待ちに待った異世界の街
第3話
パカパカパカパカ、カラカラこっカラコロかっコロコロ~
街に付いたとたんに牢獄へどーん、なんてことがないように祈りながら少しでも情報を集めようとするものの、抱いている瑞樹の鳴き声が頭に響き、今何か質問してもろくに聞き返せそうにないと悟った彼女はなるべく早く瑞樹が落ち着けるように適当に童謡を口ずさむ。
「~♪~♪」
あんぱんが主人公の誰もが大好きなあの歌を歌っていると珍しく瑞樹がすぐに泣き止み不思議そうにこちらをのぞき込んでいる。
「どうしたの瑞樹ちゃん、元気でた?」
「…う。」
いつものようにクールかつ無口に返事をしてくれる様子を見て一安心し、一度ベビーカーを止めて前から乗せなおす。
「じゃあもうちょっと待っててね、きっと街についたらご飯食べようねー(ごはん…あるのかなぁ)」
空腹で泣いている蒼士にはお茶でごまかしながら、泣き止んだことを確認してからもう一度ベビーカーを押しはじめると、前を歩く女騎士が振り返った。
「泣き止んだのか。」
「なんか急に気分が良くなったみたいです。」
(冷静になってこの人を見てたら…この人子供苦手なタイプだな?赤ちゃんを見るときわたわたってしてるし泣いた時眉にしわよってたし…騎士さんらしいから大丈夫だと思うけど、下手したらこの子達が先にゲームオーバーになるとこだった。)
単純に考えれば先ほどだって女騎士が現れなければあの化け物にここでこうして生きてはいられなかったかもしれないし、この女騎士が人の話を全く聞かないタイプで敵とみなされても詰んでいた。その点だけを見ればなんて幸運なことだろう。
「さっき歌っていたのはなんだ?。」
「…作曲しました。」
(ほんとうにごめんなさいやな〇た〇しさん。偉大です。)
すっと笑顔で嘘を吐きながら心の中でそっと大好きな作者に手を合わせる。
「さ、今のも質問ですよね、次は私の番ですよ。」
「むっ…そうなるな。」
意外と押しに弱い女騎士にがんがん行こうと決めた彼女は次の質問の流れを作る。
「騎士様のフルネームを本当は知らないんですけれど、教えていただけますか?」
「私の名か?苗字は知っているだろう、王国の専属騎士、鈴木家の長女だ。…名前は桜花という。あまり使うことはないがな。」
(す ず き)
卒倒しそうになった、よくひっくり返らなかったものである。
(こんなに完全に海外勢風の見た目してて鈴木、しかも名前もエリザとかスカーレットとかじゃなくて桜花!?どう見ても髪も紅超えて燃えてるでしょ桜なんて淡い色じゃないし!!)
紋々とあふれる言葉を抑え込みながらどうにか心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す、完全に不審者だと思うが名乗ったあたりから少し心ここにあらずな顔をしているからきっと気づいていない。
(納得いかないけどこれで本名でも大丈夫そうっていうことはわかった…納得いかないけど。で、後この世界が王国制でこの人も王国付きの騎士だっていう大事なこともわかった。これ帰ったら王様にあえて世界救うの頼まれたりしちゃったり?!…って駄目だ、二人を無事に連れて帰らないと…)
「あ、素敵なお名前ですね、鈴木様とお呼びするべきですか?」
「ん?私を呼ぶ気か?騎士に自分から声を掛けようとする民など珍しい、好きに呼べ。」
「ですか?なら桜花様ってお呼びします!」
トリップしかける脳みそを呼び戻して声をかけると桜花は鼻で笑ってそう答えた。
(へぇ騎士と国民には見えない壁があるのかな?まぁ確かに私も警察見たら警察だなーくらいにしか考えないからそんなもんなのかなぁ)
「お前たちの名はなんという。」
この世界の情報をこっそりポケットに入っていたボールペンとメモ帳でメモしていると予想通りの質問が帰ってきた。
(私’たち’ですか、桜花様少し質問の仕方がわかってきてるみたいだし早めに大体の世界観掴まないと…)
「私の名前は矢代 詞葉、こっちの女の子は瑞樹ちゃん、男の子は蒼士くんです。」
あえて二人の苗字は言葉にしないことで親子とも違うとも言わずなるべく平穏にすむようにもっていく、最初の質問で子捨て人と勘違いをしている桜花にとっては余計な言葉がなければ親子だと信じて疑わないだろう。
(見た目似てないとかはあれだ二人とも父親似であるという設定にしよう、ごめんね未来の旦那さん、すでに二人の旦那が私の中で他界したわ)
「矢代家…聞いたことないな。」
(んんんん?なにその感じ、思ってた雰囲気と違うよ?何この国そんな狭いの?街って街じゃなくて町なの?町内会かなんかなの?王様って町内会長のことなの?みんなの名前知ってるの?は?)
