。


『ジェームズ少将、あのリザード族はどうしますか?』

『私も決めかねている、ひとまず警戒を続けろ。ただし不審な動きを見せたら撃て』

 老いたニンゲンの将官は俺を見てニンゲンの兵士と話をしている。

 殺すか捕らえるかの相談か、トカゲの剥製にすべきか骨格品にすべきかの相談をしているだろう。


 死を感じた。

 だが、不思議と恐怖や後悔が出てこない。よくよく思えば、戦の時も、崖に落とされたときも、ニンゲンの群れを掻い潜った時も、狂信者相手の死闘をしても、今ここで殺されそうになっても、死を感じるだけだ。

 何故か他のものが出てこない。


 いや、もういい。やる事はやった。

 ただでさえ、戦の時で疲れているのに、さらに厄介ごとが立て続けに起きている。

 疲れたのだ、いま死のうが問題は無い、そこで眠るだけだ。だが可能ならば再び水分と栄養が良く含む藁を混ぜた泥のベットに眠りたい。

 俺は痛みを訴える体を動かし、後ろに振り返って森へ一歩進む。

 破裂音が鳴り響き、目の前の地面に小さな砂塵ができた。


 おそらく、誰かが撃ったのだろう。威嚇なのか、ずれたのかは分からない。

『待ってください!』

 少年と思わしき声が飛んだ。撃った誰かに言ったのか、俺に言ったかは分からない。

 背後から少年の足音が聞こえる。

「リザードさん、ありがとうございます」

 どこで聞いたか、俺達の言語でお礼を言ったようだ。

 たとえ通じなくても返事をした。

「ああ、気にするな、少年。治療の礼だ、それ以上は無い。だから、気にするな」

「でもリザードさん、あなたはいま。………いいえ、わかりました。でも何処かでまたお会いになるかもしれません、その時、ちゃんとした礼をします。もちろん、停戦の協議とは別です。ですから、再び会えるように任せてください」

「期待はするさ、じゃあな」

 足を止めていた歩みを動かす。

 背後から多くの目と銃口が向けられているが、破裂音は聞こえない、死を感じない、殺意は無いようだ。

 俺はゆっくりと地面に多くの血を垂れ流し、森へ足を踏み入れて帰っていく。

 


 日が沈み、暗闇の中を黙々と歩く。

 木々や沼を歩き、死骸や残骸を踏み進み、川や崖を乗り越えて、驚く味方の警邏の兵を押し退けて、前線基地を通り過ぎ町を抜けて道を歩み。

 やっと我が家の水分と栄養が良く含む藁を混ぜた泥のベットに、倒れ込んで視界が暗くなり真っ暗な情景に溺れて意識を失うように目を閉じる時、思った。



 あの少年、言葉が通じたよな?。




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