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2 戦の時


 放棄された街並みに赤い夕暮れが見せ始める頃。


 何かの集団が整列を組み、かつては大通りだった道を進んでいた。

 緑の素足が荒れた黒い地面を、割れ目から生えた雑草や花を、まだ辛うじて残っていた平らな黒い地面を、雨が降って溜まった水溜まりを踏み離して、前へ前へと歩いて進んでいた。

 やがて何かの集団は『立入禁止』とニンゲンの英語という言語で書かれた看板の前に止まる。

 そこから遠く離れた所に、大通りを塞ぐように大きな鉄の壁、コンクリートと呼ばれる素材で作られたバリケートに鉄条網で囲み、黒い地面を剥がして本来の茶色い地面を晒して作った深い堀で囲まれていた。

 空には白く小さく鳥に似つかないキカイが何かの集団を監視している。


「神よ、見ておいでですか!」

 突然、何かの集団の真ん中あたりにいる黄色の布を着たリザード族の者が木製の杖を掲げて叫んだ。

 鉄でできた大きな壁辺りはニンゲン達が何かの集団を出迎える準備をしているのだろう、時々大きな壁の上辺りやバリケート辺りで姿が見える。

「我々はこれから鉄槌を行います!」

 連合部族同盟軍から派遣された黄色の布を着たリザード族の神官はあの調子で叫び続ける。


 ニンゲン達は遠距離から攻撃できる武器を多く持っている、事実それで俺達を幾たびも撃退した。

 それでも連合部族同盟軍の物量と魔法の侵攻は防げなかった。 だからニンゲン達は確実に防衛する為に、キルゾーンと呼ばれるエリアを形成して、そこに敵を誘い込み、入り込んだら全火力を効率良く十字に挟んで叩き込み殲滅を図る戦術を選んだ。

 俺達の前にある『立入禁止』の看板を乗り越えた先がキルゾーンになっている。そしてニンゲン達は俺達がキルゾーンに踏み込むのを待っているに違いない。


「今度は駄目かもしれませんね」

 隣にいる長年の部下である頬に縦長の古傷が残るリザード族の戦士、ルバァンガが呟いた。

 俺は肘を軽くルバァンガの脇腹に突いた。

「ルバァンガ、気をつけろ。愚痴を呟いただけで、赤い異端尋問官に粛正されるぞ」

「あくびしながら作戦説明を聞く隊長のほうが気をつけるべきかと」

 俺は聞かなかった事にして目の前にある、ニンゲン達が築いた陣地を眺める。

 生半可な攻撃では傷つかない鉄で築かれた大きな壁は進撃を阻み、コンクリートで作られたバリケートや鉄を薔薇の棘のように練られた鉄条網に深い堀は我等の進撃を遅め、俺達の前にある『立入禁止』の看板が死の境目だと告げている。


