4 目覚め、気絶
川が緩やかに流れる。
森の木々が風に揺られて騒ぐ。
体は鈍い痛みで、水の冷たさを土石の温かさに身じろぐ。
向こうから聞こえる銃声に、俺はやっと目覚めた。
空色を見る限り、あのまま朝へ迎えたようだ。
川岸に着いたのは幸運だろう。
土石の砂利から立ち上がろうとして、遠くから近づく音を聞き、這いずって近くの岩場に隠れる。
それからしばらくして、音の持ち主が姿を現した。
ニンゲンのキカイが三体、森から出て来た。両腕には強力な重機関銃を持ち、左肩には空にいるキカイが火矢のように爆薬を放つ物と同じのを背負っている。
普段から戦い慣れている、遠距離型のキカイだ。
リザード族やオーク族のように岩を踏み潰し、顔にある黒い大きな一つ目に赤い光が周囲を見渡した。
『こっちだ。川沿いに下れば隊列に辿り着けるはずだ。無線封鎖したから連絡インカムは通じない、戦闘地点に入れば外部音声も聞きずらくなるからな』
『了解。各機、武装を確認しろ。大事を起こす前だ、手抜かりはするな』
『ああ、今更になって停戦なんて、受け入れてたまるかよ。武装は問題無い、9ヤードもスモーロケットも全弾ある』
『よし、既に先発が仕掛けているはずだ。我々は側面を叩く、行くぞ!』
三体のニンゲンのキカイは、川岸の岩場に隠れる俺に気付かず、素通りして道先へ向かって走り去った。
俺は少し時間をおいて、ニンゲンのキカイの音が聞こえなくなるまで去るのを待ってから、岩場から這い出る。
あの三体のニンゲンのキカイは何を言ってるか分からないが、走り去った先は行かない方がいいな。
川に流されてきたから、川沿いに上流へ行けば味方と合流できるはずだが、あのリザード族の神官が放った追手とかち合うかもしれん。
仕方ない、少し回り道しよう。多少危険かもしれないが、追手と遭遇するよりはまだニンゲンを相手取った方がいい。
川岸から離れて、ニンゲンのキカイが出て来た森に入った。
草葉や草木を手で払い退けて、落ち葉や枝木を踏み砕き、前のめりに進んでいく。
さきほどから、散発的に銃声が森の中で聞こえている。
何回か、ニンゲンの兵士やキカイを見かけたり、隠れたりもした。
こうも何度も遭遇すると、やっぱり川沿いに上流へ行ったほうが良かったのではと思い込んでくる。追手は川に流して、ニンゲンのせいにすれば、言い訳をしやすい。
『少年を探せ!。まだそう遠くに行ってないはずだ!』
『見つけ次第、生きて返すな!。人類の勝利のために』
地面にうずくまり、草むらの陰に潜む俺に気付かず、走り通り過ぎていく二人のニンゲンの兵士が離れるまで待つ。意外にも気付かないものだな。
俺は陰に潜みながら、そのまま這って前進した。
少しして這って進むと、茂みの途切れに気付き、そっと顔を近づける。
その先は少し広めの平野と道があった。
そして、多数の死体と車列の残骸が朽ち果ていた。
そこかしこに黒煙が上がり、装甲を纏った鉄の車とニンゲンのキカイが無残な姿を晒し、残り火が鉄を黒くしていた。地面は穴とへこみができており、ニンゲンの死体が撒き散らされている。
その上を歩き周囲を警戒するニンゲンの兵士とニンゲンのキカイがいた。
この惨状の光景に俺は首を傾げた。
なぜなら、不思議な事にこの惨状具合をみれば、ニンゲンがニンゲンに対して起こされたものだと分かる。
共食いではなく、同士討ちだ。
俺自身、ニンゲンがこのような事をしないと思っていた。ついさっきまで、俺が狂信者相手とはいえ同じ連合部族同盟の相手に剣戟を交わしていたため、無くはないのだろう。
