第1章ー夢の場所ではあるものの…ー
ゲームやラノベ好きな今時な若者(古い)な主人公の現実逃避のようなお話。
さらっと読めるのでどうぞお楽しみください。
第1章―夢の場所ではあるものの―
第1話「現実だとは認めない」
森、そう形容するのが適するであろう木々に囲まれたその場所に、まったくもって似つかわしくない双子用のベビーカーとエプロン姿の上にコートを羽織っただけの女性。
「え?」
発せられた声によりどこかで鳥達が羽木々が揺れて鳴り木霊する。これが森へ森林浴でもしに来て見られた光景なら「わぁ素敵」とか「きれい~」とかその辺の通り一辺倒な言葉が出たかもしれないが、この時ばかりは語彙力のかけらもない言葉しかでなかった。
(ナニコレどういうことなんです)
「きゃぃ!」
放心状態で立ち尽くしていると前方…それも手にしているベビーカーの中から声が聞こえさらに戦慄を加速させていく。そーっと日除けの隙間から中を覗くと……予想通りそこには二人の乳児の姿があった。
「わぁぉ」
深く息を吸い、そして深く吐いた女性は一つ頷いた、元来彼女は非日常への順応力は高いと自負している方で…というより趣味の読書がラノベマニアとなり、いつの間にやら巷で噂の転生ものやら異世界ものやらにはまっていた為、その知識を応用してなんとか解決策を練ることができないか、と模索し始めた。
(そもそもどうしてこうなったんだっけ…?)
…☆…
私は矢代 詞葉、去年から保育士となりようやくもうすぐ1年と7か月の勤務になる、とはいっても2月からバイトで入っていたので実質1年と9か月なんだけ(ry
そんなことはひたすらにどうでもよい、どうしてこうなったか、という話だ。
時は確か11月の中旬、日付は17日だったかな、少し寒くなってはきていたが天気が良かったため散歩に行こう、と可愛い可愛いクラスの子どもを二人ベビーカーに乗せて意気揚々と園を出た、他の子どもは別のベビーカーやバギーに乗せて他の先生が押してくれている為近くの公園までついていくだけの普段となんら変わらない状況下だったことはよく覚えている。
因みに当たり前だが園はとんだ田舎にあるわけでもなくあっちもこっちもそっちも住宅街に囲まれた半田舎な場所にある。
つまり公園までの移動もずっと住宅街の道、自然なんてほとんどない。
……なにが言いたいかというと、冒頭に至る理由がまったくもって理解できないのである。
…☆…
(あっれ、目の前に今先生歩いてたよね?え、なにどういうことなの、瞬き一回しただけだよ!?あー日焼け止めが目に染みるわーって一回瞬きしただけなんだけどどういうことなの?!)
「ううううう」
止まってしまったことに機嫌が悪くなったらしい子が唸りはじめ現実に引き戻される、右を見ても左を見ても後ろをみても前に戻してもすべて木々の中、木洩れ日キラキラおひさまサンサンだ。
「はははは」
前に回ってうなっている1歳児の男の子のシートベルトを外し抱き上げてあやしながら考える。
(重みがある、ちょっとつねってみたけど普通に痛い……つまり!!!)
念願の異世界転移に巻き込まれた、もしくは突然瞬間移動ができるようになった、そのどちらかである、と決めつけると少し元気が出てきた。
「…でも…瑞樹ちゃんも蒼士くんも一緒だなんて…もうどういうことなの。」
(召喚されて勇者になったり、転移させられたチート系主人公になったり、乙女ゲームの主人公とかに転生したりとか夢だったけど!!…自分の見た目は変わってないから転移か召喚だろうけど召喚だとしたら誰一人周りにいないのはおかしいし、転移にしても別に魔法陣踏んだ覚えもないし…)
「大丈夫だよ~…(わからないけど)」
「ここどこだろうねぇ」
「きゃっきゃっ」
あやされて楽しそうに笑う子に癒されながらなんとかもう一度座ってもらい、黙って座ってこちらを見ているもう一人の頭をなでで「瑞樹もちょっとまっててねー」と声を掛けてからまた後ろに戻る。
「…とりあえず、今のところ夢落ちフラグが濃厚だからもっと冒険してみよう。」
先ほどまでの舗装された道とは違い土や木の根が非常にベビーカーで通りにくく、どこが出口かもわからないことに一抹の不安を抱きながらもとにかく人がいる場所を求めて進む
(ここで「わーリアルな夢だー」とか言っちゃうと夢落ちフラグがへしおれちゃうから我慢しよう…)
二人は少し森に興奮しているようできゃいきゃいいっているがそれも現実感を持たされて胃が痛むのだった。
…しばらく歩いて行くと、あきらかに人工的な看板のようなものが見つけられ、その左右にはようやく人が通った道らしいものを発見した。
(…わぁ…)
看板にはまったく読めないアラビア文字とひらがなを混ぜたようなものが書かれており右向きに矢印がついている。
(異世界用語だぁぁぁ!!…いや、待て、夢の中の文字って時々読めないよね!…後異世界用語って鏡で反転したようなやつって聞いたこともあるしこれはひらがなっぽいのもあるから違うのかも!)