 戦鍋旗と戦太鼓の音が鳴り響く。

 進撃の命令だ。

 死へと向かう音でもある、味方にとっても敵にとっても。

 何かの集団、連合部族同盟軍が整列を組み、前へ前へと歩いて進み、ついに死の境目を越えた。

 『立入禁止』の看板を踏みつぶしてもすぐに何かが起こるわけではない。

 ニンゲン達にとって効率良く殲滅するために、狩りのように待ち構える。より多くを殲滅するために、引きつけて待っているのだ。

 俺はルバァンガと共に、他の部下達と共に歩く。


 連合部族同盟軍先頭の戦列はゴブリンの二個集団、斥候と強行または威力偵察の任を受けている。

 別名毒味役と呼ばれる。

 ゴブリンの二個集団は雄ゴブリンで構成されていて、部族ごと配属され、配布された兜以外は服装武器は粗末である。

 何匹かのゴブリンが設置されていた地雷等の罠を踏み、粉塵と悲鳴が舞い上がる。

 先頭の数匹が走り出して深い堀へ近づき、撃ち抜かれた。ニンゲン達のライフルという銃の狙撃だ。罠から漏れ出た者から駆除しているのだ。


 あらかた地雷等の罠を掃除して進路を開き深い堀に着いた後は、コボルトの工兵一個大隊がさらに追加されたゴブリンの三個集団に囲まれて深い堀へ近づいていく。

 激しい炸裂音が鳴り響き。ニンゲン達が機関銃からなる銃の掃射で阻もうとしているようだ。

 鉛の雨を浴びながらもゴブリンの三個集団に守られて、コボルトの工兵一個大隊は深い堀を土魔法や材木の丸太で埋めていき、ゴブリンが固めていく。


 やがて深い堀を埋め終えて平地が出来上がる。

 再び戦太鼓の音が鳴り響く。

 突撃の命令だ。死へ誘う命令だ。

 連合部族同盟軍の前衛戦列が走り出す。ゴブリン族、コボルト族、リザード族、オーク族達が各々の武器を持ち進撃する。目標は大きな鉄の壁の突破。

 地面が震える、俺達の足音、砲撃と空爆の雨だ。



「毎回、思うんだが。もっと他にやり方があるんじゃないかな、正面攻撃以外で」

「戦の指揮はあの神官が取ってますからね。いっそのこと流れ弾で連合部族同盟軍士官に交換させるのはどうです?」

「次回に取っておくよ、その案」

 俺がニンゲンの死体から長剣を引き抜き、塹壕越しから鉄で築かれた大きな壁を見た。距離は少し遠く、間あいだには幾つもの塹壕やバリケートがあった。畑のように鉄条網が地面を覆い、所々に死体が散乱している。

 ニンゲンの銃が鳴り響き、迫撃砲が地面を抉り出し、空にいる白く小さく鳥に似つかないキカイが放つ火矢のような爆薬が地表を火炎で撫で、処理しきれない地雷等の罠が鉄片を撒き散らして土ごと吹き飛ばす。

 しかしそれでもなお、連合部族同盟軍の前衛戦列は前進を止めない。

 銃弾や迫撃火炎に地雷等を受けてもなおゴブリン族の波は止まらず。銃弾や迫撃火炎を掻い潜るように躱かわし、コボルト族は塹壕やバリケート陰に潜むニンゲンや無人キカイに飛びついて牙を剥き。遮蔽物の陰に隠れながら確実にリザード族は近づき。隣が蜂の巣になって死んでもオーク族は気にせずただ歩んでいく。

 悲鳴や怒声、燃え盛る炎に舞い上がる粉塵、飛び散る土塊つちくれと肉片、積み重なる多種多様な死骸、地獄のような光景である。


 その状況において、前衛戦列から離れる部隊がいた。

 俺とルバァンガ他部下達の部隊だ。

 俺達の部隊は大通りを挟んでいる硝子がらす張り建物の中に入った。

 中は放棄された当時のままなのか、時が過ぎて自然が侵食し朽ちた所を除けば椅子いすや机つくえが多く並び、小物類や本棚から植物やキノコが生い茂っていた。野生の鹿シカの親子が大通りの喧騒から避けるためにここに避難していたが、俺達の姿を見て逃げ去っていく。

「戦じゃなきゃ、鹿料理なのに」

「隊長、今は戦です。回り込んで、側面を突くんですよ」

「分かってるよ。相手も側面は警戒しているはずだから、慎重に行こう」

 建物の中を走り出す。

 案の定、幾つかの鉄紐の罠やニンゲンの待ち伏せアンプッシュを解除したり奇襲したりして突き進む。

 こうして建物の中を進んでいき、ニンゲンのトーチカと呼ばれるバリケート近くまで来た。

 地雷原と鉄条網の柵が設置され、ニンゲンの銃の中で強力な重機関銃が備えられ、近づくことすら困難を極めるトーチカである。

 さすがに側面まで対応はできないようだ、対策として罠や待ち伏せをしている時点で十分だろうが。



 俺達の部隊は大通りを攻撃しているトーチカを襲撃した。

 ニンゲンは側面から襲われることを想像できなかったのか、銃を構えるより早く俺達の剣が突き刺さる。 重機関銃を操るニンゲンを排除した後は、後ろに続く塹壕内の道を進む。

 突如として現れた俺達にニンゲンは浮足立った。

 銃が向けられる前に押し倒して、短剣を突き刺し。銃口を短剣で絡め取るように逸らして、喉元を一突き。飛んできた銃弾を死骸になったニンゲンで盾にしながら進み、死骸ごと長剣で串刺した。長剣を振るい幾人のニンゲンを切り伏せて、背後のニンゲンを尻尾で倒し、軍用ナイフで切り刻む。



 混戦を広めるべく、部下を分けて向かわせる。

 俺が単独で近くの塹壕辺りを紅く染め上げた時、頭上から何かが聞こえた。

 すぐに前へ転がり、背後へ振り返って元居た位置を見る。


 そこにはオーク並の大きさであるニンゲンの形をしたキカイが立っていた。

『この蜥蜴トカゲもどきがぁああああ!』

 そのキカイはどうやら、俺達リザード族やオーク族を想定したキカイらしい。左腕には強力な重機関銃、右腕には幅が長い長剣を持つ。明るい鼠ねずみ色をした分厚い鎧を身に纏い、顔には黒い大きな一つ目に赤い光が灯っていた。