それに彼らも我々が来襲する前は同じニンゲン同士殺し合いをしていた、向こうも同じだ。
だが、今は異世界の相手と戦争中なのだ、無駄な争いを起こすはずがないのだが。
理由がどうであれ、厄介なことになった。
味方と合流するには、この少し広めの平野と道を越えなくてはならないが、ニンゲンの兵士とニンゲンのキカイが周囲を警戒していて難しくなっている。
仕方なく少し広めの平野と道を迂回した。
かなりの大回りだが、大勢のニンゲン相手に一人で大立ち回りするわけにはいけないだろう。
這いずり、草葉の陰に潜み、警戒を掻い潜りながら進む。
『あの少年はどこだ?。答えろ、西木一等陸尉』
『反逆者に答える義務は無い』
話し声を聞いて横目に見やれば、その周囲をニンゲンのキカイが囲み、ニンゲンの兵士二人が一人のニンゲンの身柄を地面に押さえつけ、それを殴るニンゲンがいた。
またニンゲンが押さえつけられているニンゲンを殴る。
『正直に吐け、西木一等陸尉。鰐か蜥蜴もどきの餌にしてもいいんだぞ』
『はっ無駄だ、ジョージ中佐。あんたはお終いだ、じきにジェームズ少将が国連軍の精鋭部隊を率いて、あんたらを鎮圧する。そして戦争は終わりだ』
『いいや、まだ終わりじゃないぞ。終わってたまるか、あの少年を殺れば停戦の協議は中止せざるえないはずだ』
何か揉めるように話し合っているが、相変わらず言語がわからないため内容が分からない。一方的に殴りつけて、それで怒鳴り合っているのは尋問なのだろうか。
どちらにせよ、俺には関係ない。
やっとこさで少し広めの平野と道を迂回したが、それでもなお残骸や死体が森のあちこちに見えていた。
ニンゲンが跋扈する場所から離れるためにゆっくりと茂みを抜けていく。
すると今度は沼地に着いた。
沼地には先ほどと同じように、多数の死体と車列の残骸、その周囲を警戒するニンゲンの兵士とニンゲンのキカイがいた。沼の泥が死体や残骸を呑みこみ、黒の靴と鉄の足が泥を散らす。
どうやら、ここにも同じ惨状の光景があったようだ。
目を凝らし耳を傾けて道を思考している時、それに気付いた。
横向きに倒れる輸送用の細長い鉄の馬車、中から破裂したような装甲を纏い砲台を載せた戦闘用の鉄の馬車、その間にそれはいた。
それはニンゲンで、歳は幼く少年のようであり、白い肌に髪は赤茶色で瞳は青く。その体は白いよれよれの服を泥汚して細く縮み込み、周囲に蠢くニンゲンの兵士とニンゲンのキカイから隠れていた。
今にも泣きそうな顔をして、小さく細い両手を口に当てて息をのんでいる。
周囲をちらちらと見渡し、やがて、まるでこちらが見えているように俺がいる方へ視線を止めた。
いや、目を合わせている。
俺を見て、驚いている。
そして、また泣きそうな顔をして、見つめてきた。
何となく言葉が無くても分かるが、ここに踏み入れて生き残る自信は無いし、いくら幼い少年でも戦争相手のニンゲンを助ける義務も無い。
よって、無視をする事にした。
『おい、本当にあの少年はここにいるのか?。影も形も見当たらないぞ』
『襲撃した時、輸送トラックに乗り込んでいたのを見たと言ってたんだ。もっとよく探せ』
『見間違いか、もうここにはいないんじゃないか?』
『前線近くの森に一人で?。んなわけない、きっとどこかの残骸の陰に潜んでいるはずだ』
二体のニンゲンのキカイが幼い少年近くで探し始めた。
どんな事情かは知らないが俺には関係がない。
