女騎士との出会い
第2話
燃える様に赤く長い髪をなびかせ、月のない夜のように黒いペガサスに跨った女性は彼女を見据えて剣を構えたまま、目線一つを動かすこともなかった。
「…ダンジョンに赤子を近づけるなどどういうことだ。」
明らかに怒りを秘めた眼差しからはさきほどの兎を凌駕するほどの殺気がひしひしと伝わってきて、やらかした時の上司よりも怖い。
(ダンジョンって知らなかったんですうううとか言っても絶対信じてもらえないよね。この世界転移者とかどうなってるんだろ私以外にもいたらいいのにな、じゃなくてどうしよう人に会えたのはすこぶる嬉しいけど同時にこの世界について無知過ぎて胃の痛みで吐きそう。)
「すすすすみませせせ・・・ん」
必死に出した声は震えに震えて何を形作ろうとしていたのかわからないほどになってしまっていたが、女性はその様子に眉を顰めただけだった。
「心中か?何故だ、父親はどうした。」
「ちがいます違うんです…」
一瞬だけ私の後ろの子ども達に目を向け、またこちらをにらむ。
(この世界の法律とか倫理観とかわかんないんだけどどうしたらいいの?保育士って職業あるの!?なっさそー、託児所は!?ないのかな、こ、孤児院とかはあるかな、どうなんだろ、孤児院の者ですって言ったとしても住所もなんもないのやばいよね、ここは素直に転移してきましたーとかって言っちゃうほうがまし?!)
息をするのも忘れるほどに頭を回転させながら女性を見つめ続ける。
「いくつか質問してもいいですか。」
「私に質問だと?生意気などこの者かもわからぬものに。」
「くっ(ですよね、はい、知ってます。でもちょっとでもいいからこの世界の情報くださいよ!神様いないの?!いや、いるわ、そもそも完全に日本語しゃべってるもんこの人、明らかに外国人顔なのにめっちゃ流暢に日本語しゃべってるもん、そこは翻訳機能ついているから神様いるわ。)き、騎士ともあろう方がそんなに心狭くていいんですかっ。」
まだ向けられている剣と女性の目を交互に見て非難の視線を送ると、女性はそれに気づいたのか思案を巡らせる様子を見せ、剣を下ろしペガサスから降りてくる。
「私を騎士と知っているのか。」
(明らかに騎士っぽい恰好しとるやないですか。)
「知っています。(今知ったけど)」
「そうか、私を騎士として知る者なら国の民なのだろう、いいだろう、その代わり互いに一問一答だ。」
多少譲歩されたことに希望を見出した彼女は女性の一挙動の全てから情報を得ようと気合いを入れなおしてうなずいた。
「私からでも…いいですか?」
「いいだろう。」
「子を変わりに育ててくれるような場所はありますか?」
初めに訪ねたのはこの子達をどういう風に紹介するのが一番自然か、ということ、もし自分の子供じゃないと素直に言った途端に誘拐犯扱いされる恐れがあったからだ。しかし、女性はそれを聞くと何かに納得したようにうなずいた。
「なんだ、育てられなくなって捨てに来たか?確かにこの国には幼子を預かる機関は存在しないから育てられなくなって困ることもあるかもしれん、しかし臆することはない、助け合い手を取り合う者が必ずいただろう?そやつらのことを忘れず子を育ててやれ。」
そして勝手に人を子捨て親と決めつけて諭してくる。
(…え、待って孤児院すらないの、教会とかそういうの無いの?今のじゃわっかんないけどなさそうな感じじゃない?あ、でも’幼子’ってくくったから学校的なのはある感じだねこれ)
「は、はい…(違うんだけどね)」
「では私の質問に移させてもらうぞ。」
「う…」
「その赤子を載せている荷車のようなものは一体なんだ。」
女性はすっとベビーカーを指さしそう尋ねた。
(……)
たっぷりと20秒は瞬きし、聞かれていることの意味を理解して叫びだしたくなったがそれをかみ殺して黙想する。
(そーだったー言い逃れできないくらい現代なもの持ってたー!!’ベビーカーです’とかいっても意味わかんない殺そうってされる奴ーそういえば普通に考えて鎧とか来て馬…ペガサスだけど、にのっているような時代にこんなちっこい車輪が4つも付いた折り畳み式の二人乗りできるベビーカーとかないよね!あったら自転車もあるもんね、馬乗らなくなるもんね!!)
指をさしている方を確認するために振り返ったのだが、子ども達は見てもらえてうれしいようでこちらに手を伸ばしてキャッキャッと喜んでいる。
(ごめんね先生不甲斐ないからあなたたち異世界の子になっちゃうかもしれない。早く覚めろ夢ぇぇ…じゃなくて…どうしよ、もう信じてもらえなくても言うしかないかなぁ…)
意を決して女性の方に振り返り一歩横に避けてベビーカーを指さして答える。
「これは、子どもを安全に乗せる乗り物で…」
「ほう、どこで手に入れた。」
「…それ質問追加してません?」
「ならばそれは何か述べろ。」
「ベビーカーです。」
「べび?」
聞きなれない言葉に眉を寄せながらも別段怪しむ様子は見せない姿勢に(これ無理を通して道理も通せるんじゃないだろうか。)と微かに期待しながらさも当たり前のように自信をもって答える。
「ベビーカーです、まだ歩くのが苦手な赤ちゃんを連れて歩く際、抱っこやおんぶでは危険を伴う恐れがある場合に使用します。決して楽をしようとしているわけじゃないんですよ。折りたためるとは言え赤ちゃんを抱っこして折り畳めやとか結構大変なんですからね。」
ぐいぐい説明をすると女性は少し気圧されたようで謎を飲み込み黙ってくれた。
「そうか…。」
(これ次にどこで作ったとかそういうの聞いてくる気だな。)
「じゃあ次の質問いいですか?」
「あぁ。」
そう言われ次の質問をしようとした時、後ろからぽかぽかと何度かけられぐずぐずと声が聞こえてくる。
「うー!まんまー!」
「あうう…」
はっ、と気が付いて振り返れば二人が泣き始めてしまった。
「あぁごめん瑞樹ちゃんごめんね!そうだったねあなた人見知りはげしかったわ。あわわ…」
すぐに女の子の方を抱き上げなるべく女性が見えないようにあやし、ぐずっている男の子の方はベビーカーを揺することでなだめる。
「蒼士君ご飯待ってねー、もうすぐだからねー(どうしたらいいのかわかんないけど)」
「どうした…魔法力に充てられたのか!?、だからダンジョンに近づいてはいけないんだ。話の続きは街に戻ってからにしよう、その乗り物は私の黒馬についてこられるか?」
女性は泣いている子どもに慣れていないようで触れることもできずにあわあわとしてからダンジョンを睨んでまたペガサスにまたがった。
(さすがにベビーカー万能でも馬…ペガサスにはかなわんわぁ)
「速度を出すと赤ちゃんに負荷がかかってしまうので出せません。ゆっくりついていくのでゆっくり行ってはもらえませんか…?」
「わかった善処しよう。」
そういうとほんとにロバなみのゆっくりさでぱかぱか歩き出したペガサスに(人の言葉がわかるのかペガサスってすごい)と思いつつ瑞樹を抱きながら泣いている蒼士には我慢してもらって歩き出した。
…☆…