内心盛り上がりながらも少しお腹がすいてきたらしい二人が時折ぐずってきていることに焦りつつ持っていた水筒からお茶を与えて気を紛らわせながら看板の先に急いだ。
「早く冷めないかなーあー」
適当に節をつけて独り言を歌っぽくして二人にかまいながら進んでいく、するとぽっかりと口の開けられた洞窟のような場所にたどり着いた。
「絶対ダンジョンだぁぁぁぁああ」
深そうな洞窟の入り口に人影はないが明らかに普通の様相ではない、そして軽々しく触れてもダメな気がする。
(装備が整ってないのにダンジョンとか無理む…いやいや装備が整ったとしても私じゃ無理だっ!!)
セルフボケ&ツッコミをしながらくるりと踵を返して今度は看板の反対側の道に行こう、と振り返った瞬間、息をのんだ。
「ぐるるるるるる。」
誰しもが一見して有害そうと思うであろう灰色交じりの紫の靄を口から吐いている兎がそこにはいた、二本足で立ちあがっているだけなら「まぁ可愛い」で済む、こちらを射殺さん、とにらんでいる真っ赤な瞳も「警戒してるのかなぁ」で済む、しかしその口からあふれているゲームでいう毒霧のようなあれはいただけない、例え夢でも触れたら苦しむか死ぬ。
「ちょっっま、落ち着こううさちゃん。」
「あーうー」
二人は動物に興味津々なようであーとかうーとか喜んでいるがそれどころではない。
(これは完全にエンカウント状態!つまりここはRPG的世界、きっと終焉ファンタジーとか龍王クエストとかモンスターハンチィングとかそういう世界!ダンジョンもあったからよくある中世ローマ的なやつだきっと!)
希望を胸に抱き現実逃避をしながらもこの獣から無事に逃げる方法を考える。
(のあぁ、普通に考えたら走って逃げたりそのあたりの’ひのきのぼー’とか使って戦ったりするのがセオリーなんだけど待って待って、私赤子連れ!しかし子連れ狐とかと違ってお預かりしている子供連れ!!)
獣は完全にこちらを敵として認識しロックオンしているようで、今にもとびかかってきそうだ。
(もしここでこの子たちを見捨てて…本当に転移ものですべてが終わった後も解いた場所の元居た世界に戻されたりした場合預かっている子だけがいなかったりしたら完全に私誘拐犯とか、下手すれば殺人犯とか?!だ、駄目だそんなわけにはいかないなんとかしないと!!)
得意の妄想が爆走しながらも必死に三人で逃げる方法を探して獣から目をそらしてしまった、その瞬間を狙って獣はとびかかってきた。
「だめっ!!」
(せめて殺すなら私からにして!)
―保育士職務を投げ出し乳児2名行方不明―の見出しを付けた新聞が頭をちらつきとっさにベビーカーの前に飛び出し獣の牙を待つ…が、その前にズバッという音が鳴り響き、次いでドサッと落ちる音に変わる。
目を開くとそこには真っ黒なペガサスに乗った赤髪のこれでもかというくらい顔の整った騎士が剣を振るってこちらを見ていた。
(ふっわぁぁぁいっべんとぉぉぉぉ)
長い赤髪は風に揺れ銀の鎧と相まって胸の高鳴りが収まるところを知らず、それが剣を向けられているからなのか、目の前で兎の首がぶっとんでいて怖いからなのか、初恋なのかは最早わからない。
「貴様、こんなところで何をしている。」
…☆…
ここまでお読みいただきありがとうございました。