一歩足を下げて、草葉の陰に潜もうとした。
俺の足に冷たい感触と爪が削がれた痛みを感じ、高い音が鳴った。
ゆっくりと俺は下を覗き込んだ。
俺の足が浅い泥に埋もれていた何かの装甲の鉄板の表面を、足の爪で掻っかいたようだ。
顔を上げて今度は目の前を見た。
二体のニンゲンのキカイが細長い鉄の馬車に手を掛けようと屋根を掴みながら、こちらを見ていた。
隠れ潜み屈んでいた幼い少年もこちらを見ていた。
小さな静けさが沼地に染みる。
すぐに長剣を槍投げのように投げて、銃口を向けようとしたニンゲンのキカイを仕留める。
空いている片手で泥をすくい上げて投擲し、驚くもう片方のニンゲンのキカイの顔に泥を叩きつけた。ニンゲンのキカイが視界が泥に埋められて動けずにいる隙に、素早く近づき、突き刺さる長剣を回収して、背後へ突き刺し捻る。
そして長剣を引き抜き、ニンゲンのキカイが泥に沈む。
普段から戦い慣れているか、遠距離型のキカイの装甲は近接戦をするキカイと比べて薄いのが幸いなのか、ともかく運が良かったようだ。
『本物?。トカゲ?、蜥蜴?。リザード、リザード!』
「おい、鱗をあまり触るな。おいやめろ、近づくなって、おい」
いつのまにか、抜け出ていた幼い少年が、俺の足を触り出し叩いたりつねったりしていた。すぐに手で払い退ける。
さて今ので、他のニンゲン達が押し寄せるかもしれない。
すぐにここから離れる事にする、だがその前にだ。
「おい、少年だよな?。さっきは偶然に助けたが、次は無いからな。さっさと逃げな」
『?。あ、さっきありがとうございます。いつか必ず礼は返します、それと停戦の協議はやり遂げますので期待してください。きっと戦争を停戦させて、終わらせます。それより鱗に頬ずりしていいですか?、綺麗な光沢していて泥が付いて味わいがあるんですよね』
「……絶対に通じてないだろうな」
ともかく、伝えたなら問題はないだろう。
俺はここから逃げ出そうと動こうとして、少年に足を抱き抑えられる。
今度はなんだと顔を降ろすと、少年が右手の人差し指の先をある方に指していた。
『うぉおおおおおお!』
さっき投げられた長剣の餌食になったキカイから這い出たニンゲンが銃を構えて叫んでいる。肩に大きな怪我を負いながらも、腰に差していた拳銃を取り出して、引き金を引く。
数発の銃弾が、閃光と共に撃ち出された。
俺はすぐに背中に括り付けたククリと呼ばれるナイフ二本を取り出して、投擲する。
投げ出されたククリナイフ二本は銃弾の傍を通り過ぎて回転していった。
そして、ニンゲンの肩に一本突き刺さり後ずさりさせて、もう一本が柄の部分に当たり転倒させた。
足を抱き抑える少年を振り払い、すぐに長剣をそのニンゲンの心臓辺りに突き刺し捻り、息の根を止めた。
昨日のニンゲンといい今日のニンゲンといい、妙にしぶといニンゲンが多い。いやまぁ、あの神官とか、また抱きついてきたこの少年とか、いるけどさ。
『あぁあああ、リザードさん。腹の鱗が、腹の鱗が』
「だから、何言ってるんだ。しつこい、離れろ。え?、腹を見ろって?」
俺は腹に抱きついてきた少年を引き離しつつ、指された腹の所を見た。
そこには僅かな鱗が抉られ、肉片を飛び出し、赤い液が零れ、鈍いような熱を持つ、小さな傷があった。
………ああ畜生、撃たれた。
いつのまにか、膝が沼地に着き、俺の体が水分と栄養が良く含む死体と不純物が混ざった泥に倒れ込む。
視界が暗くなる、真っ暗な情景に溺れて意識を失うように目を閉じた。