 中にいるニンゲンが何かを言っているが、あいにく俺はニンゲンの言葉は分からない、知らない、理解もない。


「何を言ってるか分からんぞ。ニンゲン」

『蜥蜴トカゲもどきめ。何言っているのかわからねえな、日本語で言いやがれ!』

 もちろん相手のニンゲンも俺の言葉は分からない、知らない、理解もない。

 ルバァンガ他部下達は味方前衛戦列を押し上げるために、別のトーチカや塹壕を襲撃へ離れさせている。


 どうやら俺一人でこのキカイを仕留めなければならないようだ。

 俺は黒い刀身の長剣を構えた。

 キカイは幅が長い長剣を俺へ向ける。そしてキカイの背中が火を噴き出し、俺の目の前まで急接近して幅が長い長剣が俺の顔を目掛けて突く。

 長く戦争にいたおかげなのか、勘が囁き反射的に左に傾いて突きを回避した。右頬のかすり傷から赤い血が流れる。

 俺は全身の力を込めてキカイの脇腹辺りに長剣を斬り当てるが、キカイの分厚い鎧に少し食い込んで止まる。

 キカイは食い込んだ長剣を脇に挟み込むと、俺ごと持ち上げて塹壕の土壁に叩きつけた。

『土くれの味はどうだ?、蜥蜴トカゲもどき。俺達の仲間を殺やりやがったんだ、楽に殺しはしないぞ』

 何を言ってるのか分からない。

 理解できる言葉で話せ。まぁ無理だろうがな。

 土壁を背にして立ち上がり、再び長剣を構えてキカイを見る。キカイの分厚い鎧には先ほどの傷があるが、それほど食い込んでおらず浅かった。


 近接戦をするキカイの話を聞いた事はあるが、実戦で戦うのは初めてだ。

 話通りなら仲間と連携して挑むのが最善だろう。だがよりによって仲間が離れている状況では、もう一つの方をやるしかないだろう。


「来い、ニンゲン。次で仕留める」

 俺は手首を上にして手招きした。ニンゲンの書物によると、挑発行為に当たるらしい。

『この蜥蜴トカゲもどきめ、どこで覚えたんだその仕草は。いいだろう、ここで殺ってやる!』

 どうやら意味は伝わったのか再びキカイの背中が火を噴き出す。

 掛かった。


 キカイが急接近して幅が長い長剣を上げて、俺を縦に真っ二つにせんと振り下ろそうとしていた。

 俺は前へ転がりキカイの懐に潜り込み、キカイの足を掴み持ち上げた。

 するとキカイは体勢を前へ崩し、俺の体を飛び越えて土壁へ衝突した。頭から大きく衝突して、キカイの分厚い鎧が鈍い音を鳴らす。

 聞いていた通りなら、キカイの背中にニンゲンが乗り込むハッチがあるはずだ、ここなら装甲は薄い。


 俺は隙を逃さずキカイの無防備な背中に長剣を突き刺した。

 手応えがある。

 キカイ特有の金属の質感の先に、引き締まった肉と硬い骨が触れるのが分かる。

 止めを刺すべく、捻り抉ろうとした。


『人間を舐めんなぁあああ!!』

 驚くことにキカイは、ニンゲンは背中に長剣を刺されたまま反転して、俺へ向けて幅が長い長剣を振り回す。

 背中に長剣を刺されてもなお戦い続けるとは、その戦意に俺は驚きと敬意を抱く。

 だがそこまでだ。

 幅が長い長剣の繰り出しを掻い潜り、キカイの分厚い鎧を足で蹴飛ばす。

 キカイは土壁へ背中を押し倒され、動きを止めた。背中に刺された長剣が土壁に押し込まれ深く沈み、ニンゲンに止めを刺した。


 俺は土壁へよりかかるキカイを倒して、背中に刺された長剣に手を掛け。

『覚えていろ、蜥蜴トカゲもどきめ。地獄に蹴落としてやる』

 微かな呟きを聞いて手を止めて、息が消えるのを待ってから再び手を動かし長剣を握り引き抜く。

 何を言ってるのか分からないが、このニンゲンは強敵だということは理解できた。


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