桜花はそこまで気にした様子ではなかったが、ぽつりとこぼした言葉にドキドキさせられながら目を泳がせざるを得ない。
(そんな苗字は存在しないいぃぃとか言われたらどうすんの私、やっぱ本名軽率だったかな、いやこれはどうしようもないよね、明らかに日本名なとこからしておかしいし、鈴木と佐藤しかいない世界だとか言われない限り突き進もう。)
次の質問でもっとこの世界について知ってやる、そう決意して口を開こうとした頃に唐突に森が開き外に出た、途中から何度か道なき道を進んだおかげか早く森を出られたようだ。(そのせいで最初にみた看板について聞けなかったんだけどね)
森の外は草原が広がり数十メートル先に柵が広がっているのが見え西部劇に出てくるような門が見える、門には看板が取り付けられローマ字で(KATATOKIKOKU)と書かれ、そのとなりにはおおきな鳥?の絵が墨のようなもので描かれている。
(待って……さっきの看板と文字が違うじゃんっていうか完全にローマ字じゃんカタトキコクって言ってるじゃんこれ国名絶対カタトキでしょこれ、え?文字ローマ字?ローマ字のカナ書きなの?後国って書いてるわりに羊小屋レベルの柵なんだけど大丈夫なのこれ。)
柵の向こうには道が続き向こうにようやく街が見え微かにペガサスの歩く速度が速くなったがようたが、正直それどころではない。
(想像していたファンタジーとのギャップがしんどい…)
ここから見える街並みはやはり見たところファンタジーな中世ヨーロッパ風に見えるしそれなりに大きいようなのだがそれまでに畑、畑、畑…そしてなにより目に焼き付くのが
(田んぼやないか)
あぜ道を挟む田。どう見ても稲が元気に生えている田。背景の西洋な建物に全くそぐわない田んぼ。
「くっ…」
またも唇を噛んであふれる言葉をかみ殺し我慢をする、きっと街の中に入ればファンタジーを楽しめると信じて。
「矢代の家はどのあたりだ?送ろう。」
「へ?」
そんなことばかりを考えて油断を仕切っていたところにおせっかいという名の刃が突き刺さった。
(まさか普通に送ってくれるだけのイベントだったたとは!街まできたのが逆効果!!)
「…くぅ…えっと、その…」
街の中はまた奇妙なことに、建物も和風から洋風まで様々ある、どれも絵や写真でしか見たことがない造りであることから、やはり文明はそれほど進んでいないということを感じながらも質問の答えを模索する。
「どうした?」
様々建物が並ぶ道を超え、広場のようなところまで歩いたところでペガサスが足を止める、ようやく桜花以外の人影が見え始めるが見る人見る人が白人黒人黄色人種とどれもこれも混ぜたように様々で髪色や瞳の色も様々で…まるでコスプレイベントにでもいるかのような感覚に陥る。
服装も歴史の教科書でみたことがあるような手縫い感のある洋服や、時代劇で見るような布の薄い着物を着ている人や獣の皮から作ったようなコート?を着ていて流石にジャージやTシャツ姿の人は見当たらなかった。
「…」
(これもう私異世界から来たって言ってしまっても大丈夫なのでは。いるんじゃないここ異世界から来た人とか普通に、だから田んぼとかあるんだよねきっと…というかここまで来たらほんと都合のいい夢だとしか思えない。)
「桜花様、ごめんなさい。実は私この世界の人間ではないのです。」
自分で言いながら胡散臭い言葉だと感じたが、そうもいってられず、真剣に桜花に向き直って言う、願わくば信じてほしい、もし駄目ならそっとしておいてほしい。そう願いを込めて。
(これだけ人がいる中なら突然私のことを切り捨てるなんてことしないよね…?怖いけど、頭おかしいと思われて投獄される方がましかもしんないし…)
詞葉の言葉が桜花の耳に到達して数十秒後、ようやく桜花は口を開いた
「は?」
「信じてもらえないのは仕方ないと思います、でも私ここに帰る場所なんてないんです。」
必死に続けると、桜花は何度か瞬きをしてからペガサスから降り、詞葉の近くまでおもむろに近づくとそっと頭を撫でた。
「そうか…男から逃げたか…仕方あるまい、話なら聞いてやろう、王城まで来るといい。」
(勘違い拗らせたぁぁぁぁぁ)
少し涙ぐんでいる様子がさらに不安を加速させる結果になってしまったことに後悔を隠しきれないがここまできたら最早後戻りはできない、そしてまた泣き出した蒼士の空腹ももう持たない。
(ええぃもうこうなったらどうにでもなれだ!とりあえず二人に食べられるものを手に入れるまではどんな嘘をついてでも生きなくては!)
「また泣いているな…次は何なんだ?」
「蒼士くんお腹すいちゃったみたいで…でも私お金もなくて…」
「そうだったのか、まかせろ、すぐに用意せねばな。」
(桜花様めちゃくちゃええ人だ。すごい人だ。)
急ぎ足でまたペガサスの背に戻った桜花を今度は早歩きでベビーカーを押して追いかける。蒼士と同じくらいお腹が鳴りそうなことは秘密であった。
…☆…
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